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学院生活編
1.入学パーティーと思わぬ出会い
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国立魔術学院では、入学式と一緒に歓迎パーティーというものが開かれる。
一学年全員参加が義務付けられていて、必ず礼服を着用しなければならないというものだ。貴族文化が色濃く残るこの学院ならではだと思う。
最近は前よりも平民が通いやすいようになってるみたいだけれど、どうなのかしら。
そんなことをつらつらと考えながら、私は自分に与えられた寮室でアリサを含めた数名の侍女たちに世話をされていた。
全寮制の学院には貴族の子どもたちが多いので、爵位によって連れてきて良い使用人の人数が決まっている。私は侯爵家の人間なので、最低限の威厳を保つという意味で三人ほど連れてきた。
寮は男子寮、女子寮と分かれていて、上の階に行くにつれて爵位が上ということになる。なので私は三階の広い部屋を使うことになった。
ちなみに、この日のためにドレスは二着用意してある。
前みたいな失態を犯したとき、すぐ着替えられるようにだ。こんなことを考える令嬢なんて私くらいでしょうね……。
着替えている間に思い浮かんだのは、入学試験のことだった。
アラステアは全科目満点という近年稀に見る点数で首席入学を果たした。
私はやっぱり実技の結果がそこまで伸びず、代わりに座学系でほぼ全科目満点を取ったから、次席の座に滑り込めたみたいだ。
三位はなんと、マーシュ男爵家の令嬢だったらしい。マーシュ家の爵位は一代限りのものなので、世襲できないものだったはずだ。私よりも恵まれていない環境だったでしょうに、すごいわ。
素直にそう思った。どんな少女か、今日のパーティーで確認しておきたいところだ。三位までの人は壇上に立たされるから、すぐに判別できそうでちょっと安心する。
だけどそれよりも気になっているのは、首席による挨拶だった。
「……アラステア、ちゃんと挨拶できますでしょうか……」
「アラステア様はやるときはちゃんとなされる方ですし、大丈夫ではないでしょうか」
「そうよね……ええ、そうだわ。昨日もちゃんと言っておきましたし」
聞いていたかどうか怪しいが、アラステアのことだ。事前準備などしなくても、いつもの調子でさらっと挨拶をしそう。
「さあ、できましたわ、お嬢様」
「とてもお美しいです……」
「ありがとう、みんな。さすが私の侍女たちですわ」
そうこうしているうちに、支度が整っていた。
今日のドレスは春ということもあり、薔薇色の華やかなものにした。もう一着とも悩んだけど、こっちのほうが目立てるかなって。
髪には、アラステアと初めて会ったときの思い出の品でもある白薔薇を模した髪飾りをつけてある。
少し早いけど、となりの男子寮にいるアラステアと一緒に行くから、そろそろ出ないといけませんわね。
そう思い侍女たちに見送られ部屋を出、スカートをつまみながら階段を降りていく。階段には踊り場があり、大きな窓からは中庭が見渡せた。
ああ、今日もいい天気。雨が降ってびしょ濡れなんてことにはならなそう。
そこでふと私は、中庭に一人の少女がいるのを見つけた。
今いるのが、二階へと続く窓だから見えたのだと思う。こげ茶の髪をした彼女は中庭に植えられている木の陰に隠れるようにしてしゃがみ込んでいた。
ここで見ないふりをすることは、誰にでもできると思う。
でも私は、いつもみんなに巻き込まれそうなところを助けてもらってきた。他にも色々と助けてもらっている。
私もそんなふうに、周りの人を助けられるようなそんな生き方をしたい。そう強く思うようになったのは、いつからだったろう。
だからかしら。彼女のことを見捨てられなかったのは。
階段を駆け下りた私は、周囲に誰もいないことを確認した上で中庭に降り立った。
ドレスの裾をつまみながら木陰に近寄り、うずくまる少女にそっと声をかける。
「……大丈夫ですの? お加減でも悪いのかしら?」
「っっ⁉︎」
少女が弾かれたように顔を上げる。
瞬間、私は二重の意味で驚いた。
一つ目は、彼女の青い瞳がうっすらと虹色を帯びていたから。
そしてもう一つは――彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちていたからだ。
慌てて目元をこすり泣いていたことを隠そうとしたけれど、その目元が赤いことは誰が見ても分かる。
