クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~

猫野コロ

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第464話 色々強烈な王弟殿下と優しいクライヴ。穢れなき生き物クマちゃん。何かを知っている商隊の護衛。

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 現在クマちゃんは、白い空間で金属音を聞きながら、耳よりな情報についてお話ししている。

「クマちゃ……」と。


 
 怒りで我を忘れているようにしか見えなかった王弟だったが、意外なことに、そのまま突っ込んだりはしなかった。

 クライヴの大鎌が柔らかな、と表現したくなるほど美しい軌道を描いて進路を塞いだのが見えていたらしい。
 王弟はゆらり、と歩調を変化させると、利き手に持った片刃の剣を守りの型に変え、目前に迫る大鎌にギィィン!! と自ら弾かれた。
 無駄のない相手の動きから、闇雲に突っ込むべきではないと判断したようだ。

 絨毯には、王弟のブーツが擦れた焦げ跡がついている。

「…………」

 無言で死の神を睨む男の瞳は、感情に共鳴した魔力の光を宿しながらも、どこか冷静に、絶対に勝つことのできぬ相手の隙をうかがっていた。

 その姿は、食堂でのふざけた態度とはまるで違い、心から兄を想う弟、あるいは命をかけて主君を護る騎士のようですらあった。



 映像越しにそれを見ていたマスターは、ふ、と笑みを零した。

「鍛えれば強くなるんじゃねぇか?」

 彼の視線は明らかに、この国の王族へ向けるものではなかった。
 それは冒険者を育成するギルドマスターの『将来有望な若手を発見した』という、いかにも楽し気な視線であった。

 絶対的な強者を前にしたときの気概というのは、身につけようと思ってすぐにどうにかできるものではない。
 兄を護るためなら、たとえ刺し違えてでも。
 そんな覚悟すら感じられるあの眼差しは、少し前までだらけていた男を、誰より王族らしく見せていた。

 見た目が死神で、強さも人間のそれではないクライヴと互角にやりあえる存在であるリオやウィルもまた、さきほどまでのイカレた駄目人間を見る目から、後輩冒険者へ向けるものへと意識を切り替えていた。

「へぇ、もっと脳筋野郎かと思った。店やるより戦闘のが向いてんじゃね?」

 雇用も手伝いも味見もしない店主など必要ない。
 毒見役も置かずに国のトップに(色々な意味で)まずいものを食わせる店とは、いったいなんなのか。
 しかも味の違和感に対して、客である国王が疑問を述べた直後に倒れたとなれば『っちゃったよね』と言わざるを得ない。

 つまり王弟は飲食店の店主に相応しい人材ではない。
 近衛や冒険者になったほうがよほどマシだろう。
 マスターが『鍛えれば強くなる』というなら王都で冒険者でもやったらいいのだ。

 とはいえ、現実世界の王弟は、凶悪犯罪者用の独房にでもぶち込まれているのではないだろうか。
 さすがに拷問はされないと思うが。
 
 リオはつらつらとそんなことを考えながら、さきほどから思っていたことをついでのように言った。

「つーか『兄貴に何しやがる』って言うけど、あの人あの場で一番なんもしてないからね」

 氷の男は大鎌を持って立っていただけだ。睨んでいたわけでもない。
『あなた私のこと殺そうとしてますよね』と問いたくなるほど目つきが冷たい男の視線の先に、たまたま国王がいたのだ。
 ホワイトスープで昏倒したはじめての人間になった件といい、顔が怖いクライヴの件といい、この国の王は運が悪いに違いない。

「うーん、魔力も高そうだね。冒険者に向いていると思うけれど、あまり派手に活動すると正体に気付かれてしまうかな。……もしかすると、これまで彼は自分の力で暗殺者を倒してきたのかもしれないね」

 派手な男は『あの人なんもしてない』にはふれず『戦闘のが向いてる』にだけ答えを返した。
 ウィルは掲示板に映る王弟の瞳を観察しながら考えていた。
 あの切り替えの早さからすると、未だに命を狙われているのだろうな、と。

 もし彼が、幼い頃からああやって一人で戦い、いつ死んでもおかしくない状況で生き抜いてきたのだとしたら、あの国王や周りが王弟の言動にとやかく言えないのも理解できる。
 年齢でいうと自分達と変わらないはずだ。
 しかし、ついさきほど偉大な魔法使いクマちゃんの力で国王の気持ちを味わったばかりなせいか、なんとなく、王弟のほうが年下のような気がしてしまう。

 あの場にいるのがクライヴで良かった。見かけによらず優しい彼ならば、国王の感情に同調せずとも、いきなり襲い掛かってきた王族をボッコボコにしたりはしないだろう。自分ならともかく。

