原初の魔女

緑茶 縁

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第一朝、違和感

5日目 02

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 僕達は、放送で会議室に集められた。
「皆居るねー? 来たら適当な椅子に座って座って……言っとくけど、今日は座らないと話を始めないからな」
 しっかりと釘を刺されてしまい、今回は皆大人しく座る。だが、よく思っているわけではない人も居た。花園なんかは渋々といった態度がダダ漏れだ。
「ね、凪沙。何の説明なんだろう……」姉さんは不安気に質問した。「説明があるとは聞いたけど、何の説明なのかは言ってなかったよね……」
 そう。具体的なことは何一つとして知らされていないのだ。恐らくは初日にちらっと言っていた、「ゲーム」についてだとは思うが……。あんなに杜撰な説明の仕方で、よくも九人全員が集まったものである。
 実際、誘拐事件の被害者という弱い立場でなければ集まらなかっただろうし。少なくとも、僕なら行かない。何を話すのかも解らない会には参加する気が起きないからだ。その時間、睡眠を確保できることを思えば、無意義この上ない。
「……やっと言うこと聞いてくれたねー、ほんとにもう。世話が焼けるなあ」肆番は、ぱんぱんと手を叩いた。「今からルールやらなんやらの説明しまーす」
 そこで花園が威勢よく手を上げた。「何のルールなんですか!」
「あれ? 言ってなかったっけ。今から開催するゲームのルールとかを説明しまーす」
 なんだかとても弛緩した空気。この調子だと、そこまで緊張しなくても良さそうだ。
 せいぜい、僕達の親族に金銭でも要求していて、その待ち時間の暇潰し……といった感じだろう。僕達が逃げようなどと考えないように、子供に協力させて。
 ……そうであってほしい。
「では、これより、ゲームについて説明いたします。この権利の拒否、譲渡等は認められません」弐番は前に出て話し始めた。
 詰まるところ、立場が弱い僕達に、参加する以外の選択肢はないのだ。
「ルール説明の前に、カードをお配りします。ただし、他の方には見せないでください。カードに何が書いてあるかは本人だけが把握するものとします」
 弐番が手を前に差し出すと、光の粒が手のひらに回りながら収束しだした。この間と同じ──「マジック」だ。
 やがて、光は一際明るく瞬き、周辺へ飛び散った。その内の一粒が僕の手の中に収まる。薄くて長方形をした実体のないそれは、確かにカードのようだった。
 つるっとした手触り。ためしに裏返してみたけれど、真っ白。模様らしきものは見当たらない。再度表を向けた。
 そこに刻まれていた文字。それは……。
 村人陣営、村人
 村人……?
 僕は書かれた単語の意味が理解できなかった。
 そっと姉さんの表情を伺うと、僕と同じような反応を示していた。多分似たような感じだったのだろう。姉さんと目が合う前に、僕はカードへ目を戻した。
「皆様、そこに表情してあるのは役職です。くれぐれもお忘れにならないでください。この時間が終わってから役職の情報を交換し合うのは良しとします」
 弐番がパチンと指を鳴らすと、カードは再び光の粒に変わって霧散してしまった。
 ……村人が、役職? もしかすると彼らは、人狼ゲームでもしたいのかもしれない。まあ、人数的には妥当と言える。
 僕と姉さんは、ボードゲームのほうが好みだが。
 人の好みは人それぞれ。きっとあちらは心理戦が好きなのだ。机上に広げるより、言葉を投げるほうが得意なのだ。
 となれば、表情が出にくい僕ならともかく、表情豊かな姉さんは僕が誘導してあげなければ。僕は、姉さんを生き残らせるため、気合いを入れ直した。
「カードの内容を踏まえて、ルールをお聴きください」
 隣に座った小鳥遊が腕を組んだ。
「まず、先程お配りしたカードの中に、人狼と書かれたものと、村人陣営と書かれたものがあったかと思います」
 ここで周囲を見渡してみるも、誰一人反応していない……どころか、退屈そうな人がそこそこ多い印象を受けた。
