〈完結〉βの兎獣人はαの王子に食べられる

ごろごろみかん。

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曇り空の下で

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 ねちょ、ぬちょ、と体を動かす度に不快な音がし、水分をたっぷり吸ったフロックコートが身動きを邪魔した。
 地下牢を出て王族のプライベート区域の回廊を歩いていた彼は、前から見知った顔が歩いてきて足を止める。相手も、ロベートの顔を見て安心したように足早にこちらに向かってきた。
 
「お前……また、その格好は……」
 
「お久しぶりです。兄上」
 
 長い銀髪を編んだ男性は、ロベートと髪色は同じだが顔つきは似ていなかった。
 男らしく太い眉に、精巧な顔立ちをした彼はロベートを上から下まで見て、眉を寄せる。
 ロベートの顔や手は汚れていないが、その血なまぐささは隠しようもなかった。ただ、黒のフロックコートを身にまとっているために血の色が隠れているだけである。
 
「……また地下牢か」
 
 兄王子はため息混じりに零した。
 対して、弟は顔色ひとつ変えない。
 これも、何度となく交わしたやり取りだった。
 
「何度も言ったが、お前がわざわざ手を汚す必要は無い」
 
「お言葉を返すようですが、これは私が望んで行っていることです。兄上が寛大な方で良かった、私の好きなようにさせてくださる」
 
「……王子であるお前が、わざわざその手を血に濡らす理由はなんだ。ロベート、お前は──」
 
 兄の言葉を、しかしロベートは途中で遮った。
 
「兄上は、義姉上と庭園でティータイムをするために来られたのでは無いですか?あまり待たせると、痺れを切らして彼女が来ますよ」
 
「ロベート」
 
「分かってます。ですが、これが私の望んだことです。私は私の求めるもののために、手を汚すことを選んだ。兄上と父上に叛意を示すような真似はしませんので、ご安心を」
 
「そうじゃない。……私は、ただお前が心配なんだ。ロベート、お前は確かに我々王族の中で珍しい狐の獣人だ。だが、それは決して有り得ないことではない。遡れば先々代の縁戚に、狐の獣人の女性がいる。お前はおそらくその血が濃く──」
 
「慰めは結構ですよ、兄上」
 
 ロベートは力を抜くように笑みを浮かべた。皮肉げなものではなく、疲労を感じさせるものだ。
 ロベートは狐の獣人だ。そして、兄のバルトロは、|百獣の王(ライオン)の獣人。
 王族は必ず、ライオンやチーターを初めとしたヒエラルキートップの獣人として生を受ける。
 それは、現国王もそうだし、王弟も同様だ。その中で、第二王子として生まれたロベートだけが狐の獣人として生まれた。
 これは例を見ないことで、王はライオン、王妃は狼の獣人だったことから不義すら疑われた。

 しかし、国王夫妻はとても仲が良く、ロベートにバルトロと変わらぬ愛を注いでくれたが、生まれた時から見下された王子が心身健康に育つはずがない。物心ついた時にはロベートはひとを見下し、他者を信じないひねくれた子に育っていた。
 
「義姉上がいらっしゃいますよ。私のこの格好を見せるわけにはいきません。これで失礼します」
 
「…………」
 
 バルトロはまだ、ロベートに何か言いたげな顔をしていたが、確かに妻を待たせているのも事実だったので、結局彼がなにか口にすることはなかった。
 そのままロベートは階段をのぼり、自室に向かう。その途中、部下に会うと彼は身に纏うフロックコートをようやく脱いで、血液を含み重たくなっているそれを部下に投げ渡した。
 べちゃ、と不快な音がする。
 
「着替えたら陛下に報告がある。先触れを出せ」
 
「かしこまりました」
 
 先程まで、ロベートは地下牢に捕らえた男をひとりずつ尋問していた。しかし、正直に口を割ろうとしない男ばかりだったので手荒な手段になってしまったのは否めない。
 彼が手を血に染めたのは今に始まったことではないが、このままティナに会うことは憚られた。まずは身を清めて、そして父に報告してからあの家に戻ろう。
 彼女の家で寝かせた時、眠りが深くなるよう睡眠薬を口に含ませた。
 だから、まだ目は覚めていないはずだ。
 ロベートは素早く湯を浴びて身を清めると、父王へ報告に向かった。
 
 
 
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