 と、ウィルは優し気な笑みの裏でそんなことを考え、隣に座る金髪は、右側だけ眼帯で隠した両目をぐっと細め「禍々しい力を感じる……」と呟いていた。



 竜宮城の面々がそんなことを話しているあいだ、映像の方では別の動きがあった。

 まず最初に、王弟を止めようとした国王の視界を白い何かが覆った。
 怪しい執事さんが、お菓子の国の可愛い首脳を教育に悪いものから護るため、自身の背から出した真っ白な羽で、抱き上げたラッコちゃんをふわりと包み込んだのだ。

 翼の中から「クマちゃ……」『天使てんちちゃ……』という愛らしい声が聞こえる。
 天使の羽ちゃんでちゅね……と言いたいのかもしれない。

 国王は何故か「そうか……」と呟き下を向いた。
 何かが腑に落ちた、というような、まずいことになった、というような苦々しい表情で。
 手の甲で目元を隠すその姿を見て理由が分かったのは、映像を見ている者のなかでも少数だった。

 国王の顔色は、ホワイトスープを食べて倒れたときよりも、死神と目が合ったときよりも、さらに白くなっている。

 あまりの白さに、映像を見ている者達が心配の声を上げる。
「おい、あの人死ぬんじゃねぇか」「どうした急に」「弟くんなら無事だぞ、多分」「あ、ああ、多分な……」

 映像の中、美人な王弟が、下段に武器を構える。

「そんなに連れていきてぇなら俺にしろよ」

 そう言った瞬間にはもう、王弟は大鎌の射程ぎりぎりまで迫っていた。

 どうやら、実は優しいクライヴが体調の悪そうな国王へ視線を投げたことで、標的がそちらへ移ったと勘違いをしたらしい。

 隙を窺い勝機を探すよりも、刺し違える道を選んだのだな、と戦闘職の者達には、彼の決意がすぐに理解できた。
 映像越しに王弟を見守る者達が『そもそもクライヴは誰の命も欲していない』という単純な事実を口に出すことはついぞなかった。



 紳士なクライヴは『連れていきたいなどとは一言もいっていないが』とは言わずに「来たいのならば勝手にしろ。店はどうする気だ――」と声は冷たく、内容は優しく、かつ本題ともいえる質問をしていた。

 真面目な彼は自分の役目を思い出したのだ。

 店で起こった複数の事件を第三者の目線で映した〝あれ〟を見た当事者達から、話を聞きだすのだったか、と。

 映像を見ている者達が気の毒な王弟へ声をかけるが、やはり掲示板の向こうには届かなかった。

「いやお兄さんも死なないから!」「多分な」「あ、ああ、多分な……」「無事じゃなかったとしてもその人には剣を向けるな」「余計なことしたら凍死するぞ」「声との温度差で内容がすっと頭に入ってこない」「分かる。声も顔も冷てーから『望み通り殺してやる』って聞こえる」

 ギィン――! 

 金属がぶつかり合う派手な音が、竜宮城の広間に響いた。
 掲示板に映っているのは、ほぼ一歩も動かず大鎌を操る死神と、何度武器を払われても諦めない王弟だった。 

 全身から火の粉のように、紫色の魔力が散っている。
 魔力を纏った王弟が、人生の最後に相応しい面持ちで、力強く、舞うように剣技を披露する。
 たとえ一太刀も命中しなかったとしても、その姿は圧巻とも言えるほど美しかった。

 誤解され続ける男クライヴは「重病人のそばで刃物を振り回すとは、貴様、王の死期を早めたいのか――」と常識的なような語弊があるような発言をしながら、王弟の攻撃を軽々といなしていた。 
 その動きは、先読みの能力があるかのように正確だった。

 キィン! ギィン! キン、キンッ! ガキィィン!!

 突然自国の滅亡を知らされたような顔色の国王が、苦し気に心臓を押さえている。
 剣戟けんげきは止まない。

 クマちゃんはかごに覆いをかけられた小鳥のようにずっと鳴いていた。
「クマちゃ……クマちゃ……クマちゃ……」と子猫のごとく愛くるしい声が、小さく響いている。
 まるで、聴く者に勇気を与えるかのように。

 給料……安定……スキルアップ……独立……。

 心清き生き物が、執事の翼の中で板金工ばんきんこうの話をしている。

「…………」

 意外と優しい死神は、粗削りだが素質のある剣士に、凍てつく美声で助言をした。

「訓練相手が欲しいなら、剣士のほうがいい。手本になる」

 その言葉と同時に放った魔力で、王弟は無力化された。
「ぐ……」と絨毯の上で呻く男の背を、クライヴが踏みつけている。

 王弟は最後まで、凍り付き重くなった剣を手放さなかった。


 
 王都の中で一番強いと言われている冒険者、ゼノは『やってらんねぇ』といわんばかりの表情で、は、とわらった。

「まさか、あのいけ好かねぇ野郎が……。あんな強かったのかよアイツ……、いや王弟サマだったか……」

 彼は、ゴロツキ共にたまり場を提供する食堂の店主が、実は王弟だったという事実を、さきほどまでまったく知らなかった。
 雇い主があれほど大声で王弟の所在を叫んでいたら、世の中の噂話に一切興味を持たない彼であっても、さすがに耳に入る。

