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一章:さようなら、私の初恋
私の人生にあなたはいらない。
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時が、戻ったのかもしれない。
そう思った。それか、きっと私はおかしくなってしまったのだ。
叩いた頬は未だにヒリヒリと痛み、これが現実であることを私に教えてくる。
(どこから……どこまでが、真実?)
唖然としていると、カティアが恐る恐る声をかけてきた。
「お嬢様、体調がお悪いのではありませんか?本日のティーパーティーは欠席された方がよろしいのでは……」
「……ううん。大丈夫。心配してくれて、ありがとう」
私は、つぶやくように答えた。
確かに彼女の言うとおり、鏡の中の自分は顔色が悪い。白を通り越して、真っ青だ。
私自身、動揺していた。
(……夢、だったのかな)
とても、現実味のある、夢。
だけど、それがただの夢ではないことを──私は、その後すぐ、知ることになった。
ベルライン伯爵家主催のティーパーティー。
本来は、私のエスコートは婚約者のウィリアム様が行うべきなのだが、彼は時間に姿を現さなかった。その変わり、届けられたのは一通のメッセージカード。
カティアに手渡されて紙面に視線を落とす。
そこに書かれていたのは、記憶通りの文字列だった。
『急用ができていけない。きみが、楽しい時間を過ごせますように』
招待や誘いを断る時の定型句だ。
彼からそのメッセージカードを受け取った時、過去の私はそんなに驚かなかった。
だけど今は──驚いている。
彼からそのメッセージカードが届いたことではない。書かれている内容が一語一句、記憶通りだからだ。
(あれは……ただの、夢じゃない……?)
疑惑が、確信になるのを感じた。
ウィリアム様が、私のエスコートを断るのはこれが初めてではない。夜会やティーパーティーて、彼は私のエスコートをすることが決まっているのだが、決まって当日。彼は断りの手紙を届けてくる。以前、一度彼に聞いたことがある。
どうして、当日に断るのか、と。
当日に断るくらいなら最初から受けなければいいだけの話だ。詰め寄った私に、彼は腹立たしそうに答えた。
『きみのエスコートを断れると、本気で思ってるのか?そんなの、父上が許さないだろ。……それに、仕方ないんだよ。キャサリンは会場でひとりになることに不安を感じるんだ。彼女は公爵令嬢という立場でありながら、正妃にはなれない。……お前がいるから。だから、いつも不安なんだ、彼女は』
そう言って、ウィリアム様は私を責めた。
彼女が、キャサリン様が心細く思うのは私のせいだ、と。
『ルシアがいるから、彼女は常に怖い思いをしている──』
私が、宝石姫なんてものだから、仕方なく婚約者にしているが、こころはキャサリン様にある。だけど、キャサリン様は宝石姫の私が怖くて仕方ないのだという。
まるで、不当に力を得た罪人のような言われようだった。
淡々と責められて、言葉をなくした。
(私だって──)
私だって、好きで宝石姫に生まれたのではない。
好きで、彼の妻になるのではない。
確かに、彼の妻になることを、彼の妃になる未来を望んでいた。待っていた。
そうなる日が、早く来ればいいとすら思っていた。
だけど──それも、キャサリン様が現れるまで。キャサリン様と出会ったウィリアム様は、彼女にこころを奪われた。
彼は、自然、彼女を正妃にできない現状に鬱屈とした感情を抱いたのだろう。
ルシアのせいで。
ルシアがいるから。
だから、キャサリン様と結婚できない。
何度となく、言われた言葉だ。
それでも、私は彼の婚約者であることをやめなかった。……やめられなかつたのだ。
彼に疎まれても、嫌われても、拒まれても。
それでも、私には、彼の妻になるほかなかった。
だって、私は宝石姫だ。
宝石姫だから、彼のそばにいなければならない。
宝石姫だから、彼を支えなければならない。
そう、思ってきた。
