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10.希望と決意-1

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 あの思い出したくもない出来事に見舞われた夜。
 将軍が帰宅しているため地下牢の前室ではなく狭い鉄格子の中へ戻されていたファルハードは、人の気配を感じて目を覚ました。身を縮めるように横になっていた体が痛む。
 地下牢にはファルハードの他に誰もいない。以前は前室に不寝番の見張りの兵士がいたが、シュルークの好き放題に応えるうちに気が緩んできたのか、地上へ続く出入り口を施錠して放置するようになった。日中も、屋敷の主人が在宅している時だけしか戻ってこない。
 前室の壁の天井近くに設けられた、外の地面ぎりぎりに位置する小窓。そこから差し込む月明りが陰った。誰かいる。

「……殿下。ファルハード殿下」

 抑えた声だが確かに低い男の声が聞こえた。しばらく呼ばれていない名と敬称に、ファルハードは思わず身を起こした。

「その声……、シャーヤールか!」
「お久しうございます、殿下」

 月明りの逆光で見えないが、確かに覚えのある声だった。
 シャーヤールという名のこの男は、帝国より外の遠方から流れ着いた移民の一人であり、昔ファルハードが彼らを手厚く保護したのだ。祖国を追われてきたらしく、恩を感じて忠誠を誓ってくれている。
 そして偶然にも青い瞳の民で、この敵国の人間と容姿がよく似ていた。そのため事前に間諜として潜伏させていたのだ。

「遅くなりまして申し訳ございません。使用人として潜り込んだまではよかったものの、中々近づくことができず……。牢の周りから人の失せる機を窺っておりました」
「いや、よくここまで来てくれた。戦況は?」
「はっ。ひと月前に北の城塞を落とし、全軍がこの王都へ向かっております。この都を守る城壁は堅牢ですが、既に多くの同胞が入り込み、帝国軍が到着次第内側から開門する手はずを整えております」

 見事な手腕にファルハードは唸った。シャーヤールたちを拾ったことは、彼らではなく、むしろ自らの幸運だったようだ。
 しかしまだ安心はできない。もうしばらく耐えれば敵国の都を落とせるからといって、ファルハードが助かるとは限らない。

「ですが、帝国軍が接近する段になって、奴らが殿下に危害を加えないかが懸念されます」
「ここまできて運任せか……」

 その時になっても現在のように引き続き、将軍が私邸へ監禁しているファルハードの存在を忘れていてくれればよいが、あまり期待はできない。帝国軍が迫ってくればさすがに思い出すだろう。開門し都を制圧する前にファルハードは処刑される。

「それが、本国でもきな臭い動きがありまして……」
「どういうことだ」
「ヌーシュザード様を祭り上げ、次期皇帝の後見にならんと企む輩が出てまいりました。奴らは軍に紛れこんでおります」
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