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第十八話:後ろ手で鞭打たれながら愛を叫んだ勇者
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叩いてほしいと言うので、ユルトは仕方なく、マットに座ったウルリックの手を後ろに回して縛り、昨日と同じように目隠しをした。
まず、九尾鞭でウルリックの背中に残る昨夜の鞭跡をつつつ……と撫でる。
「うっ……」
ひりひりするのか、ウルリックは背中を反らせて息を詰めた。
「お前、なんで俺をパーティから外したんだ」
ぱら……ぱら……と鞭の革ひもで赤く腫れた背中をなぞると、ウルリックは吐息を荒くしながら答えた。
「前科のある者がパーティにいると、叙勲を受けられないと役所に言われた」
──なるほどな……。
ユルトにはウルリックと知り合う前の前科がある。依頼でヘタをこいて捕まったのだ。信用にかかわるので捕まっても依頼主は明かさないでいたら、ひょっこり前科がついてしまった。
「他の三人には、叙勲を受けた方がいい理由がそれぞれあった」
フィデスには借金がある。藩王国の姫君であるシャイダが勲章を受けなかったら、帝国への叛意があるだろうと疑われかねない。リザードマンへの差別をなくすために、サドラも叙勲を受ける必要がある。
──ああ……。
ユルトも多少想定していた、納得のいく理由だった。きのこ亭で最後まで話をちゃんと聞けばよかった。
いや、でもユルトにとって大事なのは叙勲そのものではないから、やっぱり傷ついていたと思う。
「俺はちっぽけな鉛の塊なんかどうでもいいんだよ。金もいっぱい稼いだからもう要らない」
息を詰めていたウルリックは、はあ、はあ、とかすかに肩を上下させている。
「ユルトには、俺がもらうものすべてをあげようと思っていた」
「だから! 金とかの問題じゃねえんだよ!」
ユルトが九尾鞭をバシンッと床にたたきつけると、目隠しをしたウルリックは、大きな音にビクッと肩を上げた。
道具台の上から乗馬鞭を取り、ウルリックの尻を狙って振り下ろす。
九尾鞭で叩いたらどこを叩いても昨日の鞭跡に当たってしまって痛いので、狭い場所を狙える乗馬鞭にしたのだ。
パンッ! と布団叩きのような音がして、ウルリックは唇を噛みしめた。
「俺はっ、仲間だと、思ってたのに……!」
今日は泣かないぞと思っていたのに、また涙がボロボロとこぼれてきた。
仲間だと思っていたのに、外されたからじゃないか。こいつのコミュニケーション能力は幼児レベルだ。
「仲間じゃ、なかったのかよっ!」
ユルトは乗馬鞭のグリップを握りしめて泣いた。
「ちがう……俺は本当は……」
「なんだよっ!」
ウルリックの言葉が途切れ、それ以上否定の言葉を聞きたくなくてユルトはわめいた。
「本当は、違うことを考えていた」
ゆっくりと、噛みしめるような言い方だった。耳は叩いていないのに、ウルリックの耳が赤い。
「……違うって、どう違うんだよ……」
ウルリックは前のめりになって歯を食いしばり、絞り出すように言った。
「……言ったらきっとユルトは俺を嫌いになる」
「わけわかんねーよ! 言わなきゃわかんねーだろ!」
ユルトが泣きながら叫ぶと、ウルリックは前のめりのまま首を振った。
「きっと嫌いになる……。だから、前もって叩いてくれ!」
ますます意味がわからない。
詳しいことを話したらユルトはウルリックを嫌いになって鞭で叩くだろう、だから前もって叩いてくれ、ということなのだろうか。
全然理解できないが、どうやら叩かないと話が進まないようなので、やむなくユルトは乗馬鞭を振り上げ、反対側の尻を叩いた。
べちんっ!
「言わないともう一回叩くぞ!」
うっ、とウルリックは口を引き結んだ。はあはあと息を整え、頭の中で考えを整理するようにしばらく黙った後、ゆっくりとしゃべった。
「前科のあるユルトがいると仲間全員が叙勲を受けられない。だから、残念だがユルトにはパーティを抜けてもらうしかない。そう仲間には話して、納得してもらった」
さっき聞いた話のとおりだが、なんとなく含みのある言い方だ。
「ユルトには俺のもらうものすべてをあげよう……。そう思った時、俺は、嬉しくなったんだ」
──嬉しく?
「なんで嬉しいのか、俺自身も最初はよくわからなかった。
でも、シャイダが『私もお金は必要ないから、私の分からもユルトにふさわしい分を出そう』と言った時──
腹が立った」
──……っ!
