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002 有限会社ヴィクトリア
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ポルカは有限会社ヴィクトリアに勤めている。
武防具やポーション類の製造から、周辺の警備に近隣地域の土木工事。
さらには食料の確保、運搬、その他もろもろの軽作業といった、マルチに業種を広げるミラジュエリ唯一の有限会社。
一時期はその栄華を極め、まさにミラジュエリの象徴と呼ぶにふさわしい会社だった。
だがそれも今や風前の灯火。
過酷な労働条件や職務の危険性、そういったものにより一人辞め、一人死に、とその規模を縮小し、現在は社長のゴメスと平社員ポルカの二人だけ。
当然ながら大きな本社を維持することなどできはしない。
今ではこじんまりとした小さな事務所と、町はずれにある工場がヴィクトリアの全てであった。
「あら、ポルカくん。もう納品にきてくれたの? ありがとね、おつかれさま」
「クレアおばさん。それなんですけど、さっきの聞こえました? ごめんなさい、ちょっと納品遅れるかもしれません」
ヴィクトリアへと向かう途中、最後の宿り木の女店主クレアに話しかけられ、ポルカは立ち止った。
立ち止ったとはいえ、その場で走る動作をし続けている。
クレアはふかふかの白パンが一杯に入ったカゴを、よいしょと抱えなおすと頬に手を当てた。
「やっぱり、あれポルカ君を呼んでたの? いつもいつも大変よねぇ……。うちは大丈夫よ、急ぎじゃないから。後でバロンミルクをご馳走してあげるから、行っておいで」
バロンミルクとはアルカディア深淵宮固有種、バロンビーフからとれる乳のこと。
簡単に言えばものすごーい牛乳だと思っていただければわかりやすい。
それはもう兎に角ものすごく濃ゆいのだ。
「ありがとうございます。それじゃ、納品作業の時に立ち寄らせてもらいますね」
「ええ。うちのミケルも喜ぶと思うから。あ、そうだわ! なんかお菓子でも用意しとくわね」
ミケルというのはポルカと同じ年齢の女の子で、簡単に言えば幼馴染である。
友達以上の関係ではないが、アレスという少年を加えた3人は幼少期から仲がいい。
ポルカはクレアともう一言二言、言葉を交わすと、ヴィクトリアへと向かう。
顔では笑いつつも、内心では少し焦りを覚えていた。
ゴメスは気が短く非常に怒りっぽいからだ。
怒られるのかなぁ、と考えながら会社の外のドアノブに手をかける。
ヴィクトリアは小さくこじんまりとした外観であるが、それとは裏腹に内装は絢爛そのもの。
中を抜けて金細工で装飾された社長室の扉を丁寧に押し開けると、彼を迎えいれたのは怒号だった。
「なんっだ、その小汚い恰好は! 俺の部屋が汚れるだろうが! それに、お客人に失礼だと思わないのか!」
「す、すみません。お客様が来ていらっしゃるとはつゆ知らず」
頭を丁寧に下げるポルカがチラと顔を向けると、背が高く身なりの整ったすらっとした男が、部屋の端でニヤニヤとポルカを見下ろしていた。
あまり血色が良いとは言えない肌色に、病気かな? と思ったが、お客様にそれを尋ねるのは失礼だ、と考えを改め黙り込む。
勿論怒られているのをニヤニヤと見られているのはいい気がしない。
しかしそれをどうにかする術をポルカは持たなかった。
「言い訳すんな、このド無能! ちっ。ほんっとにつかえねぇ。しかも来るのがおせぇよ! 呼んだら10秒以内に来いっていつも言ってるだろうが!」
「すみません! 最後の宿り木でクレアさんに――」
「うるっせぇ! だから言い訳すんなっていってんだろうが、ぼけぇ! クレアのばばあよりも俺が呼んでる事のほうが大事だろうが!」
「申し訳ありませんっ。え、ええと……それで、何故僕は呼ばれたんでしょうか?」
ポルカは胃がキリキリと痛み、口が乾いていくのを感じた。
