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08.二番目の犬-2

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「……!」

 息を呑む音。すぐにその人物は窓から離れたようで、日差しが元通りに地下へ入ってくる。足音が遠ざかっていった。使用人か誰かが通りがかって興味本位に覗いたのだろう。
 ファルハードは瞼を閉じ、体を休めようと意識した。だが、最後に食事を与えられたのは何日前だろうかと余計なことを考えてしまう。後ろ手に縛られて床に寝ている無理な体勢で体に負担がかかる。それでも身じろぎするのも億劫になってきている。

 鉄格子の前、前室に以前は見張りがいたが、ファルハードの価値がなくなった途端に怠けてどこかへ行くようになった。今は誰もいない。
 それが戻ってきたのか、階段から足音が下りてくる。今回は食事を持ってくるだろうかと、ファルハードは浅ましい期待をする自分が嫌になりつつ、階段へ目を向けた。

 しかし、地上からやってきたのは見知らぬ黒い髪の女だった。階段から降り立った前室で、目を丸くしてファルハードを凝視している。
 かと思えば、いきなり駆け出し、ファルハードの間近くへ鉄格子に縋りつくようにしゃがみ込んだ。

「まぁ……! やっぱり、同じ色だわ!」

 喜色に満ちた声と、宝石でも見つけたように輝く青い瞳。
 年の頃はファルハードと同じぐらい。簡素な衣服で、本来スカートのように足元まで下ろす裾を上げて、帯に挟んで止めている。一番外の上着や脚衣の裾には泥の跳ねや枯葉などが付着しており、庭仕事をしていた使用人のように見えた。しかしそれにしては髪にはつやがあり、服も簡素ではあるが生地や仕立てが良い。
 そのいで立ちを例えるなら、庭遊びが好きですぐ汚すため、簡素な服を着せられている良家の幼い娘といったところだ。だがそれにしては年齢が行き過ぎている。

「ああ、かわいそうに。怪我をしてるじゃない」

 ファルハードの惨状に女は眉を顰める。もしやファルハードが敵の捕虜だと知らない家人なのかもしれない。

「誰だ!」

 そこへ、見張りの兵士が戻ってきた。鉄格子の前にしゃがみ込んでいる女に気づき、目を剥いている。
 女がそのまま見張りを振り仰ぐと、男はばつの悪そうな顔をした。

「お嬢様……。ここは遊び場じゃありませんよ。お庭で遊んでてください」
「お前、この子をここから出してあげて」

 どうやら屋敷の令嬢、すなわち将軍の娘のようだ。年齢は同じぐらいで、戦場で戦えるよう鍛えているため体格のいいファルハードをこの子呼ばわりするとは、不愉快で妙な女である。

「できません。そいつはお父上の捕まえた敵です」
「ああ、お父様ったら酷いことをなさるわ。ご飯をあげて、手当をしなくちゃ」
「お父上に叱られますよ」
「見つからないようにしないと」

 会話が噛み合っていない。兵士は苦い顔をしながら、女の年には見合わない易しい言葉を選んでいる。そして兵士の話を全く聞かない、どこか遠くを見ている娘。
 もしかすると、この娘は頭が足りない女なのかもしれない。年相応の女として過ごせず、庭で遊びまわらせておくしかできないから、このような格好をしているのだ。

「ほら、早く鍵を開けて」
「だから、それは――」
「私の言うことが聞けないの?」

 突然、娘の声が低く冷たくなった。

「私のお願いを聞いてくれないのなら、あなたたちが私に少しずつ家のお金を持ち出させてることをお父様に言うわ」
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