475 / 542
第474話 金髪の探偵と、子猫のようにぬるりと捜査をすり抜けるもこもこ。究極の健康体。
しおりを挟む
なんでも知っているクマちゃんは、分かりやすいようにお手本を見せてあげた。
こういうかんじでちゅ……、と。
◇
あの皿の白いやつ、どうやって食えばいい?
その言葉を訊いた金髪の探偵は、かすれ気味の声でぼそりと呟いた。
「それも『でずん』なんじゃないの……」
だが『でずん』とはいったい何なのか。
いまのところ何も分かっていないが、聞かれたことには何でも素直に『クマちゃ』と答えてしまうもこもこが『……クマちゃ……』と後ろめたい猫のごとく鳴き声にためを作ったのだから、絶対に何かがあるはずだ。
あやしい。とにかくあやしい。
そもそも、あのもこもこは何故パーティーに参加せず、樽と箱のあいだで医者を名乗っているのか。
ラッコちゃん先生とは何者なのか。泳げもしないのに何故ラッコを名乗ろうと思ったのか。
どうしてやたらとビールを勧めてくるのか。
人間の大人はもれなく全員冷たいビールで元気になると思い込んでいるのだろうか。
「リオ、君ももっとビールを飲んだほうがいいのではない?」
隣の派手な男から、無駄に涼やかな声でビールを勧められて思う。
「『でずん』が何か知ってるんじゃないの」
言われたほうのウィルが、浮世離れした美貌でわざとらしく、困ったな、という表情を作る。
腹の立つ表情の男は言った。
「君は何を言っているの?」
顔と合わせて腹立たしさも倍である。
訊く相手を間違えたようだ。
この男がもこもこしたヤブ医者の悪事をばらすわけがない。
南国の派手な鳥が優しくさえずる。
獲物を横幅十五センチの隙間へ誘導するかのように。
「うーん、ひとは体が弱ると周りの人間を疑いやすくなるのかもしれないね。先生に診てもらったほうがいいのではない?」
「ハイそれ『でずん』。百パー罠」
◇
心と鼻が乾いている金髪の男が、あやしい先生とその一味が推奨するビール治療をきっぱりと断っていた頃。
夢の世界では、『白いやつ』の食べ方を訊かれたラッコちゃん先生が、質問者である王弟にヨチヨチ……と近付いていた。
小さな猫手を、割れた貝殻の隙間にカチカチ! と突っ込む。
その瞬間、どこかの国王によく似た声が、大音量で響いた。
『植え直せ!!』
あちこちの人間が、品の良い男をバッ!! と振り返る。
いったい何を植え直すんだ……、と。
しかしお忍び国王陛下は「……私ではない」と謎めいた発言を否定した。
命令を下したのは彼ではないらしい。
それぞれの頭は『??』と疑問符で埋め尽くされたが、答える者はおらず、謎は謎のままだ。
もこもこがごそごそと、猫手で何かを取り出す。
すると貝殻から、どうやって入れていたのか、聴診器が出てきた。
いつの間にか王弟の隣に立っていた『執事さん』は、「は~い、おあずかりしますね~」と、可愛いもこもこから貝殻を受け取った。
「…………」
そのあいだ、美人な王弟は、もこもこした生き物をじっと、文句も言わずに見ていた。
表情を変えずに、じっと。
もこもこした医者が、聴診器をスッ――と身につける。
その姿は人間の医者とそっくりで、まるで真っ白な子猫がお医者さんごっこをしているかのようだ。
――気になる。竜宮城の金髪は、愛くるしい医者が映る掲示板を見ながら言った。
「クマちゃんの耳そこじゃないでしょ」
耳じゃない場所に聴診器のイヤーピースを挿してしまった医者が、先の丸い猫手で、人間の心音を聴くためのチェストピースを患者の指先に当てる。
ハッと目を見開いた先生は、小さな声で「クマちゃ……クマちゃ……」と言った。
