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第六十一話 新たなリーダー

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「はぁ…はぁ……くっ!」

獅子浜高校のサッカーグラウンド。

満身創痍の桜ヶ峰の攻撃陣五人の前には、屈強な男性ディフェンダーが六人、ゴール前に佇んでいた。

「どしたどしたあ!もうギブアップかぁ?」

そしてゴールマウスの横にいる火野は、ボロボロの五人に対して檄を飛ばす。

「くそっ!男相手に勝ち目なんかあるわけねーだろ……!」

火野の言葉に呉は不満を漏らす。

目の前には自分たちよりも一回り以上大きいディフェンダーの壁が立ち塞がっている。
スピードで翻弄しようにも、フィジカルの差を埋めることができず、何度も何度も潰されてしまっていた。

火野の与えた試練は、このディフェンダー陣の壁を破ってゴールを決めること。

とてもシンプルな内容であった。
しかし、試練を始めて30分たった今もなお、決定機すら作り出せずにいるのであった。

「……一旦終了!お前ら!ちょっとこっち来い!」

見かねた火野は、疲労困憊の五人を自分の元へと呼び寄せる。

「はぁーーっ!ぜんっぜんだめだな、お前ら。攻撃の形すら作れちゃいねえ。」

深いため息を吐く火野に対して、呉は異議を唱えた。

「男相手に、しかも数的不利な状況で勝てる訳ねぇだろ!フィジカルだってスピードだって向こうが上なんだ!こんなのどうやったって……」

「無理だと、そう言うつもりか?」

呉の言葉を遮り、火野は冷たく言い放つ。
しかし、負けじと今度は辻本が反論を試みる。

「しかし、これではあまりにも力量差があり過ぎて練習になりません。せめて女子選手が相手であればもう少し攻撃の形が作れるはずなんです。」

「言い訳だなそりゃ。じゃあ聞くが、お前らは藤沢純王相手にまともに攻撃ができていたのか?」

「そ…それは……」

火野の指摘に辻本は口ごもる。

「少なくとも、俺の目から見たら攻撃陣はまともに機能していなかった。全員が全員、バラバラな動きをしてんだよ。」

火野の指摘に、ついに五人は沈黙してしまう。

「呉は個人技で突破を試みようとしたが、徹底的なマークによって潰されていた。挙げ句の果てにはボールを奪われ、チームのピンチを招いていたな?」

「……ちっ。」

「九条。お前はあの最後のヘディングで味方に落とすか、自分で打つか一瞬迷っただろ?俺に言わせれば、あれは決められたゴールだった。その一瞬の迷いがあったから、暁月に止められちまったんだよ。」

「その……通りです。」

「白鳥はPKを獲得した以外は、試合での存在感がまるで無かったな。単純に実力不足だ。」

「……返す言葉もない。」

「辻本は、ボールをキープし過ぎて攻撃を停滞させていた。自力で何とかしようとしていたんだろうが、結局活路を見いだせず消極的なパスばかり。あれじゃあ、チャンスなんて作れる訳がねぇ。」

「くっ…!悔しいけど正論だから何も言えないわね……!」

「唯一、及第点をあげれるとすれば、影野。お前だ。」

「えっ……!私……ですか?」

予想外の火野の評価に、影野はキョトンとしていた。

「影野は、ポジショニングの取り方がずば抜けて上手い。」

「そう……なのですか?」

「その自覚は無いのか?」

「自分ではよく……まだはっきりとは分かりません。ただ、なんとなくなんですけど、。一瞬の相手の隙というんでしょうか……?この場所に走り込めばチャンスになるんじゃないかっていうのが、最近ぼんやりわかるようになってきたんです。」

「……フッ!なるほどな……!」

影野の言葉に火野は嬉しそうにニヤリと笑う。そして、全員に言い聞かせる。

「攻撃については影野、お前が指示を出せ。オフェンスリーダーとして、攻撃陣をまとめあげるんだ。」

「はい、分かりまし……って、エェッ!わ…私がみ……皆さんに指示を出すんですかあ!?」

ワンテンポ遅れて驚く影野に対して、火野は自信満々の表情を浮かべているのであった。


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それから、10分後。


ザシュッ!


今までの苦戦が嘘のように、影野の放ったシュートがゴールネットを揺らすのであった。

「は…入った……!やった…!やったよ!みんなーー!」

「すげぇ!あのディフェンダーたちを簡単に出し抜いた……!影野先輩!アンタすごいよ!」

嬉しそうな声をあげ、影野は他の四人と喜びを分かち合う。

一方で屈強なディフェンダー陣はゴールキーパーを含め、誰一人として反応することすら出来ず、ゴールマウスに吸い込まれるボールを呆然と見送ることしかできないでいた。

「な…なんで……?マークに付いていたのに、いつの間にかに外されていた……?」

影野に付いていたディフェンダーは、何が起きたのか理解できず、ただただ困惑するばかりであった。

そして、それをゴール横で見ていた火野は愉快そうに大声で笑う。

「はっはっは!こりゃー恐れ入った!ただポジショニングが良いだけじゃない!あいつ点の取り方を完全に理解してやがる!修人!お前とんでもない逸材を見つけたな!」

「いや……俺も予想外だった。まさかこんなに出来るとは思っていなかった。でも…これは思わぬ収穫だよ。桜ヶ峰はまだまだ強くなれる。」

影野を中心とした、新たな攻撃の形を見た修人は確かな手応えを感じていた。








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