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獲物を狩る準備
私の名前は、ルナマリア・ルーゼン。
ジェラルド様と結婚し、ルーゼン伯爵夫人となった。
年齢は、十八。
私とジェラルド様の結婚は、完全に政略結婚だった。互いに愛はない、──と思っていたのだけど、彼はそう考えていなかったようだ。
ルナマリアは、彼のことが好きで好きでたまらない、といつの間にか、彼の頭ではそうなっていたらしい。
愛の言葉はもちろん、それらしいことなど一切したことがないのに、だ。婚約が結ばれた際に定められた、定期の逢瀬くらいしか関わりはなかったというのに、彼はあたかもそれが真実かのように思い込んでいる。なにが、思い込みの理由となったのかは、わからない。
何度、嫉妬からの言葉ではないと伝えても、意味はなかった。彼は、私の言葉を全て【嫉妬から来るもの】と処理してしまうからだ。
自室に戻った私は、ふと窓の向こうに視線を向けた。そこには、旦那様の恋人であるフローレンス様が。
フローレンス様を待たせている旦那様は今頃、大慌てて支度を進めているのだろう。
寒空の下、白い息をてのひらに吹きかけているフローレンス様は、たいへん可憐だ。
十人が十人、見れば『愛らしい』と表現するであろう、容姿。エメラルドのような緑の髪に、星屑のような紺青の瞳。いつも露出の多いドレスを身につけているというのに、婀娜めいた雰囲気はなく、可憐な少女のように、見えるのは彼女が持つオーラがそうさせているのだろう。
なんとなく、彼女を見ていると、不意に彼女はパッと顔を上げた。目を輝かせて、見つめた先には──。
彼女はそのまま、駆けていった。
淑女としてはとんでもない失態だが、恋人の前なのだ。これくらいはご愛嬌、というものなのだと思う。
雪が降り始めた。
粉雪は、はらはらと舞い降りて、ふたりの頭上を彩った。久しぶりの逢瀬、というわけでもないのにフローレンス様と彼──ジェラルド様は熱く見つめあっている。
ふたりを見ていると、とてつもない肩透かし感──虚しさすら感じてくる。
私は、女の幸せというものを求めているつもりはなかった。ただ、自身に与えられた責務をこなそうと、先代伯爵との約束を守ろうと、しただけだったのに。
「はあああーー」
感傷に浸っていても仕方ない。もとより、そんなメソメソとした性格でもない。
私は、疲れを吐き出すようにため息を吐いてからカウチに腰を下ろした。
(次の夜会は明後日……)
きっと、次もジェラルド様は当然とばかりにフローレンス様をエスコートするのだろう。周囲の視線を思うと、頭が痛い。
ジェラルド様の問題はそれだけではない。彼は、他にもとんでもないやらかしをしている。
それは──。
借金問題、である。
彼は、気の強い性格が仇となったのか、たいへんな負けず嫌いである。そのくせ、そんなに勝負には強くない。夜会に参加する度にえらい負債を抱えてくるので、それも頭痛の種だった。
とはいえ、私に注意されるのは彼のプライドが許さないようだった。私の注意の言葉すらも【私が彼の恋人に嫉妬して駆られた言葉】として処理されてしまうのである。
(……やってられるか!)
