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第三章 冒険者ギルドの宿命 編

30 クソオヤジ②

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オヤジは、皇帝は、私の心の支えだった。
入隊試験に失敗した私を慰め、導いてくれた。

その恩に報いよう。
そう、必死になった。

あがいて、あがいて、あがきまくった。
騎士団が帝国議会の指示下にあっても、私の心は常に陛下とともにあった。

例え、帝国の人々が、彼を愚帝と呼ぼうとも、私だけは彼の傍にいよう。
そう、誓った。

常に強さを求め、遂に騎士団長の座についた。

皇帝の力になるためには、強くあらねば。
だから、私は己を鍛えた。

それなのに……。

“ガウル帝国は、冒険者へと支援をし、帝国騎士団の役目を一部、置き換える。”

ヤツは……ノブルム帝は、冒険者などというはみ出し者に、権利を与えた。
権威ある騎士団を、蔑ろにしてまで。

何故……何故なんだ………。

私は、皇帝のためにここまで頑張ってきたのに……。

何故、あなたは私を見てくれないっ!!?

怒りに、自分の思いを抑えきれなかった。

ノブルム帝は、私に思いを託してくれたのでは、なかったのか?
ともに過ごしたあの時間は?

……ユルセナイ。
冒険者……?
ふざけやがって。
血のにじむ思いをしてまで、ここまで上り詰めた私を蔑ろにして……。

復讐。その二文字だけが、私の心にずっと残り続けた。

ある時、ノブルム帝が崩御したという話を聞いた。
病気で、人にうつるために、秘密裏に埋葬された、と。

だが、私は最早それに気を留める余裕はなかった。

冒険者に復讐するために、私は二十年もの間、計画を練りに練った。

“召喚秘具”のこと。
“魔石”のこと。
冒険者協会などという組織のこと。

計画のために、帝国議会にも根回しした。
時には、靴をもなめた。

だが………。
そこまでやったのに、私は敗れた。

冒険者の地位向上に努めた男、“双腕”。
ヤツの思考力は、知識は、判断力は、全て私を凌駕していた。

何十回も、何百回も作戦を練った。

完敗だった。
こんな思いをしたのは、いつぶりだろう。

最後の最後見つかった、あの証拠。
あの“魔道具”は、“迷宮溢れ”を本当に召喚できるかどうかを試した際に使った、“魔法陣”の核。まさか、魔法迷宮ダンジョンの宝に化けて出てくるとは。

策士策に溺れる。
あながち、間違いではないのか…な。



もう、好きにしろ。
私は、敗れたのだ。
だが……。

「…ミヨ、止めよ。」

不意に、そんな声が聞こえてくる。あれは確か……本部長…だったか?

「……まだ分からぬか、何故先帝が冒険者への支援を決めたか。」
「…何……だと?」

顔を上げる。俺を見下ろすその顔は、何故だか懐かしかった。


「そうか……あれから二十年も経っているからな。致し方なしか。だが、一人称と話し方を変えただけなのに気づいてくれないのは、ちょっと辛いな…、ルーフェス騎士団長。昔だったら、どんな変装をしようとも、すぐにに気づいてくれたのにな…。」

ああ、この声。私は、この声を知っている。

途方に暮れていた私に、剣を教えてくれた。
時には、私なんかに思いを告げてくれた。
ずっとずっと、一緒にいてくれた。

「まさか……そんな……貴方様は………。」
「フリューデを本部のデータベースで調べたときに、気づかなかったのか。一人だけ、冒険者時代のデータが全く存在しなかった男を。」

そんな、ノブルム帝クソオヤジの声。

「ノブルム……陛下……!?」

何で……何で、ここに?

「俺はな、世間から身を隠すために、自分を死んだことにしたんだ。死体がなくとも、病気だと言えば、誰も疑わなかった。随分とスムーズだったよ。」

そう、簡単に言う。言われて考えてみれば、国葬の際も、その遺体を見た者は、家族でさえいなかった。でも、何故そんなことを…?

