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夏の思い出
「ミーン、ミーン、ミーン…」
ここは都会の真ん中なのに私の住んでいる地域はビルが少なく、夏になるとセミの鳴き声がよく聞こえる。
クーラーが苦手な私は窓を開けて過ごすのが好きだ。
お昼になると隣の家の子が外で遊ぶ声が聞こえ、
夕方になると近所の高校の野球部の部活の掛け声と、カキーンとボールがバットに当たる音が聞こえる。
5時になると夕焼け小焼けのオルゴールが街全体に響き渡り、
夜になると下のスナックのお客さんが帰り際に、またねと口々に言う挨拶が聞こえる。
休日のベットの上で目を閉じて私はいつも「それ」をなんとなく聞いていた。
今、私の家には同居人がいる。
彼女は22歳で、4年前に上京してきた。
出身は知らないが彼女の部屋から大きな電話の話し声がよく聞こえる。
「~ばい。」
「~しとるんよ。」
と、時折挟む方言から九州出身なのは分かった。
人と暮らすのは得意ではないが、苦手でもない。
元々は2年と少し、付き合っていた彼と住んでいた家だ。
同棲して半年が経ったある日、彼は自分の荷物と共に消えていた。
3回の留守電と2件のメールを入れたところで反応は無く、私は全てを理解した。
仕事は新宿伊勢丹で某化粧会社の商品を売っている。
一人で2LDKの家賃を払える余裕はないと思い、4年前にインターネットで同居人を募集した。
正直なところインターネットで募集をかけるなんて怪しすぎる。
きっと誰も応募してこないだろうと思っていたが、予想とは裏腹に6件もの応募があった。
少し不安もあり、一度全員と会ってみることにした。
そして最後に会った人が今の「同居人」だ。
当時まだ彼女は高校を卒業したての18歳だった。
「初めまして!」
そう明るく笑顔で挨拶をする彼女を初めて見たとき、ひまわりのような子だな。という印象を抱いた。
しかしどこか儚げで、何故か自分の妹と被って見えた。
私は2人姉妹で6つ下の妹がいた。
妹は14歳の時に亡くなった。
当時私は20歳だった。
妹の死因は白血病だ。
若くして病気と闘っていた妹の姿を見て、私が変わってあげれるなら。と沢山涙を流した。
今でも助けてあげれなかったことが心残りだ。
そんな妹の姿を思い出さないように必死で働いていた私の元に、彼女が現れたのは大きな衝撃だった。
「もし妹が生きていたら同い年だったんだ…。
この子と一緒に暮らすのは辛すぎる。」
そう思ったのが正直なところだ。
「夢を叶えたくて東京へ出たいのですが、初期費用が払えないのでお金を貯める間住ませてください。」
そう彼女が言った。
彼女は終始笑顔だったが、どこか不安そうな目をしていた。
少しの期間悩み、彼女を「同居人」としてこの家に出迎えることにした。
私達が住んでいる場所は、商店街が有名な街だ。
彼女は此処の活気が好きだと言っていた。
「カランコロン」
夏になると必ず、彼女の部屋から心地の良い風鈴の音が聞こえてくる。
余程気に入っているのだろう。
ここ4年ほど、この音が私に夏をを知らせてくれている。
彼女もクーラーが苦手なのか、よく窓を開けていた。
部屋からはお世辞にも上手いとはいえないギターの音がよく聞こえてくる。
私はその風鈴の音と彼女が奏でるギターの音がどこかノスタルジックで気に入っていた。
私が帰宅すると彼女は必ず
「おかえりなさい!」
と、笑顔で挨拶してくれる。
口数が少ない私は
「ただいま。」
と、だけ言い冷蔵庫に作り置きしてあるおかずとご飯を食べる。
それが私たちの日課になっていた。
彼女は気を使っているのか、私にプライベートのことはなにも聞いてこない。
仕事柄スーツで出勤をし、帰宅するので彼女は勝手に私のことをOLさんだと思っているらしい。
最初の方に一度
「OLさんって夏場もスーツなんて大変ですね。」
と、聞いてきたからだ。
私は、
「そうね。」
と、答えて会話はそこで終わった。
別に自分の仕事を隠してはいないが、その日は特別疲れていてまた別の機会に言おうと思っていたのを忘れていたからだ。
また私も、彼女のことを全く知らない。
学校へ通っていることは分かっているがその追いかけている「夢」がなんなのかも分からない。
よく私はリビングで、好きな洋画を鑑賞している。
すると彼女は何も言わずにちょこんとソファに座ってきて一緒に観ているのだ。
私は食べていたポップコーンを差し出すと、
「ありがとうございます」と嬉しそうに言うものだから、人懐こい子だなと感心していた。
初期費用を貯める間だけ住みたいと言っていた彼女だが、もう気づいたら4年と半年もの間住んでいる。
その間、彼女は成人式を迎え、学校も卒業していた。
最初はどこか垢抜けなくて子どもっぽかった彼女も、大人っぽく素敵な女性になっていた。
きっとこの4年半で色々なことがあったのだろう。