どれだけ仕事をこなしてそれに慣れても、精神にかかる荷重だけはどうしても慣れることはない。
辞めたいと思ったことは何万回もある。
けれど両親も含め身寄りがいないポルカには他にあてがなかったし、このミラジュエリから出ることができないのは分かっていた。
他にいた社員たちも同じ想いを抱いて朽ちていったのだ。
「見てわからんのか、このド無能! 茶だ。お客様がいらっしゃってるんだ。今すぐ茶を用意しろ」
そんなことで僕を呼んだのか、自分でやればいいのに、ポルカはそう思いつつも、言えばまたゴメスが激怒するのは目に見えていたのでグッとこらえる。
「お茶ですね。すぐご用意します」
「当然茶菓子もな。そうだな、あれがいい。宿り木のバロンマロンフロマージュだ。すぐ二つ用意してもってこい」
「ええ、そんなの無理ですよ。あれはいつも午前中には売り切れちゃう超人気商品で――」
ポルカがそこまで言ったとき、重厚なデスクの上においてあった花瓶が一つ姿を消した。
ガシャンとポルカの額で砕け散り、その水しぶきがポルカをびちゃびちゃと濡らす。
「だから口答えすんなっつってんだろーが! 俺が持ってこいっつったら、お前は黙って持ってくりゃいいんだよ!」
「はい、分かりましたっ、社長!」
「あ、それとな、分かってると思うが、その床の掃除とお前に投げつける用の花瓶の補充もしとけよ」
ゴメスは怒りながらも、価値のある調度品が汚れないように花瓶を投げつけていたらしい。
投げつけた花瓶は、どう見ても周りのものとは比べるまでもない安物である。
しかしどう考えても無駄な仕事だ。
どうせなら壊れないゴム製の花瓶に、造花でも入れておけばいいものを。
「はい、分かりましたっ、社長!」
結局は、はいはい言っておくのが最もその場を収めるのに最適、ポルカは理解していた。
花瓶を投げつけられたことなど一度や二度ではない。数百回に及ぶ日常茶飯事。
怪我を負うこともなければ、大して痛くもない。気持ち的に不快なだけであった。
「ではお茶を入れに行ってまいります」
ポルカはゴメスの言葉が続かないのをみて、背中を向けようとした。
「まて。お前、まさかそのリンガの実をクレアんとこに納品するつもりじゃねーだろうな?」
「え? これは当然クレアさんのとこに持っていきますけど」
ポルカの言葉を聞くとゴメスは花瓶がないためか、目の前のデスクを激しく叩いて立ち上がった。
「この、ド無能がぁぁぁ!! お前、それ、見たらわかるだろうが! くせー水がかかって、破片が散らばってんじゃねーか!」
ポルカが背中のカゴを下ろしてみると、確かに酷い有様になっていた。
薄桃色に輝く果皮が傷つき破れているものもいくつかある。
しかし、それをしたのはゴメスである。
「た、確かに……。でも、これは――」
「お前が俺を怒らせるからだろうがぁぁぁぁ!! お前がしゃんとしてればこんなことにはなっちゃいねぇ。全てお前の責任だ!」
「はい、分かりましたっ、社長! すぐもう一度取りに行ってまいりますっ!」
リンガの木はミラジュエリ周辺にも生えているが、最後の宿り木が発注したのは850層の水鏡の湖に生える特別なもの。
先ほどの道程をもう一度行かないとなると、今日の仕事を大幅に押してしまう。
それでも他に方法はない。
ポルカは心の中でため息をつき、作業予定に修正をかけた。
「ああ、あったりめーだ。先に茶、用意しろよ。んでクレアんとこにはお前が頭を下げろ、地に擦り付けてな」
怒られながらもポルカは自分が悪かったかな、そう考え始めていた。
花瓶を投げつけられることは十分予想できたし、カゴを置いておけばこんな事態にならなかったからである。
「僕もまだまだだね」
部屋を出るや否やそう呟いた。
そのままヴィクトリアを去ろうとしたとき、どのお茶を入れるか聞いていなかったことに気付く。
普段はハニマールの葉と呼ばれるレモンとコーヒーを混ぜたような匂いのフレーバーティーを用意すると決まっていたが、今用意するのはお客様に出すもの。
