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黙っていれば

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コンコン、とノックをして王太子の言葉を待つ。ノックだけして入室しても良かったし、周りに誰もいなければ私もそうしたのだけど、生憎王太子殿下の執務室は屈強な男がふたり、門番のように立っている。さながら洞窟の祠を守る戦士のようだ。勝てない、と思った。
なぜ戦おうと思ったのかは分からないけれど。

「お茶のご用意が出来ました」

「入って」

短い言葉を貰い、入室する。ワゴンを押しながら部屋に入るのは至難の業だ。どうしたものかと思っていると、王太子お手製の人形……アデイラが器用にもワゴンを部屋に入れてくれた。私もそれに続く。
ぱたん、と完全に扉が閉められてから、王太子は顔を上げた。

「ご苦労さま。大変だったね」

「ほとんどはアデイラがやってくれましたわ」

私はそう言いながらワゴンの上に茶葉、カップを並べていく。今更ではあるが、一国の王女が他国の王太子にお茶を振る舞うとか、その、毒殺とか心配しないのかしら。もちろんそんな真似をするつもりはないけれど、可能性は常に身近にある。例えば、私本人にその気はなかったけれど、カップに故意に毒が塗られていたら、とか。

「…………」

「どうかした?」

「あ、いえ。えぇと、温度は100度でしたっけ」

「それ沸騰してるだろ。きみ、記憶力も悪いの?」

「殿下はお口が悪いようで」

腹が立ったので沸騰したお湯を突っ込んでやろうと思った。魔法で湯を沸かし、茶葉をセットする。茶葉は、私が好きなカモミールティーにした。特に指定はなかったしね。
お茶請けはオランジェット。これならさほど甘くないしいいのではないかしら?と思ったのだ。厨房に入っていちばん最初に目に入ったというのも大きい。というかそれが全てだわ。
茶葉をじゅうぶん蒸らし終えたので、コップに注ごうと思ったが、ポットが熱くてなかなか触れない。お茶を入れるのって思ったよりたいへんだわ………。ミーナはかんたんにいれていたけれど、思った以上にむずかしい。やはりプロの技術というのはあるのだろう。
どうしたものかと思っていると、不意に王太子殿下が立ち上がった。

「貸して」

「え?」

王太子殿下はそのままワゴンに置かれたポットを取ると、器用にお茶をいれた。

「殿下にこんな特技が………」

「僕は手先が器用なんだ。きみみたいに杜撰じゃないからね」

「そうですか。刺繍とかも得意そうですわね」

「そうだね。やったことはないけど……やる気もないかな」

柔らかな笑みを浮かべて王太子が答える。どうやら彼は女性らしいものと結び付けられるのが余程嫌らしい。だが先に貶してきたのはそちらなので、私もにっこりと笑って返した。

「殿下がまさかお茶をいれられるとは思いませんでしたわ」

「僕も人前でいれるのは初めてかな。でもそれを言ったらきみもじゃない?一国の王女がお茶を入れるなんて、聞いたことがない」

「そうですわね。特別ですのよ?」

一国の王女がお茶を入れるという真似までしたのだから、この後のこともスムーズに進めばいい。そう思ってい茶目っ気めいて言うと、僅かに王太子が身を引いた。

「どうかされて?」

「別に」

「まあいいですけれど。そうそう、用事はこっちでしたの」

そう言うと王太子が分かりやすくも警戒心を露わにするから、思わず苦笑する。まるで毛を逆立てて威嚇する猫のようである。訝しむような目をする王太子に、私はポケットからそれを取り出してーー。

「あ、間違えたわ」

一度しまった。しまおうとした。だけどその手はしっかりと王太子に掴まれてしまった。

「何なさるの?無作法ですわよ」

「その小瓶は何かな?何に使うの?どうしてそのポケットに入ってるのかな」

やはりしっかり見られていたらしい。
本当はサシェを先に渡して機嫌を取ろうと思ったのだが、仕方ない。私は諦めて、潔く話し出した。

「提案です。以前もお話したかと思いますけれど、ご婚約者に私たちの関係を話すべきですわ」

「僕に、他国の王女に精液を強請られて困ってると婚約者に言えと?」

「嫌だわ。それじゃ私、不埒な強欲女のようじゃない。誤解なさらないで、私はあなたに興味はありませんもの」

「そっちの方が余程酷い!」

王太子は疲れたようにため息を吐き、前髪をかきあげた。まっしろな額が目に入る。王太子はその薄青の瞳で私を見ると、私の手首を掴んだまま持ち上げた。身長差があるため、手を真っ直ぐ上にあげるような形になる。少し苦しいし、淑女がとる格好ではない。

「ちょっと、何をなさいますの!」

「きみの方が自分の言ってることを今一度考えた方がいい。僕は乱交には興味無い」

「らん………?ああ!つまりさんぴっンンン!」

「どうしてきみは!恥じらいが!ないんだ!」

乱交も3Pもあまり変わりはないように思うのだけど、王太子の基準ってどうなっているのかしら………。手で口を覆われたので、黙るしかない。いつまで私は口を塞がれていればいいのかしら?私は王太子殿下を見つめる。彼は、私を見ると、嘆息したように言った。

「きみは………黙っていれば可愛………見れる顔をしているのにな」

「んん!んんん!」

「そう。黙っていれば、黙っていれば、な」

手をさらに押し付けられてくぐもった声しか出ない。とても失礼なことを言われている自覚はあったので、私は口を覆う手のひらに舌を押し付けた。舌の腹をぐっと押し付けると、「ぅわ」と小さな声がした。手が外される。

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