最後の言葉を紡いだ瞬間、目隠しの下のウルリックの瞳が据わっているのを感じて、ユルトの背筋《せすじ》がぞわっと総毛だった。
噛みしめるようにゆっくりとした口調は、ウルリックの言葉が天然ボケや言い間違いなどでないことを、否応なく伝えている。
「『仲間』から『ユルト』にあげる……。それじゃイヤなんだ。
『ユルト』にすべてをあげるのは、『俺』だけでいい。
それが、『俺』と『ユルト』二人きりでいる、みたいなものに思ったんだ」
──なんだ……? 何を言っているんだ、ウルリック……。
「そう思ったら、帝国から叙勲されるのも気に食わなくなった。ユルトが……帝国のものになるなんてイヤだ! 俺だけからもらうものだけを喜んでほしい!」
ウルリックはますます前のめりになり、床に頭をついてまるで慟哭するかのように呻く。
「嫌いになっただろう! ユルトはこの二年間、『仲間のみんな』のために頑張ったのに……!
……だから鞭で打ってくれ!
『仲間のみんな』ではなく、『俺』一人を!」
ウルリックの言っていることは意味不明だ。勝手きわまりない。
それなのに──
ユルトの胸はズキズキして、顔がどんどん熱くなっていく。
ここまで重たい──それこそ気持ち悪いと言っても過言ではない情念をぶつけられているのに、ユルトは自分の心臓が、脳が、それを喜んでいるのを感じた。
冒険の途上、自分のためのわがままは一切言わなかったウルリックが、仲間の誰にも言わなかったエゴを今、むき出しにして自分にぶつけている。
そしてユルトの全身は、それを気持ち悪いと思うどころか、震えがくるほど喜んでいる。
ユルトだって、ウルリックと特別になりたかったのだ。
パーティ仲間から外されたら悲しい。
けれど同時に、「みんなの中の二人」ではなく、お互いにお互いしかいない二人だけの関係になりたかったのだ。
二人きりで会いたい。
仲間を気にしないで好きなだけ見つめていたい。
だから冒険が終わったら、告白しようと思っていたのだ。
ユルトは、コツ、コツとわざと足音を立てて、うずくまるウルリックの前に回り込んだ。
目の前にユルトが立った気配に、ウルリックは床から頭を持ち上げた。
目隠しを外してやり、クイッと乗馬鞭をウルリックの顎の下に差し込んで力を込めると、ウルリックは顔を上げた。
目元は涙に腫れて苦悶に満ちていたが、それでもユルトから目を離さない。
ウルリックの瞳にユルトが映っていて、映りこんでいるユルトの瞳には、さらにウルリックが映っているのだろう。
涙で潤んだ瞳の揺らぎの中に、ユルトは不安と、期待と、そして、その瞳に映しているものへの、激しい渇望を見た。
「それってつまりどういうことなのか……言ってくれよ」
全身が熱い。バクバクと鼓動が波打っている。
「ユルトが好きだ。愛している。俺だけと二人きりの特別な関係になってくれ」
ウルリックは淀みなく答え、紫の瞳はさらに輝きを増した。
「……スラスラ言えたじゃねーか」
「これはきのこ亭に行く前に、何度も練習した」
──だったら、「結論から言えよ」って言われた時に、そっちを言えばよかったのに。
「俺も、きのこ亭に行く前に何度も練習したセリフがあるんだ」
「……なんだ?」
ウルリックがゴクリと喉を鳴らした。
「それを言う前に……一言いいか?」
これは、ケジメとして必要だろう。
ウルリックがコクリとうなずいたのを確認すると、ユルトは乗馬鞭を顎の下に当てたまま、ささやきかけた。
「『ごめんなさい』だけで返事しろ」
そしてニヤリと唇の端を上げると、ユルトは膝を折って座るウルリックの太ももに、ブーツの踵《かかと》をガツッと乗せた。
「勝手にパーティから外すんじゃねーよ! バーーーーーーーーッカ!」
ウルリックは無言で顔を歪めて悶絶したが、ダメージ半減とHP再生のスキルがあることだし、そのくらいはガマンしてほしい。
