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狐の刺繍 2
しおりを挟む「ティナ!待って!」
「ロベート殿下!?どちらに向かわれますの!?」
ロベートの声と、女性の声が聞こえてくる。
ティナはなぜ自分が逃げているのかすら分からず、登ってきた坂道をただひたすら駆け下りていった。
坂道を駆け下り、自宅に続く道に踏み出したところで、強く腕を掴まれた。ロベートだ。見なくてもわかる。
「ティナ!どうして急に逃げたの」
「わ、私は……」
ティナが言い淀んでいると、追いかけてきたのだろう。ドレスの女性もティナとロベートの元にやってきた。
近くで見た女性は、ティナがたじろいでしまいそうなほど美しい。派手な美人だ。金の巻き毛も、長いまつ毛も、濃いお化粧も、露出の多いドレスも全て彼女に似合っていた。
彼女はロベートがティナの腕を掴んでいるのを見ると、眉を寄せた。
「殿下?この方は?」
「俺の恋人ですよ」
あっさりと答えるロベートに、女性は目を見開いた。そして、品定めするようにティナを上から下まで見下ろした。ティナはいたたまれず、俯いた。兎の耳がへにょりと垂れ下がる。
「……ご冗談を。ただの平民ではありませんか。そんなことより!お伝えしたはずですわ。わたくし、今ヒートを起こしていますの。とても辛い中、なんとかここまで来ましたのよ。抱いてくださらないの?」
「何度もお伝えしたはずです。私にはΩのフェロモンを感知することは出来ない。あなたを助けることはできません」
「嘘よ!あなたはわたくしの運命の番なのよ。フェロモンが感知できなくても構わないわ。今すぐわたくしの首筋を噛んで!」
「同じことを二度も三度も言わせないでいただきたい。私はαとして欠陥品です。ほかを探した方がいい」
「嫌よ!!嫌!!」
女性はヒステリックを起こしたように騒ぎ始めた。感情的になっている女性を前に、ティナが後ずさろうとすると、彼がぐい、とその背中にティナを隠した。
「ロベート殿下。あなたはわたくしを番にするの。これは運命なのよ。なにが気に食わないの?あなたは王位継承権を持つ王子で、わたくしはディズアード家の娘ですのよ。あなたにとってもいい事づくめのはず……」
「いい事づくめ?ばかを言わないでいただきたい。ディズアード公爵は私を担ぎ出したいだけでしょう。それに私は、あなたを愛していない。それとも、運命の番とは片方の思い込みだけで成り立つものなのですか?」
「それは……!」
「とにかく、今日はお帰りいただきたい。後ほど、正式にディズアード公爵に連絡させていただく。突然押しかけられて、迷惑だ」
「殿下!」
女性は悲鳴のような声を上げたが、ロベートは片手を上げて彼女の後ろに控える御者に連れて帰れと伝える。御者は言いにくそうにしながらも女性に声をかける。彼女はそれでも食い下がり、その場に残ろうとしたが、ロベートは一切そちらを見なかった。
「ティナ、どうして今日は俺の家に?」
「ロベート。でも」
女性は未だ、ロベートを強く見つめていて、話し足りなさそうだった。ふたりの話を邪魔したのはティナだ。帰るなら、ティナの方だろう。
彼女はそう思ったが、彼は彼女の言葉を違う意図で受け取ったようだった。
「ああ、彼女はもう帰るから気にしないで。その話もしよう」
優しく、絡めとるように繋がれた手は、しかし外すことは難しそうだった。彼にしては珍しく、彼女の手を強く握る。痛くはないけれど、その力の強さに彼女は息を飲む。
「でも──邪魔をしてしまったのは私だもの。私、帰るわ」
「ティナ?いいんだ、彼女とは約束なんてなかった。いいから、早く行こう」
ティナは彼の手を引いて、自身の手を取り戻そうとするが、それは叶わない。
ふと、強い視線を感じてそちらを向くと彼女がティナを睨みつけていた。それにびくりと身動ぎすると、彼も彼女の様子に気がついたのだろう。
「行こう」
繋がれた手を強く引かれ、ティナはもう抵抗することは出来なかった。
ティナの家に入ると、自然と彼も部屋に入り込んだ。
ティナの部屋は狭い。玄関を抜けた先は、寝台とキッチンを揃えた一部屋しかない。椅子は一脚あるが、ふたりが座ることは出来ない。
自然、ティナは彼をベッドに座らせていた。
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