僕は生き残りのドラゴンに嘘をついた

どっぐす

文字の大きさ
8 / 10
本編

第7話 ソラト、やっと言える

しおりを挟む
「デュラ! どうして出てきたんだ!」

「ソラト……もういい」

 デュラはそう言って、ゆっくりとソラトのところまで歩いてこようとした。
 ソラトは慌てて駆け寄り、全身で遮った。

「ダメだって!」
「自らを危険にさらしてまで私をかばい続ける必要はない。心残りはあるが、これもまた運命だ」
「いやダメだ!」

 デュラの体は、少し震えていた。
 ドラゴンでも、自分より遥かに強い相手に向かうのは怖いのだろう。

「お前は人間だ。私が死んでも、この先普通の暮らしが――」
「デュラ! 違うんだ! そうじゃないんだ!」
「……?」
「デュラ。いいか、これから僕がする話を聞いてくれ……。あの! 勇者さん!」

 ソラトは振り返り、勇者を呼んだ。

「なんだい?」
「今から大事な話をこのドラゴンにするけど、その話のせいで僕が殺されても、それはこのドラゴンのせいじゃない。僕の自業自得だ。このドラゴンの善悪を決める判断材料には絶対にしないでください」

 勇者は少し不思議そうな顔をしたが、詳しく突っ込んでくることもなく、剣を鞘に仕舞った。

「そうか。よくわからないけど、いいよ」

 ソラトは顔をデュラのほうに戻した。
 そして、その場で正座をした。

「デュラ、僕は君に話さなければならないことと、謝らなければならないことがある」
「こんなときにか? なんだ?」

「僕はずっと君に嘘をついていたんだ」
「嘘?」
「うん。最初君に会ったとき、東の海を超えていけば他のドラゴンや大魔王に会えるって言ったよね?」
「ああ、そうだな」
「あれは……嘘だったんだ」

 すでにソラトには、デュラの表情の変化はわかるようになっていた。
 たった今、激変したことも。

「なん……だと……? それでは、同胞や大魔王様は一体どこに……?」
「みんな、死んでる。もう、この世にいないんだ」
「それは……本当なのか……?」

 ソラトは、首を縦に振った。

「……同胞たちも、大魔王様も……もうこの世に……いない……」

 デュラはそう呟いて少しふらつくと、首を空に向けた。

 そして今まで聞いたこともないような、咆哮――。
 それは、天にこだまするほど大きかった。




 デュラの首が戻ってくると、ソラトは額を地面に着け、謝罪した。

「デュラ、ずっと騙していてごめんなさい……」

 そして、そのまま、

「今この場で僕は罰を受ける。その爪で引き裂いてほしい」

 そう頼んだ。
 しかし、デュラは動かなかった。

「ソラト、顔を上げてくれ」
「……上げられない」

「上げてくれ。一年以上見てきて、お前がよい人間だというのはわかっているつもりだ。あのとき事実を話せば、私が絶望して生きる気力をなくすだろうとお前は考え――」
「違うんだ!」

 ソラトは、顔を伏せたまま、大きな声で叫んでいた。

「違うんだ。事実を話したらその場で殺されると思って、死ぬのが怖くて嘘をついただけなんだ! まだ生きてるって言えば、どっかに飛んで行ってくれると思って!
 船の話だってそうだ! 本当は東の海の向こうに陸なんてないんだ! デュラを騙して船に乗せて、そのままいなくなってくれればって思って言ったんだ!
 僕は全然いい人間なんかじゃないんだ!」

 ――やっと、言えた。

 ソラトは号泣すると、頭を下げたまま「ごめんなさい」を何度も繰り返した。

 デュラがどんな表情でそれを聞いていたのかは、ソラトにはわからない。
 しばらくすると、頭の上から「そうか、わかった」という声だけが、聞こえた。

「一思いに、殺してくれ! 僕の悪い頭じゃ、これしか思いつかなかったんだ!」

 ソラトはそう言ったが、デュラの爪が伸びてくることはなかった。

「ソラト、私もお前に嘘をついていたことになる。お前に謝らなければならない」
「え?」

 その意外な言葉に、ソラトの顔が思わず上がってしまった。

「私はお前と最初に会ったとき、『正直に答えれば命は奪わない』と言った……。あれは嘘だ。
 一年以上お前と一緒にいたから、今は聞いても大丈夫だったが、あのときお前が正直に言っていたら、間違いなく私は耐えられなかっただろう。きっとお前を殺して、町を焼き払っていたに違いない」
「……」

「嘘はお互い様だ。だからソラト、もう泣くな」

 ソラトは、一段と泣いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...