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第2話
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青年は、途方も無く可愛らしい容姿をしていた。
細っそりした体躯がすらりと伸びた長い脚を引き立たせ、肩に届くほどの長さの黄緑髪は柔らかくて、目鼻立ち整った大きな黄緑色のくりくりした瞳と、やや低めの鼻が仔犬のように愛らしい。
さらに雪を固めたような白肌が、桜色の唇と手入れされた綺麗な手の魅力を盛り上げていた。
かなり女性寄りな中性的な容姿。いわゆるマダムキラーといった様相だが、婦人に関係なく女性なら必ず虜になる姿だ。男ですらこの可憐さには胸を締め付けられるだろう。
青年が着ている衣服は濃いグレーのスラックスと、オレンジと赤のチェック・フランネルシャツのみで、スラックスの中にシャツの裾をしまって右側にはプラスチック製のホルスターが見えた。
裸足なのは足音を消すためだろうが、随分と綺麗な脚をしている。この極寒の中、しかも釘やガラス片などの瓦礫が草木のように散乱するこの場所で、傷一つついていない。
顔だけで無く、彫刻のように美しい手足に隊長は唾を飲み込んだ。だが、それと同時にこの青年に、男娼だったら毎月億を稼ぎそうなこの青年に対して一層警戒を強めた。
間違い無く部下を皆殺ししたのはコイツだ。その方法さえ分かれば対処法はいくらでも思いつくのだが。
「玲瓏......あの敗残兵の掃き溜め集団か、貴様が悪名高いアンドレイ、まさかこんな若造とは思わなかった」
当たり前だが話は通じるらしい。
「よく言われますよ、世間では僕はどういう風に思われてるんでしょう? サングラスにスキンヘッドに大男とかと思われてんのかな......よっと」
アリーフは左手でスラックスのポケットから安いウィスキーのポケット瓶を取り出し、空いた右手でホルスターに拳銃をしまった。
「いやー寒い、僕も好き好んでこんな苦行僧みたいなことをやってるわけじゃないですよ。ずっとあなた方を待ってたんですから......」
アリーフはぐびっとウィスキーをあおる。酒を抵抗無く飲める辺り、未成年では無さそうだ。未成年は流石に殺すには抵抗感がいささかある。隊長はそう思いながら打開策を考える。
「......よく銃を向けられながら酒を飲めるな、度胸は一級品だ......」
アリーフはニコッと微笑んだ。この男、さっきから飄々とキザで舐めきった態度を取っている反面、一般人には分からないだろうが全くこちらに隙を見せていない。こちらを油断させる気だろう。敢えて虚勢を張っているように見せかけている。
コイツは相当な手練れだ、滲み出てくる殺気は飢えた野犬すら追い返すだろう。
「ちょっと失礼」
すると、アリーフは隊長の張り詰めた警戒心を解きほぐす明るい少年のような声で一言言うと、1メートル以上ある塀を軽々飛び越えて廃墟の敷地内に入っていった。
今なら逃げられるか? 隊長にとってこれはチャンスだったので少年を抱え、踵を返してすぐさま逃げようとしたが、そんな暇は与えないと言わんばかりにアリーフは数秒で戻ってきた。
「寒い、本当に寒いですね」
そして彼が歯を震わせ、舌をピチャピチャと舐めずりながら廃墟内から持ってきた物はひどくショッキングなもので、隊長は怖気立ちながら息を飲み、初めて尻込みした。
アリーフが持ってきた物は相当弄ばれた乳幼児の死体だった。丸裸に剥かれた裸体にはナイフで読解のできぬ文字が刻み込まれ、両手はぐにゃりとホースのようになるまで徹底的に痛めつけられ、生え揃っていない頭髪は燃やされて頭皮に火傷の跡が生々しく残り、鼻から上ははほぼ炭屑になっていた。
