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22.犬小屋-4(完)
謹慎後、女官の職を取り上げられたシュルークは、嘆きの館で軟禁生活を始めた。
衣食住には困っていない。女官の時と同程度の水準で与えられているし、高い塀に囲われているがそれなりに広い庭もある館なので、何なら住居は待遇が向上したぐらいだ。
しかし、これまでは日中働いて時間を潰していたのに、仕事がなくなってしまった。見上げて過ごすには、雲の流れは遅すぎる。
それを見かねてか、定期的に訪ねてきてシュルークを抱いていくファルハードは、ある日子犬を与えてくれた。明るい茶色の子犬だ。
生まれたばかりの犬で、母犬がいないのでシュルークが手厚く世話をしなくてはならない。
シュルークは自分の世話係である聾唖の女奴隷たちに頼んで、犬の世話に必要な物資を用意してもらい、子犬を大事に世話した。仕事でも、ファルハードから世話を命令されたわけでもないのに、自分にそのような熱心さがあるとは意外に思うほど、手をかけた。
犬のおかげで時間が早く流れるようになった。眺めているだけでも、あっという間に長い時間が経つ。
しばらく子犬の世話をしたシュルークは、自分が過去に、ファルハードの側近の侍従から何か必要なものがないか聞かれ、犬を飼いたいと頼んでいたことを思い出した。当時は無視された頼みを、今になって叶えてくれたことになる。
いったいどういう風の吹き回しなのかはわからないが、こちらが頼んだには違いない。
だからシュルークはその夜、嘆きの館を訪ねてきたファルハードをいつもどおり寝室へ案内してから、性交が始まる前に頭を下げた。
「犬をお与えくださって、ありがとうございます。陛下」
礼を述べて顔をあげると、ファルハードは初めて見る顔でシュルークを凝視していた。シュルークが自発的に礼を言ったことに、驚いたような、気味悪がっているような、表現しがたい歪んだ表情だ。
ファルハードは子犬を持ってきた時、シュルークに無言で渡した。もしかして、育てるように預けただけで、シュルークにくれたものではないのだろうか。
そんな疑問を抱きはじめた頃に、ファルハードはようやく元の不機嫌そうな表情に戻り、顔を背けた。
「その犬だけだ。代わりはない」
「はい」
やはりシュルークにくれた犬のようだ。部屋の隅の敷物の上に寝ていた犬が、くんくんと鳴きながらシュルークの足元まで歩いてきた。
犬は十年以上生きる。代わりを貰わずとも、この一匹を大事に長生きしてくれるように育てればいい。
シュルークは犬を抱き上げて、まだ小さな耳の後ろを指先で撫でた。
好きでも嫌いでもないと思っていたが、この犬は好きかもしれない。そんなことを考えながら。
◆
帝国の皇宮内にひっそりと立つ、正式には幽閉所という名の、皇族の軟禁用の建物。幽霊騒ぎのような逸話により、建てられて早い時期から嘆きの館と称されていたことが伝わっている。
ただ、とある信憑性の薄い文献によると、帝国の歴史の長さからすればほんの一瞬といえる期間は、『犬小屋』と呼ばれていたという。そしてその中には皇族ではなく女が一人軟禁されており、当時の皇帝から与えられた犬と共に暮らしていたそうだ。女はやがて皇帝の子を産み育てたとも書かれている。
しかし、皇帝の女であれば後宮に迎えればよい。そうせずわざわざ別の場所へ幽閉する合理的な理由などない。つまりこれは、後宮の存在という当然の事情も知らない人間が記した、架空の物語だろう。
そのような単純な理由で文献は焼却され、ある女の記録は灰と化したのであった。
了
衣食住には困っていない。女官の時と同程度の水準で与えられているし、高い塀に囲われているがそれなりに広い庭もある館なので、何なら住居は待遇が向上したぐらいだ。
しかし、これまでは日中働いて時間を潰していたのに、仕事がなくなってしまった。見上げて過ごすには、雲の流れは遅すぎる。
それを見かねてか、定期的に訪ねてきてシュルークを抱いていくファルハードは、ある日子犬を与えてくれた。明るい茶色の子犬だ。
生まれたばかりの犬で、母犬がいないのでシュルークが手厚く世話をしなくてはならない。
シュルークは自分の世話係である聾唖の女奴隷たちに頼んで、犬の世話に必要な物資を用意してもらい、子犬を大事に世話した。仕事でも、ファルハードから世話を命令されたわけでもないのに、自分にそのような熱心さがあるとは意外に思うほど、手をかけた。
犬のおかげで時間が早く流れるようになった。眺めているだけでも、あっという間に長い時間が経つ。
しばらく子犬の世話をしたシュルークは、自分が過去に、ファルハードの側近の侍従から何か必要なものがないか聞かれ、犬を飼いたいと頼んでいたことを思い出した。当時は無視された頼みを、今になって叶えてくれたことになる。
いったいどういう風の吹き回しなのかはわからないが、こちらが頼んだには違いない。
だからシュルークはその夜、嘆きの館を訪ねてきたファルハードをいつもどおり寝室へ案内してから、性交が始まる前に頭を下げた。
「犬をお与えくださって、ありがとうございます。陛下」
礼を述べて顔をあげると、ファルハードは初めて見る顔でシュルークを凝視していた。シュルークが自発的に礼を言ったことに、驚いたような、気味悪がっているような、表現しがたい歪んだ表情だ。
ファルハードは子犬を持ってきた時、シュルークに無言で渡した。もしかして、育てるように預けただけで、シュルークにくれたものではないのだろうか。
そんな疑問を抱きはじめた頃に、ファルハードはようやく元の不機嫌そうな表情に戻り、顔を背けた。
「その犬だけだ。代わりはない」
「はい」
やはりシュルークにくれた犬のようだ。部屋の隅の敷物の上に寝ていた犬が、くんくんと鳴きながらシュルークの足元まで歩いてきた。
犬は十年以上生きる。代わりを貰わずとも、この一匹を大事に長生きしてくれるように育てればいい。
シュルークは犬を抱き上げて、まだ小さな耳の後ろを指先で撫でた。
好きでも嫌いでもないと思っていたが、この犬は好きかもしれない。そんなことを考えながら。
◆
帝国の皇宮内にひっそりと立つ、正式には幽閉所という名の、皇族の軟禁用の建物。幽霊騒ぎのような逸話により、建てられて早い時期から嘆きの館と称されていたことが伝わっている。
ただ、とある信憑性の薄い文献によると、帝国の歴史の長さからすればほんの一瞬といえる期間は、『犬小屋』と呼ばれていたという。そしてその中には皇族ではなく女が一人軟禁されており、当時の皇帝から与えられた犬と共に暮らしていたそうだ。女はやがて皇帝の子を産み育てたとも書かれている。
しかし、皇帝の女であれば後宮に迎えればよい。そうせずわざわざ別の場所へ幽閉する合理的な理由などない。つまりこれは、後宮の存在という当然の事情も知らない人間が記した、架空の物語だろう。
そのような単純な理由で文献は焼却され、ある女の記録は灰と化したのであった。
了
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