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09.愛犬-2
「おい」
また声をかけると、隣に座ってにこにことファルハードを眺めていたシュルークは、突然表情を失った。ぼんやりとした様子で、どこか遠くを見ている。焦点が合っていない。
苛立ったファルハードは、彼女の胸倉を掴んで押し倒した。脅かせば言うことを聞くだろうという短絡的な思考だった。
「ふざけているのか」
「……あ」
するとシュルークは、まるで今、覆いかぶさるファルハードに気がついたかのように目を丸くした。そして言い放ったのだ。
「遊びたいの? だめよ。今はご飯の時間よ」
しつけのなっていない、しかし可愛い盛りの子犬を前にしたような笑顔。あろうことか、兵士も近くにいない、弱ったファルハードでも彼女の首へ体重をかければ殺せるという、この状況で笑っている。
シュルークは手を伸ばし、ファルハードの首と耳の後ろをわしわしと撫でた。垢や皮脂で汚れているのも構わずに。
毒気を抜かれたというよりは、シュルークの不気味さのおかげでファルハードの苛立ちは挫かれた。
ファルハードの目的は、生き延びて帝国の君主になることだ。そのためには、この屋敷で助けが来るまで、あるいは逃げ出す好機を掴むまで、生き延びなくてはならない。ならば、どれほど腹立たしく屈辱的であっても、生命維持に役立つこの女の望むとおりにすべきだ。
起き上がると、ファルハードは料理の皿に手を伸ばす。
すると体を起こしたシュルークは、すかさず皿を取り上げた。
「いたずらしちゃだめ」
「……!」
(この女……!)
犬が皿の中に手を突っ込もうとしたようにでも見えたのか。シュルークはファルハードに犬としての食事の仕方を求めている。
再度置き直された皿に、ファルハードは伏せて顔を近づけた。普通は犬には残飯や骨を与えるが、彼女が事前に食事の確保を指示したからか、まともな料理だ。食べられるものであるだけマシだ。
ファルハードは皿の上の肉を、直接口にした。
「いい子ね」
かっと顔に血が集まる。屈辱だ。次期皇帝と目されていたファルハードが、帝国よりも劣るはずの国の将軍の娘ごときに、犬のまねをさせられているなど。
だが、食べなくてはならない。へそを曲げられて元の生活に戻れば、いずれ死ぬ。
手を使わないため、ぺちゃぺちゃと下品な立ち、口の周りが肉の脂や野菜の汁で汚れていく感触がある。
(殺す。殺す……)
彼女の父親である将軍と横に並べ処刑台で首を落とす想像をして、ファルハードは耐えた。生きて戻ったら絶対にこの女を殺してやると、そう固く誓いながら。
「あら、あなた食べるのが下手なの?」
怒りと恥辱のあまり味のしない食事を終えて顔を上げると、シュルークは布巾でファルハードの口周りを拭った。犬のように口が前へ出ていないのだから仕方がない。
ファルハードは食事を終えるまでの間に、頭の中でシュルークを十回ほど殺した。
「よくできました。さあ、手の怪我のお薬を塗りましょうね」
帝国にいたときは誰もが硬直したファルハードの殺意の視線を受けても、シュルークは機嫌よく飼い犬を撫でて微笑むだけだった。
また声をかけると、隣に座ってにこにことファルハードを眺めていたシュルークは、突然表情を失った。ぼんやりとした様子で、どこか遠くを見ている。焦点が合っていない。
苛立ったファルハードは、彼女の胸倉を掴んで押し倒した。脅かせば言うことを聞くだろうという短絡的な思考だった。
「ふざけているのか」
「……あ」
するとシュルークは、まるで今、覆いかぶさるファルハードに気がついたかのように目を丸くした。そして言い放ったのだ。
「遊びたいの? だめよ。今はご飯の時間よ」
しつけのなっていない、しかし可愛い盛りの子犬を前にしたような笑顔。あろうことか、兵士も近くにいない、弱ったファルハードでも彼女の首へ体重をかければ殺せるという、この状況で笑っている。
シュルークは手を伸ばし、ファルハードの首と耳の後ろをわしわしと撫でた。垢や皮脂で汚れているのも構わずに。
毒気を抜かれたというよりは、シュルークの不気味さのおかげでファルハードの苛立ちは挫かれた。
ファルハードの目的は、生き延びて帝国の君主になることだ。そのためには、この屋敷で助けが来るまで、あるいは逃げ出す好機を掴むまで、生き延びなくてはならない。ならば、どれほど腹立たしく屈辱的であっても、生命維持に役立つこの女の望むとおりにすべきだ。
起き上がると、ファルハードは料理の皿に手を伸ばす。
すると体を起こしたシュルークは、すかさず皿を取り上げた。
「いたずらしちゃだめ」
「……!」
(この女……!)
犬が皿の中に手を突っ込もうとしたようにでも見えたのか。シュルークはファルハードに犬としての食事の仕方を求めている。
再度置き直された皿に、ファルハードは伏せて顔を近づけた。普通は犬には残飯や骨を与えるが、彼女が事前に食事の確保を指示したからか、まともな料理だ。食べられるものであるだけマシだ。
ファルハードは皿の上の肉を、直接口にした。
「いい子ね」
かっと顔に血が集まる。屈辱だ。次期皇帝と目されていたファルハードが、帝国よりも劣るはずの国の将軍の娘ごときに、犬のまねをさせられているなど。
だが、食べなくてはならない。へそを曲げられて元の生活に戻れば、いずれ死ぬ。
手を使わないため、ぺちゃぺちゃと下品な立ち、口の周りが肉の脂や野菜の汁で汚れていく感触がある。
(殺す。殺す……)
彼女の父親である将軍と横に並べ処刑台で首を落とす想像をして、ファルハードは耐えた。生きて戻ったら絶対にこの女を殺してやると、そう固く誓いながら。
「あら、あなた食べるのが下手なの?」
怒りと恥辱のあまり味のしない食事を終えて顔を上げると、シュルークは布巾でファルハードの口周りを拭った。犬のように口が前へ出ていないのだから仕方がない。
ファルハードは食事を終えるまでの間に、頭の中でシュルークを十回ほど殺した。
「よくできました。さあ、手の怪我のお薬を塗りましょうね」
帝国にいたときは誰もが硬直したファルハードの殺意の視線を受けても、シュルークは機嫌よく飼い犬を撫でて微笑むだけだった。
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