心音ちゃんが……どくどく……ポ……ズン……。
――消化器内科医が新たに漏洩した情報を、金髪の探偵が繰り返す。
「ぽずん」
『でずん』との共通点は、ずん――。
でずん、ぽずん……。
さきほど、あやしいもこもこは何と言っていたか。
あちらのお料理ちゃんは……焼肉っポイ……定食ちゃん……で……ズン……。
おかしい。いつもなら可愛らしく『でちゅ』と言うはずだ。
そう、『焼肉っぽい定食ちゃんでちゅ……』
――いや、おかしいと言えば、それもおかしい。
焼肉っ〝ぽい〟とは何だ。焼肉では駄目なのか。
焼肉っぽい……でずん……ぽずん。
違和感があるのは『ぽい』と『ずん』――……。
ぽいとずんとずん……。ぽいずんずん……ぽずん……っぽい……ずんでずん。
『ポイ』と『ズン』が金髪の中を通り過ぎ、『ポイズンポイズンポイズンズン』と中毒症状のように戻ってくる。
映像の向こう側に自身を捕らえようとする者がいるとも知らず、猫がニャーと鳴く頻度で情報を漏洩する消化器内科医は、ふんふんふんふんふん……と患者の指先の匂いを執拗に嗅いでから、『白いやつ』の食べ方の説明をはじめた。
「クマちゃ、クマちゃ……」
では、ラッコちゃん先生の口元ちゃんを、ちっかりと見ていてくだちゃい……。
「…………」
美人な男は無言で自身の濡れた指先を眺め、そこから子猫似の医者に視線を移した。
ラッコちゃん先生の指示通り、もこもこで可愛らしい口元に。
ラッコちゃん先生が、白くてもこもこした口元を、子猫が『ピァー!』鳴くときのように開く。
イカレた王弟が片膝を突き、カウンターの上で口を開くもこもこと、視線の高さを合わせる。
丸い頭がもっと丸く見える着ぐるみを着用した生き物が、口を開け、両目を閉じている。
その様子は、どこからどうみても、あくびをする子猫であった。
「…………」
王弟は自身の兄が何かをごまかす時とよく似た仕草で、口元に拳を当て、こほ、と小さな咳払いをした。
美しい眉間に深い皺がよっている。
イカレていると評判の男の動揺は、内面と同様、複雑で分かりにくい。
だが、動揺する様を周囲に見せていることこそが、彼を知る者からすれば驚きだった。
実のところ彼は、子猫のあまりの可愛さに、心臓を鷲掴みにされたのではないかというほど、激しく動揺していたのだ。
子猫のあくびにそっくりなそれを至近距離で見てしまったのは、当然のことながら、ひとりではなかった。
幼いもこもこを守護する黒髪の執事と、もこもこに激弱な死神もまた、奇跡の目撃者であった。
「…………」
彼らは双方無言で、片や白手袋に包まれた手で己の口をぐっと強く押さえ、片や黒革の手袋に包まれた手で、己の胸をドンドンドンドン!! と強打していた。
◇
竜宮城の大広間。
金髪の探偵リオが、心底悔しそうに呟く。
「くっそ可愛い……」
一瞬何かが分かりそうだったというのに、捜査に邪魔が入ってしまった。
あんなものを見せられては、頭の中が『くそ可愛い』でいっぱいになってしまう。
やはり、もこもこした赤子を捕まえることはできないのか。
もどかしい。『ぽい』と『ずん』の謎さえ解ければ――。
◇
目撃者達の脳を『可愛い』で埋め尽くす、ヤブすぎる消化器内科医ラッコちゃん先生の『白いやつの食べ方講座』は、お目目を閉じたままミルクをチャ……チャ……、となめる子猫のような口の動きで締めくくられた。
「…………」
何一つ重要な情報を得られないまま、医者と患者とオンライン講座の受講者達が黙り込む。
だが、『時間を返せ』という者も、『それで結局、質問の答えは?』と謎の二十秒間をなかったことにする者もいなかった。