下半身は切断され、余って行き場を無くした臓物が断面部から溢れてまだ鮮血を漏らしていた。
アリーフはライターを取り出して火を付け、図工の授業でも受けているかのようなどこか楽しそうな表情を浮かべながらそれを顎に押し付けた。
「.........」
すると、死体と思っていた体がほんの僅かに痙攣して蚊の鳴くような声より小さい声を上げた。
あの姿で何故生きていられるんだ? 隊長は不思議に思った。かつて難民キャンプで見た無頭児よりひどい姿だが、一応生きている。
「余りに寒かったんで、暖を取ろうと被害が1番少ない民家に押し入ったら、母親に守られてこの子だけ生きてたんでね、このくらいの子は暇つぶしのオモチャにちょうどいいんですよ」
「お前......元は正規兵だろう、兵士としての矜持は無いのか!?」
隊長は小銃の引き金にかける指に無意識に力が入っていることを知りつつも気にせずに、アリーフを叱責した。
アリーフは涼しい顔で、白い息を吐きながらそれに対する返事を返した。
「あなた達だってここに来るまでに何人か無辜の民を殺めているでしょうに、それがいきなり、母親が腹を痛めて産んだ赤子だったら手の平返しですか......お笑い種だな」
「国家に帰属しないお前らに大陸軍事協定など、意味をなさないということか?」
「そうですそうです、そんなもの、今の僕からしたら...この生ゴミの成れの果てみたいなもんですよ」
アリーフは乳幼児の手を掴むと、血の流れが止まった紙のように白い手を苺のように赤い唇の口の中に収め、造作も無く噛みちぎり、咀嚼した。
「うっ......」
隊長はついにこの目の前の美青年の凶行に頭が追いつかなくなり、胃袋や肺を揉みしだかれるような強い吐き気を覚えた。
戦争倒錯者め。戦さ場で何を見たのか感じたのかは知ったことでは無いが、よほど酷い経験をしたのだろう。大方出生もロクなものじゃないはずだ。
でなければこんな異常な人間に育つわけが無い。隊長は自分が地の上に立っている感覚が曖昧になった。
口周りを母親の口紅をいじった娘のように血だらけにした姿でアリーフが何も無かったように話す。当の本人からしたら本当に何も無いも同然だったのかもしれないが。
「まぁそんな生ゴミの成れの果てでも食べたら結構いけますよ。死にたてホヤホヤは臭みもないから甘酸っぱくてオレンジみたいなんですよ。
あ、戦場において子どもがどれだけ有用な存在か分かります? 基地の周りに立たせておけば、有刺鉄線なんかよりよっぽど強力なバリケードになるし、洗脳も容易、怒鳴り付けたり殴ったら簡単に屈服する。
だから少年兵はっ」
隊長は無情にも、饒舌に持論を語るアリーフの頭を両手に握りしめたM4小銃であっさりと吹き飛ばした。狂人の思想など聞いていたら精神が汚染されるという返事だった。
それに先ほどのこともある。この男がこれぐらいで死ぬとは思えない。ここはひとつ確証を得るために見張ってみるのも悪くない。
隊長はあまり見たくなかったが、ライトで撃った頭を照らした。案の定さっそく奇天烈な点に隊長は気がついた。謎の琥珀色の液体が飛び散っているものの、出血が全く無い。だが皮膚は裂けており、そこからは濃い緑色の何かが露出していた。
それに緑色のちいさな塊があちこちに散らばっている。ブロッコリーを踏みつけたようなものだ。隊長はそれを一粒摘んで見ると、体温に反応したのか溶けて琥珀色の液体に変わった。液体はややドロリとしていた。
「何だ? これは」
