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機械?魔法?お手紙
しおりを挟む私の命を繋ぐのは、小瓶に収められた5分の1にも満たない精液。……ちょっと、いやとてもではないけれど口にはしたくない文字列である。物理的にも口にしたくないけれど、これを飲まないとそれこそ死んでしまうのである。早くこんな生活から開放されたい……つい一ヶ月前までは明日の心配をすることもなかったのに、今は精液の量を確認して心配しなければならないなんて。
未婚の淑女であるはずなのに既にもう、なんかいろいろと大切なものを失っている気がするわ。
次の日、ミーナに支度を整えてもらい出立の準備を終えると最後の朝食をいただくことにした。
朝食後に、いよいよデスフォワードに戻るのだ。
(これからは死ぬことに怯えて生きていかなければならないのね)
そう考えるとくらくらしてくる。
呪いで死ぬってどんな感じなのかしら。呪い殺されるくらいなのだからきっと楽には死ねないわよね。あのとき咄嗟に体が動いてしまったことはもう仕方ない。後悔したって時間は巻き戻らないもの。今私に出来ることはこれからどうするかを考える一択であることは理解している。だけど思わずにはいられない。
(私部外者なのに……どうして死にそうにならなきゃいけないのよ!)
というか、もはや死ぬ可能性の方が高いのだ……
ここはやはり、昨日フェアリル殿下に襲われた時抵抗せず男女の交わりというものをすべきだったのかしら……。いや、それは良くないわ。
完全に八方塞がりだわ。
私の帰国が昨晩知らされたばかりとはいえ、朝の食事はとても豪華だった。きっと大変だったよね。そう思うとかなり申し訳ない。
白身魚のテリーヌを口に運ぶとなんとも上品な味わいがした。デスフォワードの宮廷料理も美味しいが、こちらの味わいはさっぱりしていて、妙にコクがある。たくさんは食べられないけれど、なんというか、高級!という感じがすごくするのよね。いや、母国を下げてる訳では無いのよ?
良く言えば前向き、悪く言えば陽天気、楽観的といわれる私といえど今後の命の期限を考えればカラトリーを持つ手も重くなるって言うもの。
美味しいけれど、気分が重いわ……。
気の重い食事を終えて部屋に戻ろうとしていると、侍女のひとりに呼び止められた。見たことの無い顔だわ。
「どなた?」
「サロメといいます」
侍女は私の背後を気にする素振りを見せた。
「王太子殿下からのお手紙とご伝言をお預かりしました」
「分かったわ。ミーナ、少し下がっていて。ジェイクも、少しでいいわ」
ミーナに言うと彼女は頷いて、私の後ろを歩いていた数人の侍女に目配せをして距離をとった。数人の侍女は何人かは自国から連れてきたものだけど、大半がフェアリル殿下から一時的に貸し出されている人たちだ。曰く、自国内で面倒事が起きてはこまる、との事だった。
ミーナ含む侍女たちに聞こえないようにするためか、随分声量を絞って彼女……サロメが話し出した。
「ご伝言は、『きみの望むものは与えられないけど、選択肢はあげるよ。どちらを選ぶかはきみ次第』との事です」
「は……?」
「そして、『精液を手土産に渡すほど頭のおかしい男になりたくないからね、賽は投げられた。あとはきみに託してあげる』と」
「ちょっ……!」
あっさりとんでもないことを言う彼女にうろたえる。確かに私は欲しがったけれども!だからといって侍女にそのまま伝言を託すことないじゃない!?慌てる私にサロメは変わらぬ声で続けた。
「ご心配なく。私は人形です」
「人形?あっ……」
そう言えば、以前フェアリル殿下は私の前で人形を形成し使役していた。それを思い出したのだ。
「本物のサロメは一ヶ月ほど前に婚姻のため仕事を辞めています」
「そ、そうなの」
私はふと気になった。
「あなたを動かしている……操作?しているのはフェアリル殿下なの?」
「はい。とはいえ、手動ではありません」
「……?……!!」
私はある可能性に思い当たってさらに声を落とした。てっきりこの人形は魔法で造られたものなのかと思っていたけれど、もしかしてなにか仕掛けがあるのかしら?どんな仕掛けかは分からないけれど!
「あなた、もしかして時計とかと同じ要領で造られた機械人形なの……!?」
「いいえ。私は魔法人形です」
「あっ。そうなの……そうよね……」
思えば、私はフェアリル殿下が泥のようなものから人形を生み出した場面をしっかりと目撃している。私が首をひねらせていると、サロメが少し笑った。
「だけど、プログラムが仕込まれているという点では、機械人形も魔法人形も変わりませんね」
「……今、殿下は何を?」
「お仕事中です」
「そうなの……」
気になるところはまだあるけど、あまり長時間話していてミーナに怪しまれてはいけない。私は頷くと、サロメから渡された手紙を受け取った。赤の封蝋が落とされている。ユリの紋章。国花のユリを使うことが出来るのは王族だけだ。
(私に選択?一体どういう意味なのかしら)
私はサロメにもう戻っていいと伝えると、後ろをふりかえってミーナに目配せする。話がすんだことを知った彼女が戻ってくると、サロメは頭を下げてそのまま廊下に消えていった。
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