さよならのあとは永遠の朝食を

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売

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シスとルウルウとロウ

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 唐突に始まった二人と一人の同居生活は、思いのほかすんなりと馴染んだ。

 家主であるルウルウの言葉ひとつでずうずうしくも転がり込んだものの、ロウの態度はいたって控えめだった。魔法を使うシスに驚きはしたものの、独学で薬学も修めていることを話すと、賢いんだなとほめてくれた。自分は家主であるルウルウの恋人なのだとシスを牽制したり敵対したりなどは決してせず、落馬がきっかけで傷めたという左脚を引きずりながら、シスが世話をしている畑をゆっくりと手伝ってくれた。

 三人での暮らしは、大きないざこざが起きることもなく平穏だ。

 ルウルウは森の実りを集めて回り、昼寝をし、月に一度は街に出て買い物をし、暑い季節には湖に入って涼み、寒くなればカウチに丸まって暖炉の前を陣取った。

 ロウは畑を手伝い、本を読み、罠にかけた獣をさばき、たまにシスとあれやこれやと本の感想を言い合ったり、ルウルウとチェスをしたりした。

 シスは薬草学と魔法の研究にいそしみ、ロウが来てから少し拡張した畑を世話し、森にわけいっては弓を放って鳥をつかまえ、たまにロウとルウルウが言葉もなく静かに寄り添うのを見ていた。

 穏やかに日々は過ぎ、季節が巡る。まるで最初から一緒に暮らしていたようにロウは二人の生活に溶け込んだ。そうしてあっという間に何度目かの秋が過ぎ、冬に差し掛かった頃だった。

 まだ雪も降らないうちだというのに寒さで目が覚めたシスは、いつもより早く起きた。まだ部屋の中は薄暗かったが、これほど寒いなら暖炉に火をくべておかなければならない。そうしないと、ルウルウが動けなくなってしまうからだ。

 昨夜は遅くまで魔法についての本を読んでいたというのに早起きをしてしまったものだからとにかく眠い。それでもどうにか寝ぼけ眼をこすりながら薄暗いリビングへ行き、適当に薪を置いて、そこに火を点した。

 数年前は詠唱をしたうえで不安定な炎をどうにか作ることができていたが、今ではもう指先で薪をとんと叩くだけで炎があがる。これはシスの魔力で燃える炎なので、薪はただの媒介だ。消すまで燃え続ける。
 薄暗い部屋の中であかあかと燃える炎に体を温めながら鍋に水を張って暖炉の上に置いたシスは、きしむ床を踏みながら廊下をそろりと歩き、ルウルウの部屋の前に立った。

 以前までなら、軽くノックをしてから返事を聞かずに入っていた。けれど、今はそうもいかない。うっかり開けた時に、セックスをしていたことがあるからだ。

「っふ……ん、ん、ああ、……あ、ロウ、ロウ…、ロウ、すき……っ」

 開けてしまった扉の向こうで白い背が踊っていたのは、それなりに前のことだ。

 扉の方に背を向けていたのでルウルウは気付いていなかったが、ロウとは目があってしまい、苦笑いを浮かべる彼に目礼してその場を立ち去った。

 ロウとルウルウが抱き合っていることがショックだったわけではない。むしろ、ほっとした。

 恋をした男に会いに行くため、ロウに出会う前のルウルウはこれまでに何度もシスを連れて街へ行っていた。日帰りで帰る日もあったが、宿をとることもあった。そんな日は夜になるとルウルウはシスが寝床にはいったのを確認して部屋を出ていき、明け方まで帰ってこなかった。けれど宿の薄い壁は隣で起きていることを如実に教えてくれたし、そういう現場を見たこともあった。

 初めて現場を見てしまった日はさすがに驚いたが、ルウルウは少し恥ずかしそうにしながらも笑顔で教えてくれた。

「僕は体温が低いでしょう。だからかもしれないけど、セックスするの好き。抱き合ってると暖かくって、ふわふわして、気持ちいい。それに、好きな人とするのって特に気持ちいいから」