その時、アリーフの唇がもぞもぞと動き出してボソッと呟いたかと思うと、どんどん声量も増してハキハキと喋るようになってきた。頭が縦に割れて満開大輪の花のようになっている死体が、まるで人形劇のようにかくついた動きで起き上がった。
「ルーボフというものですよ。僕のルーボフ、レ・ミゼラブルの能力。お気付きでしょうが、あなたを慕う部下を殺したのはこの僕だ」
すると、アリーフの額の銃槍が裂けて拡大したかと思うと、彼の中で何かが蠢き込み上げて大量に溢れ出した。
「なるほどな......これはマンガか?」
隊長は直感でアリーフから距離を手早く置いた。放っておくのもどうかと思うが、下手に手を出すと後が分からない。
それはついさっき部下を食い殺したあの抹茶色の太いミミズに似た、グロテスクこの上ない蔓だった。小躍りでもしてるのか、蔓は互いに違う不規則な動きをしたまままた元の傷口ににゅるにゅると水音を立てて帰って言った。帰った後、傷は跡形も無く癒えていた。
アリーフが立ち上がる。傷があった場所にはやや不自然な皺がうっすらと残っていたが、それも水面に浮かぶ波紋が消えるように同じくして消えた。
「僕の権能は不死身、あなた方のところにもいるでしょうし、あなたは見た感じそこそこ高い地位にいるようだから知ってるでしょ? ルーボフ」
「ああ...」
アリーフは胸ポケットからライターと煙草を取り出し、余裕の表情で一服した。気持ち良さに紫煙を燻らせる彼は話を続けた。
「ま、不死身の他にも色々ありますよ。さっきあなたの部下を殺したのもこの能力を駆使したからですし、ちなみにこの再生は他人にも出来ます。この何かよく分からん物がまだ生きてるのは、体内に僕の血が入ってるからですね。ま、僕も鬼畜じゃないので、もう楽にしてやりますよ」
アリーフは腰のガバメント拳銃を抜くと、足元で転がる上半身のみの幼児に向かって今更だが何の躊躇いも無く乱射した。湯気の立ち上る温かな血が僅かな大地を朱に染め上げる頃には、幼児は事切れていた。
アリーフが鼻を鳴らしてほくそ笑んだ。
隊長は迷った。この男が不死身というのはもはや疑うことの無い真実だが、実を言うと彼の身内にも不死身では無いが、同じく奇術を操る兵士が何人かいるので、衝撃は薄い。
問題は、コイツに勝てるかということだ。
「さてさて、あなただけは生かしておいた理由ですが、ハッキリ言って僕のルーボフの自慢をしたかっただけなんですよ。不死身の力を手に入れたおかげで毎日が薔薇色金色極彩色なんでね」
なるほど、ハナから生かして帰す気は無かったのか。ただ自分の自慢話をして愉悦に浸りたかっただけどいうわけだ。妙に子ども臭い。隊長は首を回して関節を鳴らす。
アリーフはあんな所業を見せつけた後でもどこか奥ゆかしい気高さ、神秘さすら覚える微笑を浮かべて、最後の煙を鼻の穴からゆっくりと噴き出した。
「ま、あなたには兵士らしく散華してもらう。あなたを生還させると僕の沽券に関わるんでね」
アリーフは煙草を口から吐き捨てると、煌々と輝く火を左手の甲に命中させて小さな火傷を作った。突如、その左手首が糸が解けるように皮膚を突き破って無数の蔓が濁流のように氾濫して、そのままアリーフの真後ろの瓦礫の山の中に突撃して、何か長い銃を運んできた。
リー・エンフィールドライフル。旧式の狙撃銃。近衛兵が城門警備に当たる際に構えている虚仮威しの狙撃銃が彼の無二の朋輩だった。
この時代にあんな希少な骨董品を使うとは、馬鹿なのか酔狂なのか。隊長は思った。
木製の銃身に、クリップ式の装填を行う為に止むを得ずにライフルスコープを銃の斜め横に付けており、先端には男性の肘から手首ほどの長さはある無骨な銃剣を装着している。かなり長い片刃の銃剣だ。あんまり実用性のある長さとは思えない。