 なんだか弐番が哀れになってきて、せめて説明くらいは聞いてやろうという気持ちになった。外見が単調でも内面まで単調だとは限らない。
「役職は、人狼、村人、占い師です。人狼の方は、正体を隠しながら、毎晩八時以降に村人陣営の方を襲うか襲わないかの選択をしてください。襲わなくても良いですし、もちろん襲って頂いても構いません。任せます」
 どうやら、普通の人狼ゲームとは違うようだった。ゲームに捻りを加えるためか、はたまたゲームを長引かせる狙いなのか。どっちにしろ、僕は聞いたことがない。
「占い師の方は一日に一回だけ、疑わしい方が人狼なのか私達運営に訊くことができます。時間指定はありません。いつでもお越しください」一呼吸おいて、弐番は続けた。「そして、今夜から毎晩七時に投票を行います。これから毎朝紙を配布いたしますので、七時までに誰に投票するのか決めて、予め書いておくように。書いていない場合は無効となりますが、もちろん反則とはなりませんのでお任せします。……ここまででご質問は?」
 花園は当然のように手を上げた。かなり勢いよく。
「はい! 人狼が村人を襲うかどうかは、事前申告が必要ですか?」これでは、自分が人狼だと言っているのとほぼ同義である。今晩はとりあえずこいつに投票してみるか。
「いいえ。必要ありません」
「じゃあ、どうやって襲ったか判定するんですか?」
「……? 簡単ですよ」
 彼女は、静かに、首を傾げた。なんでもないことを質問されたときと同じように。
「翌日の朝に死んでいる方が居れば、襲われたということでしょう」
 淡々と、そう言い切った。
 姉さんの指先が震え始める。「し、死んでいたら……って」
「はい。もちろん投票でも死にますよ。だってこれは、皆様に参加して頂くゲームですから。そのためにあなた方を誘拐したのですから! 私達はちゃんと、初日に宣告したはずです……そんなに驚くことは何も言っておりません」
 初日に言ってたっけ……? 宣告されたっけ……?
 改めて、皆の顔を見渡す。
 うつむく者、震える者……反応はまちまちだったけれど、皆驚き、怯えていた。心の準備ができていたとは到底思えない動揺──小鳥遊を、除いて。
 小鳥遊は、まるでこのときを予知していたみたいに……ただ、顔をしかめていた。そこに驚きなどみじんも見当たらない。
「…………そういうことだったんですのね。……仲を深めておくことを推奨致しますって」
 彼女は、何かに気づいていた。
「そ、れはどういう……」
「これは俗に言う、デスゲームなんですのよ。でも、ちゃんと気づいてしまえばそこまで酷くも……」
「お嬢ちゃんストップストップ! 情報交換は解散してからにして! ほら、オレ達の面目がなくなっちゃうからさ、ねっ」
 彼はそう言って、慌てた様子で人差し指を口元にあてる。必死に目配せしようとしているが、小鳥遊は睨みつけるばかりだ。
 そして、少し焦点をずらしたあと、ゆっくりため息をついた。「……そうですわね、ここで言ってしまうとゲームを楽しめませんものね」
「そうそう! ……でもま、もう解散にしてもいいけどね。質問あったらオレらに聞きに来てよ」肆番は、一刻も早くこの会を終わらせたいようだった。軽く指を鳴らし、僕達に一枚ずつ紙を配布する。「それ紙ね。解散!」
 解散の声が掛かっても、動こうとする人はいない。
 緩みきった空気はいつの間にか、じめじめと陰鬱な空気に入れ替えられてしまった。それもそうだ、今晩にでも死ぬかもしれないのだから。
 ……この空気を生み出したのはあいつらのはずなのに。中でも特に参番は、気まずそうに床を見詰めていた。
 哀れまれている。漠然とそう感じた。
「……行きますわよ、凪沙さん、陽さん。いつまでもじっとしていてはいけませんわ」
「…………ん、そうだね」
 小鳥遊に袖を引っ張られて、姉さんと一緒に立ち上がる。
 どうやら、一度部屋へ戻って話をしたいらしい。小鳥遊は明らかに急いでいた。
 振り向くと、すでに彼らの姿はなかった。
 ……そういえば、弐番があれほど感情を出したことはなかった気がする。
 ………………………………。
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