もう一度中へ入って尋ねかけ、ゴメスに激怒されたのは分かりきっていた話だった。
武防具やポーション類の製造から、周辺の警備に近隣地域の土木工事。
さらには食料の確保、運搬、その他もろもろの軽作業といった、マルチに業種を広げるミラジュエリ唯一の有限会社。
一時期はその栄華を極め、まさにミラジュエリの象徴と呼ぶにふさわしい会社だった。
だがそれも今や風前の灯火。
過酷な労働条件や職務の危険性、そういったものにより一人辞め、一人死に、とその規模を縮小し、現在は社長のゴメスと平社員ポルカの二人だけ。
当然ながら大きな本社を維持することなどできはしない。
今ではこじんまりとした小さな事務所と、町はずれにある工場がヴィクトリアの全てであった。
「あら、ポルカくん。もう納品にきてくれたの? ありがとね、おつかれさま」
「クレアおばさん。それなんですけど、さっきの聞こえました? ごめんなさい、ちょっと納品遅れるかもしれません」
ヴィクトリアへと向かう途中、最後の宿り木の女店主クレアに話しかけられ、ポルカは立ち止った。
立ち止ったとはいえ、その場で走る動作をし続けている。
クレアはふかふかの白パンが一杯に入ったカゴを、よいしょと抱えなおすと頬に手を当てた。
「やっぱり、あれポルカ君を呼んでたの? いつもいつも大変よねぇ……。うちは大丈夫よ、急ぎじゃないから。後でバロンミルクをご馳走してあげるから、行っておいで」
バロンミルクとはアルカディア深淵宮固有種、バロンビーフからとれる乳のこと。
簡単に言えばものすごーい牛乳だと思っていただければわかりやすい。
それはもう兎に角ものすごく濃ゆいのだ。
「ありがとうございます。それじゃ、納品作業の時に立ち寄らせてもらいますね」
「ええ。うちのミケルも喜ぶと思うから。あ、そうだわ! なんかお菓子でも用意しとくわね」
ミケルというのはポルカと同じ年齢の女の子で、簡単に言えば幼馴染である。
友達以上の関係ではないが、アレスという少年を加えた3人は幼少期から仲がいい。
ポルカはクレアともう一言二言、言葉を交わすと、ヴィクトリアへと向かう。
顔では笑いつつも、内心では少し焦りを覚えていた。
ゴメスは気が短く非常に怒りっぽいからだ。
怒られるのかなぁ、と考えながら会社の外のドアノブに手をかける。
ヴィクトリアは小さくこじんまりとした外観であるが、それとは裏腹に内装は絢爛そのもの。
中を抜けて金細工で装飾された社長室の扉を丁寧に押し開けると、彼を迎えいれたのは怒号だった。
「なんっだ、その小汚い恰好は! 俺の部屋が汚れるだろうが! それに、お客人に失礼だと思わないのか!」
「す、すみません。お客様が来ていらっしゃるとはつゆ知らず」
頭を丁寧に下げるポルカがチラと顔を向けると、背が高く身なりの整ったすらっとした男が、部屋の端でニヤニヤとポルカを見下ろしていた。
あまり血色が良いとは言えない肌色に、病気かな? と思ったが、お客様にそれを尋ねるのは失礼だ、と考えを改め黙り込む。
勿論怒られているのをニヤニヤと見られているのはいい気がしない。
しかしそれをどうにかする術をポルカは持たなかった。
「言い訳すんな、このド無能! ちっ。ほんっとにつかえねぇ。しかも来るのがおせぇよ! 呼んだら10秒以内に来いっていつも言ってるだろうが!」
「すみません! 最後の宿り木でクレアさんに――」
「うるっせぇ! だから言い訳すんなっていってんだろうが、ぼけぇ! クレアのばばあよりも俺が呼んでる事のほうが大事だろうが!」
「申し訳ありませんっ。え、ええと……それで、何故僕は呼ばれたんでしょうか?」
ポルカは胃がキリキリと痛み、口が乾いていくのを感じた。
どれだけ仕事をこなしてそれに慣れても、精神にかかる荷重だけはどうしても慣れることはない。
辞めたいと思ったことは何万回もある。
けれど両親も含め身寄りがいないポルカには他にあてがなかったし、このミラジュエリから出ることができないのは分かっていた。