彼はそれを左手に持ち、右手に拳銃という見栄えの良さのみを追求したかのような構えで戦う気らしい。
隊長は自分の小銃を逆向きに持ち替え、銃床をアリーフへと向けた。
「ふざけやがって、お前が不死身なら気絶させてしまえばいい。俺の部下を殺した罪を地獄の苦しみで償わせてる。不死なら何をやっても証拠は残らないしな」
「ふぅん、言っとくが素で僕は強いですよ」
アリーフは挑発の台詞の途中で、ガバメントを隊長に向かって不意打ちの発砲を行なった。これが火蓋だった。
隊長はそれを紙一重で避けるとそのまま低空でアリーフの元に駆け、彼の膝に飛びついて押し倒したが、馬乗りになる直前にアリーフは隊長の腹に膝蹴りを叩き込み、素早く横に回避して立ち上がった。
倒れた姿勢から食らった膝蹴りの威力は弱く、すぐさまに体勢を立て直した隊長は彼の脳天に銃床を空を切る速さで振り下ろす。
「やはり強いですな」
だが、アリーフはそれを狙撃銃の両端を持って銃床でやすやす受け止めると、そのまま狙撃銃を小銃の下をくぐり抜けるように回転させ、銃剣で隊長の喉笛を掻き切った。
「ま、僕の銃剣道と団長の編み出した戦闘流派、干戈弾頭の前では脆いもんですわ」
アリーフは袖についた血を染み込む前に手で払い落とす。
「ぐ......くそ、やるな......」
隊長は首から溢れる血を押さえながら、小声で敗北を認めるとそのまま血を痰を吐くように大量に吐き出し、ぐったりと臨終した。
「ふん、どうも」
アリーフは駄目押しに頭部に向けてガバメントの引き金を引き、隊長を完全に始末する。脳を破壊して初めて完全なる死を与えたことになるのだ。
「つまらない、この姿になってからどうにもあらゆることから刺激が消えた。雑草を食んでる気分だ」
そして、彼の心には安らかな満足感だけが残った。彼は決して好戦的な性格では無かったが、それでも敵を打ち破った実感は恍惚の一言に尽きるのだった。
細っそりした体躯がすらりと伸びた長い脚を引き立たせ、肩に届くほどの長さの黄緑髪は柔らかくて、目鼻立ち整った大きな黄緑色のくりくりした瞳と、やや低めの鼻が仔犬のように愛らしい。
さらに雪を固めたような白肌が、桜色の唇と手入れされた綺麗な手の魅力を盛り上げていた。
かなり女性寄りな中性的な容姿。いわゆるマダムキラーといった様相だが、婦人に関係なく女性なら必ず虜になる姿だ。男ですらこの可憐さには胸を締め付けられるだろう。
青年が着ている衣服は濃いグレーのスラックスと、オレンジと赤のチェック・フランネルシャツのみで、スラックスの中にシャツの裾をしまって右側にはプラスチック製のホルスターが見えた。
裸足なのは足音を消すためだろうが、随分と綺麗な脚をしている。この極寒の中、しかも釘やガラス片などの瓦礫が草木のように散乱するこの場所で、傷一つついていない。
顔だけで無く、彫刻のように美しい手足に隊長は唾を飲み込んだ。だが、それと同時にこの青年に、男娼だったら毎月億を稼ぎそうなこの青年に対して一層警戒を強めた。
間違い無く部下を皆殺ししたのはコイツだ。その方法さえ分かれば対処法はいくらでも思いつくのだが。
「玲瓏......あの敗残兵の掃き溜め集団か、貴様が悪名高いアンドレイ、まさかこんな若造とは思わなかった」
当たり前だが話は通じるらしい。
「よく言われますよ、世間では僕はどういう風に思われてるんでしょう? サングラスにスキンヘッドに大男とかと思われてんのかな......よっと」
アリーフは左手でスラックスのポケットから安いウィスキーのポケット瓶を取り出し、空いた右手でホルスターに拳銃をしまった。
