クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~

猫野コロ

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第444話 シェフの料理に興奮する客人達。紐解いてしまったクマちゃんと、喜ぶマスター。

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 現在クマちゃんは重要な文書を作成している――。
 うむ……これなら過不足なく伝わるだろう。



 白きもやに包まれた謎めいた空間。食卓を囲む人々の顔に、ふわりと湯気がかかる。
 不可思議な素材の巨大な切り株に載せられたスープ皿へ、客人達のスプーンが緊張感を漂わせ、カチャ――とさし込まれた。

 
 白きシェフの料理を初めて口にした客人達は、『大人用あちゅあちゅホワイトシチュー』を一口食べただけで目を見開き、今しがた自分達が緊張していたことなど忘れてしまったかのように、大騒ぎをはじめた。

「……う、美味い!! なんというコク! ほどよい塩加減! 優しい後味!」
「これは……! おお、スプーンで肉が……! こんなに柔らかくプリッとした鶏肉は初めてだ!」

「ミルク風味なのに臭みが一切ない……!」
「バターの鮮度も素晴らしい……!」

「この野菜の旨味……! 王都のものとはくらべものになりません!」
「ば、ばかな……これがイモだと……?! 味も、煮込み加減も、食材も、これ以上ないというほど完璧だ……。俺がいままで『シチュー』だと思っていたものは、いったいなんだったのか……」

 客人達の興奮度は、もこもこシェフ特製のシチューを一口、また一口、と食べ進めるごとに上がっていった。
 商隊長と地味な商人、護衛の男も驚きの表情で『こんな凄い料理を、あの子猫が……?』と固まっている。
 
 そんな彼らを一瞥し、リオは「クマちゃんこれすげぇ美味い。肉が特にやばいね。つーかマジで色々やばいよね」と我が子を褒めたたえながら考えていた。

『いやマジで』と。

 何がそんなに『やばい』のかというと、客の顔が数分前とちょっと違わない? というアレである。

 顔もそうだが、髪から指先まで、全身が少しずつ小綺麗になっていっている。
 今のところ目立つほどではない。(と思いたいが、並べて見比べれば『おや……?』となるような気もする)

 個人を生命エネルギー的なもので見分けている疑いのある魔王ルークなら『変わってねぇだろ』と言うレベルの違いだ。

 しかし彼なら『まったくの別人』というほど客の顔が変わっても、『変わってねぇだろ』で済ませそうなので、わざわざ尋ねる気にはならない。判子を押したような答えが返ってくるに決まっている。
 もしもリオが死にかければ『弱ってんな』と言うかもしれないが、命がけで『変わってねぇ』以外の言葉を吐かせたからといって、『うん……』と弱々しく同意する羽目になるだけで、得られるものはない。(失うものはある)

 無神経な男に共感を求めても無駄である。

 ともかく、栄養不足、魔力不足でこけていた頬とパサついていたものが補完されたから、客の外見に変化があったのだ。
 であれば、王都に戻ればおのずとこうなっていた、と考えられる。

 つまり可愛いクマちゃんの激ウマシチューのせいでどうにかなったわけではない。
 商隊長と元おさげほど目立つ変化ではないから、放っておいても問題ない。
 いっそ見なかったことにしよう。

 というより、もう止めようがない。
 なぜなら、それを気にしているのが自分リオだけだからだ。
 
 リオはパンカゴの中に紛れ込んでいた『特大ウィンナー入りおそうざいパン』の美味さに「ヤバすぎる……」と呟きながら、悪いことはしないが悪党の前でもお財布の紐を緩めてしまいそうなクマちゃんを見た。

 ルークの腕の中のクマちゃんは、小さく千切り、シチューに浸し、猫舌にも丁度いい温度まで、超高度な超弱風魔法ちょうじゃくふうまほうで冷ましてもらったパンが載せられたスプーンを、過保護を極めた魔王に口元まで運んでもらう、といういつも通りの赤ちゃん風食事スタイルをとっていた。