「……初めまして。私はフレデリカ・マクファーレンと申しますわ。あなたのお名前、うかがってもよろしくて?」
「え……あ……っ」
できる限り優しい声を心がけたつもりだったけれど、ちょっと反応がよろしくない。だけどそれ以降は声をかけずじっと待っていたら、彼女はおそるおそる口を開いた。
「エフィー。エフィー・マーシュ、と言います……」
……それじゃあやっぱり、この方が……入学試験で三位の成績をおさめたエフィー・マーシュさん。
そんな彼女がなぜこんなところでうずくまって泣いているのか。考えられるのは二つ。
着ていくドレスが用意できなかったか。もしくは、なんらかのトラブルでドレスが着れなくなったか、だ。
前者は金銭的問題、後者は他の学友にいじめられたとかドレスを汚されたとか、多分そんなところだと思う。
私の周りは別にそんなこと気にしないけど、彼女の成績が良いことを妬む人は確実にいるからだ。
でも、そんな理由でパーティーに出席しないのはもったいない。
だって彼女は本来、壇上に共に立ち褒め称えられるべき人間だったから。
「……ドレス、ないのですか?」
「あ……それ、は……その……」
マーシュさんがもごもごと口ごもる。
その瞬間、私の心は決まった。
「……マーシュさん」
「は、はいっ」
「私の部屋に来てくださいな」
「……え?」
ぽかん、とした顔をしたマーシュさんの手を掴み、私は素早く自分の部屋へ向かったのだった。
努力が報われないなんて……冗談じゃありませんわ。
心の奥底から湧き上がる怒りを、必死にこらえながら。
*
予定より少しだけ遅れてアラステアと合流した私は、パーティーが開かれる会場にやってきていた。
パーティー自体は、お茶会よりももう少し豪華になった程度の規模みたい。結構本格的で驚いた。
私たちは先生に案内され壇上の袖で待機する。
パーティーが始まるまで、後十分。
ちらちらと懐中時計を確認しながら、私はそわそわしていた。
それを見たアラステアが、こてりと首をかしげる。
「どうかした? フレデリカ」
「……どうしてですの?」
「いやだって、あのフレデリカが約束の時間に遅れてくるし、妙に時計を気にしてるし、さらに言うなら誰かを探しているように見えたから……かなぁ?」
うっ、鋭い。というより、私の行動を見過ぎでしょう。
アラステアには隠し事ができなさそうだ。
私はため息をこぼしつつ、遅れた理由を説明する。
「……エフィー・マーシュさん、ご存知?」
「……えーっと」
「アラステアに人名を聞いた私が馬鹿でしたわ。あれです。入学試験で三位の成績をおさめた、男爵令嬢です」
「……あ、ああ!」
大丈夫なのだろうか。
アラステアの最大の欠点は、他人の名前を覚えないところだと思う。しかも故意的に。
「……その方が、中庭で泣いておりまして。ドレスがなかったようなので貸したのです。侍女たちに着付けを頼んでおいたのですが、間に合うものかと少し不安でして」
「なるほどなるほど。そっか。……ふぅん、そっか。フレデリカがそんなことを」
「……なんですの、その笑みは」
いたずらを思いついた少年のような顔をされると、警戒心が湧く。
「いや、だってねえ……なんだかんだと格式に関して言いつつ、優しいのところは変わってないんだなって思って。あと、妙に正義感が強いところとか」
「……引っかかる物言いですわね?」
「そう?」
「そうですわ。その言い方ですと、かなり昔のことを語っているように思えるのですけれど」
「……ふふふ。どうだろうね?」
アラステアの笑みが深くなる。今日はどうにも意味深なことを言うな、と思っていると、ぱたぱたと小走りで駆けてくる音が聞こえた。
現れたのは、華やかなレモンイエローのドレスを身にまとったマーシュさんだった。
似合うか似合わないかが結構分かれる色だったので心配していたのだけれど、問題なさそう。
侍女たちもきっちり仕事をしてくれたみたいで、彼女のこげ茶の髪はさらさらつやつやだった。髪には私が付けるように指示した、カモミールの花飾りが揺れている。
懐中時計を見れば、残り一分。間に合ったようで良かった。
上位三人が揃ったのを確認した先生は、私たちに壇上へ上がるように指示する。
その合間に私はこそっと、マーシュさんに囁いた。
「せっかくの舞台なのですから、しゃんと胸を張ってくださいな。――だって間違いなく、あなたは優秀なのですから」
マーシュさんが目を見開き、アラステアがくすくすと肩を震わせるのを見た私は、眼下を笑みを浮かべ見下ろした。