「それって、ルウルウはしあわせってこと?」

 まだシスも、十歳かそこらだった気がする。恋という感情はまだよくわからなかった。けれど、それだけは聞いておきたかった。

「うん、幸せ」

 問いかけた時、ルウルウは頷いた。それなのに、その日までルウルウとロウがセックスをしている様子はなかったのだ。

 シスもルウルウもロウも、行動範囲はほとんど同じなので四六時中一緒にいるといってもおかしくはないが、それでもシスはたまに地下の蔵書室にこもったり、研究室でひたすら魔法や薬学に没頭していたりする。それなのに、シスが突然階上にあがっても慌てたり驚いたりする風でもなく、それどころか夜中にどちらかの部屋を行き来している様子もなかった。

 ルウルウは、セックスをしなくても幸せでいられているのだろうか。シスにはそれが気がかりだった。

 セックスが好きだと、幸せだと言っていたルウルウは、今の状態で幸せだろうか。

 そんなことを考えては悶々としていた矢先だったので、抱き合う姿を見たのは本当にほっとしたのだ。

 けれども、ほっとしたからと言って気を配らないわけではない。わざとキシ、と廊下を強くきしませてルウルウの部屋の前に立つ。コンコンと指の背でノックして、扉の向こうからそれらしい声や音がしないのを確認してそろりとドアノブを回した。

「……ルウルウ」

 ベッドのうえには、こんもりとした一人分程度の丸みがあった。

「ルウルウ。暖炉に火を入れたから、カウチで寝た方がいい」

「……う、ん…」

 背後で廊下がきしむ音がした。おそらくロウが起きたのだろう。彼の部屋はルウルウの部屋の隣で、リビングへ向かうにはこの部屋の前を通る。近づいてくる彼の気配を感じながら、ルウルウが丸まっている毛布を両手で抱えた。

「カウチまで連れてってあげるから、せめて顔だけ出して。じゃないと上下がわからないよ」

「うんー……」

 もぞもぞと動いた毛布の、意外な方向から白い髪に覆われた頭がそろりと出てくる。肌も髪も白いルウルウだが、皮膚の薄いくちびるだけはいつもほんのり赤い。それなのに寒さのせいか色が薄くなっていて、シスは早く温めなければと毛布ごと抱き上げた。

「ジンジャーハニーは三つでいいか」

「ああ、はい」

「うん……」

 扉の前を通りながら、寝起きでかすれた声でロウが聞いてくるのに頷いて返す。すっかりルウルウを軽く抱き上げられるようになったシスの腕の中で細い体が身じろいだ。

「シス、さむい……」

「今カウチの前に連れてくから。ロウも、ジンジャーハニーを淹れてくれてる」

「うん」

 ぶるりと震えて、ルウルウは白い瞼を閉じる。今日は一日、カウチの前でうたたねを繰り返すかもしれない。

 冬用の毛布を出さないとと思うシスの背中に、キッチンで温かい飲み物を作ってくれているロウの渇いた咳と、ぱちぱちと燃える火の音がかぶさる。

 三人暮らしになってから、数度目の冬が急に到来した日の朝だった。








 ルウルウが眠っている。

 すっかり秋は去って雪が毎日降るようになってから、ルウルウは例年通り、ほとんど眠って過ごしていた。

 お気に入りのカウチで丸まり、その上にはさすがに暑くないのだろうかと思うほど毛布を重ねる。そのせいで細い体の輪郭はもこもことした布の厚みに覆われて低い丘のようになり、そのふもとに小さな顔がころんと転がっているように見えた。

