しゅうきゅうみっか!-女子サッカー部の高校生監督 片桐修人の苦難-

橋暮 梵人

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第二十四話 取り引き

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「つまり話をまとめると…俺がサッカーを辞めてから英翔はずっとゴールを決められなくなり、スランプ状態に陥ったと…そういうことだな?」

ひとしきり泣き喚いた後、落ち着きを取り戻した火野は、修人の確認に対して首を縦に振った。
 
「ああ…なんてゆーかな。心にポッカリ穴が空いちまったというか…何をするにしても身が入らないんだよ。」

「そうは言っても俺と英翔が一緒にサッカーやってたのなんて、代表選抜の時ぐらいだろ?お互い別の高校に通ってるわけだし、俺のことなんかとっとと忘れて早く調子取り戻せよ。」

その修人の言葉をきっかけに火野に火が付いた。

「忘れられるわけねぇだろ!俺と修人のコンビは最強だった!俺たち二人なら誰にも負ける気がしなかったし、実際負け知らずだった…!
なのに、自分勝手な理由で辞めちまいやがって…さらに話を聞いてみりゃ、今は女子サッカー部の監督なんかをやってるって言うじゃねーか!なんで監督なんだよ!お前はそこにいていい奴じゃない!お前はピッチにいてこそ輝くんだよ!修人!」

激昂する火野に対して、修人は一呼吸置いた後、冷静に諭すように説得をする。

「英翔。この監督業は俺が人生で生まれて初めて選んだ道なんだ。
俺は今までずっと、選手としてサッカーを続けてきた。でも、それは俺の意思じゃなかった。結局の所、お前を含めた周囲への期待に応える為だけに心を殺してサッカーをやり続けていたんだよ。そして、それにも限界が来た。だから辞めたんだ。」

火野は納得できないという表情で修人をにらみつける。

「修人…それが許されるのは並の選手までだ。お前は違う!お前ほどの才能がいなくなるのは日本サッカー界にとっての大きな損失なんだ!それをお前はわかってるのか⁉︎
どうにもならない理由で引退なら、しょうがないと割り切れる。だが、まだ現役復帰できる目があるのに、それに挑戦しようとしないのが俺はどうしても納得いかねーんだよ!」