他にいた社員たちも同じ想いを抱いて朽ちていったのだ。
「見てわからんのか、このド無能! 茶だ。お客様がいらっしゃってるんだ。今すぐ茶を用意しろ」
そんなことで僕を呼んだのか、自分でやればいいのに、ポルカはそう思いつつも、言えばまたゴメスが激怒するのは目に見えていたのでグッとこらえる。
「お茶ですね。すぐご用意します」
「当然茶菓子もな。そうだな、あれがいい。宿り木のバロンマロンフロマージュだ。すぐ二つ用意してもってこい」
「ええ、そんなの無理ですよ。あれはいつも午前中には売り切れちゃう超人気商品で――」
ポルカがそこまで言ったとき、重厚なデスクの上においてあった花瓶が一つ姿を消した。
ガシャンとポルカの額で砕け散り、その水しぶきがポルカをびちゃびちゃと濡らす。
「だから口答えすんなっつってんだろーが! 俺が持ってこいっつったら、お前は黙って持ってくりゃいいんだよ!」
「はい、分かりましたっ、社長!」
「あ、それとな、分かってると思うが、その床の掃除とお前に投げつける用の花瓶の補充もしとけよ」
ゴメスは怒りながらも、価値のある調度品が汚れないように花瓶を投げつけていたらしい。
投げつけた花瓶は、どう見ても周りのものとは比べるまでもない安物である。
しかしどう考えても無駄な仕事だ。
どうせなら壊れないゴム製の花瓶に、造花でも入れておけばいいものを。
「はい、分かりましたっ、社長!」
結局は、はいはい言っておくのが最もその場を収めるのに最適、ポルカは理解していた。
花瓶を投げつけられたことなど一度や二度ではない。数百回に及ぶ日常茶飯事。
怪我を負うこともなければ、大して痛くもない。気持ち的に不快なだけであった。
「ではお茶を入れに行ってまいります」
ポルカはゴメスの言葉が続かないのをみて、背中を向けようとした。
「まて。お前、まさかそのリンガの実をクレアんとこに納品するつもりじゃねーだろうな?」
「え? これは当然クレアさんのとこに持っていきますけど」
ポルカの言葉を聞くとゴメスは花瓶がないためか、目の前のデスクを激しく叩いて立ち上がった。
「この、ド無能がぁぁぁ!! お前、それ、見たらわかるだろうが! くせー水がかかって、破片が散らばってんじゃねーか!」
ポルカが背中のカゴを下ろしてみると、確かに酷い有様になっていた。
薄桃色に輝く果皮が傷つき破れているものもいくつかある。
しかし、それをしたのはゴメスである。
「た、確かに……。でも、これは――」
「お前が俺を怒らせるからだろうがぁぁぁぁ!! お前がしゃんとしてればこんなことにはなっちゃいねぇ。全てお前の責任だ!」
「はい、分かりましたっ、社長! すぐもう一度取りに行ってまいりますっ!」
リンガの木はミラジュエリ周辺にも生えているが、最後の宿り木が発注したのは850層の水鏡の湖に生える特別なもの。
先ほどの道程をもう一度行かないとなると、今日の仕事を大幅に押してしまう。
それでも他に方法はない。
ポルカは心の中でため息をつき、作業予定に修正をかけた。
「ああ、あったりめーだ。先に茶、用意しろよ。んでクレアんとこにはお前が頭を下げろ、地に擦り付けてな」
怒られながらもポルカは自分が悪かったかな、そう考え始めていた。
花瓶を投げつけられることは十分予想できたし、カゴを置いておけばこんな事態にならなかったからである。
「僕もまだまだだね」
部屋を出るや否やそう呟いた。
そのままヴィクトリアを去ろうとしたとき、どのお茶を入れるか聞いていなかったことに気付く。
普段はハニマールの葉と呼ばれるレモンとコーヒーを混ぜたような匂いのフレーバーティーを用意すると決まっていたが、今用意するのはお客様に出すもの。
もう一度中へ入って尋ねかけ、ゴメスに激怒されたのは分かりきっていた話だった。
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