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しおりを挟む「どうして、こんなことを……っ!」
媚薬のせいで苦しいのだろう。
うすらと涙を浮かべながら、私の婚約者が私を責めるように言った。
私はそれを見ながら──ゾクゾクとした、快感のようなものを感じてしまった。
あのジェラルド様が。
性的なことは縁遠そうなジェラルド様が、瞳に涙をうかべ──生理的なものかもしれないが、私を見ている。
眉を寄せ、浅く息を吸って。
すっかり兆した男性の印に触れて、私は歌うように告げた。
「どうして?お心当たりはひとつでしょう?」
にっこり、笑ってみせる。
私の微笑みを見て、彼が息を飲む様子が伝わってきた。
それはそうだろう。
今まで私は、彼にこんな笑みを、歪んだ笑みを見せることは無かった。
だって、この感情は隠しておくべきもの。
知られたらきっと、嫌悪される。
気持ち悪がられる。
気味悪がられる。
そう思っていたから。
彼がは、と浅く息を吐く。
私はそれを見て、彼の眦に指をはわせた。
彼が息を飲む。
「お辛いですか?大丈夫です。今、楽にしてさしあげますね」
「やめろ、オフェーリア……!僕はこんなこと、望んでなんか」
「ええ、そうでしょうね。私に婚約破棄を申し出るくらいですから……きっと、さぞやご不快でしょうね。嫌いな私に触られるのは?」
「違っ……!」
「でも、やめませんわ。だってジェラルド様。あなたが悪いのですよ?十年来の婚約者を突然、捨てようとなさるから。……ああ、ご安心なさって。私もそこまで悪魔ではありませんもの。これが終わったら、ちゃんと解放してさしあげます。嬉しいでしょう?」
「オフェーリア……っ」
「ふふ、いい気分。あなたにそうして、そんな声で呼ばれるのは……。昂りますね」
私は、淑女としての矜恃も何もかも捨て去って、自身の体を抱きしめた。
私が彼に飲ませたのは、媚薬と筋肉弛緩剤をブレンドした、私お手製の魔法薬。
ご丁寧にきっちり飲み干してくださったジェラルド様は、その効果を十二分に感じ取ってくれていることだろう。
オフェーリア・アデルバード。
それが、私の名前。
私は生まれつき、白い髪に紅い瞳という、忌み嫌われた色彩を持っていた。
《白き髪は鬼の証。紅き瞳は、魔物の証》
この国、ラビア王国では昔から語り継がれている言葉だ。
昔話のようなもので、現実味は全くないが、それでもラビアに住む人間なら誰もがその言葉を知っている。
だからこそ、私のこの見た目はたいへん注目を集めたし、それと同時に気味悪がられもした。
昔からなにかと視線を集めるので、自然、私も無口になっていった。
幼い頃、私がなにか──些細なことでも失敗すれば、それは《鬼の血を引いているから》と囁かれ。
失言をすれば《やはり悪魔の子なのだから》と言われた。
お母様は、不義を疑われ、別邸に引きこもってしまった。
私は、父とも母とも、見た目が似ていない。
それは、私がアデルバード公爵家の血を引いていないことを裏付ける証拠のように思われて。
物心がついた時から私は他人から忌み嫌われ、恐れられ、怖がられ、そして、一挙手一投足を監視されていた。
八歳の冬の日。
王家から婚約の打診があった。
第二王子と私の年齢が近いから、婚約者となってはどうか、と。
だけど、その裏には、社交界の不穏分子ともいえる私を手元に置いておきたかった陛下の目論見があったことを、私は知っている。
王家に忠誠を誓う公爵家が、その打診を断ることが出来るはずなどなく、私はすぐに第二王子と引き合わされた。
そこで、ひとりの王子と出会った。
『……きみが、魔女って言われるアデルバード家の令嬢?』
少しびっくりしたような顔で、ぱっちりとした瞳で私を見ていた。
ふわふわの金髪は猫っ毛なのかくるくるとしていて、薄青の瞳は、冬の湖を思わせた。
長いまつ毛は、令嬢のような愛らしさがあった。
白い頬は、寒さのためか、好奇心のためか、薄く朱に染まっていた。
頬も、首筋も、手のひらも白い王子ではあったが、目元にはひとつホクロがあった。
今思うと当時の彼は、令嬢よりも令嬢らしい王子だったと思う。
王子の発言に慌てたのは、教育係だった。
すぐに、彼に注意する言葉が飛ぶ。
『殿下!ご令嬢になんということを仰るのですか』
『でも、見てよ。こんな弱々しい、頼りない女の子が魔女だなんて、ばかげてる。こんな女の子に何ができるんだよ』
『それは……』
教育係が口ごもる。
彼は、私をじぃっと見ると、ずい、と歩み寄った。
そして、真剣な眼差しで言った。
『お前、僕の婚約者になるんだろ?喜べ。こんなに美しい僕の妻になれるんだぞ』
『…………』
びっくりして、あと、顔が近くて。
こんなに他人と近くで話したことがなかったので、私は驚いた。
ぱちぱちと瞬きをするだけの私を見て、彼が機嫌を損ねたように眉を寄せる。
『なんだよ。なんか、いえよ』
『あなた……』
彼に促されて、ようやく私は空気を吐き出した。
つめたい冬の空気に、私の白い息が混ざる。
彼が、訝しげに眉を寄せる。
私はそれをじぃっと見つめた。
先程の彼のように。
『あなた……女の子……?』
ちいさく、静かに。
だけど、その声ははっきりと彼の耳に入ったようで。
ものの数秒も経たないうちに、彼の耳が真っ赤に染まった。
おそらく、寒さのせいではない。
彼は頬を先程以上に赤く染め──そして、叫ぶように言った。
『僕のどこが女に見えるんだよ!お前なんか、気味悪い見た目をしてるくせに!』
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