クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり ~ほんとは猫なんじゃないの?~

猫野コロ

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第474話 金髪の探偵と、子猫のようにぬるりと捜査をすり抜けるもこもこ。究極の健康体。

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 なんでも知っているクマちゃんは、分かりやすいようにお手本を見せてあげた。
 こういうかんじでちゅ……、と。



 あの皿の白いやつ、どうやって食えばいい?

 その言葉を訊いた金髪の探偵は、かすれ気味の声でぼそりと呟いた。

「それも『でずん』なんじゃないの……」

 だが『でずん』とはいったい何なのか。
 いまのところ何も分かっていないが、聞かれたことには何でも素直に『クマちゃ』と答えてしまうもこもこが『……クマちゃ……』と後ろめたい猫のごとく鳴き声にためを作ったのだから、絶対に何かがあるはずだ。
 あやしい。とにかくあやしい。

 そもそも、あのもこもこは何故パーティーに参加せず、樽と箱のあいだで医者を名乗っているのか。
 ラッコちゃん先生とは何者なのか。泳げもしないのに何故ラッコを名乗ろうと思ったのか。
 どうしてやたらとビールを勧めてくるのか。
 人間の大人はもれなく全員冷たいビールで元気になると思い込んでいるのだろうか。

「リオ、君ももっとビールを飲んだほうがいいのではない?」

 隣の派手な男から、無駄に涼やかな声でビールを勧められて思う。

「『でずん』が何か知ってるんじゃないの」

 言われたほうのウィルが、浮世離れした美貌でわざとらしく、困ったな、という表情を作る。
 腹の立つ表情の男は言った。

「君は何を言っているの?」

 顔と合わせて腹立たしさも倍である。
 訊く相手を間違えたようだ。 
 この男がもこもこしたヤブ医者の悪事をばらすわけがない。

 南国の派手な鳥が優しくさえずる。
 獲物を横幅十五センチの隙間へ誘導するかのように。

「うーん、ひとは体が弱ると周りの人間を疑いやすくなるのかもしれないね。先生に診てもらったほうがいいのではない?」

「ハイそれ『でずん』。百パー罠」



 心と鼻が乾いている金髪の男が、あやしい先生とその一味が推奨するビール治療をきっぱりと断っていた頃。

 夢の世界では、『白いやつ』の食べ方を訊かれたラッコちゃん先生が、質問者である王弟にヨチヨチ……と近付いていた。

 小さな猫手を、割れた貝殻の隙間にカチカチ! と突っ込む。

 その瞬間、どこかの国王によく似た声が、大音量で響いた。

『植え直せ!!』

 あちこちの人間が、品の良い男をバッ!! と振り返る。

 いったい何を植え直すんだ……、と。

 しかしお忍び国王陛下は「……私ではない」と謎めいた発言を否定した。
 命令を下したのは彼ではないらしい。

 それぞれの頭は『??』と疑問符で埋め尽くされたが、答える者はおらず、謎は謎のままだ。

 もこもこがごそごそと、猫手で何かを取り出す。
 すると貝殻から、どうやって入れていたのか、聴診器が出てきた。

 いつの間にか王弟の隣に立っていた『執事さん』は、「は~い、おあずかりしますね~」と、可愛いもこもこから貝殻を受け取った。

「…………」

 そのあいだ、美人な王弟は、もこもこした生き物をじっと、文句も言わずに見ていた。
 表情を変えずに、じっと。

 もこもこした医者が、聴診器をスッ――と身につける。
 その姿は人間の医者とそっくりで、まるで真っ白な子猫がお医者さんごっこをしているかのようだ。

 ――気になる。竜宮城の金髪は、愛くるしい医者が映る掲示板を見ながら言った。