 ――ちなみにこれは、プライドの塊のような王都の魔法使いが見たら卒倒するか腰を抜かすか、というほど非常識な難易度の(例えていうなら、超巨大な水槽をぐらぐら揺らしながら傾け、一滴より少ない水を、震える子猫が持つ針の先に落とす。あるいは歴史的な台風が訪れた日にほんの一瞬窓を開け、微かな吐息ほどの風だけを中に入れつつ、その風で震える子猫が持つスプーンに載せられた、軽すぎて落ちかけている玉を元の位置に戻す。ぐらい難しい)魔法で、そんなものが実は『最愛のもこもこのごはんを適温に冷ますためだけに使用される魔法』であると知れば、奇声を上げながらジタバタもがき、心がポッキリ折れた魔法使いが最終的に引き籠りになるような、一部の人間には刺激の強い食事風景だった。

 その瞬間までぬいぐるみのようにお行儀よくじっとしていたクマちゃんが、子猫のようなお口をスッと開き、口の中においしいものが入ってくるのを待つ。

 チャ――、チャ――、チャ――。

 子猫的な生き物が、丁寧にミルクを舐めるような可愛らしい音が聞こえる。

 クマちゃんのもこもこした口元を、ルークが持つふわふわの布(最高級品)が優しく拭う。
 そうしてまた、もこもこ育てにも便利な『クマちゃん先割れスプーン』で、柔らかな鶏肉を崩し、可愛い赤ちゃんクマちゃん専用『熱々ご飯を冷ます超高難易度そよ風魔法』をスプーンに掛け、ただごはんを待つクマちゃんの口元まで、魔王様自ら運んでやるのだ。

 甘やかしすぎである。
 新米ママは甘えん坊な我が子を堕落させる美麗な魔王へじっとりとした視線を向けた。
『憎い……』と。
 もしも自分がスプーンに載せた鶏肉を狙って風魔法を使えば、鶏肉もスプーンもシチューもシチュー皿もパンカゴも箱入り『ジューチーカチュチャンド』も、もしかすると可愛いクマちゃんまでもが宙に舞う大惨事になる。


 そんな風に、リオが嫉妬渦巻く思考の迷宮で美味すぎるパンをかじっていたとき、美味しい食事に舌鼓を打っていたクマちゃんは、大好きな彼ルークに優しく口元を拭ってもらいながら、ハッと虚空こくうを見つめた。

 まちゅた……と。

 いつも優しい声で『白いのは本当に料理が上手だな』とクマちゃんを褒めてくれるまちゅたーが、帰ってこない。
 リカルドちゃんと難しいお話をするから、別行動をすると言っていた彼が。
 
『あ~、すぐに……は無理かもしれんが、やることが終わったら戻る。だから心配するな』
 
 まちゅたーのお話をクマちゃんはしっかりと聞いていた。
 天才なクマちゃんには分かった。
 あれはつまり、『やることが終わらなくても戻るかもしれない』ということだ。

 真理を紐解いてしまったクマちゃんは、うむ……と深く頷いた。

 さらに掘り下げると『戻らなかったらすぐに心配してほしいかもしれない』という驚愕のメッセージが隠されていることにも気付いた。

 赤子の欲求と子猫的な頭脳で、可能性は無限大であることを理解したクマちゃんは、大好きな彼の指をきゅむ……と猫手で握り、大事なことを伝えた。

「クマちゃ……」クマちゃんはまちゅたに送りまちゅ……。

 電報を……、と。



 可愛いクマちゃんがマスターの言葉を丁寧にこねまわしていた頃。

 冒険者ギルド立ち入り禁止区画内、会議室――。
 ギルドの管理者であるマスターは、机をトン、トン、と指先で叩きながら考えていた。

「王都……王都か……。どうしたもんかな……。あそこの奴らを納得させられるとも思えんが……」

 調査は必要だ。自分たちが『ホコリ』と呼ぶあのもやが何なのか、はっきりと解っているわけではないが、無害ではないのだから。

 少なくとも、商会の倉庫は調べなければならない。
 やはりここにいる精鋭を送るしかないのか。
 だが、こいつらが王都で目立たずにいられるか?
 
 ――いや、無理だ。優秀なのは間違いないが、場所が悪い。

『樹がない』
『クマちゃんがいない』

『クマちゃんグッズが欲しい』
『クマちゃんのご飯が食べたい』

『帰っていいっすか』といって余計な騒ぎを起こしそうだ。

 それにこちらから冒険者を送るなら、向こうのギルドに話を通さないわけにはいかない。

 いっそのこと真実を伝え、『おかしな靄を見かけたらこの草で叩け』と言って例の草を送るか?