 ゼノの脳裏に、たまり場の店主が食堂を始める際にあったアレコレが一瞬過った。
 そのアレコレも、直接関わったというより、たまたま見聞きした、というものだ。
 だから、知人というほど付き合いがあるわけではないが、一方的に知ってはいたのだ。あのイカレた男を。

 ――一匹狼のようなゼノは知らないことだが、たまり場の店主(王弟)は、見た目と言動の奇抜さ、そして出没する場所のせいで、王都の冒険者のなかでは割と有名な人物だった。

 だが彼にとって重要なのは、あの危険人物が王弟だったというそれではない。

 Sランク冒険者に匹敵する剣技を持つ男が死ぬ気で挑んでも、死神の顔色ひとつ変えられず、その場から動かすことすらできなかった、というそれこそが、彼の心をずしりと重くしたのだ。



 王弟は力を使い果たしたらしい。
 クライヴに腕をつかまれ、仰向けに転がされても、ろくに抵抗をしなかった。
 自身を見下ろす死神が、毒で動けない兄のもとに行かないことに安心したのだろうか。
 美人な王弟はぼんやりと天井を見上げたまま、世間話をはじめた。
 いつも通りの、のんびりとした口調で。

「鎌といやぁ、おもしれー話があってよぉ」と。

 掲示板でそれを見ている者達も、そうとう具合が悪そうな国王も、片手で赤子をあやし、片手で国王の背をなでる色々な意味で天使のような執事さんも、黙って彼の『おもしれー話』に耳を傾けていた。

「このあいだ、客んなかに『自分を振った女をどうこうする』っつぅ、くっそつまんねぇこと考えてる馬鹿がいてなぁ? そいつがデケェ鎌持ってたんだよ」

 その時点で『その話はほんとうに面白いのか』『犯罪の匂いが強いような』という疑問が湧いた者達も多かったが、一応黙っていた。
 王弟殿下の『おもしれー話』は続く。

「ははっ、俺がなぁ、そいつの鎌ぶんどって、鎌でカマ――ビー!やったんだわ。あいつさぁ、馬鹿だからそのまま走って逃げやがって。はははっ。おもしれー。あれだよなぁ、どーせなら謁見の間でブスー! ってやってやりゃあ、もっと盛り上がったかもなぁ」

 顔色が最悪な国王、天使のような執事、伝説の大鎌を持った死神の三人は、異星からの侵略者を見るような目で、飲食店でとんでもない事件を起こした美人を見ている。

 途中で掲示板から誤作動のように『――ビー!』と聞こえたが、誰の耳にも入らなかった。
 精鋭達が感情を失った顔で呟く。
「あいつほんとに王弟か」「謁見の間でやりたかったらしいぞ」「盛り上がるとは」「しかも『もっと』って言ったな」「ちょっと死にかけのお兄さん、ヤバい弟クン黙らせて」

 誰も笑っていないことをまったく気にしないタイプの王弟は、ぎこちない仕草で薄藍のサングラスをずらし、滲んだ涙を拭いながら「そういえば、最近あいつ見ねぇなぁ。ははっ、刺さったままだったりしてなぁ。ブスー! って」と爆笑していた。

 最後まで聞いてしまった大人達は「ははっ、座れねー!」と何かにウケている異星人の話をすべて聞かなかったことにした。
 今後、彼らが王弟の『おもしれー話』に耳を傾けることはないだろう。



 可愛いクマちゃんのサミットに武器が持ち込まれたせいなのか、空気が凍り付いたせいなのか、翼からお顔を出したクマちゃんがプシュ……! と子猫のように可愛いくしゃみをしたせいなのか、掲示板の映像が突然ぱっと切り替わった。

 そこには、ゴロツキの代表である回転ダーツナイフ男と、『生ゴミ』発言で店内を騒然とさせたギックリ腰の男が、城の応接間らしき場所で向かい合っていた。

 ゴロツキは、路地裏で暴れていたときとはまるで違う顔つきで「よぉ、店員。動けるようになったかよ」と言った。

 猫背の店員は、「はぁ、どうも」と挨拶らしきものをしてから、彼に答えた。 

「まだ生きてたんすね」と。



 掲示板を見ていた者達は「おいおいおいおい大丈夫かアイツ」「こいつもやべぇな」「じゃあもしかして生ゴミ発言も」とざわついていた。

 だが、精鋭や商人達の動揺の声に答えたのは、映像の中の人間ではなく、商隊の護衛であった。
 真面目な冒険者ゼノは、物凄く嫌そうな顔で言った。

「ちげぇ。あいつはそういう意味で言ったんじゃねぇよ」

 それに「ん?」と反応したのはマスターだった。

「なんだ、知り合いだったのか? まぁ、王都のモン同士、知ってたっておかしくはねぇが」
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