「いやー寒い、僕も好き好んでこんな苦行僧みたいなことをやってるわけじゃないですよ。ずっとあなた方を待ってたんですから......」
アリーフはぐびっとウィスキーをあおる。酒を抵抗無く飲める辺り、未成年では無さそうだ。未成年は流石に殺すには抵抗感がいささかある。隊長はそう思いながら打開策を考える。
「......よく銃を向けられながら酒を飲めるな、度胸は一級品だ......」
アリーフはニコッと微笑んだ。この男、さっきから飄々とキザで舐めきった態度を取っている反面、一般人には分からないだろうが全くこちらに隙を見せていない。こちらを油断させる気だろう。敢えて虚勢を張っているように見せかけている。
コイツは相当な手練れだ、滲み出てくる殺気は飢えた野犬すら追い返すだろう。
「ちょっと失礼」
すると、アリーフは隊長の張り詰めた警戒心を解きほぐす明るい少年のような声で一言言うと、1メートル以上ある塀を軽々飛び越えて廃墟の敷地内に入っていった。
今なら逃げられるか? 隊長にとってこれはチャンスだったので少年を抱え、踵を返してすぐさま逃げようとしたが、そんな暇は与えないと言わんばかりにアリーフは数秒で戻ってきた。
「寒い、本当に寒いですね」
そして彼が歯を震わせ、舌をピチャピチャと舐めずりながら廃墟内から持ってきた物はひどくショッキングなもので、隊長は怖気立ちながら息を飲み、初めて尻込みした。
アリーフが持ってきた物は相当弄ばれた乳幼児の死体だった。丸裸に剥かれた裸体にはナイフで読解のできぬ文字が刻み込まれ、両手はぐにゃりとホースのようになるまで徹底的に痛めつけられ、生え揃っていない頭髪は燃やされて頭皮に火傷の跡が生々しく残り、鼻から上ははほぼ炭屑になっていた。
下半身は切断され、余って行き場を無くした臓物が断面部から溢れてまだ鮮血を漏らしていた。
アリーフはライターを取り出して火を付け、図工の授業でも受けているかのようなどこか楽しそうな表情を浮かべながらそれを顎に押し付けた。
「.........」
すると、死体と思っていた体がほんの僅かに痙攣して蚊の鳴くような声より小さい声を上げた。
あの姿で何故生きていられるんだ? 隊長は不思議に思った。かつて難民キャンプで見た無頭児よりひどい姿だが、一応生きている。
「余りに寒かったんで、暖を取ろうと被害が1番少ない民家に押し入ったら、母親に守られてこの子だけ生きてたんでね、このくらいの子は暇つぶしのオモチャにちょうどいいんですよ」
「お前......元は正規兵だろう、兵士としての矜持は無いのか!?」
隊長は小銃の引き金にかける指に無意識に力が入っていることを知りつつも気にせずに、アリーフを叱責した。
アリーフは涼しい顔で、白い息を吐きながらそれに対する返事を返した。
「あなた達だってここに来るまでに何人か無辜の民を殺めているでしょうに、それがいきなり、母親が腹を痛めて産んだ赤子だったら手の平返しですか......お笑い種だな」
「国家に帰属しないお前らに大陸軍事協定など、意味をなさないということか?」
「そうですそうです、そんなもの、今の僕からしたら...この生ゴミの成れの果てみたいなもんですよ」
アリーフは乳幼児の手を掴むと、血の流れが止まった紙のように白い手を苺のように赤い唇の口の中に収め、造作も無く噛みちぎり、咀嚼した。
「うっ......」
隊長はついにこの目の前の美青年の凶行に頭が追いつかなくなり、胃袋や肺を揉みしだかれるような強い吐き気を覚えた。
戦争倒錯者め。戦さ場で何を見たのか感じたのかは知ったことでは無いが、よほど酷い経験をしたのだろう。大方出生もロクなものじゃないはずだ。
