爆弾

ボブえもん工房

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第4章 短夜

姿を消した2人

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あの約束をした日以来、雅は学校に来ていない。
心配になり、おばさんに電話するとただの夏風邪だと言われた。
曇った目で足元を見る。
「靴もボロボロだな。」
新しい物は買って貰えない。
お母さんも欲しい物は我慢している。
僕もしなければならない。
王様だけが欲しい物を手に入れられる。
そんな事を思いながらも、父さんは今日も知らない女の人の所にいるのだろうと呆れる。

「ただいま。」
「おかえり。」
「父さんは?」
「まだ帰ってきてないよ。」
「分かった。」
お母さんはご飯を作りながら答えてくれたが、僕の顔を一度も見てくれなかった。
僕と一緒だ。
人の顔を見る程の余裕が無いのだ。

夜22時。
父さんはまだ帰ってこない。
どんなに遅くてもこの時間にはいつも帰ってくる。
「帰ってこないね。」
僕が静かな声で言うと、お母さんは震えた手でお箸を持ちご飯を食べ始めた。
僕もそれを見て一緒にご飯を食べる。
「今日はどこの女の人といるのかしらね。」
僕を心配させないように、力なく笑うお母さん。
でも僕は知っている。
お母さんが泣きながらご飯を食べている事を。
顔を見なくても分かる。
だって産まれてからずっと傍にいたんだから。
お母さんの事はなんでも分かる。
「大丈夫、僕がいるよ。」
聞こえているかは分からないが、また僕は静かに言った。

1週間が経った。
雅は相変わらず学校に来ない。
家に行っても、おばさんは夏風邪が長引いていると言う。
他にも変わった事がある。
父さんも帰ってこないのだ。
最初は新しい女の人を気に入って、どこかで一緒に暮らしているのだろうと思っていた。
しかし、いつも22時には帰ってくる父さんが、こんなに帰ってこない事は有り得ない。
僕は雅の座っていた椅子に目を向ける。
「早く風邪が治るといいな。」
今日もう一度、雅の家に行ってみよう。

ピンポーン。
「はい、どちら様?」
インターホンから聞こえる、雅のお母さんの声。
「えっと…、樹です。雅大丈夫かなって。」
「あー!樹ちゃん!あの子今なら元気そうだけど会う?」
「…!お願いします!」
僕は久しぶりに彼女に会える事が嬉しくて、大きな声で答えた。
しばらく待つと、おばさんが中から出てきて、僕を雅の部屋まで連れて行ってくれた。
部屋の扉をノックすると「はーい。」という綺麗な声が聞こえる。
ガチャ。
「雅、久しぶりだね。」
「やっほー、樹。」
少し覇気が無いように見え、目の下にもくまがある。
「大丈夫?」
「うん!こんなの夏風邪だよ。早く良くなるように頑張るね!」
「うん、無理だけはしないで。」
しばらく雅と他愛も無い話をした。
相変わらず僕の心配ばかりする彼女に、僕はいつもの力無い笑顔を見せる。
ある程度話が終わって沈黙が続く。
すると彼女が僕の変化に気づいたようで、口を開いた。
「樹なんだか顔色いいね。」
「え?そうかな。」
自分では気が付かなかった。
「いつもの暗い顔って言うよりかは、表情が柔らかくなった!」
「本当に?実はさ…。」
僕は最近父さんが帰ってきていないことを雅に話す。
父さんがいない事で、殴られることも無く、お母さんとも上手く話せている。
本当は心配をしなければいけないと思うが、このまま姿を消して欲しい。
ありのままを全て話した。
僕の汚れた感情を剥き出しにしている事で、彼女は軽蔑しただろうか。
不安になり彼女の顔を見ると、優しい表情をしていた。
そして一言、
「良かったね。」
とだけ言ってくれた。
オレンジ色に包まれた部屋の中が、彼女の優しさでさらに暖かい色に染まった気がした。
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