〈完結〉βの兎獣人はαの王子に食べられる

ごろごろみかん。

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花嫁の望みはなんでも叶えたい 3

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 彼も王子として、時間を持て余しているわけではないだろう。
 ティナはさいきんになってようやく、この王子が暇人ではないのだと察していた。
 彼の正体を知る前は、毎日雑貨屋までお迎えに来てくれるので暇人なのかと疑ったものだが……。
 
 共に眠った朝は、彼は家を空けているし、日中数時間程度、不在になることはしばしばだ。
 時には、先日のように二週間程度王都を離れることもある。
 ティナは、王子でありながら危険の伴う仕事と彼が答えたことに違和感を抱いたが、彼女はまだそのことについて尋ねることが出来ていなかった。
 
「……こう?」
 
 ティナが再び文字を書くと、彼は少し悩む素振りをした。
 彼は、ティナをとても甘やかすが、授業は生半可なものではない。
 しっかり、彼の及第点を得られるまで講義は終わらない。
 
「ティナは、無意識に右上に文字が跳ねちゃいやすいのかな。もう少し、大ぶりに書くイメージで……ティナ、手を貸して」
 
「……!」
 
 彼の手が、羽根ペンを持つ彼女の手に触れた。
 そっと触れた彼は、そのまま彼女の手を上から握ると優しい力加減で、彼女の手を動かしていく。
 羽根ペンの先は、滑らかに線を描いていく。
 ティナの手を覆う彼の指先は骨ばっていて、すらりと長く、爪先の形まできれいだ。
 ティナは、その指先を見ていると途端、いつの日かの記憶が蘇ってきそうで、羞恥に顔が赤くなった。
 
「こう……。pは前の文字のaの払った部分から引っ張るようにして……」
 
「……」
 
「ティナ?」
 
「あっ……え、ええ。わかった。ありがとう、わかりやすいわ」

 ロベートの声掛けにハッと我に返った彼女は、力強く頷いて見せた。
 
 (私、ロベートがせっかく授業をしてくれてるのにボーっとするなんて……)
 
 手が触れただけ。
 既に肌を合わせたことすらあるティナが今更動揺することでも無いはずだが、そうは言いきれなかった。
 なぜなら、彼女はあの夜以来、彼に触れられていない。
 もう一ヶ月以上が経過する。
 彼が彼女に触れない理由は知っている。
 彼の家に移り住んだその夜に、彼女は彼に言われたのだから。
 
 彼女はその時のことをそっと思い出した。
 
 『今日から、俺はきみに触れないようにする』
 
 突然の言葉にティナは目を丸くした。
 びっくりして戸惑いを隠せない彼女に、彼は苦笑したのだ。
 
 『ティナは、婚前交渉にあまりいい思いを持っていなかったでしょう?今更ではあるけど……結婚初日。俺たちの初夜までの間、俺はきみに無垢な婚約者と同じように大切に、紳士的に接したい。今からじゃ遅いかもしれないけど……これが俺なりのけじめ。許してくれる?』
 
 許すも何も、彼を受けいれたのはティナの意志だ。
 そして、なぜティナが婚前交渉に不安を思っていたことを彼が知っているのか、彼女は気になったがそれ以上に彼女を愕然とさせたのは。
 
 (結婚するまで……触れない?)
 
 彼との触れ合い一切を取り上げられたことだった。
 まさか、照れ屋で奥手な彼女から『肌を重ねたい』などと口にできるはずがない。
 
 『……元々、あなたにはすべてを許していたわ。でも……わかった。私も、頑張るわね』
 
 結果、彼女は顔を真っ赤に染めながらも、ちいさな声で呟いた。
 それを見た彼が、困ったような、苦笑いするような、そんな表情で視線を逸らしたのを彼女は気が付かない。
 
 『耐えられるかな……』
 
 ロベートのちいさな声は、ティナには届かなかったが、奇しくもティナも全く同じ気持ちだったのだ。
 こうして、ふたりの奇妙な禁欲生活は幕を開けた。
 
 それから彼は、宣言通りティナには指一本触れなかった。
 夜、おやすみの口付けは欠かさず交わしているが深いキスになる手前で彼は口付けを解いてしまう。ティナが物足りなさそうな顔をすれば、
 
 『ごめん、これ以上は耐えられる自信が無い』
 
 と彼は苦しそうな顔で言った。
 それはティナも同じだったし、彼に無理は言えないので、彼女も大人しく引き下がる。
 
 もはや、ふたりの禁欲は意地のようなものだった。

 早く結婚したい。
 ティナはそればかり考えてしまい、そしてそんな自分がとんでもなくふしだらになってしまったかのように感じて、ますます泣きたくなる。
 初夜まで、なんて言わずとも彼の好きなように触れて欲しかった。
 だけどそれを口にすることは、彼の気遣いを無下にすることだと考えると、ティナもわがままを口に出せない。
 
 そして──一ヶ月が経過する頃には、彼の一挙手一投足に逐一反応する、意識しすぎな兎が一羽、完成していた。
 
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