でなければこんな異常な人間に育つわけが無い。隊長は自分が地の上に立っている感覚が曖昧になった。
口周りを母親の口紅をいじった娘のように血だらけにした姿でアリーフが何も無かったように話す。当の本人からしたら本当に何も無いも同然だったのかもしれないが。
「まぁそんな生ゴミの成れの果てでも食べたら結構いけますよ。死にたてホヤホヤは臭みもないから甘酸っぱくてオレンジみたいなんですよ。
あ、戦場において子どもがどれだけ有用な存在か分かります? 基地の周りに立たせておけば、有刺鉄線なんかよりよっぽど強力なバリケードになるし、洗脳も容易、怒鳴り付けたり殴ったら簡単に屈服する。
だから少年兵はっ」
隊長は無情にも、饒舌に持論を語るアリーフの頭を両手に握りしめたM4小銃であっさりと吹き飛ばした。狂人の思想など聞いていたら精神が汚染されるという返事だった。
それに先ほどのこともある。この男がこれぐらいで死ぬとは思えない。ここはひとつ確証を得るために見張ってみるのも悪くない。
隊長はあまり見たくなかったが、ライトで撃った頭を照らした。案の定さっそく奇天烈な点に隊長は気がついた。謎の琥珀色の液体が飛び散っているものの、出血が全く無い。だが皮膚は裂けており、そこからは濃い緑色の何かが露出していた。
それに緑色のちいさな塊があちこちに散らばっている。ブロッコリーを踏みつけたようなものだ。隊長はそれを一粒摘んで見ると、体温に反応したのか溶けて琥珀色の液体に変わった。液体はややドロリとしていた。
「何だ? これは」
その時、アリーフの唇がもぞもぞと動き出してボソッと呟いたかと思うと、どんどん声量も増してハキハキと喋るようになってきた。頭が縦に割れて満開大輪の花のようになっている死体が、まるで人形劇のようにかくついた動きで起き上がった。
「ルーボフというものですよ。僕のルーボフ、レ・ミゼラブルの能力。お気付きでしょうが、あなたを慕う部下を殺したのはこの僕だ」
すると、アリーフの額の銃槍が裂けて拡大したかと思うと、彼の中で何かが蠢き込み上げて大量に溢れ出した。
「なるほどな......これはマンガか?」
隊長は直感でアリーフから距離を手早く置いた。放っておくのもどうかと思うが、下手に手を出すと後が分からない。
それはついさっき部下を食い殺したあの抹茶色の太いミミズに似た、グロテスクこの上ない蔓だった。小躍りでもしてるのか、蔓は互いに違う不規則な動きをしたまままた元の傷口ににゅるにゅると水音を立てて帰って言った。帰った後、傷は跡形も無く癒えていた。
アリーフが立ち上がる。傷があった場所にはやや不自然な皺がうっすらと残っていたが、それも水面に浮かぶ波紋が消えるように同じくして消えた。
「僕の権能は不死身、あなた方のところにもいるでしょうし、あなたは見た感じそこそこ高い地位にいるようだから知ってるでしょ? ルーボフ」
「ああ...」
アリーフは胸ポケットからライターと煙草を取り出し、余裕の表情で一服した。気持ち良さに紫煙を燻らせる彼は話を続けた。
「ま、不死身の他にも色々ありますよ。さっきあなたの部下を殺したのもこの能力を駆使したからですし、ちなみにこの再生は他人にも出来ます。この何かよく分からん物がまだ生きてるのは、体内に僕の血が入ってるからですね。ま、僕も鬼畜じゃないので、もう楽にしてやりますよ」
アリーフは腰のガバメント拳銃を抜くと、足元で転がる上半身のみの幼児に向かって今更だが何の躊躇いも無く乱射した。湯気の立ち上る温かな血が僅かな大地を朱に染め上げる頃には、幼児は事切れていた。
アリーフが鼻を鳴らしてほくそ笑んだ。
