原初の魔女

緑茶 縁

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第一朝、違和感

目覚め 1

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 ……目が覚めた。
 どうせならここは、知らない天井だ……という台詞を言うべきだったのかもしれないし正直言ってみたかったのだが、残念。今は見知らぬ机だ……と言った方が正確かも。
 部屋を見渡すと、椅子と机が規則的に並んでいるのがわかる。正面には何も書かれていない黒板。
 そこまで特徴的過ぎる内装を見せられれば、ここはどこなのかだなんて疑問は愚問と化す──まあ、その予想が断定に値するかは確認するまで解らないが。
 無論、教室である。どの教室かは定かではないけれども。
 そしてこれは異常事態である。
 何故そう断言出来るのかと問われてしまえば、答えは簡単。
 僕が所謂いわゆる不登校というやつだからだ。テストの時以外、学校には別段行く意味が見出だせないし……ノートは双子の姉が見せてくれるし。
 テストはまだまだ先の筈。
 となれば当然、今日も昨日も明日も出校する予定は無かったわけで。
 それがあろうことかどこかの教室で熟睡している……?
 あり得ない。
 姉さんに呼ばれでもすれば出校くらいするけれど、そこで寝てしまうなんてあり得ない。
 更に言うならば、寝てしまった僕を、姉さんが起こさず置いて帰るなんていうのはもっとあり得ない。
 なにより、僕には家から出た記憶がない。
 ……それは多分、僕が誰かに拐われたということを示しているのだろう。
 何故拐われた先が教室なのか、とか。そういう考えても解らない謎は取り敢えず放っておく。今それが解ったところで、何がどうなるわけでもあるまい。
 どちらかと言えば、こういう拐われて来た系はベッドに寝かされているとか……丁寧な扱いを受けているパターンが多いと思うのだけれど。僕はと言えば、座って机に頭を擦り付ける形で寝かされていた。
 扱いが少々杜撰ずさん過ぎやしないだろうか……それとも僕がこの状況に夢を見すぎているだけなのか?小説の読みすぎなのか……?
 ……それはともかくとして。僕が夢見がちなのか否かはさておいて。……現実味が欠けすぎて逆に平静を保てているけれど、一体何の為に誘拐されたのかが解らないというのがまた不安を煽る。この場に姉さんが居合わせていないというのもかなりの不安要素だ。姉さんは何事もなく無事帰宅、というオチだったら一安心なのだが……そもそも僕は家で拐われたのだろうから、無事帰宅出来ても自宅で無事朝日を拝めているかは望み薄だろうな……。
 ……諸々気になることもあるし、ここから出てみよう。
 出来るかどうかはまた別問題として。逃げられる内に逃げた方が良いのは、火を見るより明らかである。
 そうと決まれば即実践。善は急げ。
 先ず状況確認。
 僕の服装だが、拐われる直前からの変化は特にない様だ。少しオーバーサイズだけれど普通のパーカー。新しくできた傷なども見られない。どうやら、拐われた拍子に暴れたりしてはいないらしい。この場合、眠らされたという表現が適切だろうか。ポケットに入っている物も…変わりなし。小さめの薬ケースと、苺みるく味の飴が三つ。何かが減っている訳でも、はたまた増えている訳でもない。眼鏡にさえ傷一つ付いてはいなかった。
 次に、僕が寝ていた机の中……は何も無いな。念の為、手も突っ込んで探ってみたものの、収穫は無し。
 指先を掠めるのは、机の中の空間を作る金属ばかりだ。
 では窓はどうだろう。窓にはカーテンがかけられている。取り敢えず前方にある窓のカーテンを開けた。
 ……真っ暗だ。今は夜、なのか?
 それにしても暗すぎる。まさに一寸先は闇という様な感じだ、文字通り。勿論未来も見えてはいないが……同等以上に窓から外も見えない。遠くの方にすら灯りは見当たらない──光の点でさえ。街灯とかは無いのか?
 今時、いくら夜中でも街灯一つない場所なんてなかなか無いと思うが……。
 少なくとも僕の家の近くに──ましてや学校とおぼしき施設の周囲に、灯りが全く存在しない地域など僕の知る限りは無い。ちょっと雲行きが怪しくなって来たぞ。
 そして窓。窓が……開かない。
 クレセント錠を解錠してみても──開かない。
 何の為に付いてる鍵なんだろう。甚だ疑問である。
 もう一方の窓も確認してみるも、やはり結果は同じだった。
 窓から脱出……までは出来なくとも、現在位置の確認くらいはさせて欲しいものだ。僕は携帯なんて持ってないのだし。位置が把握出来ても通報は出来ないのだから。
 ……そう、だ。そうだ。僕には助けを求める為のツールが無い。そんな重要な事に今更気づいて──否。
 否、気付いたのではない。気付いていながらも目を逸らしていたもの、、、、、、、、、、に、改めて目を向けただけ、、、、、、、、、、だ。
 この状況は、かなり危険。命に関わる程度には危険、姉さんが助かる確率の低さを当然の様に割り出せる程度には危険。そんな簡単な事に……身体はそれに今更気付いた振りをする。手足の先から痺れが広がり、全身がゆっくり冷たくなっていく。
 脱出するなら早めにしないと。何とも形容し難い焦燥が襲いかかってくる……さっきまでは無視出来ていた焦りが。
 じわりじわりと、脳より先に身体が現実を受け入れていく──内心は焦りによって、動いていないと落ち着かない状態なのにも関わらず、身体は凍った様に動かない。
 とにかく、……とにかく脱出出来る可能性のある所から確認していかなければ。
 それは嫌という程に理解出来ているのに、身体は動かない──そうやって可能性を潰していった結果に絶望しか残らなかった場合を恐れて動かない……!
「…………ぁ。」
 かすれた声が鼓膜に届いた。それが他人事に思えてならない。
 それくらいの驚きだった──あれがそこにある事実にも、あれが見えた僕の視力にも。
 最前列の、一番廊下側の机。あの中に、何か……違和感。
 薄っぺらい、紙みたいな。
 何かの手掛かりを見つけたお陰か、身体が動く。
 それすらも意識せずゆっくりと近づき……その机を覗いた。
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