「陛下……あなたは、この国を救いたいと仰って……。」
「お前なしで、どうやってできる?」
「一体何を仰って……?」

はあ……とため息をつきながら、フーガは言う。

「ルーフェス。何で、ノブルム帝は冒険者への支援を始めたと思う?」
「そんなこと……知る由も……。」
「……………………お前のためだよ。」
「…!!?」

フーガは、酒場で起きたという出来事を語った。
他人の思い出だが、その情景は、容易に想像できた。

「……その時、皇帝にしつこく聞いた。何故、そこまでするのか、とな。最初は、この国のためだとか、民を救うためと言っていた。だがな、最後に教えてくれたんだ。………クソみてぇに真っ直ぐな、一人の男を助けるためだ……ってな。」

…皇帝は、そのようなことを言ったというのか。
俺の方へと、歩みを進める。
そして、あの時と同じように、座り込んだ。

「……私など、必要なかったのではないですか?」
「……違う。」
「…弱い私などではなく、冒険者の方が強かった。」
「…違う。」
「だからあなたは、私ではなく、冒険者を…」
「違うと言っているだろうっ!!」

ノブルム帝の横顔は、見たことないくらいに怒っていた。

「ルーフェス。俺は以前、お前に尋ねた。何故、強さを求めるか、とな。その時、お前はすぐに答えた。……帝国の民のためだ、とな。だが、今お前のやっていることはどうだ。帝国の民を不安へと追いやり、彼らを虐げる。まるで、真逆ではないか。」
「それは………。」
「俺が冒険者への支援を決めた理由。それは、お前に思い出してほしかったからだ。“民を助ける”。お前の原点であり、原動力でもあるその思いを。」
「………。」
「冒険者の姿を見て、思い出してほしかったんだ。騎士団に入ったお前は、更に強くなろうとした。強くなって、強くなって。俺のために力を尽くしたい。その思いは、ずっと伝わっていた。だがな……。」

手を見つめる。肩に手を乗せる。

「強さを追い求めるうちに、お前は本来の目的を忘れてしまった。騎士団長になって、それも変わるかと思ったが……戻らなかった。あの時の、俺のことを、オヤジと呼んでくれていた時の、お前が、な。見失ったお前を見るのはな……。」

皇帝の……オヤジの顔は、涙で覆われていた。

「…つらかった。あんなに、一心不乱に剣を振る、民を助けると意気込んでいたお前が、段々となくなっていくのが……つらかったんだよ。…俺は、お前に俺自身を重ね合わせていたんだ。」

……ああ、そうだ。
私が騎士団になったのは、小さい頃助けられたように、民を助けるため。

それなのに、私がやっていることは、まるで正反対。
助けてくれた皇帝のためと意気込み、民を蔑ろにした。

両手を見る。
その手は、赤く……騎士のものでは、なかった。

皇帝は、私を助けてくれようとした。冒険者に、頭を下げてまで。
それを、裏切ったなどと幼稚な決めつけをし、勝手に籠った。
挙句の果てに、暴動を起こし、民を傷つけた。

そのきっかけを作ったのは、全て私なのに。

正義の味方であるべき騎士。
私は、騎士ではなかったようだ。

手に、ポタポタと涙が零れる。
泣く資格など、ないのに。
泣きたかったのは、皇帝や、フーガたち冒険者なのに。

皇帝のためにと努力した私は、皇帝を裏切ってしまった。
皇帝は、ずっと私を、信じてくれていたのに。

その事実に今更気づき、心が押しつぶされた。

「お前が悪いんじゃない。騎士団のシステムが……この国のシステムが……俺の先祖が、狂わせてしまった。すまない……すまない。」
「私こそ……ごめんなさい……本当に、ごめんなさい…。」

議場の大窓から差す光が、私たちを照らしてくれた。
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