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第二章 ギルド業務、再開 編

13 自分を信じて何が悪い

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私は、ずっと自分に自信が持てなかった。
お父さんとお母さんは、そんな私をずっと励ましてくれた。

『ハイシュ、大丈夫よ。』
『そうだ、大丈夫だぞ。』

それでも私の中にある気持ちが晴れることはなかった。
結局、私の中の気持ちが変わることなんかなかった。

私の故郷、エルフの森は、アスタル王国の山を越えた、ずっと向こう側にある。高い山脈と深い森によって外界と長らく隔絶されていたことで、独自の生態系や文化が形作られている。
エルフという種族は、ウィル大陸に住む人族に比べて圧倒的に長寿であり、魔法の扱いに長けている。そのため、外界との交流がある今は、ウィル大陸の人族の国で、魔法学の講師をしたり、名のある貴族の家庭教師をやったりするなどして、生計を立てている者が非常に多い。そんな森を出ていった彼らを含め、エルフ族の持つ体内魔力は、膨大だ。だから、生まれたばかりの小さな赤子でさえ、意識しなくても魔法を使役できてしまう。成長した大人なら尚更。詠唱せずとも、極大魔法さえ難なく使いこなせてしまう。 
……………私は、それが嫌だった。

が分かったのは、生まれてすぐのことだったらしい。大抵の子供が最初に扱う“光を灯す”魔法を、私は使わなかったそう。それに疑問を抱いた父は、魔法学講師として外界に出ていた私の兄を呼び戻し、私を見せたところ、が発覚した。

『父さん、母さん、ちょっとこっちへ………。』

人払いをした部屋に二人を呼んで兄が告げたのは、とんでもない事実だった。

『妹は………ハイシュは………“無才症”だ。』
『え……………………。』

“無才症”は、人族で言うところの“魔力欠乏症”のこと。
つまり私は、エルフ族でありながら、生まれつき魔力を保有できない体だった。



『…………族長の所の末娘、“無才症”だとさ。』
『…………なんだって? それじゃあ……………。』

小さいときからずっと私の周りを漂う言葉は………“同情”。
それから、“失望”。負の感情ばかりだ。
………そりゃあそうだろう。魔法を使えて当たり前のエルフ族なのに、魔法の適性どころか、生活魔法すら禄に扱えない。
……一族の恥さらしもいいところだ。
そんな現実を、小さい頃の私は受け止めようとしなかった。
みんなに隠れて、何度も何度も魔法の練習した。
けれども、私の両手から、魔力の光が溢れることはなかった。

お父さんとお母さんは、私を励ましてくれていた。
周りの声を気にするな、と。
だけど、そんな二人の声にも………負の感情が混じっていた。

なぜ、どうして? なんで私ばかり?
ずっと考えていた。ずっと考えて、部屋の隅で泣いていた。
…………いや、私にはできる、絶対に。
また、そう前向きに考えることで、私は救われていた。



魔力をコントロールする訓練を始めてから三年が経過した頃。
私はいつもと気分を変えるために、エルフ族のみんなに神樹と呼ばれている木の下で、詠唱していた。

『豊かなる大地を支え、我らを見守る火の神ファイよ。今こそ、その力の片鱗を我に与えたまえ………“ファイア”!!』

唱えると、いつもは感じない不思議な感覚を体が駆け巡っていた。何だろうこれは………。
そして………両手から、出ないはずの小さな火が出た。
微かなものだった。
けれども、それは確かに自分の手から出たのだ。

『お父さん、お母さん! 私、魔法が使えるようになったよ!』
『な、なんだと!?』

二人とも、ガタッと勢いよく椅子から立ち上がった。二人を神樹の下に呼び、さっきと同じ動作をして見せる。

『豊かなる大地を支え、我らを見守る火の神ファイよ。今こそ、その力の片鱗を我に与えたまえ………“ファイア”!!』

さっきと同じように、また両手から小さな火がパッと出る。
これで、私もみんなと同じように魔法が扱えるようになったの。だから二人とも、心配しないで。
そう、言うつもりだった。
だけど、二人の目は私の想像しているものとは違った。

