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20.求婚-1
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古参の近衛兵のオーランは、その日もファルハードの傍に控えて護衛をしていた。近衛によっては、皇帝の生活の場である第一宮殿の廊下を巡回したり、寝室の前の不寝番をしたりと持ち回りが異なる。その中でもオーランは、ファルハードの移動にもついて行く栄誉ある役目を優先的に担っていた。
先ほど、同じく近衛のキアーとすれ違った。今日の彼は、宮殿の出入り口の守衛が担当である。
真面目な仕事ぶりを評価された彼は、若くして近衛兵に取り立てられた。だが酸いも甘いも噛み分けるには若すぎたためか、以前目撃した、ファルハードから女官長のシュルークへの行いに戸惑っていた。全裸に首輪姿で犬のように散歩させられていれば戸惑うのも当然ではあるが。
そんな動揺する彼を気遣い、オーランはしばらくファルハードの傍に控える担当を回さないようにしていた。
しかしあれから季節が一つ変わり、ファルハードはシュルークの犬扱いをやめている。代わりに、後宮の女奴隷でもないのに寝所へ呼びつけて抱いているが、全裸散歩よりは余程正常だ。
なのでオーランはそろそろ大丈夫だろうと、キアーにまたファルハードの傍での護衛を分担しようと考えていた。
そんな夕方のことだった。
「陛下、サドリ様が……」
書斎で机に向かい異国の書物を読んでいたファルハードに、侍従が耳打ちする。部屋の壁際に立つオーランにはその内容が断片的に聞こえた。ファルハードが頷けば、侍従は書斎の出入り口へ戻っていく。
そうして入室を許され姿を現したサドリは、跪きファルハードに定型の挨拶を済ませた。
「お耳にいれたいことがございます」
何か報告があって訪ねてきたようだ。
サドリは宦官で、現在はシュルークの護衛を担当している。そのため基本的に彼女の傍を離れないが、何か用事があれば他の宦官へ任せてこうして別行動を取ることもある。
なお、サドリが聾唖を装っているがそれが偽装であることは、この場の人間には周知の事実である。
「女官長ですが――」
サドリが何か特別の報告があるのなら、護衛対象であるシュルークについてであろう。そう考えていれば、案の定名前が出た。彼女がマハスティに切りつけられた時もそうだった。
「夜間に度々宿舎を抜け出しておられるようです」
「不正行為の兆候か?」
彼によると、シュルークを私室へ送り届けたある日、宦官の宿舎まで戻ってから帰り道での落とし物に気づいたそうだ。探すために引き返すと、なぜか外を出歩くシュルークを見つけた。それを尾行するだけでなく他の日も帰るふりをして見張れば、何度も外出していることがわかった。
椅子のひじ掛けに手を置いて尋ねるファルハードに、サドリは首を横へ振る。
「不正、とまでは言えません」
サドリはシュルークと同じぐらい表情の変わらない男だが、発言だけはここへきて歯切れが悪くなった。
「跡をつけたところ、女官長は近衛のキアー殿と、……密会されていました」
それの意味するところを、一度応じたオーランは察してしまった。シュルークはあれで終わりにしたのではない。次の相手を探し、キアーは応じて現在まで続いているのだ。
「お二人は男女の仲にあります。しばらく二人で過ごした後、それぞれ宿舎へ戻っていきました」
そこまで明言されれば、尾行した先で何を見たのか、ファルハードにもわかっただろう。一瞬、彼の眉根がぴくりと寄る。
「また、キアー殿は、聖職者が立ち会わない場合の婚姻の方法を調べていたようです」
サドリの報告は、キアーがどれぐらい本気なのかを物語っている。キアーにはシュルークを憐れむなと忠告をしたというのに。
だが、険しい顔をしていたファルハードはすぐに表情を緩め、下らないとでも言いたげに鼻で笑った。
「あの女が……。いや、密会が事実であれば皇宮の風紀を乱す、褒められた行いではないな」
オーランの勘違いで、もしやファルハードはシュルークに執着などしていないのだろうか。淡い期待をしたが、彼がオーランに顔を向けて下した命令でその執心を確信する。
「オーラン。サドリと共に事実確認をしたうえで、その場から二人を連れてくるように」
