ーー焔の連鎖ーー

卯月屋 枢

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~1章~

14話

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禁門の変ののち、天王山にて抵抗に及んだ長州藩士は『真木和泉守』を筆頭にした十七名の捨て身の自刃により逃げ延びた。




夏の日差しは思いのほか体力を消耗し鬱陶しいほどの蝉の声が少なからず蓮二を苛つかせていた。

「蓮二って暑いの苦手なの?」
共に朝の巡察に出ていた平助は先程から苛立ちを露わにする蓮二の機嫌を伺うように訪ねる。

「好きじゃねえなあ。だが俺が苛立っているのはそれじゃねえよ。大阪組に入れて貰えなかった事だ」
京を追われた長州は大阪を中心に敗走している。
新選組はそれを追い、土方を始めとする掃討組が編成され禁門の変の翌日京を発った。

「仕方ないじゃん。あの時、蓮二倒れたんだし……」
蓮二は御所を出て屯所に来るまではなんとか保ったものの、その後、意識を失い倒れた。
目覚めたのは翌日の夕方で既に掃討組は京を離れていた。

「まぁな。それでも置いていかれる立場ってのは良い気がしねえ。今なら総司や平助、山南さんの気持ちなんとなく分かる」
自分より頭一つ分小さい平助の髪をくしゃりと撫でる。

「もうっ!それやめてよ。新ぱっつあんや左之もするけど僕はもう子供じゃないんだよ?」
「俺から見りゃあ、平助も総司もまだまだ餓鬼だよ」
撫でられた頭を押さえジッと蓮二を見る。

「そういえば、蓮二っていくつ?」
「さあ?」
「さあ?って何さ?自分の歳だよ?」
蓮二は首を掻きながら目を宙にさ迷わせた。

「んー……。多分、二十五は越えてる。三十には届いてねえかな?」
「自分の歳分かんないの?干支は?」
「知らねえな。拾われた時には自分の歳すら覚えてなかったんだ。なんとなく、これ位の歳じゃねえかって周りに見当付けられた」
「ごめん……変な事聞いちゃったんだね」
しょんぼりとうなだれる姿は出会ったばかりの頃の総司と重なり蓮二は吹き出した。

「お前と総司、性格や姿は似ても似つかねえが子犬みたいな雰囲気だけはそっくりだな」
「なっ!?子犬ってどういう事っ!?」
腹を抱え笑い出す蓮二に頬を膨らまし顔を赤らめる平助。

「まぁ、気にすんな。それより総司の所にでも行こうぜ。どうせ暇してんだろ?」
池田屋以降、体調を崩しがちだと言う総司は禁門の変を始めとする大きな捕り物には参加せず巡察や稽古の時以外は一日のほとんどを屯所内で過ごしていた。



縁側に腰掛け団子を頬張る総司を見て二人は顔を見合わせる。

「なんだよ。心配して来てみりゃピンピンしてんじゃねえか……」
両手の団子を交互に食べる総司は体調の悪さなど微塵も感じさせない。

「ふぇんふぃふぁん、ふぇいふふぇーー」
「だぁーから!飲み込んでから喋れって」
もぐもぐと咀嚼を繰り返しお茶を啜ると、はぁと一息つく。

「お二人もお団子食べますか?これ、さっき山南さんに貰ったんです」
山のように積まれた団子はどう見ても一人で食べれる量ではなかった。

「一つ聞くが、山南さんは総司に食べろと言って持って来たか?」
「やだなー。いくら私でもこんなには食べれませんよ。皆さんでどうぞって」
総司は無邪気に笑いながらまた一本団子に手を伸ばした。

「それを先に一人で食べちゃったの?誰にも言わずに?」
総司の甘い物好きは隊内でも有名だが礼儀だけはしっかりしているからこそ不思議だった。

「だって近藤さんは出掛けてるし、土方さんや永倉さんは大阪だし蓮二さんと平助は巡察。美味しそうなお団子が目の前にあって我慢する方が難しいですよ?……それに最近置いてけぼりを食らってばかりで退屈だったんです」
悲しそうに目を伏せた総司だが山積みになっていた団子が既に三分の二にまで減っていた事に気付いた蓮二は総司の両頬をつねる。

「その割には随分な量を食ったな。寂しかったなんて言い訳が通用する量じゃねえぞ?」
「いふぁい……」
「まあまあ……蓮二もそこら辺にしといてあげなよ。僕も総司の気持ち分かるし。ちょっとしたやけ食いだよね?」
クスクスと笑いながら仲睦まじくじゃれ合う二人を制する。

「やけ食いってより小さな抵抗ですかね?皆さんの分まで食べちゃえば私を病人扱いするのを止めてくれるかなと……」
それには二人は何も言い返せなかった。
確かに病人には見えないほど普段の総司は元気なのだ。
だが、時折顔を真っ青にして酷く苦しそうな咳をする。

