しゅうきゅうみっか!-女子サッカー部の高校生監督 片桐修人の苦難-

橋暮 梵人

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NNTC合宿編

第七十五話 森谷の思惑

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かなめは、日本サッカー界の希望さ。お前の目から見てもそう思うだろ?『稀代のファンタジスタ』。」

NINEナショナルトレーニングセンターにあるミーティングルームの一室。

森谷は穏やかに語りかけながら、先程まで行われていたA代表とアンダー18の試合の映像をモニターに映し出す。

「……。」

かつて世間から『稀代のファンタジスタ』と呼ばれた男、片桐 武人は真剣な顔で試合を映像で振り返っていた。

森谷の言う通り、陣堂 要のプレースタイルは自分の息子である修人にそっくりだった。

視野の広さ、パスの正確さ、シュート技術、どれをとっても一級品だ。

「こんな才能溢れる若い選手がいたとはな……。どうやって彼を見つけ出したんだ?森谷。」

「海外のクラブユース選手を調べていてね。その時にたまたま彼の存在を知ったんだ。」

森谷は自分の苦労話を饒舌に語る。

「そこから彼について独自に色々と調べてみた。小学生までは日本にいて、その後親の仕事の都合でスペインに渡ったそうだよ。」

「相変わらずだな、徹底的に調べ上げるお前のその性格は。」

武人は呆れたようにため息を吐いたが、森谷は意に介さず話を続ける。

「彼が日本にいた時には、地元のサッカークラブに所属していたらしい。三保野FCというサッカークラブなんだが、聞いたことあるか?」

「いや…知らないな。」

「このクラブなんだが、いま修人が監督をやっているチームの選手たちがかつて在籍していたみたいなんだ。」

「ほう…?」

「それだけじゃない。この三保野FCは全国大会で、修人が所属していた町田リユニオンと対戦し、大敗を喫している。」

「話が見えないな。だから何だというんだ?」

「要はどうやら、修人のことを憎んでいるみたいなんだ。」

「大敗したことが相当悔しかったからか?」

「いや、違うな。彼はおそらく自分の居場所を修人に取られたことを恨んでいるんだろう。」

「自分の……居場所……?」

「大敗したことをきっかけに、三保野FCのクラブ体質は変わってしまった。今までは楽しくサッカーをプレーするがモットーだったようだが、全国を目指すため厳しいトレーニングメニューに変わった。そして、唐突な方針変更に一部の子どもたちはついていけなくなった。」

「……。」

「一人、また一人と子どもたちが辞めていき、終いにはクラブそのものが消滅した。」

「そうだったのか…。」

「要自身はクラブが無くなる前にスペインに行ったんだが、クラブが無くなったことを海外で知り、愕然としたようだ。
それ以来ずっと修人を目の敵にしているらしい。」

「その話だと……修人は桜ヶ峰の選手たちからも嫌われているんじゃないのか?あいつ大丈夫か?」

「いや……その心配には及ばないよ。修人は彼女たちからは尊敬されている。事実、そこの選手の一人である鞍月 光華は、修人に憧れていて、彼のプレースタイルを目指しているみたいなんだ。」

「そうか…。」

武人はホッと胸を撫で下ろす。

「でも、それが要にとっては面白くなかったみたいだね。今の要は修人に負けたくないという対抗心のみでここまで成長してきたんだ。」

「だが、あいつは自らの意志でスパイクを脱いだ。陣堂が修人を気にすることなんてもうないんじゃないか?」

「それが問題なんだよ。」

「あ?どういうことだよ?」

「実はまだ要に伝えていないんだよ、修人がサッカーを辞めたこと。」

「だったら、早く陣堂に伝えてやればいいだけじゃないか?」

「それはダメだよ片桐。今まで宿敵だった修人が選手を辞めてしまったと知ったら、どうなってしまうのか見当がつかない。目標を見失って、下手すりゃ燃え尽きてしまう可能性だってあるじゃないか!」

必死になってアタフタする森谷を見て、武人はめんどくさそうに言葉を返す。

「んな事言ったって、本人がやる気ないんだから、しょーがないだろうが。バレるのは時間の問題だよ。」

森谷は諦めまいとばかりに、武人の両肩をがっちりと掴む。

「頼む片桐。お前から修人に選手に戻るよう説得してくれ。」

「は?」

「膝のケガはもう完治しているんだろう?」

「……森谷。お前それ本気で言ってるのか?」

「本気も本気さ。お前にだけは打ち上げるが、この合宿を組んだのは のが目的なんだよ!」

「なんだと……!」

「修人たちの学校がこの施設を使って合宿を行うという情報をつかみ、急遽合宿場所をここに変えた。そして、修人を説得するための材料として、武人……お前をここに呼んだんだ。」

「テメェ……!」

「勝手に呼び出したのは申し訳ないと思っているし、もちろんゆくゆくはお前に代表監督を任せたいとは思っている。
だがまずは!息子である修人を選手に戻るように説得して欲しい!」

「サッカーを辞めたのはアイツ自身の意志だと言ったろ。俺からはどうすることもできねぇよ。」

「……わからないやつだな。修人と要、二人の天才が同時にピッチ上に立っていたら、どういう化学反応が起きるのか気にならないのか?もしかしたら近い将来、W杯優勝だって狙えるかもしれないんだぞ?お前はそれを見たくないのか!?」

「関係ねぇな。」

「片桐!どうして!」

「森谷……俺はな、監督である前に一人の親でありたいんだよ。」

「……。」

「俺はかつて……修人に自分の影を重ねていた。将来は俺以上に世界で活躍できるサッカー選手になれるよう、心を鬼にして厳しく接してきた。だが……それは間違っていたんだ。」

「……。」

「あいつには、俺の夢を押しつけてしまっていたんだ。ずっと……迷惑な重荷を背負わせてしまっていた。」

「片桐……。」

「修人が大怪我をおった時にも、俺はかける言葉を間違えた。
正直、俺は親として失格だと思う。

だが、あいつには自由に、幸せに生きてもらいたいと思っている。俺はその為に全力であいつを助けたいと思っている。

監督という道はあいつ自身が初めて決めた道だ。
だから俺は、修人が決めた道を尊重する。
そして全力でそれを支援する。

それがせめてもの、あいつに対する償いなんだ。そーゆー訳だから、諦めろ森谷。」

「くっ……!」

森谷は悔しそうに歯軋りする。

「もし、修人に直談判しにいくようなら、俺はお前に対しても容赦はしないぞ。といっても、あいつからも同じ答えが返ってくるだろうがな。」

そう言い残し、武人はミーティングルームを後にする。

扉が閉まった後、森谷は力強く拳を机に叩きつけるのであった。







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