 ロウが来て初めての冬が訪れたあたりから二週間ほど、シスはロウを観察していた。

 今までのルウルウの恋人たちは、冬になるとほとんど動けなくなるルウルウに愛想をつかして去っていった。彼もそうなるのではと危ぶんだのだ。

 警戒するシスの視線を知ってか知らずか、ロウは特に変わりなく普段通りすごしていた。

 夜に雪が降った日は朝食を食べてすぐに外に出て、畑の世話の代わりに雪下ろしや雪かきをした。あとは食事に使う豆の皮むきを手伝ってくれたり、たまに食事を作るとなると下ごしらえに精を出していた。ルウルウと一緒に昼寝をしていることもあった。本を読んだりシスとチェスに興じたり、時には壊れた農具を修理したりもした。

 そんな日々の合間に暖かな日があり、ルウルウがまともに起きていられると、ねだられるままに傍に寄り添い、三人でつらつらととりとめのない話をした。

 結局、ロウはこの森で初めて迎える冬をそうやって過ごした。出ていくそぶりはなく、春になってようやくすっきりとした顔で目覚めたルウルウが「街に行こう」と言い出すまで、森どころか、家の周囲のひらけた湖畔からさえも出なかった。

 それは翌年も、その翌々年も同じで、毎年そうだった。今年も同じ雰囲気で、ロウはカウチのそばにひとつ増やしたソファに座っている。互いにそれほど饒舌ではないので、ロウもシスも、自分で持ち寄った本を読んでいた。

「……ごほっ、う、……ん、うん」

 近頃のロウはよく咳をする。絶えず暖炉の火を点しているので、空気が乾燥してしまうからかもしれない。つられて思わずシスも空咳をした。

「ロウ、ジンジャーハニーを入れるけど、どうする?」

 乾燥しないために濡らしたタオルなど下げてみるが、やはりじかにのどを潤した方がいい。暖炉の上のやかんもシュウシュウと音を立て始めたので頃合いかと、読んでいた本にしおりを挟んで立ちあがると、ロウはまだ整わない喉を軽くうならせたあと、持っていた本をぱたんと閉じた。

「ありがとう、もらうよ。……ああ、ルウルウが起きたみたいだ」

 振り返ると、確かにカウチの背もたれの向こうに白い頭がひょっこりと見えている。蜂蜜と生姜をすりおろしたものをシスが混ぜて湯で溶いていると、か細い声があがった。

「シス、僕にもジンジャーハニーちょうだい……」

「いま作ってるよ」

 まだ眠いのだろう。ふわふわとした声に笑いながら、マグカップを三つトレイに乗せた時だった。

「ごほごほっ……げほっ、ごっ…う、ぐうっ……」

「ロウ?」

 激しい咳のあと、喘鳴のような音が聞こえた。それにかき消されそうなルウルウのふしぎそうな声も一緒に耳に届く。

「ロウ、どうしたの。ロウ。ねえ、どうしたのーーー……」

「ロウ?」

 トレイを置いたまま、あわてて駆け寄る。ロウはぐったりと体をソファにもたれさせ、胸を喘がせている。その口元には赤いものがついていた。

「どうしたんだ、口に血が……」

「……病さ」

 はは、とロウは力なく笑った。

「まいった。……そろそろか」

 もった方か、とつぶやいて、ロウは口の端ににじんだ赤を手の甲でぬぐった。その赤をぼんやりとした目で眺めて、ルウルウはまだ眠りのふちにいるようなとろりとした双眸を二度、またたかせた。








「うつるようなもんじゃない。……もともと胸が悪かったんだ」

 シスが淹れたジンジャーハニーをすすりながら、ロウは嗄れた声で言った。

「医者には一生治らんと言われてた。むしろ、三十まで生きればいい方だと」

「ロウ、体が悪いの?」

 温かいものを飲んで体の内側から温まったのか、ルウルウは寝起きよりは明確に現状をわかっているようだった。

 不安げに眉を寄せ、ロウ、とつぶやいてカウチから降りる。毛布をまとったままずるずると移動してロウが座る一人がけのソファまで来ると、足元に座り込んだ。

「痛い?」

「少しな。……泣かないでいい、ルウルウ」

 本をサイドテーブルに置いたロウの手のひらがルウルウの頭をなでた。その日をさかいに、ロウの病状は悪化の一途を辿るようだった。

 ルウルウはひどく眠たげにしながらもロウの傍に行っては少し話をしていた。そしてロウが咳をして苦し気にするたび、ただでさえ赤い目が溶けて肌に滲んだのかと疑うほど目元を真っ赤にして泣いた。