都会に洗練され綺麗になった彼女だが、無邪気な笑顔は初めて会った日からなにも変わっていなかった。
2018年の夏、いつものように彼女の部屋から風鈴の音とギターの音色が聞こえる。
「ギター、上手くなったなぁ。」
4年半で彼女はとてもギターが上手くなっていたことに気づいた。
ギターの音がぴたりと止まり、彼女がリビングへやってきた。
「私引っ越すことになりました。」
そう一言彼女が告げた。
この生活がいつか終わることも分かっていたのに心做しか寂しくなった。
少し間があいて、
「そっか。」
と、だけ返した。
彼女はいつもの笑顔で
「はい。そろそろ荷造りして来月には出ていきます。本当に助けられました。ありがとうございます。」
そう言って部屋に戻って行った。
彼女の部屋からまたギターが聞こえる。ビートルズのHello,Good byeを弾きながら歌っていた。
相変わらず遠慮がない子だなとふっと笑えてきた。
特に彼女には何の思い入れもないはずなのに何故か私の左頬に一筋の涙が伝った。
助けられたのはきっと私の方かもしれない。
彼女が引っ越す前夜に、ご飯へ行こうと誘ってきた。
4年半も一緒にいて、2人で外食をするのは初めてだ。
私は彼女の優しい気遣いに嬉しくなった。
初めてお互いのことを少しだけ話した。
彼女は女優になりたいんだとキラキラした笑顔で言っていた。
私は妹のことを話した。
彼女は黙って聞いていた。
色んな表情の彼女を見たのは初めてだった気がする。
時計の針は夜の10時を回っていて、最後に私は
「夏になるときっと貴方を思い出すと思います。」
と言おうとしたが何故か照れくさくて
「毎年お中元を贈りますね。」
と言った。
彼女は笑っていた。
堅苦しいおばさんだと思っていたのかもしれない。
そして彼女も
「私も贈りますね。」
とまた笑って見せた。
次の日の朝彼女はこの家を去った。
忘れていたが、こんなに広かったんだと思い出した。
ガランとした彼女の部屋に一つの封筒があり手紙が入っていた。
窓も開いていて部屋に吹き込んでくる風がとても心地よく、私は思い切り深呼吸をした。
「カランコロン」
聞きなれた風鈴の音が聞こえた。
彼女は気に入っていたはずの風鈴を置いて行ったのだ。
手紙の最後に
「p.s.この音を聞いてたまに私の事を思い出してくださいね。」
と書いてあった。
言葉は少なくとも、どこかで私達は本当の家族のように通じ合っていたのかもしれない。
平成最後の暑い夏は、温かい思い出と共に涼しく幕を閉じた。
ここは都会の真ん中なのに私の住んでいる地域はビルが少なく、夏になるとセミの鳴き声がよく聞こえる。
クーラーが苦手な私は窓を開けて過ごすのが好きだ。
お昼になると隣の家の子が外で遊ぶ声が聞こえ、
夕方になると近所の高校の野球部の部活の掛け声と、カキーンとボールがバットに当たる音が聞こえる。
5時になると夕焼け小焼けのオルゴールが街全体に響き渡り、
夜になると下のスナックのお客さんが帰り際に、またねと口々に言う挨拶が聞こえる。
休日のベットの上で目を閉じて私はいつも「それ」をなんとなく聞いていた。
今、私の家には同居人がいる。
彼女は22歳で、4年前に上京してきた。
出身は知らないが彼女の部屋から大きな電話の話し声がよく聞こえる。
「~ばい。」
「~しとるんよ。」
と、時折挟む方言から九州出身なのは分かった。
人と暮らすのは得意ではないが、苦手でもない。
元々は2年と少し、付き合っていた彼と住んでいた家だ。
同棲して半年が経ったある日、彼は自分の荷物と共に消えていた。
3回の留守電と2件のメールを入れたところで反応は無く、私は全てを理解した。
仕事は新宿伊勢丹で某化粧会社の商品を売っている。
一人で2LDKの家賃を払える余裕はないと思い、4年前にインターネットで同居人を募集した。
正直なところインターネットで募集をかけるなんて怪しすぎる。
きっと誰も応募してこないだろうと思っていたが、予想とは裏腹に6件もの応募があった。
少し不安もあり、一度全員と会ってみることにした。
そして最後に会った人が今の「同居人」だ。
当時まだ彼女は高校を卒業したての18歳だった。
「初めまして!」
そう明るく笑顔で挨拶をする彼女を初めて見たとき、ひまわりのような子だな。という印象を抱いた。
しかしどこか儚げで、何故か自分の妹と被って見えた。
私は2人姉妹で6つ下の妹がいた。
妹は14歳の時に亡くなった。
当時私は20歳だった。
妹の死因は白血病だ。
若くして病気と闘っていた妹の姿を見て、私が変わってあげれるなら。と沢山涙を流した。
今でも助けてあげれなかったことが心残りだ。
そんな妹の姿を思い出さないように必死で働いていた私の元に、彼女が現れたのは大きな衝撃だった。
「もし妹が生きていたら同い年だったんだ…。
この子と一緒に暮らすのは辛すぎる。」
そう思ったのが正直なところだ。
「夢を叶えたくて東京へ出たいのですが、初期費用が払えないのでお金を貯める間住ませてください。」
