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中編
17.恐怖の低減-1
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休憩を兼ねて、現実との対峙訓練の心構えを学んだイリスは、アルヴィドと共にまた公園のベンチへ戻ってきていた。
「今から、非常に辛いことへ取り組まなくてはならない」
アルヴィドは一層ぼそぼそと、暗い声で切り出した。
「先ほど話したように、課題を行う際は自分の恐怖の程度を測ってもらう。また、この治療の仕組みとして、苦痛な状況へ身を置き、それが薄れていくことをその場で実感しなくてはならない。だから、この面談の間と平日の課題の訓練中は、感情を先送りしてしまわないように、セムラクを解除する必要がある」
それは、素直に承諾できることではなかった。
最初に取り組む予定の、難易度の低い課題については先ほど書き出していったのだから、明日からにでもそうしなくてはならない心づもりがある。
しかし面談中、アルヴィドの前で解除することは想定していなかった。
「課題の時は、あなたに見張られていなくても、セムラクを使わずに取り組みます」
「私との面談中も、治療のために解除するんだ。今後もう一方の、記憶を語る治療が始まる。その際も、あの記憶を思い出して、恐怖はあるが危険はないと実感しなくてはならない。治療のためには、いずれ私の前でも解除が必要だ。今日については、恐ろしい状況に慣れて苦痛が減ることを学ぶために、明日からの課題を実のあるものとするために、必要なんだ」
今朝からアルヴィドと対面しているために生じている苦痛と恐怖を、セムラクが先送りしてくれている。解除すれば、それらを一度に受け止めることになる。
術が破れた時は、増幅された感情に襲われる。そのため以前は、泣き叫び嘔吐するほどの恐慌状態へ陥った。自ら解除する今回は、そこまでにはならないはずだ。
だがこの男に、普段は鎮静剤に頼って抑えている醜態を晒さなくてはならない。
「解除しても、危険はない。蔑んだり、笑ったりもしない」
「他人事にできるあなたとは違います。簡単に言わないで」
凌辱の記憶を植え付けられたとはいえ、実際に彼の身に起きたことではない。だからアルヴィドは他人事と言い聞かせて、男性恐怖症を治療できた。
そんな彼からすればイリスの恐怖は、過去の、些末なことなのだろう。
図星なのか、アルヴィドは言葉を詰まらせた。
「……そうだな。他人事だ。だが、治すと決めただろう。わずかな時間だけでも、取り組まなくては進めない」
この男が元凶ではあるが、発言そのものに間違いはなく、治療に関して説得力もある。
彼への嫌悪感が大きすぎて気を逸らされがちだが、イリスは自分を治すと決意した。セムラクを使わなくても平気にならなくては、反作用から逃れるための鎮静剤への依存から脱せず、その原料である規制植物の横領で逮捕の未来が待っている。何より、過去ばかり見つめる人生を終わりにしたい。
イリスは意を決して、手袋を外し、杖を取り出した。アルヴィドを操れる魔法道具の指輪にも触れて、存在を確かめる。
(指輪と契約で、この男の命を握っている。危害は加えられない。解除しても、危険はない……)
心の中で言い聞かせつつ、杖を自らへ向け、セムラクの解除の呪文を唱えた。
「今から、非常に辛いことへ取り組まなくてはならない」
アルヴィドは一層ぼそぼそと、暗い声で切り出した。
「先ほど話したように、課題を行う際は自分の恐怖の程度を測ってもらう。また、この治療の仕組みとして、苦痛な状況へ身を置き、それが薄れていくことをその場で実感しなくてはならない。だから、この面談の間と平日の課題の訓練中は、感情を先送りしてしまわないように、セムラクを解除する必要がある」
それは、素直に承諾できることではなかった。
最初に取り組む予定の、難易度の低い課題については先ほど書き出していったのだから、明日からにでもそうしなくてはならない心づもりがある。
しかし面談中、アルヴィドの前で解除することは想定していなかった。
「課題の時は、あなたに見張られていなくても、セムラクを使わずに取り組みます」
「私との面談中も、治療のために解除するんだ。今後もう一方の、記憶を語る治療が始まる。その際も、あの記憶を思い出して、恐怖はあるが危険はないと実感しなくてはならない。治療のためには、いずれ私の前でも解除が必要だ。今日については、恐ろしい状況に慣れて苦痛が減ることを学ぶために、明日からの課題を実のあるものとするために、必要なんだ」
今朝からアルヴィドと対面しているために生じている苦痛と恐怖を、セムラクが先送りしてくれている。解除すれば、それらを一度に受け止めることになる。
術が破れた時は、増幅された感情に襲われる。そのため以前は、泣き叫び嘔吐するほどの恐慌状態へ陥った。自ら解除する今回は、そこまでにはならないはずだ。
だがこの男に、普段は鎮静剤に頼って抑えている醜態を晒さなくてはならない。
「解除しても、危険はない。蔑んだり、笑ったりもしない」
「他人事にできるあなたとは違います。簡単に言わないで」
凌辱の記憶を植え付けられたとはいえ、実際に彼の身に起きたことではない。だからアルヴィドは他人事と言い聞かせて、男性恐怖症を治療できた。
そんな彼からすればイリスの恐怖は、過去の、些末なことなのだろう。
図星なのか、アルヴィドは言葉を詰まらせた。
「……そうだな。他人事だ。だが、治すと決めただろう。わずかな時間だけでも、取り組まなくては進めない」
この男が元凶ではあるが、発言そのものに間違いはなく、治療に関して説得力もある。
彼への嫌悪感が大きすぎて気を逸らされがちだが、イリスは自分を治すと決意した。セムラクを使わなくても平気にならなくては、反作用から逃れるための鎮静剤への依存から脱せず、その原料である規制植物の横領で逮捕の未来が待っている。何より、過去ばかり見つめる人生を終わりにしたい。
イリスは意を決して、手袋を外し、杖を取り出した。アルヴィドを操れる魔法道具の指輪にも触れて、存在を確かめる。
(指輪と契約で、この男の命を握っている。危害は加えられない。解除しても、危険はない……)
心の中で言い聞かせつつ、杖を自らへ向け、セムラクの解除の呪文を唱えた。
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