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カモミールの花言葉:『逆境に耐える』『逆境で生まれる力』
一学年全員参加が義務付けられていて、必ず礼服を着用しなければならないというものだ。貴族文化が色濃く残るこの学院ならではだと思う。
最近は前よりも平民が通いやすいようになってるみたいだけれど、どうなのかしら。
そんなことをつらつらと考えながら、私は自分に与えられた寮室でアリサを含めた数名の侍女たちに世話をされていた。
全寮制の学院には貴族の子どもたちが多いので、爵位によって連れてきて良い使用人の人数が決まっている。私は侯爵家の人間なので、最低限の威厳を保つという意味で三人ほど連れてきた。
寮は男子寮、女子寮と分かれていて、上の階に行くにつれて爵位が上ということになる。なので私は三階の広い部屋を使うことになった。
ちなみに、この日のためにドレスは二着用意してある。
前みたいな失態を犯したとき、すぐ着替えられるようにだ。こんなことを考える令嬢なんて私くらいでしょうね……。
着替えている間に思い浮かんだのは、入学試験のことだった。
アラステアは全科目満点という近年稀に見る点数で首席入学を果たした。
私はやっぱり実技の結果がそこまで伸びず、代わりに座学系でほぼ全科目満点を取ったから、次席の座に滑り込めたみたいだ。
三位はなんと、マーシュ男爵家の令嬢だったらしい。マーシュ家の爵位は一代限りのものなので、世襲できないものだったはずだ。私よりも恵まれていない環境だったでしょうに、すごいわ。
素直にそう思った。どんな少女か、今日のパーティーで確認しておきたいところだ。三位までの人は壇上に立たされるから、すぐに判別できそうでちょっと安心する。
だけどそれよりも気になっているのは、首席による挨拶だった。
「……アラステア、ちゃんと挨拶できますでしょうか……」
「アラステア様はやるときはちゃんとなされる方ですし、大丈夫ではないでしょうか」
「そうよね……ええ、そうだわ。昨日もちゃんと言っておきましたし」
聞いていたかどうか怪しいが、アラステアのことだ。事前準備などしなくても、いつもの調子でさらっと挨拶をしそう。
「さあ、できましたわ、お嬢様」
「とてもお美しいです……」
「ありがとう、みんな。さすが私の侍女たちですわ」
そうこうしているうちに、支度が整っていた。
今日のドレスは春ということもあり、薔薇色の華やかなものにした。もう一着とも悩んだけど、こっちのほうが目立てるかなって。
髪には、アラステアと初めて会ったときの思い出の品でもある白薔薇を模した髪飾りをつけてある。
少し早いけど、となりの男子寮にいるアラステアと一緒に行くから、そろそろ出ないといけませんわね。
そう思い侍女たちに見送られ部屋を出、スカートをつまみながら階段を降りていく。階段には踊り場があり、大きな窓からは中庭が見渡せた。
ああ、今日もいい天気。雨が降ってびしょ濡れなんてことにはならなそう。
そこでふと私は、中庭に一人の少女がいるのを見つけた。
今いるのが、二階へと続く窓だから見えたのだと思う。こげ茶の髪をした彼女は中庭に植えられている木の陰に隠れるようにしてしゃがみ込んでいた。
ここで見ないふりをすることは、誰にでもできると思う。
でも私は、いつもみんなに巻き込まれそうなところを助けてもらってきた。他にも色々と助けてもらっている。
私もそんなふうに、周りの人を助けられるようなそんな生き方をしたい。そう強く思うようになったのは、いつからだったろう。
だからかしら。彼女のことを見捨てられなかったのは。
階段を駆け下りた私は、周囲に誰もいないことを確認した上で中庭に降り立った。
ドレスの裾をつまみながら木陰に近寄り、うずくまる少女にそっと声をかける。
「……大丈夫ですの? お加減でも悪いのかしら?」
「っっ⁉︎」
少女が弾かれたように顔を上げる。
瞬間、私は二重の意味で驚いた。
一つ目は、彼女の青い瞳がうっすらと虹色を帯びていたから。
そしてもう一つは――彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちていたからだ。
慌てて目元をこすり泣いていたことを隠そうとしたけれど、その目元が赤いことは誰が見ても分かる。
「……初めまして。私はフレデリカ・マクファーレンと申しますわ。あなたのお名前、うかがってもよろしくて?」
「え……あ……っ」
できる限り優しい声を心がけたつもりだったけれど、ちょっと反応がよろしくない。だけどそれ以降は声をかけずじっと待っていたら、彼女はおそるおそる口を開いた。