『白いやつ』で腹が満たされずとも、可愛さで胸がいっぱいに満たされた人間達へ、黒髪の執事さんが告げる。
「え~、では、ラッコちゃん先生の〝ありがたいお言葉〟を、一言でまとめさせていただきます」
黒い目隠しをした男は、顔の横に聴診器がささった生き物を抱えると、ありがたすぎてまるで伝わらなかった諸々を、端的に伝えた。
「白いやつの上に肉をのせて食べてください」
◇
穢れなき素直なゴロツキ達は、ありがたいラッコちゃん先生の教えに従い、『白いやつ』の上に甘辛いタレがからんだ極上の肉をのせ、大き目のスプーンで掬い、ガッ! と大口を開けてそれを頬張った。
ゴロツキ達が、カッ!! と両目を大きく開く。
美味い!! 美味すぎる!! と。
◇
なんとなく警戒し敬遠していた『白いやつ』が、実はとんでもなく美味い食べ物であることに驚いた王弟は、ふたたび愛くるしい先生の診察室を覗き込んでいた。
イカレた王弟が問う。
「なぁ、あの肉と白いやつって、どこで仕入れてる? 遠いか?」
真っ白で心清き先生は、ミィと鳴く子猫のような声で答えた。
「クマちゃ、クマちゃ……」
仕入れ先ちゃんは、ここから、半径五メートル以内ちゃんでちゅ……。
――半径五メートル以内――。
それを聞いて「ちけぇ」と言ったのは、ひとりやふたりではなかった。
店から出られぬほど近い。驚愕の近さである。
ゆえに大抵の者は「人間の足だと五十キロくらいってことじゃねぇ?」と、子猫の短すぎるあんよを見て、仕入れ先までの距離を計算し直した。
あの足で歩くなら五百キロ以上はあるかもな、と。
――竜宮城の金髪探偵が「半径五メートル以内の食材盗んだっぽいずんずん」と出そろった情報をまとめて反芻する。
だが、もこもこした赤子が食材を盗んだところで罪にはならない。
子猫にそっくりなお手々が届くところに食べ物を置いた人間が悪いのだ。
やはり、一番あやしいのは『ぽい』と『ずん』――……ぽいずんずん……。
◇
消化器内科医ラッコちゃん先生主催の『毒と健康について考察するパーティー』は、全員健康なまま、何事もなく進んでいった。
黒髪の執事さんは、もこもこした先生が獣のように噛みついている聴診器を指先でどかしながら言った。
「え~。世界一可愛らしいラッコちゃん先生からのお知らせです。皆様は、非常に優れた肉体を手に入れることに成功しました」
形の良い唇が、かすれ気味の美声で、言い難そうに続きを話す。
「……どのくらい優れているかというとですねぇ……え~、毒の塗られた矢が飛んできても大丈夫なくらいです」
――毒の塗られた矢が飛んできても大丈夫なくらい――。
おかしな言葉が頭をめぐる。
素直なゴロツキ達は、美味い飯をごくりと飲み込んでから言った。
「大丈夫じゃねぇ」
「ああ。ゴロツキっていってもただの人間だからよぉ」
「魔法だって得意じゃねぇしな」
「解毒魔法なんてすげぇもんが使えんなら、ちやほやされる人間になってたかもしんねぇなぁ」
「神官とか冒険者とか医者とかかぁ?」
◇
毒の塗られた矢。
金髪の男は冷えたグラスを握りしめ、すべての謎を解き明かした名探偵のように告げた。
「ポイズン……――」
正解は『ずんずん』ではなく『ポイズン』だったのだ。
ということはつまり、もこもこした医者と『ポイズン』には何か関係が……。
しかしそのとき、この世のものとは思えぬ美声が彼の名を呼んだ。
「リオ」
麗しの魔王様が、金髪の名探偵に一枚のカードを渡す。
「なにこれ」と言って絵柄を見ると、そこには――。
こういうかんじでちゅ……、と。
◇
あの皿の白いやつ、どうやって食えばいい?
