【青天白雪、紅の君。2072】 〜2072年夏、僕は無口な少女と出会った〜

凜 Oケイ

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第二部

@30 覚悟

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 今回の計画に僕とユヅハは絶対に必要な人員というわけではなかった。僕とユヅハにはウェイのような特別に秀でた専門能力がないからだ。ユヅハは優秀だがそれでもあくまで一般的なものに限る。ウェイがなぜリスクを犯してまで僕とユヅハに参加を許可したのか僕はすこし不思議だった。そして僕にはもう一つ疑問があった。なぜユヅハが審査所を攻撃するということが親への復讐になると考えているのかという点だった。僕は正直にそれをユヅハに尋ねた。
「執着」
「執着?」
「そう、父さんには地位と経歴に異常な執着がある。審査所の責任者というのはとても権威のある地位。そこに傷をつけることができれば充分に復讐になる」
 僕は納得をした。ビデオで見たユヅハの父は確かに権威主義的な雰囲気があった。そういう人間にとって経歴に傷を入れられるのは肉体の傷以上の痛みを持つ。
 僕はユヅハとこの会話を交わしたあとにまた考えた。経歴への異常な執着、それは実際に僕にある事実を想起させた。
「ユヅハに対する執着は経歴と地位に対するに似ていると思うんだ。彼女を自分の所有物のように考えている」
 八角形の窓の部屋で僕は幽霊と言葉を交わす。
「だったら傷をつけないと思うんだけどなぁ」
「そこが不思議なんだ。…あるいは自分の物なのに思い通りにならない、そこに大きな不満を感じている可能性もある。おそらく彼は虐待を矯正のひとつだと考えている。経歴を磨くのと同じ感覚なんだ」
 もちろんそれは愛情とは呼べない。
「ユヅハお姉ちゃんが別の人格だっていう認識がないのかもね」
「ああ、それで…」
 僕は背後の気配に気づいた。
「すみません、盗み聞きするつもりはなかったんです」
 部屋の入り口に立っていたのはウェイだった。集中していて気づかなかったのだろう。一体彼はいつからここにいたのだろうか。僕は咄嗟に言い訳を考えた。独り言だと言うべきだろうか。
「幽霊ですか?」
 僕は頷きそうになってしまった。僕は雪を見てまたウェイに振り返った。まさか僕以外にも見える人間がいたのか?
「残念ながら私に見えているわけではありません。ただ、私にも幽霊が憑いているから、わかるんです」
 ウェイは背後を見やった。まるで本当にそこに何かが存在しているように見える。
「病死した兄です。私たちは本当に仲が良かった。本当に」
 彼は愛おしそうに言う。
「…世の中は理不尽なことだらけだね。治せない病気だってまだいくつもある」
「死だけは理不尽じゃありませんよ。死は解放です」
 何かに対する皮肉かと僕は思ったが、何を皮肉っているのかまるでわからなかった。
「覚悟はできていますか?」
「…ああ」
「死と殺しの覚悟です。環華人民銀行の警備員も、我々も実包を装備しています」
 計画が成功すれば死傷者は一名も出ない。しかし失敗したなら? 僕は想像する。弾丸が僕の身体の中をすっ飛び、臓物を切り裂いていく…。感じるのは痛みだろうか。それとも熱さだろうか。僕だけじゃない。それがユヅハやウェイに起きる可能性だって当たり前のようにある。
 僕らが銃を撃てば警備員も同じ経験をするはめになる。勤勉な労働者が思想の闘いの餌食となる、それは歴史で繰り返された最大の悲劇だ。
「君は怖くないのか? 痛みや死が」
 僕はあえて殺しには触れなかった。
「怖くありません」
「僕は怖い。それより更に怖いのがユヅハが痛みや死を経験することだ」
 ウェイはそれを聞いて歯を食いしばった。僕は知っている。彼とユヅハには強い友情がある。彼も僕と同じだろう。ユヅハに苦しんでほしくなどない。そして僕は確信した。彼にとって死が解放だという言葉は時には真実ではないのだ。
「…でも、だけれども、怖くたってやめるつもりはない。僕たちにできるのはそんな結果を避けるために最善を尽くすことだ。違うかい?」
 ウェイは頷く。
「そうですね。ええ、そうです」
 彼は自分の手を撫でた。火傷跡が白い肌に際立つ。彼は小さい頃の事故だと言っていた。
 僕は彼が失敗を恐れているのだろうと考えた。無理もない。この計画は誰が見ても無謀だろう。しかしやるしかないのだ。
「ユヅハにも同じことを聞いたのかい? その、死と殺しの覚悟について」
「ええ、答えは想像通りですよ」
 彼女には動機がある。それは自他の生命を危険に晒すほどの動機なのだ。
「彼女は強いね」
 ウェイは少し微笑んで同意した。僕は彼が部屋を去る前に、どうにかなるさと激励した。これは自分に対する言葉でもあった。
 机の上にある拳銃を手にとる。すでに僕はこれを特別重いとは感じなくなっていた。ウェイは僕とユヅハに一丁ずつ拳銃を贈った。ユヅハはたいそう喜んだ。自衛のためということだったが、僕は弾丸をすべて抜いていた。
「僕以外にも幽霊が見えている人間がいたなんてな」
 雪と出会ったばかりの僕なら安心しただろう。自分が異常ではないことの証明になると感じただろう。しかし今はそれが興味深いだけだった。自分が異常でないという証明はすでに僕には必要なかった。
「死んだ兄の幽霊か。少なくとも君よりは理解できるね」
 雪が笑う。
「お兄ちゃんも幽霊になるかもね」
 それはつまり死を意味する。
「君やウェイの兄さんと話せるならそれも悪くないかもしれないな」
 これは冗談だが、僕は彼の兄がどんな人間だったのか気になった。彼こそがユヅハの左手を義手へと換えた人間なのだ。
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