 簡単には信じないだろう。王都の奴らは(全員とは言わないが)自分の常識にないものを受け入れない。
『癒しの草』に付加価値をつけて金にしようと目論む人間と、森の街を調査させろ、お前らがやったんじゃないのか、などと言いがかりをつけてくる人間ならいそうだが。

 かといって、こちらの精鋭が『活動拠点を王都に移した冒険者』を装うなら、依頼を受けないと悪目立ちするだろう。
 受けたら受けたで別の問題が起こるわけだが。

 マスターは神聖な会議室で『クマちゃんグッズ自慢』をしている馬鹿野郎共――精鋭達へ視線を向け「誰か、王都に行ってみたい奴はいるか」と尋ねた。

「いないっす」
「樹のないところはちょっと……」
「マスター、自分が行きたくない場所に俺らを行かせる気ですかー? ひどくないですかー」

「あっ、俺もうお菓子の国所属の冒険者なんで」
「クマちゃんがいない場所で生きられない体になったんで無理です。絶対に」
「同じく」

 即座に返ってきた答えの中に、望むものはない。
 精鋭達は全員頑なに視線を逸らしている。

 冒険者ギルドのマスターである渋い男のこめかみに、青筋が立った。
 
「……はぁ……」

 彼は額を押さえ、もう何度目かも分からぬため息を吐いた。
 これ以上聞いても無駄だな……と。

 そこで、商業ギルドマスターリカルドが、企みが上手くいかなかった悪党のような顔で会議室に戻ってきた。
 何かストレスを感じることでもあったのか、肩にのせていたクマちゃん人形を手に持ち、撫でまわしている。
 リカルドは皮肉気に頬を歪める美形の黒幕のような表情で言った。

「……どうやら、そちらも難航しているようですね」

「あ~、まぁ……そうだな。はじめから上手くいくとは思ってなかったが……昔から、王都とは何故か相性が悪くてな……」

「まさかとは思いますが、本当に樹が原因なのですか?」

「答えにくい質問だな……。馬鹿らしいと思うかもしれんが、森があるのがあたりまえな環境で生きてると、自然をまったく感じられん場所ってのが辛く感じるようになる。呼吸がしにくい、と言えば伝わるか?」

 マスターが質の悪い酒を口にしたような顔で、人間なのかエルフなのか分からぬ持論を展開していると、彼の前に見覚えのある大きさの紙がハラリ、と一枚落ちてきた。

「ん?」

 マスターは手に取ったそれを、パラ、と裏返した。
 クシャッとした紙に、大きな文字が四つ、書かれている。

『でんぽう』

「……電報?」と言っている間に、二枚目、三枚目、四枚目、五枚目、六枚目も降ってくる。

『わがよび』『ごえにこ』『たえよめ』『しのじか』『んである』

 マスターは電報と言う名の、可愛い生き物が書いたであろう怪文書をなんとか解読すると、渋く艶のある声で、災いを招きそうなそれを読み上げた。

「あ~、何々? ……我が呼び声に応えよ。……メシの時間である」

 彼は己の眉間に刻まれていた深い皺が消えたことにも気付かず、向かい側に座るリカルドに、それを尋ねた。「……で、合ってるか?」

 精鋭達は上司を見つめ、激しく瞬きを繰り返した。『あ、悪魔召喚?』『いや、あれは飯の誘いだ』『マスター、無駄にいい声で何言ってんすか』

「…………」 

 そうして質問されたリカルドが、財宝に目を付けた悪党のような顔で口を開きかけたとき、もう一枚、紙がヒラリと落ちてきた。

『くまちや』

 今度は考えるまでもなく、すぐに分かった。
 マスターは「はは、可愛いな」と明るい声で笑い、ガタ、と席を立った。

「おい、あいつらの所に行くぞ。お前らも来い。わざわざ王都まで行かんでも、王都から来た人間ならたくさんいるからな」



 一方その頃、王都から来たたくさんの人間達は、クマちゃんの作った『ジューチーカチュチャンド』の美味しさに、身体をぶるぶると震わせていた。

「か、革命だ……」

「クマちゃ……」
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