その言葉を訊いた金髪の探偵は、かすれ気味の声でぼそりと呟いた。
「それも『でずん』なんじゃないの……」
だが『でずん』とはいったい何なのか。
いまのところ何も分かっていないが、聞かれたことには何でも素直に『クマちゃ』と答えてしまうもこもこが『……クマちゃ……』と後ろめたい猫のごとく鳴き声にためを作ったのだから、絶対に何かがあるはずだ。
あやしい。とにかくあやしい。
そもそも、あのもこもこは何故パーティーに参加せず、樽と箱のあいだで医者を名乗っているのか。
ラッコちゃん先生とは何者なのか。泳げもしないのに何故ラッコを名乗ろうと思ったのか。
どうしてやたらとビールを勧めてくるのか。
人間の大人はもれなく全員冷たいビールで元気になると思い込んでいるのだろうか。
「リオ、君ももっとビールを飲んだほうがいいのではない?」
隣の派手な男から、無駄に涼やかな声でビールを勧められて思う。
「『でずん』が何か知ってるんじゃないの」
言われたほうのウィルが、浮世離れした美貌でわざとらしく、困ったな、という表情を作る。
腹の立つ表情の男は言った。
「君は何を言っているの?」
顔と合わせて腹立たしさも倍である。
訊く相手を間違えたようだ。
この男がもこもこしたヤブ医者の悪事をばらすわけがない。
南国の派手な鳥が優しくさえずる。
獲物を横幅十五センチの隙間へ誘導するかのように。
「うーん、ひとは体が弱ると周りの人間を疑いやすくなるのかもしれないね。先生に診てもらったほうがいいのではない?」
「ハイそれ『でずん』。百パー罠」
◇
心と鼻が乾いている金髪の男が、あやしい先生とその一味が推奨するビール治療をきっぱりと断っていた頃。
夢の世界では、『白いやつ』の食べ方を訊かれたラッコちゃん先生が、質問者である王弟にヨチヨチ……と近付いていた。
小さな猫手を、割れた貝殻の隙間にカチカチ! と突っ込む。
その瞬間、どこかの国王によく似た声が、大音量で響いた。
『植え直せ!!』
あちこちの人間が、品の良い男をバッ!! と振り返る。
いったい何を植え直すんだ……、と。
しかしお忍び国王陛下は「……私ではない」と謎めいた発言を否定した。
命令を下したのは彼ではないらしい。
それぞれの頭は『??』と疑問符で埋め尽くされたが、答える者はおらず、謎は謎のままだ。
もこもこがごそごそと、猫手で何かを取り出す。
すると貝殻から、どうやって入れていたのか、聴診器が出てきた。
いつの間にか王弟の隣に立っていた『執事さん』は、「は~い、おあずかりしますね~」と、可愛いもこもこから貝殻を受け取った。
「…………」
そのあいだ、美人な王弟は、もこもこした生き物をじっと、文句も言わずに見ていた。
表情を変えずに、じっと。
もこもこした医者が、聴診器をスッ――と身につける。
その姿は人間の医者とそっくりで、まるで真っ白な子猫がお医者さんごっこをしているかのようだ。
――気になる。竜宮城の金髪は、愛くるしい医者が映る掲示板を見ながら言った。
「クマちゃんの耳そこじゃないでしょ」
耳じゃない場所に聴診器のイヤーピースを挿してしまった医者が、先の丸い猫手で、人間の心音を聴くためのチェストピースを患者の指先に当てる。
ハッと目を見開いた先生は、小さな声で「クマちゃ……クマちゃ……」と言った。
心音ちゃんが……どくどく……ポ……ズン……。
――消化器内科医が新たに漏洩した情報を、金髪の探偵が繰り返す。
「ぽずん」
『でずん』との共通点は、ずん――。
でずん、ぽずん……。
さきほど、あやしいもこもこは何と言っていたか。
あちらのお料理ちゃんは……焼肉っポイ……定食ちゃん……で……ズン……。
おかしい。いつもなら可愛らしく『でちゅ』と言うはずだ。
そう、『焼肉っぽい定食ちゃんでちゅ……』
――いや、おかしいと言えば、それもおかしい。
焼肉っ〝ぽい〟とは何だ。焼肉では駄目なのか。
焼肉っぽい……でずん……ぽずん。
違和感があるのは『ぽい』と『ずん』――……。
ぽいとずんとずん……。ぽいずんずん……ぽずん……っぽい……ずんでずん。
『ポイ』と『ズン』が金髪の中を通り過ぎ、『ポイズンポイズンポイズンズン』と中毒症状のように戻ってくる。
映像の向こう側に自身を捕らえようとする者がいるとも知らず、猫がニャーと鳴く頻度で情報を漏洩する消化器内科医は、ふんふんふんふんふん……と患者の指先の匂いを執拗に嗅いでから、『白いやつ』の食べ方の説明をはじめた。
「クマちゃ、クマちゃ……」
では、ラッコちゃん先生の口元ちゃんを、ちっかりと見ていてくだちゃい……。
「…………」
美人な男は無言で自身の濡れた指先を眺め、そこから子猫似の医者に視線を移した。
ラッコちゃん先生の指示通り、もこもこで可愛らしい口元に。
ラッコちゃん先生が、白くてもこもこした口元を、子猫が『ピァー!』鳴くときのように開く。
イカレた王弟が片膝を突き、カウンターの上で口を開くもこもこと、視線の高さを合わせる。
丸い頭がもっと丸く見える着ぐるみを着用した生き物が、口を開け、両目を閉じている。
その様子は、どこからどうみても、あくびをする子猫であった。
「…………」
王弟は自身の兄が何かをごまかす時とよく似た仕草で、口元に拳を当て、こほ、と小さな咳払いをした。
美しい眉間に深い皺がよっている。
イカレていると評判の男の動揺は、内面と同様、複雑で分かりにくい。