 寝込むロウと、寒さに眠りこけるものの、起きるたびにロウを心配して泣くルウルウを一階において、シスは食事を作るとき以外は地下の研究室にこもった。

「胸の病……肺…心臓…」

 地下の蔵書室には、分厚い医学書もある。いままで薬学を学ぶ上でも何度も開いたことのあるそれをめくっては紙に書き取り、研究室の棚一面にある無数の引き出しを開けた。効くのではと思う薬草や材料を取り出しては何種類もの薬を作り、それを量を変え、品を変え、少しずつロウに飲ませた。

 薬は効くことはあったが、それでも急激に悪化していく体調を一時的に停滞させてるという程度のもので、安定して効く様子はない。

 毎日が焦りに満ち、一日が終われば失神するように眠りこむ。それでも日々は進んでいくし、冬なので雪が積もる。朝食を終えるなり眠り込んでしまったルウルウと、ソファに深く腰かけたロウを暖炉の前において雪かきへ行ったシスは、戻ってくるなり目を剥いた。


 ロウはソファに腰かけたまま眠っており、その足元に毛布の山がある。かけていたものが落ちたのではなく、普段ルウルウが使っているものだ。けれどいつも少しは見えているルウルウの白い頭は見えず、かわりに毛布の山の裾から白く細い縄のようなものが出ていた。

「ル……っ」

「……ああ、ルウルウ」

 頭や肩には雪がまだのっていたが、とっさに室内に足を踏み入れた。けれどその音で目覚めたロウの手の方が早く、毛布の山を引き上げた。

 ふんわりとした分厚い布の下から現れたのは、とぐろを巻いた白い蛇だ。くるりと丸まっているものの、しっぽの先がゆるくほどけたように出ていた。

「ロウ、それは……」

「寒いからな、戻っちまったんだろう。カウチをもう少し暖炉に近づけてやろうか」

 驚く様子もなく、ロウはひょいと白蛇を持ち上げると一本のひものように伸ばしてカウチの上に置いた。その上に毛布をかけるとカウチの片方を持ち、くいっと顎をしゃくった。

「シス、そっち持ってくれ」

「あ、ああ」

 言われて反対側を持ち、少しばかり暖炉にカウチを近づける。白蛇がもぞもぞと毛布に潜り込み、すぐにむくむくと毛布が膨れあがった。やがて白い脚がカウチからこぼれて床に落ち、シスが戻してやるとうんうんと唸りながら毛布の中からルウルウの顔が出た。

 もぞもぞと動いて寝やすい体勢を探したあと、ようやく落ち着いて穏やかな寝息を立てるルウルウの頭を、ロウの手が撫でる。いつも通りの光景だった。

「……ロウ、…ルウルウの本当の姿を……」

 知っていたのか、と聞くまでもなかった。

「ずっと一緒にいたからな。初めて見たのは何年前だったか……いや、もっと前か。最初は驚いたが、まあそうだろうなとは思ったさ」

「そうだろうな?」

 ぽたりと髪の先から雫が滴った。頭や肩に乗ったままだった雪が室温に溶けたらしく、慌てて服の袖で拭うと、はは、とロウが笑った。

「服を着替えてこい。ジンジャーハニーを淹れてやる。それから話をしよう」

「……わかった」

 すやすやとルウルウは眠っている。その後ろをすりぬけて部屋へ戻ると、キッチンの方からはガチャガチャとカップを用意する音がした。

 濡れた服を脱ぎ捨て、乾いた服に腕を通しながらふと見た窓の外では、まだ雪が降っている。そういえば、ロウがここに来てもう何年が過ぎたのか、シスにはわからなかった。

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