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偽りの聖女
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今から二日前。
王城に呼び出された私は、黒のドレスに身を包み、馬車に乗り込んだ。
ラスザランでは黒がどの色よりも大事にされる。
この国は、遥か昔──一万年前ほどに、神から罰を受けたと言われている。
一万年前のことを記した文献はあまりに少なく、殆どが口伝で伝わっているのみだ。
一万年前──このラスザランは神々の争いに巻き込まれた。
神々の諍いに巻き込まれ、理不尽な罰を与えられた民は苦しみ、国の存亡の危機に陥ったという。
このまま、ラスザランは滅びるのかと思われた時、また別の神が手助けをした。
滅びを待つだけの人間を哀れに思い、ひとりの娘に【神に対抗する力】を授けたのだ。
その娘は、ラスザランでは珍しい黒色の髪をしていたという。
彼女は、神から与えられた力を使い、民を助け、国を救った。
国王は彼女に感謝し、彼女に【聖女】という称号を与えたのだ。
神々の諍いに巻き込まれ、理不尽な罰を受けたこの出来事を、ラスザランの人々は後世に【暗黒の洗礼】と呼ぶことになる。
この諍いは、偶発的なものではなく、良き人間と悪しき人間を選別する意味合いがあったのでは、という見方が生まれたためだ。
そして、聖女が黒髪であったこと、それから現在までの間、黒髪の聖女しか現れていないことから、ラスザランでは【黒】が何よりも重要視されるようになった。
社交界デビューをする時や、結婚式では黒のドレスを身につけるのがマナーだ。
逆に、ひとのお見舞いや葬儀などでは、白い服装をすることが当然のマナーとなっている。
白は、何にも染まらない色だ。
だからこそ、葬儀などでは、【今は亡き魂が、何者にも妨げられずに天に昇れるように】という意味を見出されている。
ラスザランにとって、正装服は黒を指す。
だから私も、黒のドレスを纏って、王の呼び出しに応じた。
王城に到着すると、玉座の間にすぐ通された。
黒のドレスに黒の靴。
黒の髪を揺らしながら私は無感情に玉座の間に向かった。
そして、言われた言葉が。
「本物の聖女はお前ではなく、我が娘、リュナである!偽りの聖女を名乗った罪、とくと受け止めよ!」
「…………」
しばらく、何を言われているのかよく分からなかった。
この国で聖女は、唯一王と対等──その関係に上下関係はないものだとされている。
だから私も跪くことはせずに王の話を聞いていた。
王は手にしていた王杖を振り回し、叫んだ。
「偽の聖女の分際でよくもぬけぬけと……!貴様の二枚舌を引っこ抜いてやりたいわ!」
「お待ちください。リュナ王女殿下が、聖女?それはどのように」
「リュナが先日、儂に申し出よったわ!二の腕の痣もしかとな!貴様のものと違い、既に聖女の模様は黒に染められておった。リュナは可哀想に、とても困惑しておった。『実はこんなものがあったが、エベリウムがいるから黙っていた……』とな!なんて可哀想なリュナ。リュナは長い間、ずっとお前に手柄を奪われていたのだ!聖女の名を騙る、逆賊にな!」
「リュナ王女に模様が……?」
私は表情を動かすことなく、ぽつりと呟いた。
聖女は、限りなく神に近い。
人間でありながら、人間では無い存在。
だから、無闇矢鱈に感情を表に出すような真似はできない。
そう厳しく躾られて育った。
百年に一度、ラスザランには聖女が生まれるが、この一万年、聖女が同じ時に複数存在していたという記録はないはずだ。
私の痣は生まれつきのもの。
そして、成長とともに、時間の経過とともに。
祈りの儀式を続けているうちに──だんだん黒く、染まりつつある。
この紋様が黒に塗りつぶされる、ということはそれはすなわち儀式の完了、結界の貼り直しが成功したことを示す。
(最初から完成された聖女の紋様……?)
状況を飲み込むことは出来ても、なぜそうなっているかまでの理解には及ばない。
(……リュナ王女は、偽りを?だけどなぜ)
黙り込む私に、王が王杖を掲げた。
「この謀反者を捉えよ!!国家転覆を企む逆賊であるぞ!!」
その声に、周囲に控えていた騎士が困惑した様子を見せる。
当然だ。
この国は聖女を擁する信仰国家。
その聖女を──今まで聖女と思い、敬い、親愛を向けてきた相手を捕らえろと言われて、彼らが混乱するのももっともな話だった。
戸惑いを見せる彼らに、王がさらに叫ぶ。
「ラスザランの存亡の危機であるぞ!!貴様ら、国に仕える騎士であるのなら!早急にこの女を……聖女を騙る偽物を捕えよ!聖女を敬い、崇め奉るこの国で偽物を騙り、その肩書きを良いように利用するなど……言語道断である!ラスザランの人間であるのなら!ラスザランに生まれ、育った民であるのなら!己が何をすべきか、儂が言わずともわかるであろう!」
王の咆哮のような命令に、ようやく騎士が動く。
躊躇いがちに、だけどしっかりと、私の手が拘束された。
「…………王の命令ですので」
「聖女様のためですので、ご容赦を」
呟くように言われて、手に縄を掛けられる。
(……聖女様のため、ね)
その聖女は誰を指しているのだろう。
私は、自分の成すべきことをよく理解している。
私はそのために生まれ、生かされ、育てられてきたのだ。
(反逆者として捕えられ、その先は?)