何度、拳を握ったかわからない。
ぎりぎりのところで手を出すことだけは避けられているものの、これ以上私の忍耐を試すのはやめていただきたい。
というわけで。私は水面下でゆっくりと動かしていた計画を進めることにした。
対話を拒否するのなら、拒否せざるを得ない状況に持ち込むだけ。
──正直、獲物を駆り立てるのは、得意分野ではありますもの。
私の生家、フェリア家は金で爵位を買った、いわゆる成金貴族である。金はあるが、歴史はない。社交界での権力、発言力を求めるには、金だけでは足りない。
そういった経緯で、結ばれたのがルーゼン伯爵家との婚約。歴史だけはあるものの金銭事情は火の車のルーゼン家と、金だけはあるものの歴史はないフェリア男爵家。
互いに都合が良かったのだ。
ジェラルド様に引き合わされたのは、私が十三歳、ジェラルド様が十六歳の頃。
その頃の私は、なんというか──とても、男勝りな娘だった。
もともと、我が家は金だけはあるという状態だったので、常日頃から【自分の身は自分で守れるように】というのが家訓だった。
そしてそれは、家の一人娘であった私と例外ではなく、私は幼い頃から剣を持たされ、体を鍛えて過ごしていたのだ。
それに対し、ジェラルド様は生粋の貴族。貴族の嗜みとして剣は使えるものの、毎日鍛錬に励んでいるわけではない。それなのに、自分より数個も年下の少女が剣を提げ、とうぜんのように『打ち合いをしたい』などと言ってきたら──まあ、結果は火を見るより明らかである。
ジェラルド様は、女の身でありながら剣を持つ私に唖然とし、嫌悪感を示した。おそらく、私と彼の間に恋愛めいた感情が生まれなかったのは、初対面の印象が互いにさいあくだったせいだと思われる。
『女のくせに剣を持つのか?お前の家は、それほどまでに野蛮な家なのか!?』
というのは、忘れもしないジェラルド様の言葉である。今より五歳若かった私は、フェリア家を馬鹿にされたことに腹を立てた。
そして、思いのままに言い返してしまったのである。
『我が家では、自分の身は自分で守るように、と教育されます。家柄ばかり立派な貴族の方には、分からないと思いますけど』
と、幼さも手伝って棘のある言い方をしてしまったのだった。その後の時間は、互いに腹を立て会話らしい会話をしないまま、解散。
その時の空気を、今もなお引きずっているような気がする。
とはいえ、今思い返しても仕方の無いことだ。
(選択肢のうちのひとつ……と用意したものだったけど、こんなに早く使うことになるなんて)
獲物を仕留める際、用意する手段は決してひとつではない。むしろ、失敗を前提として準備をする──武人なら当然の心得である。
ジェラルド様と結婚し、ルーゼン伯爵夫人となった。
年齢は、十八。
私とジェラルド様の結婚は、完全に政略結婚だった。互いに愛はない、──と思っていたのだけど、彼はそう考えていなかったようだ。
ルナマリアは、彼のことが好きで好きでたまらない、といつの間にか、彼の頭ではそうなっていたらしい。
愛の言葉はもちろん、それらしいことなど一切したことがないのに、だ。婚約が結ばれた際に定められた、定期の逢瀬くらいしか関わりはなかったというのに、彼はあたかもそれが真実かのように思い込んでいる。なにが、思い込みの理由となったのかは、わからない。
何度、嫉妬からの言葉ではないと伝えても、意味はなかった。彼は、私の言葉を全て【嫉妬から来るもの】と処理してしまうからだ。
自室に戻った私は、ふと窓の向こうに視線を向けた。そこには、旦那様の恋人であるフローレンス様が。
フローレンス様を待たせている旦那様は今頃、大慌てて支度を進めているのだろう。
寒空の下、白い息をてのひらに吹きかけているフローレンス様は、たいへん可憐だ。
十人が十人、見れば『愛らしい』と表現するであろう、容姿。エメラルドのような緑の髪に、星屑のような紺青の瞳。いつも露出の多いドレスを身につけているというのに、婀娜めいた雰囲気はなく、可憐な少女のように、見えるのは彼女が持つオーラがそうさせているのだろう。
なんとなく、彼女を見ていると、不意に彼女はパッと顔を上げた。目を輝かせて、見つめた先には──。