『ハイシュ………、何も魔法が全てじゃないのよ。だから、無理しないで。』
『違う………違うの、お母さん。私…………』
『魔法が使えずとも生きていけるさ。だから、頑張って背伸びしなくたって……』
『お父さんまで……………。』

二人の目は―――“同情”。
私は瞬間、耐えられなくなった。

『………なんで………。』
『……どうした、ハイシュ?』
『……なんで二人は私を見てくれないのっ!?』
『何を言っているの。私達はちゃんとあなたを……。』
『全然見てくれないっ! どうして私に同情するの!?』
『同情なんてしていない…! 私達はただ、魔法が使えないハイシュの事を考えて………。』
『…………全然考えてなんかいない!! お父さんもお母さんもっ……………!!』

そして、そのまま森を出てきてしまった。出ていく私を、お父さんとお母さんはどう思っているのだろうか……。



大雨が降るライラット山脈の街道を、私はただひたすらあるいた。
誰もいない寂しい街道を一人歩く。体に打ち付ける雨が、余計に痛かった。

途中、更に雨の勢いが強くなったので、私は道中の岩陰で雨宿りをした。湿っぽい洞窟に、靴音が不気味なくらいに響く。
座り込んで、地面を見つめる。そして、両手に目を移す。

『私なんか……何の役にも立たないんだ………。』

………少しすると、外に大きな影が見えた。
あれは………馬車……? 男の人の話し声が聞こえた。

『………おや、先客がいるようですね………。』

白いフードを深く被った男の人が、私の目の前まで来る。雨具の白い布と暗さのせいで良くは見えなかったが、私よりはよっぽど身分の良い貴族であることは分かった。

『いや、私は隣国にちょいと野暮用がありましてね、その帰りだったんですけどこの雨で……もしあなたが良ければ、ここで雨宿りを………ん?』

白フードを外し、彼は私の顔をまじまじと見る。なんなんだ、一体。

『…………あなた、エルフ族の方ですよね?』

その言葉に、私はキッと男の人を睨み付けた。

『待ってください、他意はありません。ただ珍しいと思っただけですよ。それにしても……。』

今度は、私の格好を見る。

『あなた、ここまで来るのに何があったんですか?』

そう思うのも無理はない。街道を歩いて丸五日。それに、当てもない。最早服はボロボロになっていた。

『………流石にその格好では、これから大変でしょう。私達と一緒に行きませんか?』

その言葉に、私の心は揺さぶられた。

『……………はい。』
『さて、と。まずは自己紹介といきましょう。私はロイン。アスタル王国で、王の下に貴族として仕えています。あなたのお名前は…?』

一瞬躊躇ったが、背に腹は代えられないと思い、

『…………ハイシュ。職業は………“戦士”です………。』

そう、告げた。



馬車に乗り、峠を越えた。眼前に、美しい平原が広がっていた。

『………ここって…………。』
『アスタル王国、ユンクレアですよ。つい最近まで、この辺りも砂漠だったんですけどね。さあ、ここまでくれば私の家まであと少しです。先を急ぎましょう。』

揺られながら、街道を上った。

家につくと、彼は私の着替えを用意してくれた。お風呂にも入れてくれた。名前を明かしたとはいえ、素性も知らない私のためにここまでしてくれるなんて……。

『ロインさ……いや、ロイン様。』
『あっはは、様付けしなくて大丈夫ですよ。寧ろ呼び捨てられることが大半ですから。』
『ロインさん………、どうして私にここまで良くしてくれるのですか?』

今考えれば、恩人になんて失礼な質問をしたのだろうと思う。だけど、彼はそれに答えてくれた。

『そうですね……。友人の言葉を借りるなる、“困ってそうな人はほっとけなかった”から……ですかね?』

ニコッと、微笑んだ。
私は緊張がすっかり解け、何故私があんなところにいたのか、なんとなく説明をした。それを聞いたロインさんは、こう言った。

『ハイシュ、あなたに会わせたい人がいます。その人は、このユンクレアで、困っている人々を助ける仕事をしているんですけど、今度戦闘講習会というのを開くらしくてね。もしかしたら、あなたの事をサポートしてくれるかもしれません。どうでしょう?』