──だけどそれは、結局のところ、私のひとりよがりに過ぎなかったのだ。
メッセージカードを見つめていた私に、カティアが控えめに声をかけてきた。
「あら……。まったく、王太子殿下にも困ったものですわ……。仕方ありませんわね、お嬢様。ジェラルド様にお声掛けしますか?」
カティアの言葉もまた、私の記憶通りだった。
ウィリアム様が、当日に断りのメッセージカードを送ってくることは、もはや日常茶飯事。よくあることだった。
宝石姫は、ウィリアム様に愛されなくても構わないのだ。
私は、宝石姫であるからこそ、価値がある。
誰も、私とウィリアム様の関係に期待などしていない。
「……ええ、お願い。お兄様を、お呼びして」
ジェラルドは、兄の名前だ。
ウィリアム様にエスコートを断られて、お兄様に代わりをお願いする。これも、いつものこと。ここまで、記憶通りなら、きっとティーパーティーでも同じことが起きる。
……私はまた、ウィリアム様に存在を否定され、キャサリン様に失望されなければならないのだろうか。
──もう、頑張らなくても、いいんじゃないかな。
ふと、そんなことを思った。
宝石姫として生まれ、宝石姫として生かされた。それなのにこんなことを考えるなどきっと、許されないことだ。
今までの私なら、そう思っていた。
でも──。
「……ねえ、カティア」
私は、言葉を撤回することにした。
(そうだ……。今さら何をしたところで、ウィリアム様が私を憎く思っていることは変わらない)
このままいけば、きっとまた私は殺されてしまうのだろう。
あの結婚式の夜。
夜の寝室で、私は彼に殺された。
『僕はお前なんか必要としていないし──そもそも誰も、お前なんか必要としていない』
きっと、あれは紛れもない、彼の本心。
(……良かった、のかな)
最期に、彼のこころの声を聞けた。
本心を聞けたからこそ、私は。
(私も……自分に素直になれる)
素直になってもいいと、思える。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
仄かな恋心はぐしゃぐしゃに潰れ、無惨に散らされた。彼の手によって。
幼い頃の情景は、彼に殺されたのだ。
彼が剣で私を斬り殺した時。
きっと、ほんの僅かに息づいていた初恋の欠片も──私の命とともに消滅したのだ。
私は、顔を上げた。
声をかけられたカティアは、不思議そうに私を見ている。
……緊張で、少しだけ喉が渇いた。
「……今日のティーパーティー、私は欠席するわ。……調子が、優れないみたいなの」
そう思った。それか、きっと私はおかしくなってしまったのだ。
叩いた頬は未だにヒリヒリと痛み、これが現実であることを私に教えてくる。
(どこから……どこまでが、真実?)
唖然としていると、カティアが恐る恐る声をかけてきた。
「お嬢様、体調がお悪いのではありませんか?本日のティーパーティーは欠席された方がよろしいのでは……」
「……ううん。大丈夫。心配してくれて、ありがとう」
私は、つぶやくように答えた。
確かに彼女の言うとおり、鏡の中の自分は顔色が悪い。白を通り越して、真っ青だ。
私自身、動揺していた。
(……夢、だったのかな)
とても、現実味のある、夢。
だけど、それがただの夢ではないことを──私は、その後すぐ、知ることになった。
ベルライン伯爵家主催のティーパーティー。
本来は、私のエスコートは婚約者のウィリアム様が行うべきなのだが、彼は時間に姿を現さなかった。その変わり、届けられたのは一通のメッセージカード。
カティアに手渡されて紙面に視線を落とす。
そこに書かれていたのは、記憶通りの文字列だった。
『急用ができていけない。きみが、楽しい時間を過ごせますように』
招待や誘いを断る時の定型句だ。
彼からそのメッセージカードを受け取った時、過去の私はそんなに驚かなかった。
だけど今は──驚いている。
彼からそのメッセージカードが届いたことではない。書かれている内容が一語一句、記憶通りだからだ。
(あれは……ただの、夢じゃない……?)