「クマちゃんの耳そこじゃないでしょ」

 耳じゃない場所に聴診器のイヤーピースを挿してしまった医者が、先の丸い猫手で、人間の心音を聴くためのチェストピースを患者の指先に当てる。

 ハッと目を見開いた先生は、小さな声で「クマちゃ……クマちゃ……」と言った。

 心音ちゃんが……どくどく……ポ……ズン……。

 ――消化器内科医が新たに漏洩した情報を、金髪の探偵が繰り返す。
「ぽずん」

『でずん』との共通点は、ずん――。
 でずん、ぽずん……。

 さきほど、あやしいもこもこは何と言っていたか。

 あちらのお料理ちゃんは……焼肉っポイ……定食ちゃん……で……ズン……。

 おかしい。いつもなら可愛らしく『でちゅ』と言うはずだ。
 そう、『焼肉っぽい定食ちゃんでちゅ……』
 ――いや、おかしいと言えば、それもおかしい。

 焼肉っ〝ぽい〟とは何だ。焼肉では駄目なのか。
 焼肉っぽい……でずん……ぽずん。
 違和感があるのは『ぽい』と『ずん』――……。
 ぽいとずんとずん……。ぽいずんずん……ぽずん……っぽい……ずんでずん。

『ポイ』と『ズン』が金髪の中を通り過ぎ、『ポイズンポイズンポイズンズン』と中毒症状のように戻ってくる。

 映像の向こう側に自身を捕らえようとする者がいるとも知らず、猫がニャーと鳴く頻度で情報を漏洩する消化器内科医は、ふんふんふんふんふん……と患者の指先の匂いを執拗に嗅いでから、『白いやつ』の食べ方の説明をはじめた。

「クマちゃ、クマちゃ……」

 では、ラッコちゃん先生の口元ちゃんを、ちっかりと見ていてくだちゃい……。

「…………」

 美人な男は無言で自身の濡れた指先を眺め、そこから子猫似の医者に視線を移した。
 ラッコちゃん先生の指示通り、もこもこで可愛らしい口元に。

 ラッコちゃん先生が、白くてもこもこした口元を、子猫が『ピァー!』鳴くときのように開く。
 イカレた王弟が片膝を突き、カウンターの上で口を開くもこもこと、視線の高さを合わせる。

 丸い頭がもっと丸く見える着ぐるみを着用した生き物が、口を開け、両目を閉じている。

 その様子は、どこからどうみても、あくびをする子猫であった。

「…………」

 王弟は自身の兄が何かをごまかす時とよく似た仕草で、口元に拳を当て、こほ、と小さな咳払いをした。
 美しい眉間に深い皺がよっている。

 イカレていると評判の男の動揺は、内面と同様、複雑で分かりにくい。
 だが、動揺する様を周囲に見せていることこそが、彼を知る者からすれば驚きだった。
 実のところ彼は、子猫のあまりの可愛さに、心臓を鷲掴みにされたのではないかというほど、激しく動揺していたのだ。

 子猫のあくびにそっくりなそれを至近距離で見てしまったのは、当然のことながら、ひとりではなかった。
 幼いもこもこを守護する黒髪の執事と、もこもこに激弱げきよわな死神もまた、奇跡の目撃者であった。

「…………」

 彼らは双方無言で、片や白手袋に包まれた手で己の口をぐっと強く押さえ、片や黒革の手袋に包まれた手で、己の胸をドンドンドンドン!! と強打していた。



 竜宮城の大広間。
 金髪の探偵リオが、心底悔しそうに呟く。

「くっそ可愛い……」

 一瞬何かが分かりそうだったというのに、捜査に邪魔が入ってしまった。
 あんなものを見せられては、頭の中が『くそ可愛い』でいっぱいになってしまう。
 やはり、もこもこした赤子を捕まえることはできないのか。
 もどかしい。『ぽい』と『ずん』の謎さえ解ければ――。



 目撃者達の脳を『可愛い』で埋め尽くす、ヤブすぎる消化器内科医ラッコちゃん先生の『白いやつの食べ方講座』は、お目目を閉じたままミルクをチャ……チャ……、となめる子猫のような口の動きで締めくくられた。