彼女はそのまま、駆けていった。
淑女としてはとんでもない失態だが、恋人の前なのだ。これくらいはご愛嬌、というものなのだと思う。
雪が降り始めた。
粉雪は、はらはらと舞い降りて、ふたりの頭上を彩った。久しぶりの逢瀬、というわけでもないのにフローレンス様と彼──ジェラルド様は熱く見つめあっている。
ふたりを見ていると、とてつもない肩透かし感──虚しさすら感じてくる。
私は、女の幸せというものを求めているつもりはなかった。ただ、自身に与えられた責務をこなそうと、先代伯爵との約束を守ろうと、しただけだったのに。
「はあああーー」
感傷に浸っていても仕方ない。もとより、そんなメソメソとした性格でもない。
私は、疲れを吐き出すようにため息を吐いてからカウチに腰を下ろした。
(次の夜会は明後日……)
きっと、次もジェラルド様は当然とばかりにフローレンス様をエスコートするのだろう。周囲の視線を思うと、頭が痛い。
ジェラルド様の問題はそれだけではない。彼は、他にもとんでもないやらかしをしている。
それは──。
借金問題、である。
彼は、気の強い性格が仇となったのか、たいへんな負けず嫌いである。そのくせ、そんなに勝負には強くない。夜会に参加する度にえらい負債を抱えてくるので、それも頭痛の種だった。
とはいえ、私に注意されるのは彼のプライドが許さないようだった。私の注意の言葉すらも【私が彼の恋人に嫉妬して駆られた言葉】として処理されてしまうのである。
(……やってられるか!)
何度、拳を握ったかわからない。
ぎりぎりのところで手を出すことだけは避けられているものの、これ以上私の忍耐を試すのはやめていただきたい。
というわけで。私は水面下でゆっくりと動かしていた計画を進めることにした。
対話を拒否するのなら、拒否せざるを得ない状況に持ち込むだけ。
──正直、獲物を駆り立てるのは、得意分野ではありますもの。
私の生家、フェリア家は金で爵位を買った、いわゆる成金貴族である。金はあるが、歴史はない。社交界での権力、発言力を求めるには、金だけでは足りない。
そういった経緯で、結ばれたのがルーゼン伯爵家との婚約。歴史だけはあるものの金銭事情は火の車のルーゼン家と、金だけはあるものの歴史はないフェリア男爵家。
互いに都合が良かったのだ。
ジェラルド様に引き合わされたのは、私が十三歳、ジェラルド様が十六歳の頃。
その頃の私は、なんというか──とても、男勝りな娘だった。
もともと、我が家は金だけはあるという状態だったので、常日頃から【自分の身は自分で守れるように】というのが家訓だった。
そしてそれは、家の一人娘であった私と例外ではなく、私は幼い頃から剣を持たされ、体を鍛えて過ごしていたのだ。
それに対し、ジェラルド様は生粋の貴族。貴族の嗜みとして剣は使えるものの、毎日鍛錬に励んでいるわけではない。それなのに、自分より数個も年下の少女が剣を提げ、とうぜんのように『打ち合いをしたい』などと言ってきたら──まあ、結果は火を見るより明らかである。
ジェラルド様は、女の身でありながら剣を持つ私に唖然とし、嫌悪感を示した。おそらく、私と彼の間に恋愛めいた感情が生まれなかったのは、初対面の印象が互いにさいあくだったせいだと思われる。
『女のくせに剣を持つのか?お前の家は、それほどまでに野蛮な家なのか!?』
というのは、忘れもしないジェラルド様の言葉である。今より五歳若かった私は、フェリア家を馬鹿にされたことに腹を立てた。
そして、思いのままに言い返してしまったのである。
『我が家では、自分の身は自分で守るように、と教育されます。家柄ばかり立派な貴族の方には、分からないと思いますけど』
と、幼さも手伝って棘のある言い方をしてしまったのだった。その後の時間は、互いに腹を立て会話らしい会話をしないまま、解散。
その時の空気を、今もなお引きずっているような気がする。
とはいえ、今思い返しても仕方の無いことだ。
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