だが、動揺する様を周囲に見せていることこそが、彼を知る者からすれば驚きだった。
実のところ彼は、子猫のあまりの可愛さに、心臓を鷲掴みにされたのではないかというほど、激しく動揺していたのだ。
子猫のあくびにそっくりなそれを至近距離で見てしまったのは、当然のことながら、ひとりではなかった。
幼いもこもこを守護する黒髪の執事と、もこもこに激弱な死神もまた、奇跡の目撃者であった。
「…………」
彼らは双方無言で、片や白手袋に包まれた手で己の口をぐっと強く押さえ、片や黒革の手袋に包まれた手で、己の胸をドンドンドンドン!! と強打していた。
◇
竜宮城の大広間。
金髪の探偵リオが、心底悔しそうに呟く。
「くっそ可愛い……」
一瞬何かが分かりそうだったというのに、捜査に邪魔が入ってしまった。
あんなものを見せられては、頭の中が『くそ可愛い』でいっぱいになってしまう。
やはり、もこもこした赤子を捕まえることはできないのか。
もどかしい。『ぽい』と『ずん』の謎さえ解ければ――。
◇
目撃者達の脳を『可愛い』で埋め尽くす、ヤブすぎる消化器内科医ラッコちゃん先生の『白いやつの食べ方講座』は、お目目を閉じたままミルクをチャ……チャ……、となめる子猫のような口の動きで締めくくられた。
「…………」
何一つ重要な情報を得られないまま、医者と患者とオンライン講座の受講者達が黙り込む。
だが、『時間を返せ』という者も、『それで結局、質問の答えは?』と謎の二十秒間をなかったことにする者もいなかった。
『白いやつ』で腹が満たされずとも、可愛さで胸がいっぱいに満たされた人間達へ、黒髪の執事さんが告げる。
「え~、では、ラッコちゃん先生の〝ありがたいお言葉〟を、一言でまとめさせていただきます」
黒い目隠しをした男は、顔の横に聴診器がささった生き物を抱えると、ありがたすぎてまるで伝わらなかった諸々を、端的に伝えた。
「白いやつの上に肉をのせて食べてください」
◇
穢れなき素直なゴロツキ達は、ありがたいラッコちゃん先生の教えに従い、『白いやつ』の上に甘辛いタレがからんだ極上の肉をのせ、大き目のスプーンで掬い、ガッ! と大口を開けてそれを頬張った。
ゴロツキ達が、カッ!! と両目を大きく開く。
美味い!! 美味すぎる!! と。
◇
なんとなく警戒し敬遠していた『白いやつ』が、実はとんでもなく美味い食べ物であることに驚いた王弟は、ふたたび愛くるしい先生の診察室を覗き込んでいた。
イカレた王弟が問う。
「なぁ、あの肉と白いやつって、どこで仕入れてる? 遠いか?」
真っ白で心清き先生は、ミィと鳴く子猫のような声で答えた。
「クマちゃ、クマちゃ……」
仕入れ先ちゃんは、ここから、半径五メートル以内ちゃんでちゅ……。
――半径五メートル以内――。
それを聞いて「ちけぇ」と言ったのは、ひとりやふたりではなかった。
店から出られぬほど近い。驚愕の近さである。
ゆえに大抵の者は「人間の足だと五十キロくらいってことじゃねぇ?」と、子猫の短すぎるあんよを見て、仕入れ先までの距離を計算し直した。
あの足で歩くなら五百キロ以上はあるかもな、と。
――竜宮城の金髪探偵が「半径五メートル以内の食材盗んだっぽいずんずん」と出そろった情報をまとめて反芻する。
だが、もこもこした赤子が食材を盗んだところで罪にはならない。
子猫にそっくりなお手々が届くところに食べ物を置いた人間が悪いのだ。
やはり、一番あやしいのは『ぽい』と『ずん』――……ぽいずんずん……。
◇
消化器内科医ラッコちゃん先生主催の『毒と健康について考察するパーティー』は、全員健康なまま、何事もなく進んでいった。
黒髪の執事さんは、もこもこした先生が獣のように噛みついている聴診器を指先でどかしながら言った。
「え~。世界一可愛らしいラッコちゃん先生からのお知らせです。皆様は、非常に優れた肉体を手に入れることに成功しました」
形の良い唇が、かすれ気味の美声で、言い難そうに続きを話す。
「……どのくらい優れているかというとですねぇ……え~、毒の塗られた矢が飛んできても大丈夫なくらいです」
――毒の塗られた矢が飛んできても大丈夫なくらい――。
おかしな言葉が頭をめぐる。
素直なゴロツキ達は、美味い飯をごくりと飲み込んでから言った。
「大丈夫じゃねぇ」
「ああ。ゴロツキっていってもただの人間だからよぉ」
「魔法だって得意じゃねぇしな」
「解毒魔法なんてすげぇもんが使えんなら、ちやほやされる人間になってたかもしんねぇなぁ」
「神官とか冒険者とか医者とかかぁ?」
◇
毒の塗られた矢。
金髪の男は冷えたグラスを握りしめ、すべての謎を解き明かした名探偵のように告げた。
「ポイズン……――」
正解は『ずんずん』ではなく『ポイズン』だったのだ。
ということはつまり、もこもこした医者と『ポイズン』には何か関係が……。
しかしそのとき、この世のものとは思えぬ美声が彼の名を呼んだ。
「リオ」
麗しの魔王様が、金髪の名探偵に一枚のカードを渡す。
「なにこれ」と言って絵柄を見ると、そこには――。
64
あなたにおすすめの小説
最強魔導師は不毛の大地でスローライフを送る ~凶悪な魔物が跋扈し瘴気漂う腐界でも、魔法があれば快適です~
えぞぎんぎつね
ファンタジー
平民出身の最強の宮廷魔導師ティル・リッシュは貴族主義の宮廷魔導師長に疎まれ、凶悪な魔物がはびこり、瘴気漂う腐界の地の領主として左遷されることになった。
