5 / 61
狐の獣人 2
(これ、私の服じゃない……)
こんな見るからに高そうな服は持っていないし、間違いなくティナの服では無いのだが、ではそうなると彼女の着ていた服はどこにいったのか、という話になる。
こんな高価そうな服を着ていいのか迷ったが、今のティナは薄いシュミーズと、ドロワーズしか履いていないのだ。青年がティナの服だと用意してくれたのだから、好意に甘えよう。
そうしてティナが服に袖を通したところで、コンコン、と扉にノックがあった。
「ティナ。着替えられた?ひとりでも着られるデザインのものを選んだんだけど……大丈夫だったかな」
「あっ……い、今着終わりました!」
腰のリボンをきゅっと結んでティナが答えると、「開けるね」と声が聞こえ扉が開いた。
青年もまた、着替えてきたのだろう。真っ白のアイロンのきいたシャツに、黒のトラウザーズを履いていた。肩には群青色の羽織がかかっていて、寒色系の色彩が、銀の色を持つ彼にはとても似合っている。
「うん、良く似合う」
「……ありがとうございます」
似合うのは青年の方だ、と思ったティナだが、静かにお礼を言った。
それより気になることがあるからだ。
ティナは落ち着かない気持ちで視線をあちこちにさまよわせたり、ドレスの裾を握りしめたりしていたが、やがて話を切り出した。
「あの……どうして私はここにいるの……?ごめんなさい、昨日のことあんまり覚えてなく、て……」
ティナの言葉が止まったのは、青年が急にこちらに向かって歩いてきたからだ。ぴしりと固まったティナの前に彼は立つと、彼女の顎を持って持ち上げた。小柄なティナと、身長の高い彼では身長差がかなりある。
「……覚えてない?」
彼は目を細めて、どこか探るような視線を向けてきた。
「ロレリーナがいなくなったあたりから……あまり覚えてなくて」
咎められているのかとティナの兎耳はしゅんと項垂れた。青年はそんな彼女をじっと見つめていたが、やがてふ、と口元を綻ばせた。
「そっか。俺は楽しかったんだけどな、昨日の夜。ティナもノリノリだったじゃん」
「………え!?」
「何も覚えてない?俺がきみに触れた時の感覚を、何も?」
青年の手がゆっくりとティナの背中を辿り、腰のラインをなぞった。その手つきに、慣れないながらも官能めいた感覚を感じ取ったのだろう。
ぴく、と彼女の耳が揺れた。
「そうだ、安心して。ちゃんと避妊はしたよ」
にっこり笑う青年に、ティナは今度こそ完全に固まった。
その後、ティナは文字通り脱兎のごとくその場を逃げ出した。
帰ります!と言って部屋を飛び出し、思ったよりも広い廊下で迷子になった彼女を玄関まで案内してくれたのは彼だった。
あまりにも格好がつかなかったが、それでも彼はティナに話し合いを急かすようなことはしなかった。しかしただ、一言。
「ティナは昨日の出来事を無かったことになんてしないよね?」
と、まさにその通りにしようと半ば考えていたティナに釘を指した。
途端、どうすればいいか分からず混乱と動揺で泣きそうになった彼女に青年は柔らかい笑みを浮かべる。
「可愛い兎の娘さんが、ヤリ捨てなんて、しないよね?」
確かめるような、それでいて威圧感のある声だった。その声に、今度こそティナは何も言えなくなってしまった。
あれから、ティナは惚けながら自宅に帰ったが、思い出すのは彼のことばかりだった。
避妊はした、と彼は言う。
(避妊、昨日の出来事……ヤリ……捨て)
その言葉から連想されるのは一夜の出来事である。ティナには全く無縁の話だと思っていたのに、まさかのまさかである。
(つ、つまり私って……昨日、処女を失くした、ということ!?)
それも、相手はあの冷たい印象のある青年だ。
あの後ティナは青年の名前を聞きそびれた、と思っていたが、もしかしたらもう二度と会うことの無い相手かもしれないのだ。
そもそも、彼がどこの誰だかわからない。彼が滞在していたのは王都の外れにある高台の屋敷だった。その屋敷は王都を見下ろすように建っており、広さもティナが迷子になるほどだった。
きっと彼は名のある家の子息なのだろう。
そう思うと、もう会わない方がいいと考えた。
(それに……彼はαだわ)
αには、運命の番がいるはずだ。
彼は運命の番に否定的だったが、出会ってしまったら抗えられないだろう。
だって、運命の番とはそういうものなのだから。
あなたにおすすめの小説
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
元アラサー転生令嬢と拗らせた貴公子たち
せいめ
恋愛
侯爵令嬢のアンネマリーは流行り病で生死を彷徨った際に、前世の記憶を思い出す。前世では地球の日本という国で、婚活に勤しむアラサー女子の杏奈であった自分を。
病から回復し、今まで家や家族の為に我慢し、貴族令嬢らしく過ごしてきたことがバカらしくなる。
また、自分を蔑ろにする婚約者の存在を疑問に感じる。
「あんな奴と結婚なんて無理だわー。」
無事に婚約を解消し、自分らしく生きていこうとしたところであったが、不慮の事故で亡くなってしまう。
そして、死んだはずのアンネマリーは、また違う人物にまた生まれ変わる。アンネマリーの記憶は殆ど無く、杏奈の記憶が強く残った状態で。
生まれ変わったのは、アンネマリーが亡くなってすぐ、アンネマリーの従姉妹のマリーベルとしてだった。
マリーベルはアンネマリーの記憶がほぼ無いので気付かないが、見た目だけでなく言動や所作がアンネマリーにとても似ていることで、かつての家族や親族、友人が興味を持つようになる。
「従姉妹だし、多少は似ていたっておかしくないじゃない。」
三度目の人生はどうなる⁈
まずはアンネマリー編から。
誤字脱字、お許しください。
素人のご都合主義の小説です。申し訳ありません。
【完結】能力が無くても聖女ですか?
天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。
十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に…
無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。
周囲は国王の命令だと我慢する日々。
だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に…
行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる…
「おぉー聖女様ぁ」
眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた…
タイトル変更しました
召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです【書籍化進行中・取り下げ予定】
矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。
それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。
本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。
しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。
『シャロンと申します、お姉様』
彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。
家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。
自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。
『……今更見つかるなんて……』
ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。
これ以上、傷つくのは嫌だから……。
けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。
――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。
◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです。
※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっております。……本当に申し訳ございませんm(_ _;)m
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
モブ令嬢、当て馬の恋を応援する
みるくコーヒー
恋愛
侯爵令嬢であるレアルチアは、7歳のある日母に連れられたお茶会で前世の記憶を取り戻し、この世界が概要だけ見た少女マンガの世界であることに気づく。元々、当て馬キャラが大好きな彼女の野望はその瞬間から始まった。必ずや私が当て馬な彼の恋を応援し成就させてみせます!!!と、彼女が暴走する裏側で当て馬キャラのジゼルはレアルチアを囲っていく。ただしアプローチには微塵も気づかれない。噛み合わない2人のすれ違いな恋物語。