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第5章 籠の中の鳥
最終話 脱獄
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華やかな新年の祝賀の喧騒も少し落ち着き始めた夜更け。
私とヴィレッタ、そしてレオノールは、人目を忍ぶように王宮の地下深く、双子の魔女が収容されている牢へと向かっていた。
豪華な宴の残り物……ではなく、厨房に頼んで特別に用意してもらった温かい料理を手に。
「これで頑なな双子が心を開いてくれるとは思えませんが……いかにもローゼらしい、真っ直ぐな発想です」
「さすが姉様です! 私も、あの2人とは国の立場とか関係なく、一度ちゃんと話してみたかったんです! これは良い機会です!」
ヴィレッタの呆れと、レオノールの純粋な期待。
2人の言葉に、私は少し照れながら答える。
「まあ、ダメ元でも試す価値はあるでしょ? ラインハルト王も許可してくれたんだし」
王宮の外は静かな闇夜。
凍てつくような冬の空気の中、無数の星々が手の届きそうなほど近くで煌めいている。
牢のある古びた石造りの建物は、王宮の華やかさとは対照的に、重く湿った空気が漂っていた。
警備の衛兵に許可証を見せ、一礼して中へと足を踏み入れる。
響くのは私たちの足音だけだ。鉄格子の向こうには、簡素な藁の寝床が置かれているのが見える。
私が魔法で柔らかな光球を灯し、牢の中にいるはずのリリとロロに呼びかけようとした、その瞬間。
「いない……⁉」
「ローゼ、落ち着いてくださいまし! ……隠れているだけです! そこに気配があります!」
ヴィレッタが鋭く言い放つと同時に、その手から聖なる光が放たれた。
それはあらゆる魔法的隠蔽を打ち消す、浄化の力。
光が満ちると、牢の鉄格子の外側、私たちが立っている通路に、ぼんやりと4つの影が浮かび上がった。
そして実体を伴って私たちの前に姿を現し、私たちは愕然とした。
「……ふふ、やはり見破られましたか。ここではやり過ごせるかと思いましたが、ヴィレッタ様の神聖魔法は侮れませんね。ですが、ご安心を。こちらに貴女方と戦う意思はありません。今回の目的はあくまで、リリとロロの奪還、ただそれだけですので」
薄桃色の長い髪を揺らし、以前とは違う底知れない深淵を覗かせる瞳で、ルリア・ニーマイヤーが静かにそこに立っていた。
「ルリア……! どうして……あなたが……」
「ルリアさん! 私です! レオノールです! 無事だったのですね! 心配しました! ……あの、女子寮の時のように……また、仲良く……」
レオノールの声が、ルリアの纏う冷たい空気に触れて後半はか細く震えた。
もう、あの頃の関係には戻れないことを、彼女も悟ったのだろう。
リリとロロは、相変わらず人形のように無表情で、ルリアの後ろに控えている。
脱獄できたことにも、特に何の感慨も抱いていないようだ。
そして……もう1人。
「シャルロッテ……! 何故、貴女がここに⁉ 何故、ルリアさんや双子に手を貸しているのですか⁉ 答えてください!」
震える声で、ヴィレッタが叫ぶ。
赤髪をポニーテールに結い上げた、燃えるような瞳の少女。
かつての私たちの親友。邪教に連れ去られたはずの、シャルロッテ・ルインズベリー。
彼女の姿は、あの偽りの世界で私たちが生み出した幻影によく似ていた。
違うのは、王立学校の制服ではなく、動きやすそうな真紅のドレスを纏っていることだけ。
シャルロッテは、ふう、と一つため息をつくと、どこか達観したような、それでいて憂いを帯びた表情で私たちを見据えた。
「……想定外だったわね。ローゼ様、捕らえた敵に情けをかけるのは結構ですが、自ら食事を運んでくるなんて、お人好しにも程があります。ヴィレッタ、貴女の神聖魔法も……まさか、私の遮蔽魔法をこうも容易く看破するなんて。……フフ、貴女たちが私の幼馴染であることに、今、心の底から喜びと……少しばかりの厄介さを感じてしまいます」
その言葉は、あまりにも以前の彼女とはかけ離れていて、私とヴィレッタ、そしてレオノールは思考が追いつかず、ただ立ち尽くすしかなかった。
「「ここで戦闘すれば、私たちが勝てる」」
リリとロロが、無感情な声で同時に呟いて魔力を高めようとする。
「駄目ですよ、リリ、ロロ。本来の目的から逸脱する行動は慎みなさい。ラインハルト王やダリム宰相が、異変に気づき駆けつければ形勢はこちらが不利。今は速やかに撤退します」
ルリアが双子を制止し、踵を返して歩き出す。
シャルロッテも、リリとロロもそれに続いた。
「待って、ルリアさん! 一つだけ……! 貴女はファインダ王国を恨んでいるのですか⁉」