「ごめんなさいっ……!」
ウルリックは歯を食いしばりながら、喉の奥から声を出した。
「おまけに皆の事情を利用して、俺に恩を着せようとしてんじゃねーよ!」
「……ご、めん、なさい……」
ギリギリと踵《かかと》を太ももにねじ込むように押し付けると、ウルリックは片目をつぶって顔をしかめた。
もしかしたら「恩を着せる」とかそういうのより、もっと業の深い何かのような気もしなくもないが、そこはちょっとユルトに表現する語彙がないのでしょうがない。
「やることがガキなんだよ! 俺より6つも年上のクセに!」
「ごめんなさい」
「皆でパレード出て叙勲受けられたほうがよかったに決まってるだろアホ!」
今さらどうしたらいいのかは知らないが。
「ごめんなさい!」
太ももにはブーツの踵が食い込んでいるが、ウルリックの身体は逃げていなかった。
しっかりと踵を押し返し、痛みを受け止めている。
感情をほとんど表さず、口を開いてもわがままを言わないウルリックの内面を、誰もが清純な子供か、悟りを得た聖騎士のように想像している。
でもウルリックだって、エゴもあれば普通の人でも言えないような複雑な想いもあるし、間違いもする。
それをユルトだけにぶつけてきてくれている。
だからユルトはそれをしっかり受け止めて、返してやらなければならない。
そこにはユルトとウルリック、二人しかいなくて、二人だけの特別な何かだ。
「よし、このくらいにしておいてやる」
「……ごめん、なさい……?」
「だからもう終わりだってば」
靴底をウルリックの太ももから持ち上げて、おそるおそる白銀の髪に手を触れると、目の前の紫の瞳が大きく揺れた。
いつの間にか、はあはあと、ユルトの息も荒くなっていた。
──嫌いになんて、なるわけない……。
「ウルリック。……大好きだ」
思わずユルトは、そのままぎゅっとウルリックの頭をかき抱いた。
「好きだ……。好きだ……。大好きだ……」
つぶやくたびに、呼吸のたびに、身体のぬくもりと髪の匂いと、これまでの色んな想いが押し寄せて、鼻がつーんと痛い。
──ああ、俺はきっと、ずっとこうしたかったんだ……。
想いに浸っていると、ウルリックががぶりとユルトのシャツに噛みついて、くいくいと引っ張ってきた。
「なんだよ」
「キスをしようと思ったが、手が使えないので口で顔を引き寄せようと思った」
ウルリックは後ろ手に縛られて膝をついて座っている。それを立っているユルトが屈みこんで抱いているのだから、引き寄せるには無理がある体勢だ。
「だったら、ちゃんと言えよ……」
「キスしよう」
即座にちゃんと言ったウルリックに、ユルトは緊張しながら少しずつ顔を近づけていった。
まず、九尾鞭でウルリックの背中に残る昨夜の鞭跡をつつつ……と撫でる。
「うっ……」
ひりひりするのか、ウルリックは背中を反らせて息を詰めた。
「お前、なんで俺をパーティから外したんだ」
ぱら……ぱら……と鞭の革ひもで赤く腫れた背中をなぞると、ウルリックは吐息を荒くしながら答えた。
「前科のある者がパーティにいると、叙勲を受けられないと役所に言われた」
──なるほどな……。
ユルトにはウルリックと知り合う前の前科がある。依頼でヘタをこいて捕まったのだ。信用にかかわるので捕まっても依頼主は明かさないでいたら、ひょっこり前科がついてしまった。
「他の三人には、叙勲を受けた方がいい理由がそれぞれあった」
フィデスには借金がある。藩王国の姫君であるシャイダが勲章を受けなかったら、帝国への叛意があるだろうと疑われかねない。リザードマンへの差別をなくすために、サドラも叙勲を受ける必要がある。
──ああ……。
ユルトも多少想定していた、納得のいく理由だった。きのこ亭で最後まで話をちゃんと聞けばよかった。
いや、でもユルトにとって大事なのは叙勲そのものではないから、やっぱり傷ついていたと思う。