「…………」

 何一つ重要な情報を得られないまま、医者と患者とオンライン講座の受講者達が黙り込む。

 だが、『時間を返せ』という者も、『それで結局、質問の答えは?』と謎の二十秒間をなかったことにする者もいなかった。

『白いやつ』で腹が満たされずとも、可愛さで胸がいっぱいに満たされた人間達へ、黒髪の執事さんが告げる。

「え~、では、ラッコちゃん先生の〝ありがたいお言葉〟を、一言でまとめさせていただきます」

 黒い目隠しをした男は、顔の横に聴診器がささった生き物を抱えると、ありがたすぎてまるで伝わらなかった諸々を、端的に伝えた。

「白いやつの上に肉をのせて食べてください」



 穢れなき素直なゴロツキ達は、ありがたいラッコちゃん先生の教えに従い、『白いやつ』の上に甘辛いタレがからんだ極上の肉をのせ、大き目のスプーンで掬い、ガッ! と大口を開けてそれを頬張った。

 ゴロツキ達が、カッ!! と両目を大きく開く。

 美味い!! 美味すぎる!! と。



 なんとなく警戒し敬遠していた『白いやつ』が、実はとんでもなく美味い食べ物であることに驚いた王弟は、ふたたび愛くるしい先生の診察室を覗き込んでいた。

 イカレた王弟が問う。

「なぁ、あの肉と白いやつって、どこで仕入れてる? 遠いか?」

 真っ白で心清き先生は、ミィと鳴く子猫のような声で答えた。

「クマちゃ、クマちゃ……」

 仕入れ先ちゃんは、ここから、半径五メートル以内ちゃんでちゅ……。

 ――半径五メートル以内――。

 それを聞いて「ちけぇ」と言ったのは、ひとりやふたりではなかった。
 店から出られぬほど近い。驚愕の近さである。
 ゆえに大抵の者は「人間の足だと五十キロくらいってことじゃねぇ?」と、子猫の短すぎるあんよを見て、仕入れ先までの距離を計算し直した。
 あの足で歩くなら五百キロ以上はあるかもな、と。

 ――竜宮城の金髪探偵が「半径五メートル以内の食材盗んだっぽいずんずん」と出そろった情報をまとめて反芻はんすうする。
 だが、もこもこした赤子が食材を盗んだところで罪にはならない。
 子猫にそっくりなお手々が届くところに食べ物を置いた人間が悪いのだ。
 やはり、一番あやしいのは『ぽい』と『ずん』――……ぽいずんずん……。



 消化器内科医ラッコちゃん先生主催の『毒と健康について考察するパーティー』は、全員健康なまま、何事もなく進んでいった。

 黒髪の執事さんは、もこもこした先生が獣のように噛みついている聴診器を指先でどかしながら言った。

「え~。世界一可愛らしいラッコちゃん先生からのお知らせです。皆様は、非常に優れた肉体を手に入れることに成功しました」

 形の良い唇が、かすれ気味の美声で、言い難そうに続きを話す。

「……どのくらい優れているかというとですねぇ……え~、毒の塗られた矢が飛んできても大丈夫なくらいです」

 ――毒の塗られた矢が飛んできても大丈夫なくらい――。

 おかしな言葉が頭をめぐる。
 素直なゴロツキ達は、美味い飯をごくりと飲み込んでから言った。

「大丈夫じゃねぇ」
「ああ。ゴロツキっていってもただの人間だからよぉ」
「魔法だって得意じゃねぇしな」

「解毒魔法なんてすげぇもんが使えんなら、ちやほやされる人間になってたかもしんねぇなぁ」
「神官とか冒険者とか医者とかかぁ?」



 毒の塗られた矢。

 金髪の男は冷えたグラスを握りしめ、すべての謎を解き明かした名探偵のように告げた。

「ポイズン……――」

 正解は『ずんずん』ではなく『ポイズン』だったのだ。
 ということはつまり、もこもこした医者と『ポイズン』には何か関係が……。

 しかしそのとき、この世のものとは思えぬ美声が彼の名を呼んだ。

「リオ」

 麗しの魔王様が、金髪の名探偵に一枚のカードを渡す。
 
「なにこれ」と言って絵柄を見ると、そこには――。
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