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第三章 冒険者ギルドの宿命 編
7 “失敗”と“成功”と
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「あなたとは違う……、か。」
地面に倒れこんでしまったフラ君を見つめ、そう呟く。
あの時彼が展開したのは……“魔法剣”。
その型は、当にフーガ……“双腕”のものだった。咄嗟に魔力の繊維で織り込まれた帽子を出していなければ、僕は死んでいたかもしれない………いや、間違いなく……。
一応大丈夫だとは思うが、ポケットの中に常備してある回復薬を取り出し、かける。
魔力の使い過ぎによる、欠乏症状だろう。。
地面に放り投げられた、見るも無惨な帽子を手に取る。
そのまま、僕も地面に倒れ込んだ。
「まさか……あいつに二回も負けるとはね。」
青く澄んだ空には、細長い雲が幾つか漂っていた。空に、帽子を掲げる。そのボロボロの隙間から、眩い光が差し込み、僕の顔を照らす。その明るさは、閉じた瞼にまで伝わってくる。ふぅー…と、一つため息をつく。
「……君らしくないですね、ため息だなんて。」
光を感じなくなる。目を開け、帽子を退けた先にある顔は、見知った顔。
「見ていたのか………ロイン。」
「……いつも思ってるんですけど、なんで私だけ呼び捨てなんですか?」
起き上がり、体に着いた土を払う。
「まったく……ラッドのやつ、とんでもないのを育て上げたね。」
「………無視ですか?」
ロインが何か言っているが、聞こえない。
「………私が止めなかったのを、根に持っているんですか?」
「……そんなことはないよ。」
帽子についている、商人の証――公商紋章のピンを外す。
「あいつは心配するかもしれないけど、フラ君の覚悟は相当なものだ。………大丈夫だろうと、伝えてあげてよ。」
「その必要はないと思いますよ。……ね?」
何もないはずの空に、ウインクする。その様子で察した。……頭を抱える。
「……まったく、あいつも相変わらず趣味が悪いよ。」
なにもない空に、奴の顔が浮かんで見えた気がした。
◇
……………。
………あれ。
………どこだろう、ここは…。
…ああ、そうか。
僕は、カルムさんに負けて…。
「………はっ!」
目が覚めると、僕は室内にいた。カルムさんが、運んでくれたのだろうか?
「ようやっと気が付いたみたいだね…。」
僕の足元で、本を読んでいた人が一人。服装は変わっているが、その人は間違いなくクラムさんだった。
「……あの……僕は…。」
僕は、クラムさんをどんな顔で見ればいいか、わからなかった。
それを悟ったのか、有無を言わさず僕に言葉を重ねる。
「……完敗だよ。」
「……え?」
そういうと、懐からボロボロの布を取り出す。よく見ると、その柄はクラムさんが着けていたものと同じだった。
「君は、この帽子の素材が何でできているか知ってるかい?」
「…………。」
布を見つめる。その縫い目は、見たこともない光沢を放っていた。普通の布では、このきらびやかさを出すことはできないだろう。
「……もしかして、“魔法衣”ですか?」
「そ。この布はね……。」
布を浮かせ、おもむろに剣で薙ぎ払う。すると、切れるはずの布は傷一つつかず、クラムさんが持っていた剣が豆腐のように崩れてしまった。
「……剣がっ…!」
「見てもらって分かる通り、この帽子には何重にも防御魔法がかけられている。500000マニー以上する珍しい品でね。…まあ、それはいいか。兎に角、それだけすごい代物なんだ。それを…。」
ビシッと僕の方に指をさす。
「…君は、壊してしまった。容易く、ね。」
……自分の両手に視線を落とす。
僕が……魔法衣を…打ち破った?
僕自身の……力で?
クラムさんが、ふぅー…と息をつき、僕の方をキッと見る。
「フラット、君は自身を悲観しすぎだ。」
「悲観……?」
「君、どこか心の中で、自分の力を“否定”してるでしょ?」
腕組みをし、壁にもたれかかる。
――否定。その二文字が、突き刺さる。
だけど、クラムさんはそれをかき消すように言った。
「この魔法衣を破くほどだ。それを力がないという方がばかげている。」
――ばかげている?
悲観が……?
奥から、何かがこみあげてくる。
「フラット、君の力は並のCランクにも劣らない。いや、もしかしたらそれ以上に匹敵するかもしれない。」
僕の方へと、歩み寄ってくる。
もしこれが僕を慰めてくれるための言葉だとしても、とてもうれしい。
だけど……。
「それでも……、それでも、僕は大事な場面に二度も敗れました。そんな僕に、剣士を目指す資格なんか……ない。」
拳をぎゅっと握りしめる。
「…やっと本音を吐いたね。」
フッと、微笑む。クラムさんが窓を開けると、外からさわやかな風が入ってくる。
「気持ちいい風だね。大体今の時期に吹く湿った風、“豊風”は、各地の村々に実りをもたらす風でね。昔から、良い事が起こる前兆、縁起の良いもので知られている。」
立ち上がり外を見る。雲一つない美しい空が、そこには広がっていた。
クラムさんは、うんと背伸びをした。
「こんなことを言ったら失礼かもしれないけど、たった二回でそう思わないでほしいなあ。」
後ろを振り向く。目線が合う。
「僕なんか、もう何十回もやらかしてる。君の言う通り二回で終わりなら、僕はもう何十回死んでも償いきれないね。」
そう言った彼の顔は……なぜだか、晴れやかだった。
「いいかい、“失敗”は“成功”のための言わば味付け――スパイスだ。“成功”の裏、名声、富、名誉。そのすべてに、“失敗”は価値がある。“失敗”を経験して、初めて価値になるんだ。考えてもみてよ。ずっとひたすら“成功”を収めてきた言わばエリート、何度も“失敗”し辛酸をなめさせられたけども立ち上がり、地位をつかんだバカ。君はどっちに共感できる?」
もちろん、エリート全員が悪い奴ではないけどね、と付け加える。…バカ、という単語がなぜだか引っかかるけど。
「たくさんの“失敗”を経験して、色んな味わいを加える。その方が、“成功”の味わいはより格別のものになるし、奥深くなる。それに、“失敗”は共感を生む大事な要素になるんだ。…単純だろ?」
ウインクをし、再び窓際に向かう。
「そんな“失敗”を幾重にもかさねて、僕はここに立っている。……僕だけじゃない。ロインも。……もちろん、フーガもだ。」
懐から、バッジのようなものを取り出す。
「君は、まだまだ未来がある。それを、数度の“失敗”で棒に振ってほしくない。だってそれは…“成功”のための入り口にも満たないから。それに、君はたくさんの可能性を秘めている。」
僕は、自分の両手をもう一度見つめる。同じ手のはずなのに、さっきまでとはまるで違うように見えた。もう、抑えきれなかった。
「……ごめんなさい、クラムさん…僕は…僕はっ!!」
目からボロボロとこぼれ落ちる。足の防具に、水滴の跡が染みた。
僕は……子どもだ。
たかがこれだけのことで落ち込み、振り回してしまった。
そんな僕のことを、優しく見つめる。
「………“失敗”の受け入れは、自分を見つめ直すきっかけであると同時に、新しい方向へと舵を切るための風になる。でも、その風を怖がる人も多い。だけど、君はその風を選んだんだ。君は、“成功”へと歩みだせたんだよ。」
ニィッと歯を見せて笑う。
「……はいっ!」
僕も、にっこりと笑った。
「やっぱり君には笑顔がにあってるよ。」
「…もう、からかうのはやめてください!」
夕日が、部屋にまぶしくも美しく差し込んだ。
「そういえば……ずっと気になっていたんですけど、ここって……どこですか?」
「ここ? アテレーゼ商会の商会長室。」
「!?」
よくよく考えてみれば、僕はずっとソファに寝ていた。これってものすごく高い奴なんじゃ…
「アッハハハ、気にしないで。そんなに高いヤツじゃないさ。」
ニヤニヤと僕を笑う。…さてはこの人、僕をからかって楽しんでる?
「それに、どうせ君たちの支部長に請求させてもらうからね。」
悪そうな笑みを浮かべる。ということは……!
「お話を……受けていただけるということですかっ?」
「そうだね。もちろん、嘘はついてないよ。商会のトップはそう易々とホラを吹けないからね。」
僕は、思い切りクラムさんに頭を下げる。
「ありがとうございます!! ……でも、突然どうして?」
「ああ、それはね……。」
一流の商人の証、公商紋章をコイントスする。
でたのは……表。刻まれているのは、商売の神マーチャントだ。
「君たちから、儲けの匂いがしてきたんだよ。……プンプンとね!」
“神の商人”クラムさんは、不敵な笑みを浮かべた。
地面に倒れこんでしまったフラ君を見つめ、そう呟く。
あの時彼が展開したのは……“魔法剣”。
その型は、当にフーガ……“双腕”のものだった。咄嗟に魔力の繊維で織り込まれた帽子を出していなければ、僕は死んでいたかもしれない………いや、間違いなく……。
一応大丈夫だとは思うが、ポケットの中に常備してある回復薬を取り出し、かける。
魔力の使い過ぎによる、欠乏症状だろう。。
地面に放り投げられた、見るも無惨な帽子を手に取る。
そのまま、僕も地面に倒れ込んだ。
「まさか……あいつに二回も負けるとはね。」
青く澄んだ空には、細長い雲が幾つか漂っていた。空に、帽子を掲げる。そのボロボロの隙間から、眩い光が差し込み、僕の顔を照らす。その明るさは、閉じた瞼にまで伝わってくる。ふぅー…と、一つため息をつく。
「……君らしくないですね、ため息だなんて。」
光を感じなくなる。目を開け、帽子を退けた先にある顔は、見知った顔。
「見ていたのか………ロイン。」
「……いつも思ってるんですけど、なんで私だけ呼び捨てなんですか?」
起き上がり、体に着いた土を払う。
「まったく……ラッドのやつ、とんでもないのを育て上げたね。」
「………無視ですか?」
ロインが何か言っているが、聞こえない。
「………私が止めなかったのを、根に持っているんですか?」
「……そんなことはないよ。」
帽子についている、商人の証――公商紋章のピンを外す。
「あいつは心配するかもしれないけど、フラ君の覚悟は相当なものだ。………大丈夫だろうと、伝えてあげてよ。」
「その必要はないと思いますよ。……ね?」
何もないはずの空に、ウインクする。その様子で察した。……頭を抱える。
「……まったく、あいつも相変わらず趣味が悪いよ。」
なにもない空に、奴の顔が浮かんで見えた気がした。
◇
……………。
………あれ。
………どこだろう、ここは…。
…ああ、そうか。
僕は、カルムさんに負けて…。
「………はっ!」
目が覚めると、僕は室内にいた。カルムさんが、運んでくれたのだろうか?
「ようやっと気が付いたみたいだね…。」
僕の足元で、本を読んでいた人が一人。服装は変わっているが、その人は間違いなくクラムさんだった。
「……あの……僕は…。」
僕は、クラムさんをどんな顔で見ればいいか、わからなかった。
それを悟ったのか、有無を言わさず僕に言葉を重ねる。
「……完敗だよ。」
「……え?」
そういうと、懐からボロボロの布を取り出す。よく見ると、その柄はクラムさんが着けていたものと同じだった。
「君は、この帽子の素材が何でできているか知ってるかい?」
「…………。」
布を見つめる。その縫い目は、見たこともない光沢を放っていた。普通の布では、このきらびやかさを出すことはできないだろう。
「……もしかして、“魔法衣”ですか?」
「そ。この布はね……。」
布を浮かせ、おもむろに剣で薙ぎ払う。すると、切れるはずの布は傷一つつかず、クラムさんが持っていた剣が豆腐のように崩れてしまった。
「……剣がっ…!」
「見てもらって分かる通り、この帽子には何重にも防御魔法がかけられている。500000マニー以上する珍しい品でね。…まあ、それはいいか。兎に角、それだけすごい代物なんだ。それを…。」
ビシッと僕の方に指をさす。
「…君は、壊してしまった。容易く、ね。」
……自分の両手に視線を落とす。
僕が……魔法衣を…打ち破った?
僕自身の……力で?
クラムさんが、ふぅー…と息をつき、僕の方をキッと見る。
「フラット、君は自身を悲観しすぎだ。」
「悲観……?」
「君、どこか心の中で、自分の力を“否定”してるでしょ?」
腕組みをし、壁にもたれかかる。
――否定。その二文字が、突き刺さる。
だけど、クラムさんはそれをかき消すように言った。
「この魔法衣を破くほどだ。それを力がないという方がばかげている。」
――ばかげている?
悲観が……?
奥から、何かがこみあげてくる。
「フラット、君の力は並のCランクにも劣らない。いや、もしかしたらそれ以上に匹敵するかもしれない。」
僕の方へと、歩み寄ってくる。
もしこれが僕を慰めてくれるための言葉だとしても、とてもうれしい。
だけど……。
「それでも……、それでも、僕は大事な場面に二度も敗れました。そんな僕に、剣士を目指す資格なんか……ない。」
拳をぎゅっと握りしめる。
「…やっと本音を吐いたね。」
フッと、微笑む。クラムさんが窓を開けると、外からさわやかな風が入ってくる。
「気持ちいい風だね。大体今の時期に吹く湿った風、“豊風”は、各地の村々に実りをもたらす風でね。昔から、良い事が起こる前兆、縁起の良いもので知られている。」
立ち上がり外を見る。雲一つない美しい空が、そこには広がっていた。
クラムさんは、うんと背伸びをした。
「こんなことを言ったら失礼かもしれないけど、たった二回でそう思わないでほしいなあ。」
後ろを振り向く。目線が合う。
「僕なんか、もう何十回もやらかしてる。君の言う通り二回で終わりなら、僕はもう何十回死んでも償いきれないね。」
そう言った彼の顔は……なぜだか、晴れやかだった。
「いいかい、“失敗”は“成功”のための言わば味付け――スパイスだ。“成功”の裏、名声、富、名誉。そのすべてに、“失敗”は価値がある。“失敗”を経験して、初めて価値になるんだ。考えてもみてよ。ずっとひたすら“成功”を収めてきた言わばエリート、何度も“失敗”し辛酸をなめさせられたけども立ち上がり、地位をつかんだバカ。君はどっちに共感できる?」
もちろん、エリート全員が悪い奴ではないけどね、と付け加える。…バカ、という単語がなぜだか引っかかるけど。
「たくさんの“失敗”を経験して、色んな味わいを加える。その方が、“成功”の味わいはより格別のものになるし、奥深くなる。それに、“失敗”は共感を生む大事な要素になるんだ。…単純だろ?」
ウインクをし、再び窓際に向かう。
「そんな“失敗”を幾重にもかさねて、僕はここに立っている。……僕だけじゃない。ロインも。……もちろん、フーガもだ。」
懐から、バッジのようなものを取り出す。
「君は、まだまだ未来がある。それを、数度の“失敗”で棒に振ってほしくない。だってそれは…“成功”のための入り口にも満たないから。それに、君はたくさんの可能性を秘めている。」
僕は、自分の両手をもう一度見つめる。同じ手のはずなのに、さっきまでとはまるで違うように見えた。もう、抑えきれなかった。
「……ごめんなさい、クラムさん…僕は…僕はっ!!」
目からボロボロとこぼれ落ちる。足の防具に、水滴の跡が染みた。
僕は……子どもだ。
たかがこれだけのことで落ち込み、振り回してしまった。
そんな僕のことを、優しく見つめる。
「………“失敗”の受け入れは、自分を見つめ直すきっかけであると同時に、新しい方向へと舵を切るための風になる。でも、その風を怖がる人も多い。だけど、君はその風を選んだんだ。君は、“成功”へと歩みだせたんだよ。」
ニィッと歯を見せて笑う。
「……はいっ!」
僕も、にっこりと笑った。
「やっぱり君には笑顔がにあってるよ。」
「…もう、からかうのはやめてください!」
夕日が、部屋にまぶしくも美しく差し込んだ。
「そういえば……ずっと気になっていたんですけど、ここって……どこですか?」
「ここ? アテレーゼ商会の商会長室。」
「!?」
よくよく考えてみれば、僕はずっとソファに寝ていた。これってものすごく高い奴なんじゃ…
「アッハハハ、気にしないで。そんなに高いヤツじゃないさ。」
ニヤニヤと僕を笑う。…さてはこの人、僕をからかって楽しんでる?
「それに、どうせ君たちの支部長に請求させてもらうからね。」
悪そうな笑みを浮かべる。ということは……!
「お話を……受けていただけるということですかっ?」
「そうだね。もちろん、嘘はついてないよ。商会のトップはそう易々とホラを吹けないからね。」
僕は、思い切りクラムさんに頭を下げる。
「ありがとうございます!! ……でも、突然どうして?」
「ああ、それはね……。」
一流の商人の証、公商紋章をコイントスする。
でたのは……表。刻まれているのは、商売の神マーチャントだ。
「君たちから、儲けの匂いがしてきたんだよ。……プンプンとね!」
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