「俺はちっぽけな鉛の塊なんかどうでもいいんだよ。金もいっぱい稼いだからもう要らない」
息を詰めていたウルリックは、はあ、はあ、とかすかに肩を上下させている。
「ユルトには、俺がもらうものすべてをあげようと思っていた」
「だから! 金とかの問題じゃねえんだよ!」
ユルトが九尾鞭をバシンッと床にたたきつけると、目隠しをしたウルリックは、大きな音にビクッと肩を上げた。
道具台の上から乗馬鞭を取り、ウルリックの尻を狙って振り下ろす。
九尾鞭で叩いたらどこを叩いても昨日の鞭跡に当たってしまって痛いので、狭い場所を狙える乗馬鞭にしたのだ。
パンッ! と布団叩きのような音がして、ウルリックは唇を噛みしめた。
「俺はっ、仲間だと、思ってたのに……!」
今日は泣かないぞと思っていたのに、また涙がボロボロとこぼれてきた。
仲間だと思っていたのに、外されたからじゃないか。こいつのコミュニケーション能力は幼児レベルだ。
「仲間じゃ、なかったのかよっ!」
ユルトは乗馬鞭のグリップを握りしめて泣いた。
「ちがう……俺は本当は……」
「なんだよっ!」
ウルリックの言葉が途切れ、それ以上否定の言葉を聞きたくなくてユルトはわめいた。
「本当は、違うことを考えていた」
ゆっくりと、噛みしめるような言い方だった。耳は叩いていないのに、ウルリックの耳が赤い。
「……違うって、どう違うんだよ……」
ウルリックは前のめりになって歯を食いしばり、絞り出すように言った。
「……言ったらきっとユルトは俺を嫌いになる」
「わけわかんねーよ! 言わなきゃわかんねーだろ!」
ユルトが泣きながら叫ぶと、ウルリックは前のめりのまま首を振った。
「きっと嫌いになる……。だから、前もって叩いてくれ!」
ますます意味がわからない。
詳しいことを話したらユルトはウルリックを嫌いになって鞭で叩くだろう、だから前もって叩いてくれ、ということなのだろうか。
全然理解できないが、どうやら叩かないと話が進まないようなので、やむなくユルトは乗馬鞭を振り上げ、反対側の尻を叩いた。
べちんっ!
「言わないともう一回叩くぞ!」
うっ、とウルリックは口を引き結んだ。はあはあと息を整え、頭の中で考えを整理するようにしばらく黙った後、ゆっくりとしゃべった。
「前科のあるユルトがいると仲間全員が叙勲を受けられない。だから、残念だがユルトにはパーティを抜けてもらうしかない。そう仲間には話して、納得してもらった」
さっき聞いた話のとおりだが、なんとなく含みのある言い方だ。
「ユルトには俺のもらうものすべてをあげよう……。そう思った時、俺は、嬉しくなったんだ」
──嬉しく?
「なんで嬉しいのか、俺自身も最初はよくわからなかった。
でも、シャイダが『私もお金は必要ないから、私の分からもユルトにふさわしい分を出そう』と言った時──
腹が立った」
──……っ!
最後の言葉を紡いだ瞬間、目隠しの下のウルリックの瞳が据わっているのを感じて、ユルトの背筋《せすじ》がぞわっと総毛だった。
噛みしめるようにゆっくりとした口調は、ウルリックの言葉が天然ボケや言い間違いなどでないことを、否応なく伝えている。
「『仲間』から『ユルト』にあげる……。それじゃイヤなんだ。
『ユルト』にすべてをあげるのは、『俺』だけでいい。
それが、『俺』と『ユルト』二人きりでいる、みたいなものに思ったんだ」
──なんだ……? 何を言っているんだ、ウルリック……。
「そう思ったら、帝国から叙勲されるのも気に食わなくなった。ユルトが……帝国のものになるなんてイヤだ! 俺だけからもらうものだけを喜んでほしい!」
ウルリックはますます前のめりになり、床に頭をついてまるで慟哭するかのように呻く。
「嫌いになっただろう! ユルトはこの二年間、『仲間のみんな』のために頑張ったのに……!
……だから鞭で打ってくれ!
