【青天白雪、紅の君。2072】 〜2072年夏、僕は無口な少女と出会った〜

凜 Oケイ

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第一部

@16 萩原夫妻

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 朝起きると、壁のスクリーンに見慣れない表示があった。
[新しい通信:仁山 コズ宛]
 僕は迷わずそれを開いた。動画ファイルが一つだけ添付されている。発信元は匿名だった。
[添付ファイル:動画を再生しますか?]
 僕は[はい]のボタンを押す。壁の一部が矩形に切り取られ、動画が一瞬で読み込まれた。
「やぁ、仁山コズくん」
 中年の男女が映っていた。
「ユヅが世話になっているね」
 ユヅハの両親だ。僕は写真の顔を思い出した。
 しかしユヅハが震えるほど彼らを怖れる理由が僕にはわからなかった。質の良さそうな正装を着ており、夫婦ともに温厚そうに見えた。
「娘も難しい年頃だからね。親との確執もある」
 ユヅハの父親は優しそうに微笑んだ。
「でも、それは君が干渉するべき問題じゃない」
「いいかいコズくん、君が娘に近づく目的が何かは知らないが、安易に私たちの教育方針の邪魔をしないでほしい」
 優しい微笑みの奥にあったのは強烈な怒りだった。僕は動画越しだというのに萎縮してしまいそうになった。
「娘は優秀なんだ。君と違ってね。娘には君と星空を眺めたり、抱き合ったりする以上にするべきことがあるんだ」
 戦慄した。僕たちの事が全てバレているのだ。ユヅハが話したという可能性もあるが、僕は心の中でその可能性を否定した。
「わかったら、さっさと荷物をまとめてこの家から出ていくんだ」
 その一言を残して動画は終わった。しばらく言葉が出なかった。
「この人、苦手」
 雪が言う。
「…僕もだ」
 僕は彼らに反論したかった、違うんだと言いたかった。
「でもどうやって僕たちのことを…」
 僕はユヅハに相談するという決断を下せなかった。とりあえず僕はこの動画を削除することにした。いくつかの操作をこなすと動画とメッセージは完全に削除された。
「ユヅハお姉ちゃんに言わなくてもいいの?」
「親を話題にすることでさえ今の彼女には負担だろう。もうすこし落ち着いてからでも遅くはない」
 しかし彼女の親に僕たちの行動が筒抜けになっているという事実にはなるべく早く対処しなくてはならないだろう。それはきっと彼女の望むことではないから。
 ノック音。ユヅハだ。僕は彼女がもう動画のことを摑んだのかと思ったがどうやら違う用事だったようだ。
「おはよう、マオを見なかった?」
 ドア越しに彼女は尋ねる。マオ、あのロボット猫だ。灰色で愛くるしいマオだ。
「いいや、見ていない」
 実際に朝からマオの姿は見ていなかった。
「そう」
「珍しいじゃないか、君からマオを探すなんて」
 返事はなかった。彼女はあんまりマオに関心がないように見えていた。そもそも僕ほど猫好きではないのかもしれないし、マオがロボットだからかもしれない。彼女だったらどっちもありそうだ。
「やっぱりユヅハもマオが好きなんだろうか」
「でもロボットだよ?」
 雪の言葉に対して、僕は無意識に反論を探していた。マオは確かにロボットだ。毛皮の中は弾性の合成素材、そのさらに中には精巧に再現された骨格、そして電子回路の臓物が収まっている。しかし僕にとってそれはさして重要な問題には思えなかった。
「良いじゃないか、可愛ければ」
「偽物だよ?」
「本物か偽物かなんて人間勝手な基準だ」
 ならば偽物を本物のように扱うことに問題があるだろうか。
「ふーん、何かわがまま」
 人間は元々わがままなんだ、と言いかけたところで僕はやめた。これ以上は不毛だ。
「でもこれから人間の偽物だって身近になるかもしれない、そのときに同じことが言えるかはわからないな」
 人造人間、アンドロイドという言葉がある。遺伝子的なクローンではなく、工学的に組み上げられた、僕たちとは根本から違う存在だ。でもそれでいて見た目は限りなく僕たちに近い。百年以上前から登場が予測されていたが、それの実現には想像以上に時間がかかった。
 数年前だ。フィネコン社がAI(人工知能)を作った。実のところ、僕たちはAIという単語に辟易としていた。何にでもAIと謳われた商品や広告が蔓延していたからだ。21世紀初頭までは人間ほどに、あるいはそれ以上に頭がいい存在として期待されていた。しかしいつからかAIという言葉は安っぽくなり、単なる学習アルゴリズムという意味合いで使われるようになった。
 だから当時のニュースは大きな衝撃を与えた。フィネコン社が作ったアンドロイドはまさに”人間”だったのだ。
 人体を再現する技術というのはかなり昔にもう頭打ちのところまで来ていた。しかし脳や精神といったところは解明は進んではいたものの、それを実際に再現するのはほとんど不可能だと言われていた。フィネコン社はそれを成し遂げた。大国ほどのリソースと世界中の頭脳を持っているフィネコン社にしかできなかった偉業だろう。
 クインシー、それがその人造人間の名前だ。何の変哲もない白人女性にしか見えないが中身は確かに機械だ。絵を描き、歌を歌い、コメディに出演し、スポーツを嗜むが、機械だ。
 しかしこのような存在が身近になるのはまだまだ先だろう。クインシーの頭脳は彼女の頭部にはない。クインシーはフランスの地下にある巨大なコンピュータ郡に常に接続されており、そこで彼女の思考が巡っている。フィネコン社はこの施設を人間の頭に入るほどに小型化すると豪語しているが、僕には到底無理に思えてならない。
「僕の世代は幸福なのかもしれない。大きな判断が必要な社会っていうのは面倒だ」
 判断とはつまり、人造人間を人類社会の一員として認めるかだ。人類史に残る決断を各国、各人は迫られるだろう。
 僕は服を替えて外に出た。家に篭もっているとこの暑さを忘れそうになる。強烈な日差しや土と草の匂いは何物にも代えがたい体験だ。
 散歩は僕にとってこの家での一つの習慣になっていた。ユヅハと一緒に小走りで近場の林を散策することもあったし、今日のように一人で静かに歩くこともあった。
 苔の生えた岩に座って僕は空を見上げる。眼に悪いとわかっていたが、僕は太陽を直視したいという欲望に抗えなかった。薄目を少しずつ開くと目に鈍い痛みが走った。僕はそれに構わず太陽を見続ける。しばらく見つめていると太陽が明るいのか暗いのかがわからなくなってきた。
 立ち上がって僕は瞬く視界のなか、また歩き始めた。緑色の草原にぽつぽつと黄色い小花が咲いているのがわかった。
「夏休みはいずれ終わり、また学校が始まる。僕は学園の優等生に戻らなくてはならない」
 経馬や副寮長、カウンセラーの顔が浮かんだ。そして嫌悪感が走る。自分自身に対してだ。
「大学に入り、その後は数十年間働き、いずれ死ぬ」
 平均寿命も百歳を超したが、僕たちにのんびりする暇なんてない。百年間、ぎちぎちに詰まったキャリアを歩む。これが生を謳歌するということなのかは、僕にはまだわからない。
 僕たちは自由を保障されている。他に選択肢もいくらだってある。でもほとんどの人間がこの道を選ぶ。それが社会的に最適だからだ。そして僕に最適以外を選ぶ勇気はない。
 僕は来た道を戻り始めた。
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