つまり現場を押さえて引き立てろという指示だ。興味がなければ、人づてに注意するに留めただろう。わざわざ自分の前に連れてこさせはしない。
「承知いたしました」
オーランは重苦しい気分で主君に頭を下げた。
先ほど、同じく近衛のキアーとすれ違った。今日の彼は、宮殿の出入り口の守衛が担当である。
真面目な仕事ぶりを評価された彼は、若くして近衛兵に取り立てられた。だが酸いも甘いも噛み分けるには若すぎたためか、以前目撃した、ファルハードから女官長のシュルークへの行いに戸惑っていた。全裸に首輪姿で犬のように散歩させられていれば戸惑うのも当然ではあるが。
そんな動揺する彼を気遣い、オーランはしばらくファルハードの傍に控える担当を回さないようにしていた。
しかしあれから季節が一つ変わり、ファルハードはシュルークの犬扱いをやめている。代わりに、後宮の女奴隷でもないのに寝所へ呼びつけて抱いているが、全裸散歩よりは余程正常だ。
なのでオーランはそろそろ大丈夫だろうと、キアーにまたファルハードの傍での護衛を分担しようと考えていた。
そんな夕方のことだった。
「陛下、サドリ様が……」
書斎で机に向かい異国の書物を読んでいたファルハードに、侍従が耳打ちする。部屋の壁際に立つオーランにはその内容が断片的に聞こえた。ファルハードが頷けば、侍従は書斎の出入り口へ戻っていく。
そうして入室を許され姿を現したサドリは、跪きファルハードに定型の挨拶を済ませた。
「お耳にいれたいことがございます」
何か報告があって訪ねてきたようだ。
サドリは宦官で、現在はシュルークの護衛を担当している。そのため基本的に彼女の傍を離れないが、何か用事があれば他の宦官へ任せてこうして別行動を取ることもある。
なお、サドリが聾唖を装っているがそれが偽装であることは、この場の人間には周知の事実である。
「女官長ですが――」
サドリが何か特別の報告があるのなら、護衛対象であるシュルークについてであろう。そう考えていれば、案の定名前が出た。彼女がマハスティに切りつけられた時もそうだった。
「夜間に度々宿舎を抜け出しておられるようです」
「不正行為の兆候か?」
彼によると、シュルークを私室へ送り届けたある日、宦官の宿舎まで戻ってから帰り道での落とし物に気づいたそうだ。探すために引き返すと、なぜか外を出歩くシュルークを見つけた。それを尾行するだけでなく他の日も帰るふりをして見張れば、何度も外出していることがわかった。
椅子のひじ掛けに手を置いて尋ねるファルハードに、サドリは首を横へ振る。
「不正、とまでは言えません」
サドリはシュルークと同じぐらい表情の変わらない男だが、発言だけはここへきて歯切れが悪くなった。
「跡をつけたところ、女官長は近衛のキアー殿と、……密会されていました」
それの意味するところを、一度応じたオーランは察してしまった。シュルークはあれで終わりにしたのではない。次の相手を探し、キアーは応じて現在まで続いているのだ。
「お二人は男女の仲にあります。しばらく二人で過ごした後、それぞれ宿舎へ戻っていきました」
そこまで明言されれば、尾行した先で何を見たのか、ファルハードにもわかっただろう。一瞬、彼の眉根がぴくりと寄る。
「また、キアー殿は、聖職者が立ち会わない場合の婚姻の方法を調べていたようです」
サドリの報告は、キアーがどれぐらい本気なのかを物語っている。キアーにはシュルークを憐れむなと忠告をしたというのに。
だが、険しい顔をしていたファルハードはすぐに表情を緩め、下らないとでも言いたげに鼻で笑った。
「あの女が……。いや、密会が事実であれば皇宮の風紀を乱す、褒められた行いではないな」
オーランの勘違いで、もしやファルハードはシュルークに執着などしていないのだろうか。淡い期待をしたが、彼がオーランに顔を向けて下した命令でその執心を確信する。
「オーラン。サドリと共に事実確認をしたうえで、その場から二人を連れてくるように」
つまり現場を押さえて引き立てろという指示だ。興味がなければ、人づてに注意するに留めただろう。わざわざ自分の前に連れてこさせはしない。
「承知いたしました」
オーランは重苦しい気分で主君に頭を下げた。
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