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十二年前のあのとき、進は中学生だった。
学校が終わり、家まで歩いて帰る途中だった。
この神社の前を通りかかったところで、溌溂とした声が飛んできた。
「こんにちは!」
見ると、鳥居の下にランドセルを背負った知らない子供がいた。
その子の歳は、おそらくいま目の前にいる男の子と同じくらい。小学校低学年だろうと思われた。
日焼けはしておらずかなり色白だったものの、子供らしく爽やかで元気な笑顔だった。
進は、そのあいさつを無視してしまった。
しばらく歩くとある信号。また次の信号。そのまた次の信号。
立ち止まるたびに、頭と両肩が重たくなっていた。
小さい子の気持ちを無下にしてしまった、自分への嫌悪感で。
その日の夕食は、味がしなかった。
翌日。進は通学のため、ふたたび神社の前の道を通った。
ゆっくり歩いた。
また会えたなら、今度はあいさつを返したかったから。そして勇気が出れば、一言謝りたかったから。
彼には会えなかった。
田舎とはいえ、子供は無数にいる。ふたたび会うのは簡単ではない。
そう思いながらも、また次の日は期待をして歩いていた。
翌週。その子の顔をもう一度見ることになった。
テレビ画面越しに。
たまたま観ていたローカル局の番組の、事故死のニュースで。
神社の前の道で、神社とは反対の側に流れていた深い水路に転落したらしい。
挽回のチャンスが永遠に失われて以来、進は一転、この道を避けるようになった。
転落事故以来、幽霊がこの道に出るという噂が流れていたから、という理由からではなかった。
この道をまた通ると、胸が締め付けられて苦しくなってしまいそうだったから、という理由が大きかった。
高校に通うようになってからも、この道を避け続けた。
大学進学にともない上京してからは年に数回帰省をしていたが、そのときも避け続けた。
社会人になってからも同様だった。
小学生のことも、いつのまにか苦手になっていた。
声をかけられれば動悸がして、自然に接することが難しくなっていった。
なぜあのとき、あいさつを無視してしまったのか。
想定外だったから。
心の中で、そう言い訳することもあった。
知らない子供からあいさつをされたのは、あれが初めての経験だった。
単純に戸惑ってしまったのは確かだったし、本当に自分に対するあいさつなのか? と一瞬考えてしまったのも確かだった。
だから仕方のない部分もあったのではないか、と。
しかし、そのたびに思い出してしまうのだった。
あいさつが返ってこないと悟ったのか、みるみるうちに曇っていった、あのときの子の表情を。
学校が終わり、家まで歩いて帰る途中だった。
この神社の前を通りかかったところで、溌溂とした声が飛んできた。
「こんにちは!」
見ると、鳥居の下にランドセルを背負った知らない子供がいた。
その子の歳は、おそらくいま目の前にいる男の子と同じくらい。小学校低学年だろうと思われた。
日焼けはしておらずかなり色白だったものの、子供らしく爽やかで元気な笑顔だった。
進は、そのあいさつを無視してしまった。
しばらく歩くとある信号。また次の信号。そのまた次の信号。
立ち止まるたびに、頭と両肩が重たくなっていた。
小さい子の気持ちを無下にしてしまった、自分への嫌悪感で。
その日の夕食は、味がしなかった。
翌日。進は通学のため、ふたたび神社の前の道を通った。
ゆっくり歩いた。
また会えたなら、今度はあいさつを返したかったから。そして勇気が出れば、一言謝りたかったから。
彼には会えなかった。
田舎とはいえ、子供は無数にいる。ふたたび会うのは簡単ではない。
そう思いながらも、また次の日は期待をして歩いていた。
翌週。その子の顔をもう一度見ることになった。
テレビ画面越しに。
たまたま観ていたローカル局の番組の、事故死のニュースで。
神社の前の道で、神社とは反対の側に流れていた深い水路に転落したらしい。
挽回のチャンスが永遠に失われて以来、進は一転、この道を避けるようになった。
転落事故以来、幽霊がこの道に出るという噂が流れていたから、という理由からではなかった。
この道をまた通ると、胸が締め付けられて苦しくなってしまいそうだったから、という理由が大きかった。
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なぜあのとき、あいさつを無視してしまったのか。
想定外だったから。
心の中で、そう言い訳することもあった。
知らない子供からあいさつをされたのは、あれが初めての経験だった。
単純に戸惑ってしまったのは確かだったし、本当に自分に対するあいさつなのか? と一瞬考えてしまったのも確かだった。
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