東庵の所で同じような症状を幾度か見かけていた蓮二は、該当する病を思い出し小さく舌打ちした。


少しでも暑さを和らげようと日陰となった縁側に座り冷めたお茶を啜る。

「そういえば平助、江戸に行くとか行ってませんでした?」
近藤や原田と共に隊士募集の為、江戸まで足を延ばすらしい。

「うん、行くよ。本当は新ぱっつあんが行く予定だったんだけど、大阪の方を優先したんだよ」
山南さんから貰った団子はなかなか美味だった。この調子だと三人で全て平らげてしまいそうな勢いだ。

「へえ……いつこっちを発つんだ?」
「明後日に京を出るよ。近藤さん達より先に行くんだ」
「何か平助、嬉しそうですね?江戸に想い人でも居るんですか?」
総司が面白い玩具を見つけた子供のような笑顔で平助の顔を覗き込む。

「なっ!?何言ってるんだよっ!ち、違うから……。江戸に伊東大蔵先生という同門で凄く賢くて剣がとても強いお方が居るんですよ」
頬を赤らめ色恋路線を否定したが傍目から見ればその同門の伊東と言う男に恋する乙女のような口振りだった。

「何か伊東って奴に恋してるみてえな口振りだな。平助はそっちの気があるのか?」
「ちょ、ちょっと蓮二!!誤解を招くような事言わないでよ!伊東先生は尊敬してるだけ。僕はちゃんと女の子が好きだよ!」
徐々に弱まっていく語尾を見逃さなかった総司は平助の頬をつつく。

「あれー?もしかして好きな人居るの?平助も隅に置けないなぁ……」
平助は、かあーっと耳まで赤くして俯いた。
蓮二と総司……二人は目を合わせニヤリと意地悪く笑えば平助いじりに拍車が掛かる。

「なんだよ?どっかの遊女か?町娘か?はたまた人妻とか?それだけはよしておけよー」
「どこまで進んでるんです?恋仲にはなってるんですか?どんな方です?」
両側から矢継ぎ早に質問を浴びせられ居たたまれなくなった平助は逃げ出そう腰を上げたが……
ガシリと両腕を掴まれにべもなくその場に座らされた。
笑顔全開の二人は普段ならばウットリする光景だが今の平助にとってこれ以上恐ろしいものはなかった。


平助はもじもじと指先を弄りながら、なかなか話そうとはしない。

「言い難いほど、面倒な相手なのか?」
痺れを切らした蓮二が先を即すと

「そういうんじゃないけど……まあいろいろとね。あのさ、蓮二って東庵先生の所に居たんだよね?」
話の方向がいきなり変わり、意味がよく分からないとばかりに首を傾げるが、しばらくすると蓮二の顔色が見る見る内に変わって行く。

「ちょっとまて……。ま、まさかとは思うが…平助お前……」
暑さゆえの汗なのか、冷や汗なのか……。
ダラダラと流れ出る汗を腕で拭い、平助を見れば蓮二の予想通りなのだろう。
真っ赤に染まった顔に照れ笑いをしていた。

「おいおい……本気か!?悪い事は言わねえよ。あいつはやめておけ。平助の手に負える女じゃねえ」
「あの……。私には話が全く見えないんですけど?」

平助が恋した相手。
それは東庵の愛娘『お悠』だった。
何でも池田屋で怪我をした平助を熱心に看病してくれる姿に惚れたらしい。

「あぁ……あの可愛らしい娘さんですか?私もお世話になりましたねえ。たいへん優しい看病に他の隊士さん達も嬉しそうでしたし……」
平助の顔を見れば、お悠を思い出しているのか、締まりのない顔で空を見上げている。
それは東庵の助手として当然の事をしたまでだとは言えなかった……。
ましてや、お悠の父である東庵の恐ろしさを説くなど、とてもじゃないが出来る雰囲気ではない。

「蓮二はここに来る前、一緒に住んでたんだよね?もしかして……」
「待てっ!その先は言うな。断じて誓う。あいつとはそんな関係じゃねえ。というか、なりたくもねえ。鴨川に浮くのはまっぴら御免だ……」
顔面蒼白にして動揺する蓮二の様子は、いつも冷静に素知らぬ顔して何事でもこなしてしまう姿の欠片も見当たらない。

「最後の下りはよく分からないけれど、お悠さんは優しいし気立ては良いし、何よりもとても可愛い……よ?なんでそこまで必死に否定するのか分からないなあ……」
随分と都合良く解釈しているようだが、お悠の外面の良さだけはまともなのを思えば、平助の言う事も間違いではない。

「……。まあ、いずれ分かるさ。頑張れ、平助……」
「私も応援しますよ?」
二人の言葉に満足そうな笑顔を浮かべると、平助は次はいつ会えるかなぁ?などと、蓮二にとってはこの上ない恐ろしい呟きを放った。


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