そう彼女が言った。
彼女は終始笑顔だったが、どこか不安そうな目をしていた。
少しの期間悩み、彼女を「同居人」としてこの家に出迎えることにした。
私達が住んでいる場所は、商店街が有名な街だ。
彼女は此処の活気が好きだと言っていた。
「カランコロン」
夏になると必ず、彼女の部屋から心地の良い風鈴の音が聞こえてくる。
余程気に入っているのだろう。
ここ4年ほど、この音が私に夏をを知らせてくれている。
彼女もクーラーが苦手なのか、よく窓を開けていた。
部屋からはお世辞にも上手いとはいえないギターの音がよく聞こえてくる。
私はその風鈴の音と彼女が奏でるギターの音がどこかノスタルジックで気に入っていた。
私が帰宅すると彼女は必ず
「おかえりなさい!」
と、笑顔で挨拶してくれる。
口数が少ない私は
「ただいま。」
と、だけ言い冷蔵庫に作り置きしてあるおかずとご飯を食べる。
それが私たちの日課になっていた。
彼女は気を使っているのか、私にプライベートのことはなにも聞いてこない。
仕事柄スーツで出勤をし、帰宅するので彼女は勝手に私のことをOLさんだと思っているらしい。
最初の方に一度
「OLさんって夏場もスーツなんて大変ですね。」
と、聞いてきたからだ。
私は、
「そうね。」
と、答えて会話はそこで終わった。
別に自分の仕事を隠してはいないが、その日は特別疲れていてまた別の機会に言おうと思っていたのを忘れていたからだ。
また私も、彼女のことを全く知らない。
学校へ通っていることは分かっているがその追いかけている「夢」がなんなのかも分からない。
よく私はリビングで、好きな洋画を鑑賞している。
すると彼女は何も言わずにちょこんとソファに座ってきて一緒に観ているのだ。
私は食べていたポップコーンを差し出すと、
「ありがとうございます」と嬉しそうに言うものだから、人懐こい子だなと感心していた。
初期費用を貯める間だけ住みたいと言っていた彼女だが、もう気づいたら4年と半年もの間住んでいる。
その間、彼女は成人式を迎え、学校も卒業していた。
最初はどこか垢抜けなくて子どもっぽかった彼女も、大人っぽく素敵な女性になっていた。
きっとこの4年半で色々なことがあったのだろう。
都会に洗練され綺麗になった彼女だが、無邪気な笑顔は初めて会った日からなにも変わっていなかった。
2018年の夏、いつものように彼女の部屋から風鈴の音とギターの音色が聞こえる。
「ギター、上手くなったなぁ。」
4年半で彼女はとてもギターが上手くなっていたことに気づいた。
ギターの音がぴたりと止まり、彼女がリビングへやってきた。
「私引っ越すことになりました。」
そう一言彼女が告げた。
この生活がいつか終わることも分かっていたのに心做しか寂しくなった。
少し間があいて、
「そっか。」
と、だけ返した。
彼女はいつもの笑顔で
「はい。そろそろ荷造りして来月には出ていきます。本当に助けられました。ありがとうございます。」
そう言って部屋に戻って行った。
彼女の部屋からまたギターが聞こえる。ビートルズのHello,Good byeを弾きながら歌っていた。
相変わらず遠慮がない子だなとふっと笑えてきた。
特に彼女には何の思い入れもないはずなのに何故か私の左頬に一筋の涙が伝った。
助けられたのはきっと私の方かもしれない。
彼女が引っ越す前夜に、ご飯へ行こうと誘ってきた。
4年半も一緒にいて、2人で外食をするのは初めてだ。
私は彼女の優しい気遣いに嬉しくなった。
初めてお互いのことを少しだけ話した。
彼女は女優になりたいんだとキラキラした笑顔で言っていた。
私は妹のことを話した。
彼女は黙って聞いていた。
色んな表情の彼女を見たのは初めてだった気がする。
時計の針は夜の10時を回っていて、最後に私は
「夏になるときっと貴方を思い出すと思います。」
と言おうとしたが何故か照れくさくて
「毎年お中元を贈りますね。」
と言った。
彼女は笑っていた。
堅苦しいおばさんだと思っていたのかもしれない。
そして彼女も
「私も贈りますね。」
とまた笑って見せた。
次の日の朝彼女はこの家を去った。
忘れていたが、こんなに広かったんだと思い出した。
ガランとした彼女の部屋に一つの封筒があり手紙が入っていた。
窓も開いていて部屋に吹き込んでくる風がとても心地よく、私は思い切り深呼吸をした。
「カランコロン」
聞きなれた風鈴の音が聞こえた。
彼女は気に入っていたはずの風鈴を置いて行ったのだ。
手紙の最後に
「p.s.この音を聞いてたまに私の事を思い出してくださいね。」
と書いてあった。
言葉は少なくとも、どこかで私達は本当の家族のように通じ合っていたのかもしれない。
平成最後の暑い夏は、温かい思い出と共に涼しく幕を閉じた。
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