「エフィー。エフィー・マーシュ、と言います……」
……それじゃあやっぱり、この方が……入学試験で三位の成績をおさめたエフィー・マーシュさん。
そんな彼女がなぜこんなところでうずくまって泣いているのか。考えられるのは二つ。
着ていくドレスが用意できなかったか。もしくは、なんらかのトラブルでドレスが着れなくなったか、だ。
前者は金銭的問題、後者は他の学友にいじめられたとかドレスを汚されたとか、多分そんなところだと思う。
私の周りは別にそんなこと気にしないけど、彼女の成績が良いことを妬む人は確実にいるからだ。
でも、そんな理由でパーティーに出席しないのはもったいない。
だって彼女は本来、壇上に共に立ち褒め称えられるべき人間だったから。
「……ドレス、ないのですか?」
「あ……それ、は……その……」
マーシュさんがもごもごと口ごもる。
その瞬間、私の心は決まった。
「……マーシュさん」
「は、はいっ」
「私の部屋に来てくださいな」
「……え?」
ぽかん、とした顔をしたマーシュさんの手を掴み、私は素早く自分の部屋へ向かったのだった。
努力が報われないなんて……冗談じゃありませんわ。
心の奥底から湧き上がる怒りを、必死にこらえながら。
*
予定より少しだけ遅れてアラステアと合流した私は、パーティーが開かれる会場にやってきていた。
パーティー自体は、お茶会よりももう少し豪華になった程度の規模みたい。結構本格的で驚いた。
私たちは先生に案内され壇上の袖で待機する。
パーティーが始まるまで、後十分。
ちらちらと懐中時計を確認しながら、私はそわそわしていた。
それを見たアラステアが、こてりと首をかしげる。
「どうかした? フレデリカ」
「……どうしてですの?」
「いやだって、あのフレデリカが約束の時間に遅れてくるし、妙に時計を気にしてるし、さらに言うなら誰かを探しているように見えたから……かなぁ?」
うっ、鋭い。というより、私の行動を見過ぎでしょう。
アラステアには隠し事ができなさそうだ。
私はため息をこぼしつつ、遅れた理由を説明する。
「……エフィー・マーシュさん、ご存知?」
「……えーっと」
「アラステアに人名を聞いた私が馬鹿でしたわ。あれです。入学試験で三位の成績をおさめた、男爵令嬢です」
「……あ、ああ!」
大丈夫なのだろうか。
アラステアの最大の欠点は、他人の名前を覚えないところだと思う。しかも故意的に。
「……その方が、中庭で泣いておりまして。ドレスがなかったようなので貸したのです。侍女たちに着付けを頼んでおいたのですが、間に合うものかと少し不安でして」
「なるほどなるほど。そっか。……ふぅん、そっか。フレデリカがそんなことを」
「……なんですの、その笑みは」
いたずらを思いついた少年のような顔をされると、警戒心が湧く。
「いや、だってねえ……なんだかんだと格式に関して言いつつ、優しいのところは変わってないんだなって思って。あと、妙に正義感が強いところとか」
「……引っかかる物言いですわね?」
「そう?」
「そうですわ。その言い方ですと、かなり昔のことを語っているように思えるのですけれど」
「……ふふふ。どうだろうね?」
アラステアの笑みが深くなる。今日はどうにも意味深なことを言うな、と思っていると、ぱたぱたと小走りで駆けてくる音が聞こえた。
現れたのは、華やかなレモンイエローのドレスを身にまとったマーシュさんだった。
似合うか似合わないかが結構分かれる色だったので心配していたのだけれど、問題なさそう。
侍女たちもきっちり仕事をしてくれたみたいで、彼女のこげ茶の髪はさらさらつやつやだった。髪には私が付けるように指示した、カモミールの花飾りが揺れている。
懐中時計を見れば、残り一分。間に合ったようで良かった。
上位三人が揃ったのを確認した先生は、私たちに壇上へ上がるように指示する。
その合間に私はこそっと、マーシュさんに囁いた。
「せっかくの舞台なのですから、しゃんと胸を張ってくださいな。――だって間違いなく、あなたは優秀なのですから」
マーシュさんが目を見開き、アラステアがくすくすと肩を震わせるのを見た私は、眼下を笑みを浮かべ見下ろした。
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カモミールの花言葉:『逆境に耐える』『逆境で生まれる力』
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