『仲間のみんな』ではなく、『俺』一人を!」
ウルリックの言っていることは意味不明だ。勝手きわまりない。
それなのに──
ユルトの胸はズキズキして、顔がどんどん熱くなっていく。
ここまで重たい──それこそ気持ち悪いと言っても過言ではない情念をぶつけられているのに、ユルトは自分の心臓が、脳が、それを喜んでいるのを感じた。
冒険の途上、自分のためのわがままは一切言わなかったウルリックが、仲間の誰にも言わなかったエゴを今、むき出しにして自分にぶつけている。
そしてユルトの全身は、それを気持ち悪いと思うどころか、震えがくるほど喜んでいる。
ユルトだって、ウルリックと特別になりたかったのだ。
パーティ仲間から外されたら悲しい。
けれど同時に、「みんなの中の二人」ではなく、お互いにお互いしかいない二人だけの関係になりたかったのだ。
二人きりで会いたい。
仲間を気にしないで好きなだけ見つめていたい。
だから冒険が終わったら、告白しようと思っていたのだ。
ユルトは、コツ、コツとわざと足音を立てて、うずくまるウルリックの前に回り込んだ。
目の前にユルトが立った気配に、ウルリックは床から頭を持ち上げた。
目隠しを外してやり、クイッと乗馬鞭をウルリックの顎の下に差し込んで力を込めると、ウルリックは顔を上げた。
目元は涙に腫れて苦悶に満ちていたが、それでもユルトから目を離さない。
ウルリックの瞳にユルトが映っていて、映りこんでいるユルトの瞳には、さらにウルリックが映っているのだろう。
涙で潤んだ瞳の揺らぎの中に、ユルトは不安と、期待と、そして、その瞳に映しているものへの、激しい渇望を見た。
「それってつまりどういうことなのか……言ってくれよ」
全身が熱い。バクバクと鼓動が波打っている。
「ユルトが好きだ。愛している。俺だけと二人きりの特別な関係になってくれ」
ウルリックは淀みなく答え、紫の瞳はさらに輝きを増した。
「……スラスラ言えたじゃねーか」
「これはきのこ亭に行く前に、何度も練習した」
──だったら、「結論から言えよ」って言われた時に、そっちを言えばよかったのに。
「俺も、きのこ亭に行く前に何度も練習したセリフがあるんだ」
「……なんだ?」
ウルリックがゴクリと喉を鳴らした。
「それを言う前に……一言いいか?」
これは、ケジメとして必要だろう。
ウルリックがコクリとうなずいたのを確認すると、ユルトは乗馬鞭を顎の下に当てたまま、ささやきかけた。
「『ごめんなさい』だけで返事しろ」
そしてニヤリと唇の端を上げると、ユルトは膝を折って座るウルリックの太ももに、ブーツの踵《かかと》をガツッと乗せた。
「勝手にパーティから外すんじゃねーよ! バーーーーーーーーッカ!」
ウルリックは無言で顔を歪めて悶絶したが、ダメージ半減とHP再生のスキルがあることだし、そのくらいはガマンしてほしい。
「ごめんなさいっ……!」
ウルリックは歯を食いしばりながら、喉の奥から声を出した。
「おまけに皆の事情を利用して、俺に恩を着せようとしてんじゃねーよ!」
「……ご、めん、なさい……」
ギリギリと踵《かかと》を太ももにねじ込むように押し付けると、ウルリックは片目をつぶって顔をしかめた。
もしかしたら「恩を着せる」とかそういうのより、もっと業の深い何かのような気もしなくもないが、そこはちょっとユルトに表現する語彙がないのでしょうがない。
「やることがガキなんだよ! 俺より6つも年上のクセに!」
「ごめんなさい」
「皆でパレード出て叙勲受けられたほうがよかったに決まってるだろアホ!」
今さらどうしたらいいのかは知らないが。
「ごめんなさい!」
太ももにはブーツの踵が食い込んでいるが、ウルリックの身体は逃げていなかった。
しっかりと踵を押し返し、痛みを受け止めている。
感情をほとんど表さず、口を開いてもわがままを言わないウルリックの内面を、誰もが清純な子供か、悟りを得た聖騎士のように想像している。
でもウルリックだって、エゴもあれば普通の人でも言えないような複雑な想いもあるし、間違いもする。
それをユルトだけにぶつけてきてくれている。
だからユルトはそれをしっかり受け止めて、返してやらなければならない。
そこにはユルトとウルリック、二人しかいなくて、二人だけの特別な何かだ。
「よし、このくらいにしておいてやる」
「……ごめん、なさい……?」
「だからもう終わりだってば」
靴底をウルリックの太ももから持ち上げて、おそるおそる白銀の髪に手を触れると、目の前の紫の瞳が大きく揺れた。
いつの間にか、はあはあと、ユルトの息も荒くなっていた。
──嫌いになんて、なるわけない……。
「ウルリック。……大好きだ」
思わずユルトは、そのままぎゅっとウルリックの頭をかき抱いた。
「好きだ……。好きだ……。大好きだ……」
つぶやくたびに、呼吸のたびに、身体のぬくもりと髪の匂いと、これまでの色んな想いが押し寄せて、鼻がつーんと痛い。
──ああ、俺はきっと、ずっとこうしたかったんだ……。
想いに浸っていると、ウルリックががぶりとユルトのシャツに噛みついて、くいくいと引っ張ってきた。
「なんだよ」
「キスをしようと思ったが、手が使えないので口で顔を引き寄せようと思った」
ウルリックは後ろ手に縛られて膝をついて座っている。それを立っているユルトが屈みこんで抱いているのだから、引き寄せるには無理がある体勢だ。
「だったら、ちゃんと言えよ……」
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見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
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毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
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