隊長は迷った。この男が不死身というのはもはや疑うことの無い真実だが、実を言うと彼の身内にも不死身では無いが、同じく奇術を操る兵士が何人かいるので、衝撃は薄い。
問題は、コイツに勝てるかということだ。
「さてさて、あなただけは生かしておいた理由ですが、ハッキリ言って僕のルーボフの自慢をしたかっただけなんですよ。不死身の力を手に入れたおかげで毎日が薔薇色金色極彩色なんでね」
なるほど、ハナから生かして帰す気は無かったのか。ただ自分の自慢話をして愉悦に浸りたかっただけどいうわけだ。妙に子ども臭い。隊長は首を回して関節を鳴らす。
アリーフはあんな所業を見せつけた後でもどこか奥ゆかしい気高さ、神秘さすら覚える微笑を浮かべて、最後の煙を鼻の穴からゆっくりと噴き出した。
「ま、あなたには兵士らしく散華してもらう。あなたを生還させると僕の沽券に関わるんでね」
アリーフは煙草を口から吐き捨てると、煌々と輝く火を左手の甲に命中させて小さな火傷を作った。突如、その左手首が糸が解けるように皮膚を突き破って無数の蔓が濁流のように氾濫して、そのままアリーフの真後ろの瓦礫の山の中に突撃して、何か長い銃を運んできた。
リー・エンフィールドライフル。旧式の狙撃銃。近衛兵が城門警備に当たる際に構えている虚仮威しの狙撃銃が彼の無二の朋輩だった。
この時代にあんな希少な骨董品を使うとは、馬鹿なのか酔狂なのか。隊長は思った。
木製の銃身に、クリップ式の装填を行う為に止むを得ずにライフルスコープを銃の斜め横に付けており、先端には男性の肘から手首ほどの長さはある無骨な銃剣を装着している。かなり長い片刃の銃剣だ。あんまり実用性のある長さとは思えない。
彼はそれを左手に持ち、右手に拳銃という見栄えの良さのみを追求したかのような構えで戦う気らしい。
隊長は自分の小銃を逆向きに持ち替え、銃床をアリーフへと向けた。
「ふざけやがって、お前が不死身なら気絶させてしまえばいい。俺の部下を殺した罪を地獄の苦しみで償わせてる。不死なら何をやっても証拠は残らないしな」
「ふぅん、言っとくが素で僕は強いですよ」
アリーフは挑発の台詞の途中で、ガバメントを隊長に向かって不意打ちの発砲を行なった。これが火蓋だった。
隊長はそれを紙一重で避けるとそのまま低空でアリーフの元に駆け、彼の膝に飛びついて押し倒したが、馬乗りになる直前にアリーフは隊長の腹に膝蹴りを叩き込み、素早く横に回避して立ち上がった。
倒れた姿勢から食らった膝蹴りの威力は弱く、すぐさまに体勢を立て直した隊長は彼の脳天に銃床を空を切る速さで振り下ろす。
「やはり強いですな」
だが、アリーフはそれを狙撃銃の両端を持って銃床でやすやす受け止めると、そのまま狙撃銃を小銃の下をくぐり抜けるように回転させ、銃剣で隊長の喉笛を掻き切った。
「ま、僕の銃剣道と団長の編み出した戦闘流派、干戈弾頭の前では脆いもんですわ」
アリーフは袖についた血を染み込む前に手で払い落とす。
「ぐ......くそ、やるな......」
隊長は首から溢れる血を押さえながら、小声で敗北を認めるとそのまま血を痰を吐くように大量に吐き出し、ぐったりと臨終した。
「ふん、どうも」
アリーフは駄目押しに頭部に向けてガバメントの引き金を引き、隊長を完全に始末する。脳を破壊して初めて完全なる死を与えたことになるのだ。
「つまらない、この姿になってからどうにもあらゆることから刺激が消えた。雑草を食んでる気分だ」
そして、彼の心には安らかな満足感だけが残った。彼は決して好戦的な性格では無かったが、それでも敵を打ち破った実感は恍惚の一言に尽きるのだった。
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