「英翔…どうしてもわかってはくれないみたいだな。」

「わかりたくもねーな。お前が思い直してくれるまで、俺は絶対に諦めねー。」

修人は一つ小さなため息を吐いた後、決心したような面持ちでポツリとつぶやいた。

「……わかった。選手に戻ってやるよ。」

その修人の言葉を聞いたサッカー部員たちの間にどよめきが起きる。
中でも矢切は特に不満があったようで、声を荒げて修人を非難した。

「おい片桐!何勝手に選手に戻ろうとしてんだよ!ウチらはどうするんだよウチらは!」

「まあ落ち着いて、最後まで話を聞いてくれ姉御。俺が戻るには一つ条件がある。」

「条件…だぁ?」

修人の提案に火野は怪訝そうな顔をする。

「ああ。獅子浜高校女子サッカー部とウチで試合をさせてくれ。そっちが勝ったら俺は選手に復帰してやる。でも、俺らが勝ったら二度と説得になんて来るんじゃねーぞ。」

「……ほう。その言葉に嘘はねーな?」

「ああ。約束する。」

修人の言葉に、火野はニヤリとほくそ笑んだ。
その意味をいち早く理解した辻本は、修人にすぐさま異議を唱える。

「いけません!修人くん!獅子浜高校女子サッカー部は、去年の県大会で準優勝の強豪なんですよ⁉︎」

「ああ知ってるよ。その上で言ってんだからさ。」

辻本の忠告にも意に介さないといった様子で、修人は淡々と答えた。

「ずいぶん自信があるみたいだが…ウチにもいるんだぜ?年代別なでしこに選ばれてる選手がな。」

「……それも知ってるよ。子どもの時から何かと目の敵にされてたからな。」

「……フン、どうやら本気でウチに勝つつもりでいるみてーだな。」

修人の真剣な目を見た火野からは笑顔が消えた。

「わかった、いいだろう。試合については俺の方から女子サッカー部に話をつけてやるよ。」

「すまないが、よろしく頼んだぞ英翔。あきらにもよろしく言っといてくれよな。」

「ああ、わかったぜ。フッ…今日は遥々ここまで来た甲斐があったってもんだぜ。修人、今言った約束ぜってー忘れんじゃねーぞ。」

「もう勝った気でいるのか?お前こそ、負けた時の約束は絶対に守ってもらうからな。」

修人と火野の間に、バチバチと熱い火花が飛び散る。

修人を数秒間にらみつけた火野は、小さく「それじゃあな。」と捨て台詞を残し、足早に部室を出て行ってしまうのであった。
その場に残された修人と女子サッカー部員たちの間には、重苦しい空気が流れる。

その空気を最初に破ったのは宇田川だった。

「……なーんか、嵐のような人でしたネー。」

「昔からあーゆうやつなんだよ、英翔は。」

「でも修人くん。光華がいない中でこんな大事なこと勝手に決めちゃって大丈夫なの⁉︎」

辻本の言う通り、鞍月は役員会議に出席しておりこの場にはいなかった。
理事長である人物の判断を仰がず、勝手に決めてしまったらまた怒られるのではないか。
そんな辻本の心配をよそに、修人は不敵な笑みを浮かべていた。

「ここでの監督は俺だ。鞍月が何を言おうが関係ない。」

「でも!負けちゃったらこの部活はどうなっちゃうの⁉︎相手は県大会準優勝の強豪なんだよ⁉︎」

「……ここで勝てなきゃ、全国大会優勝なんて夢のまた夢だ。それに俺は勝つ見込みがあると思ったから、この試合を申し込んだんだ。それとも何か。俺だけか?獅子浜高校に勝てると思っているのは。」

修人はその場にいる女子サッカー部員たち全員の表情を見た。

「…へっ、やる前から敗戦ムードじゃあ勝てるもんも勝てないわな。私はお前を信じるぜ!片桐!」

矢切は自信に満ちた表情で、修人の気持ちに応えるのであった。

「姉御…!」

そして他の部員たちも続々と修人の意見に賛同していく。

「フッ…監督を賭けて強豪校との本気の試合か……熱い…!熱い展開になってきたじゃないか!ハハハハハ!」

白鳥は声量のある声で高らかに笑い出す。
それを見た小宮山は苦笑いを浮かべていた。

「ありゃー。また麗が変なテンションに……まあそれはともかく、ボク含めみんなやる気に満ち溢れてるけど、美希はどーすんの?」

小宮山の問いに、辻本は諦めにも似たため息を吐く。

「はあ……もう!わかったわよ!こうなったらもうヤケクソだわ!絶対に勝ってやろうじゃないの!」

「美希ちゃん。女の子がその…クソ…とか言っちゃダメ…だよ。」

影野はボソッと控えめに忠告する。

忠告を受けた辻本の顔はボッと赤くなったが、その恥ずかしさを紛らわすように修人に質問を投げる。

「それで⁉︎獅子浜高校に勝つ秘策っていうのはあるのかしら?監督。」

その質問に修人は小さく頷く。

「もちろんだ。その作戦の鍵となる奴が火野に会わなくて良かったよ。」

「その鍵となる人って…」

「ああ、それは…おっと、噂をすればなんとやら、ちょうど来たようだな。」

部室の扉を開けて入ってきた人物は開口一番、謝罪の弁を述べる。

「すんませーん……数学の小テストの追試を受けてまして、遅れてしまいましたー。」

その人物、呉 泉美は申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。

「火野は呉がウチのチームにいることを知らない。それはウチにとって大きなアドバンテージになる。相手にとってはかなり脅威となるだろうからな。この試合の鍵を握るのは、呉だ。」

その場にいた全員が呉に期待の眼差しを向ける。

「え?え?何?どしたのみんな?」

全く状況が読めない呉は、全員の期待の眼差しにただただ困惑するだけであった。
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