疑惑が、確信になるのを感じた。
ウィリアム様が、私のエスコートを断るのはこれが初めてではない。夜会やティーパーティーて、彼は私のエスコートをすることが決まっているのだが、決まって当日。彼は断りの手紙を届けてくる。以前、一度彼に聞いたことがある。
どうして、当日に断るのか、と。
当日に断るくらいなら最初から受けなければいいだけの話だ。詰め寄った私に、彼は腹立たしそうに答えた。
『きみのエスコートを断れると、本気で思ってるのか?そんなの、父上が許さないだろ。……それに、仕方ないんだよ。キャサリンは会場でひとりになることに不安を感じるんだ。彼女は公爵令嬢という立場でありながら、正妃にはなれない。……お前がいるから。だから、いつも不安なんだ、彼女は』
そう言って、ウィリアム様は私を責めた。
彼女が、キャサリン様が心細く思うのは私のせいだ、と。
『ルシアがいるから、彼女は常に怖い思いをしている──』
私が、宝石姫なんてものだから、仕方なく婚約者にしているが、こころはキャサリン様にある。だけど、キャサリン様は宝石姫の私が怖くて仕方ないのだという。
まるで、不当に力を得た罪人のような言われようだった。
淡々と責められて、言葉をなくした。
(私だって──)
私だって、好きで宝石姫に生まれたのではない。
好きで、彼の妻になるのではない。
確かに、彼の妻になることを、彼の妃になる未来を望んでいた。待っていた。
そうなる日が、早く来ればいいとすら思っていた。
だけど──それも、キャサリン様が現れるまで。キャサリン様と出会ったウィリアム様は、彼女にこころを奪われた。
彼は、自然、彼女を正妃にできない現状に鬱屈とした感情を抱いたのだろう。
ルシアのせいで。
ルシアがいるから。
だから、キャサリン様と結婚できない。
何度となく、言われた言葉だ。
それでも、私は彼の婚約者であることをやめなかった。……やめられなかつたのだ。
彼に疎まれても、嫌われても、拒まれても。
それでも、私には、彼の妻になるほかなかった。
だって、私は宝石姫だ。
宝石姫だから、彼のそばにいなければならない。
宝石姫だから、彼を支えなければならない。
そう、思ってきた。
──だけどそれは、結局のところ、私のひとりよがりに過ぎなかったのだ。
メッセージカードを見つめていた私に、カティアが控えめに声をかけてきた。
「あら……。まったく、王太子殿下にも困ったものですわ……。仕方ありませんわね、お嬢様。ジェラルド様にお声掛けしますか?」
カティアの言葉もまた、私の記憶通りだった。
ウィリアム様が、当日に断りのメッセージカードを送ってくることは、もはや日常茶飯事。よくあることだった。
宝石姫は、ウィリアム様に愛されなくても構わないのだ。
私は、宝石姫であるからこそ、価値がある。
誰も、私とウィリアム様の関係に期待などしていない。
「……ええ、お願い。お兄様を、お呼びして」
ジェラルドは、兄の名前だ。
ウィリアム様にエスコートを断られて、お兄様に代わりをお願いする。これも、いつものこと。ここまで、記憶通りなら、きっとティーパーティーでも同じことが起きる。
……私はまた、ウィリアム様に存在を否定され、キャサリン様に失望されなければならないのだろうか。
──もう、頑張らなくても、いいんじゃないかな。
ふと、そんなことを思った。
宝石姫として生まれ、宝石姫として生かされた。それなのにこんなことを考えるなどきっと、許されないことだ。
今までの私なら、そう思っていた。
でも──。
「……ねえ、カティア」
私は、言葉を撤回することにした。
(そうだ……。今さら何をしたところで、ウィリアム様が私を憎く思っていることは変わらない)
このままいけば、きっとまた私は殺されてしまうのだろう。
あの結婚式の夜。
夜の寝室で、私は彼に殺された。
『僕はお前なんか必要としていないし──そもそも誰も、お前なんか必要としていない』
きっと、あれは紛れもない、彼の本心。
(……良かった、のかな)
最期に、彼のこころの声を聞けた。
本心を聞けたからこそ、私は。
(私も……自分に素直になれる)
素直になってもいいと、思える。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
仄かな恋心はぐしゃぐしゃに潰れ、無惨に散らされた。彼の手によって。
幼い頃の情景は、彼に殺されたのだ。
彼が剣で私を斬り殺した時。
きっと、ほんの僅かに息づいていた初恋の欠片も──私の命とともに消滅したのだ。
私は、顔を上げた。
声をかけられたカティアは、不思議そうに私を見ている。
……緊張で、少しだけ喉が渇いた。
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