元々腐界の研究がしたかったティルはこれ幸いと辞令を受けて任地に向かう。
途中で仲間になった聖獣の子牛のモラクスと共に腐界で快適なスローライフを始めたのだった。
瘴気は自作の結界で完全に防ぎ、人族の脅威たる魔物はあっさり倒す。
「魔物の肉がうますぎる! 腐界で採れる野菜もうまい!」
「もっも~」
「建築も魔法を使えば簡単だし、水も魔法で出し放題だ」
病気になった聖獣の子狼がやってきたり、腐界で人知れず過ごしてきたエルフ族が仲間になったり。
これは後に至高神の使徒の弟子にして、聖獣の友、エルフの守護者、人族の救世主と呼ばれることになる偉大なるティル・リッシュの腐界開拓の物語である。
※ネオページ、小説家になろう、カクヨムでも公開しています
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
追放されたけど実は世界最強でした ~元下僕の俺、気ままに旅していたら神々に愛されてた件~
fuwamofu
ファンタジー
「お前なんか要らない」と勇者パーティから追放された青年リオ。
しかし彼は知らなかった。自分が古代最強の血筋であり、封印級スキル「創世の権能」を無意識に使いこなしていたことを。
気ままな旅の途中で救ったのは、王女、竜族、聖女、そして神。彼女たちは次々とリオに惹かれていく。
裏切った勇者たちは没落し、リオの存在はやがて全大陸を巻き込む伝説となる――。
無自覚にチートでハーレムな最強冒険譚、ここに開幕!
母は何処? 父はだぁれ?
穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。
産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。
妹も、実妹なのか不明だ。
そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。
父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。
母は、どこへ行ってしまったんだろう!
というところからスタートする、
さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。
変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、
家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。
意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。
前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。
もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。
単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。
また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。
「小説家になろう」で連載していたものです。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
婚約破棄をしておけば
あんど もあ
ファンタジー
王太子アントワーヌの婚約者のレアリゼは、アントワーヌに嫌われていた。男を立てぬ女らしくないレアリゼが悪い、と皆に思われて孤立無援なレアリゼ。彼女は報われぬままひたすら国のために働いた……と思われていたが実は……。
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
王太子に愛されないので、隣国王子に拾われました
鍛高譚
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」
オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。
「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」
そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。
「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」
このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。
オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。
愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん!
王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。
冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる