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第三章 冒険者ギルドの宿命 編

20 禍根①

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かつては今よりも魔物が多く存在しており、人々の生活は常に危険に脅かされていた。
ガウル帝国のような巨大な国家など、猶更である。そんな人々が安全かつ平和に暮らせるように討伐活動を行っていたのが、ガウル帝国騎士団――特に、討伐隊である。
騎士団による魔物討伐には、数々の利点があった。
まずは、討伐行為の国事行為化である。これによって、質を安定して維持することができた。
次に、騎士団の人材と資産の豊富さである。帝国騎士団はその名の通り、帝国運営の直轄部隊である。その予算は国家予算であり、保有する武器・防具もまた国家を守るために購入したものであるから、魔物討伐に有利に働くのは言うまでもないだろう。
そして、洗練された指示系統である。騎士団はそこらへんにいる警備隊とは格が違う。建国当初から王族を守り、厳しい規律が作られ、それを厳格に守ってきた。だからこそ、有事の際は素早く行動することができる。
……ここまで聞くと、騎士団による魔物討伐は、全然悪いものには思えない。むしろ、その役目を横取りした冒険者が恨まれて、当然のように思われるだろう。

「皇帝が騎士団から冒険者にその役目を移し替えたのはな、あいつが……騎士団長ルーフェスが、“暴走”し始めたからだ。」

思い出したくもない。あいつのやったことは、それはそれはひどいものだった。

「…ルーフェス・テルミア。ヤツはかつて、ただの一般人であった。だが、その剣の才覚から貴族に召し抱えられ、ついには騎士にまで成り上がった男だ。それだけにとどまらず、国のためにその身を捧げ、長年の功績によって騎士団長……つまり、皇帝と同レベルの地位にまで上り詰めた。その功績というのが、魔物討伐だった。」



ガウル帝国某所。崖下に広がるは、森に囲まれた小さな草原。そこに、大小様々な魔物が集まっていた。何の理由もなく、集っているわけではない。ヤツらの目の前には、人々の暮らす小さな集落があった。
沢山の魔物たちが、人々を襲い、その魔力を吸収する。ある地方では、“ちからがり”などと呼ばれているようだが……。なんにしても、今、目の前の集落に危機が迫っているのは、確実であった。

「やれやれ……一度にこの数をまとめて相手するとなると、流石に骨が折れそうです。」

ロインが首をポキポキ鳴らす。ロインと俺は、ガウル帝国で“ちからがり”が増えているという噂を聞き、やってきた。ちなみにコンキスは、別件で行動を供にしていない。当時はまだ冒険者ギルドがなかったから、帝国の民のために貢献したという既成事実を作って、帝国に恩を売るつもりだった。恩を売っておけば、帝国からの依頼あっせんに役立つだろうと考えたからだ。

「……とか何とか言ってましたけどね。本当は、ただ単に苦しんでいる人々を助けたかったから……ですよね?」
「さあ、どうだろうな。」
「まったく……君は素直じゃありませんね…。」

ロインは小さくため息をつく。そんな会話をしながら、俺たちはヤツらに見つからないように、準備を進めた。



数刻前。
情報を集めるために集落へと向かうことに決めた俺たちは、見つからないよう慎重に森を歩いていた。そして、集落に着くと、村長を筆頭に大勢の人々が出迎えてくれた。どうやら、何処かで冒険者“双腕”が村の方へと来ているという噂を聞いたらしい。人々は、俺たちの来訪を喜んでいた。
…当時の俺はひねくれていた。どこで仕事をしても、“双腕”という肩書を手に入れても、扱いはひどいものだったからだ。“悪夢病”の時もそう。事件解決で、冒険者に対する見方は確かに大きく変わったが、それでも冒険者のイメージを完全によくすることは叶わなかった。あくまでも、きっかけにすぎない。それくらい、冒険者への差別の意識は深く根付いていたのだ。

「お願いします。どうか……どうか、村をお救いください。」

村長が深く頭を下げる。

ああ、冒険者なんかに縋るくらいに、追い込まれているのか……。

冷めた目で見ていた。

ロインは終始笑顔だった。笑顔だが、俺をどこか寂しそうな目で見つめていたのも印象的だった。
そして、村長に頭を上げるように促した。

「わかりました。私たちでは力不足かもしれませんが、精いっぱい尽力いたします。」
「……よろしく、お願いします。」

村長が涙を流しているのも、目に焼き付いて離れなかった。



「あれだけ言われても、まだその顔を続けますか?」

その問いに、俺は返事をすることができなかった。ロインはそれを察し、話を別の方へと振ってくれた。

「……まあいいです。それにしても、壮観ですねぇ。ここまで大規模の群れは見たことがありませんよ。」

遠くを眺め、そう漏らす。

「…ああ、そうだな。」

改めて考えてみると、ここまで沢山の種類が集まっているのは見たことがない。同種族が群れを作ることはよくある。そして勿論、異種族同士で群れを作ることもあるにはある。だが、統率が取れずに早々に崩壊することがほとんどだ。これまで戦ってきた経験からすると、眼前に広がるこの景色は異常であった。手に持つ剣の刀身にも、それが映りこんでいる。

「指示系統がしっかりしているのでしょうか。これは、厄介な戦いになりそうですね。」
「どうだかな……やってみなきゃ分からんだろう?」

ふふっ、と
互いに微笑みあう。剣を構え、ロインは杖を持ち直し、
さあ、討伐しよう。
―――その刹那だった。

「全体、かかれぇっ!!」
「「おおおおお!!!!」」

鬨の声と共に、森から一団が一斉に飛び出す。突然の襲撃に、魔物たちが動揺しているのが、こちらからでもすぐに分かった。
そして……瞬く間に、一匹残さず彼らは討ち取っていった。

「どちら様でしょうか。冒険者のチームにしては、規模が大きすぎますし……。」

顎に手を当て、ロインはそう呟く。
すると、ヤツらは旗を大きく掲げ、勝鬨を上げた。魔物の返り血だ赤く染まった大旗、戦場の風にたなびく。その紋様に見覚えがあった。旗のその横に、鎧で身を固めた騎馬が威厳を放って立っていた。あれは猛者だろう。実際に戦っていたのはヤツの部下であり、ヤツ自身の太刀筋を見たわけではないが……なんというか、直感とも言うべき感覚が、そう思わせた。

「…いや、あれは冒険者なんかじゃない。ガウル帝国騎士団だ……。」



ガウル帝国騎士団の後を追い、集落へと向かう。すると、村長と先程の騎馬が、話していた。村長の方は、何やら慌てているようだった。

「こ、困りますっ……急にそんなお金を払えと言われても……。」
「それが規則だ。帝国議長に逆らおうと言うのか…?」
「い、いえ……決してそんなことは…。」

村長は俯き、言葉が出で来ない様子だった。
…正直言って、面倒ごとに首を突っ込み、帝国騎士団もとい、ガウル帝国を敵に回すことはしたくない。これからの仕事に支障をきたすことになる。

「………………。」

ロインは平静を装っていた。だが、震える拳を抑えることはできなかった。

「彼ら、村人たちに一体何をしているんですか?」

ロインは聖クレイ国出身。帝国の内政には疎かった。トップが教会の神聖国家であり、万人皆平等の考えが当たり前の思想が根付いている国出身だから、知らないのだ。

「ガウル帝国は、騎士団……特に討伐隊が中心となって、国の魔物を鎮圧する国家政策を取っている。名目上は国家安定と維持のためだが、真の目的は……帝国民から、資金を調達することだ。」
「要は、体のいい徴税というわけですか。」

ガウル帝国は、複数の国家が盟約の下に帝国領として組み込まれている。そして、それらの国は旧国家の国境線を基に州として分けられているのだが、それらの州の実権を握っていたのが、旧国家のそれぞれの王家だった。そして、州長は帝国上位貴族として、帝国議会に参加できる。そういうシステムなのだが、これら貴族の多くが問題を抱えていた。それが、“資金”である。
各国がガウル帝国に参加する際に、当時のサブラス王……つまり、皇帝家は、各州長にこんな命令を出した。

毎年、皇帝家に一定の金を上納しろ、と。

何も意地悪で言っているわけではない。当時のサブラス王家は、各国から資金を取ることにより、後の世代に各州長が反乱を起こしにくくしようとしていた。そして、その金を帝国民に還元することで、国を豊かにしていこう。
そう、考えていた。
だが……実際は違った。

帝国騎士団による魔物討伐。集落を救った。これは帝国による国事行為であり、帝国民はその礼をするのは当然のこと。

そういった、人々を苦しめる悪循環が作られてしまったのだ。
最初は、帝国民とは関わりたくなかった。
だが、俺の仲間が許さなかった。
その日あったことを話し、俺の気持ちを伝えると、コンキスは激怒した。
騎士団相手だけではない。
……俺にもだ。

『君のことを慕ってくれる人を見捨てるのか。』

今考えれば、随分と理不尽なことを言ってくれたものだと思う。
だが、それは至極全うだとも思った。

俺だって助けたい。だが、行動したところで、救えるのは目の前の人だけ。

そう考えると、足が一歩前へと出なかった。

そんな複雑な気持ちのまま、俺は帝都ラクロポリスにて、ノブルム帝と偶然出会ったのだった……。
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