ちら、と王を見る。
何を考えているか知るためだ。
だけど王は、不機嫌そうに私から視線を外していた。
(王が、国家滅亡を望むはずがない。裏で糸を引いているものがいるか……。王自身が騙されているか。リュナ王女の目的は──)
王城に呼び出された私は、黒のドレスに身を包み、馬車に乗り込んだ。
ラスザランでは黒がどの色よりも大事にされる。
この国は、遥か昔──一万年前ほどに、神から罰を受けたと言われている。
一万年前のことを記した文献はあまりに少なく、殆どが口伝で伝わっているのみだ。
一万年前──このラスザランは神々の争いに巻き込まれた。
神々の諍いに巻き込まれ、理不尽な罰を与えられた民は苦しみ、国の存亡の危機に陥ったという。
このまま、ラスザランは滅びるのかと思われた時、また別の神が手助けをした。
滅びを待つだけの人間を哀れに思い、ひとりの娘に【神に対抗する力】を授けたのだ。
その娘は、ラスザランでは珍しい黒色の髪をしていたという。
彼女は、神から与えられた力を使い、民を助け、国を救った。
国王は彼女に感謝し、彼女に【聖女】という称号を与えたのだ。
神々の諍いに巻き込まれ、理不尽な罰を受けたこの出来事を、ラスザランの人々は後世に【暗黒の洗礼】と呼ぶことになる。
この諍いは、偶発的なものではなく、良き人間と悪しき人間を選別する意味合いがあったのでは、という見方が生まれたためだ。
そして、聖女が黒髪であったこと、それから現在までの間、黒髪の聖女しか現れていないことから、ラスザランでは【黒】が何よりも重要視されるようになった。
社交界デビューをする時や、結婚式では黒のドレスを身につけるのがマナーだ。
逆に、ひとのお見舞いや葬儀などでは、白い服装をすることが当然のマナーとなっている。
白は、何にも染まらない色だ。
だからこそ、葬儀などでは、【今は亡き魂が、何者にも妨げられずに天に昇れるように】という意味を見出されている。
ラスザランにとって、正装服は黒を指す。
だから私も、黒のドレスを纏って、王の呼び出しに応じた。
王城に到着すると、玉座の間にすぐ通された。
黒のドレスに黒の靴。
黒の髪を揺らしながら私は無感情に玉座の間に向かった。
そして、言われた言葉が。
「本物の聖女はお前ではなく、我が娘、リュナである!偽りの聖女を名乗った罪、とくと受け止めよ!」
「…………」
しばらく、何を言われているのかよく分からなかった。
この国で聖女は、唯一王と対等──その関係に上下関係はないものだとされている。
だから私も跪くことはせずに王の話を聞いていた。
王は手にしていた王杖を振り回し、叫んだ。
「偽の聖女の分際でよくもぬけぬけと……!貴様の二枚舌を引っこ抜いてやりたいわ!」
「お待ちください。リュナ王女殿下が、聖女?それはどのように」
「リュナが先日、儂に申し出よったわ!二の腕の痣もしかとな!貴様のものと違い、既に聖女の模様は黒に染められておった。リュナは可哀想に、とても困惑しておった。『実はこんなものがあったが、エベリウムがいるから黙っていた……』とな!なんて可哀想なリュナ。リュナは長い間、ずっとお前に手柄を奪われていたのだ!聖女の名を騙る、逆賊にな!」
「リュナ王女に模様が……?」
私は表情を動かすことなく、ぽつりと呟いた。
聖女は、限りなく神に近い。
人間でありながら、人間では無い存在。
だから、無闇矢鱈に感情を表に出すような真似はできない。
そう厳しく躾られて育った。
百年に一度、ラスザランには聖女が生まれるが、この一万年、聖女が同じ時に複数存在していたという記録はないはずだ。
私の痣は生まれつきのもの。
そして、成長とともに、時間の経過とともに。
祈りの儀式を続けているうちに──だんだん黒く、染まりつつある。
この紋様が黒に塗りつぶされる、ということはそれはすなわち儀式の完了、結界の貼り直しが成功したことを示す。
(最初から完成された聖女の紋様……?)
状況を飲み込むことは出来ても、なぜそうなっているかまでの理解には及ばない。
(……リュナ王女は、偽りを?だけどなぜ)
黙り込む私に、王が王杖を掲げた。
「この謀反者を捉えよ!!国家転覆を企む逆賊であるぞ!!」
その声に、周囲に控えていた騎士が困惑した様子を見せる。
当然だ。
この国は聖女を擁する信仰国家。
その聖女を──今まで聖女と思い、敬い、親愛を向けてきた相手を捕らえろと言われて、彼らが混乱するのももっともな話だった。
戸惑いを見せる彼らに、王がさらに叫ぶ。
「ラスザランの存亡の危機であるぞ!!貴様ら、国に仕える騎士であるのなら!早急にこの女を……聖女を騙る偽物を捕えよ!聖女を敬い、崇め奉るこの国で偽物を騙り、その肩書きを良いように利用するなど……言語道断である!ラスザランの人間であるのなら!ラスザランに生まれ、育った民であるのなら!己が何をすべきか、儂が言わずともわかるであろう!」
王の咆哮のような命令に、ようやく騎士が動く。
躊躇いがちに、だけどしっかりと、私の手が拘束された。
「…………王の命令ですので」
「聖女様のためですので、ご容赦を」
呟くように言われて、手に縄を掛けられる。
(……聖女様のため、ね)
その聖女は誰を指しているのだろう。
私は、自分の成すべきことをよく理解している。
私はそのために生まれ、生かされ、育てられてきたのだ。
(反逆者として捕えられ、その先は?)
ちら、と王を見る。
何を考えているか知るためだ。
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