断る理由もない。私はすぐに承諾した。



ロインさんに言われた冒険者ギルドまでやってきた。中は大勢の冒険者で賑わっていた。言われたとおりに冒険者登録をし、受付で講習会登録をした。

翌日、講習会が始まった。ロインさんの言っていた人は、ここの支部長をしているフーガさんと言う人のことだった。
彼は、自分自身がかつて体験した話をした。私には、その話が自分のものと重なり、色々と考えてしまった。

職業適性が出た。結果は………“魔法使い”。
皮肉な話だ。魔法を使えない人にそんな適性がでるなんて。
そう思っていた……。

『……ハイシュと言ったか。こっちへ来てくれ。』

私は、“戦士”として登録したため、フーガさんが訓練の教官だった。森にいた頃、族長の家の者の基礎として、剣術を多少は覚えたつもりだったのだが、結果は惨敗だった。
剣ならば、いけると思ったのに。また、負の感情が巻き起こる。そんな私にフーガさんが言葉をかけてきた。

『お前は、魔法使いの方が向いているぞ。』
『………どうして、そう思うのですか?』
『………一体何があった? 話せる範囲で良いから、話してくれ。』

私は、自分の能力のこと、家族と喧嘩して家を出たことを、話した。フーガさんは間をおいて言った。

『………どうして自分を信じないんだ。火が出たんじゃないのか?』
『………そう信じたいですけど、多分私の幻覚ですよ………。』
『………深呼吸しろ。』
『え?』
『いいから。』

言われたとおり、深く息を吸う。体中に、温かいものが沢山入り込んでくる。

『そして、手を出して唱えるんだ。俺に続いてくれ。豊かなる大地を支え、我らを見守る火の神ファイよ。今こそ、その力の片鱗を我に与えたまえ………。』
『豊かなる大地を支え、我らを見守る火の神ファイよ。今こそ、その力の片鱗を我に与えたまえ………“ファイア”!!』

かつて、神樹の下で唱えたあの詠唱。全く同じはずなのに、私の手から出たのは巨大な火。ゴウッと音を立て、空へと消えていった。フーガさんが、口を開く。

『やはり、お前は“魔力欠乏症”なんかじゃない。“自然魔力の加護持ち”だ。』

“自然魔力の加護持ち”は、“魔力欠乏症”とは似て非なるものらしい。体内魔力が使えないという点では同じなのだが……。

『“自然魔力の加護持ち”は、その名の通り自然魔力へ干渉することを得意とするんだ。そして、その力を最大限顕現させることができるのも、自然魔力量が多い場所にどうしても限定されてしまうんだ。幸い、ここは色々あって魔力量が非常に多いからな。お前の能力が役に立つチャンスでもある。』
『………………。』

衝撃の事実に、私はとても喜んだ。だけど、それと同時に、不安な気持ちも駆け巡った。

『………私なんか……何の役にも立ちませんよ。だって私は………。』

そんな私の様子を見ていたフーガさんは、立ち上がってやれやれと言い、

『いいか、ハイシュ。他人の事をいくら疑ってもそれは構わない。だがな、自分の能力だけは、自分自身のことだけは、絶対に疑うな。自分を信じて何が悪いんだ。俺はお前を見て、まだまだ伸びると思っている。これから訓練を積んでいけば、絶対に良くなる。』

自分を信じて何が悪い。その言葉が、ずっと心に引っかかっていた何かを取ってくれたような気がした。
そう。私を知っているのは、私だけ。

『これから二日間という短い間ではあるが、俺も精一杯サポートする。きついかもしれんが、訓練を一緒に頑張ろう。』
『………はいっ!』

私は、絶対にやり遂げて見せる。
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