レオノールが、震えながらも気丈に問いかける。ルリアは足を止め、しかし振り返らずに答えた。
「いいえ、レオノール様。恨みなど。父ゲルグの謀叛は一族皆殺しが妥当な裁き。それを陛下は情けで生かしてくださった。感謝こそすれ、恨む道理はございません」
「なら……どうして、こんなことを!」
私の悲痛な声に、ルリアの肩が微かに揺れた気がした。
「フフッ……ローゼ様。貴女も私と同じ、稀有な魔法の才を持って生まれたのでしょう? なれば理解できるはずです。知的好奇心、探求心……『実験』の舞台が用意されているのなら、この力を持つ者がそれに乗らない理由がありますか?」
「その舞台を用意したのは、邪教『真実の眼』……六賢魔と呼ばれる者たち、と考えていいのね?」
私の問いにルリアは答えず、ただ肩をすくめるだけだった。
「貴女がモリーナ寮長を唆し、あの偽りの世界を作り出すように仕向けた……というのも、実験の一環だったのでしょうか?」
ヴィレッタが握りしめた拳から、抑えきれない神聖な力が光となって漏れ出す。
「あらあらヴィレッタ様、今更そんな確認が必要ですか? ですが、ええ、実に興味深い観測結果が得られましたわ。特に貴女方が私の想定を超えて、シャルロッテ様の『幻想』を生み出したのは……素晴らしい『可能性』を示してくれました」
ルリアの言葉にシャルロッテが僅かに反応し、私たちの方を向いた。
「ローゼ様、ヴィレッタ。……幻想の私の記憶が、今の私の中にないのは少し残念ね。でも、嬉しく思います。……そうね、いずれ必ず、その夢の世界のように、貴女たちの側に『本物』の私がいる未来を、私が創り出してあげる」
その言葉には、歪んでいるかもしれないが、強い意志と、私たちへの執着のようなものが感じられた。
「私は、今すぐにでも、その未来を望んでいる……!」
「シャルロッテ……! 貴女も本来ローゼの側仕えなら、道を誤ってはなりません! 歩みを止めて、こちらへ戻ってきてください!」
私とヴィレッタの必死の願いも届かず、4人の少女たちの姿は通路の闇へと吸い込まれていった。
「待ちなさい!」
私は咄嗟に炎の魔法で通路を塞ごうとするが、シャルロッテが振り返りざまに放った鋭い魔力による斬撃によって、炎は容易く切り裂かれた。
「今はまだ、その時ではありません、ローゼ様。ローゼ様が真の王として世界に君臨する覚悟を持っていただかないと」
そして、ルリアが何か小声で呟くと、彼女たちの姿は完全に闇に溶けて消えた。
残されたのは、微かな魔力の残滓と、私たちの無力感だけ。
「くっ……!」
レオノールが悔しそうに壁を殴る。ヴィレッタも唇を噛み締め、俯いていた。
牢の外に出ると、警備していた衛兵たちは、まるで深い眠りに落ちたかのように通路に倒れていた。
ルリアの魔法だろうか。
星空の煌めきは、先ほどと何も変わらない。
けれど私たちの心の中には、虚しさと、そして新たな決意の炎が燃え始めていた。
「必ず……必ず、ルリアさんを連れ戻します! 彼女がどんな事情を抱えていようと、間違った道に進むのを、私は見過ごせません!」
「シャルロッテ……貴女の言う『真の王』がどんなものかはわかりません。ですが、友を犠牲にするような未来なら、わたくしは決して認めません! 必ず、貴女の目を覚まさせてみせます!」
レオノールとヴィレッタの力強い言葉に、私も強く頷く。
「うん。待っていて、シャルロッテ。ルリアのことも、邪教のことも、双子のことも、ディルのことも……全部まとめて解決して、必ず、必ずみんなで笑い合える未来を、私たちが創ってみせるから!」
見上げた夜空に一筋の流れ星が、私たちの誓いを見届けるかのように静かに消えていった。
私とヴィレッタ、そしてレオノールは、人目を忍ぶように王宮の地下深く、双子の魔女が収容されている牢へと向かっていた。
豪華な宴の残り物……ではなく、厨房に頼んで特別に用意してもらった温かい料理を手に。
「これで頑なな双子が心を開いてくれるとは思えませんが……いかにもローゼらしい、真っ直ぐな発想です」
「さすが姉様です! 私も、あの2人とは国の立場とか関係なく、一度ちゃんと話してみたかったんです! これは良い機会です!」
ヴィレッタの呆れと、レオノールの純粋な期待。
2人の言葉に、私は少し照れながら答える。
「まあ、ダメ元でも試す価値はあるでしょ? ラインハルト王も許可してくれたんだし」
王宮の外は静かな闇夜。
凍てつくような冬の空気の中、無数の星々が手の届きそうなほど近くで煌めいている。
牢のある古びた石造りの建物は、王宮の華やかさとは対照的に、重く湿った空気が漂っていた。
警備の衛兵に許可証を見せ、一礼して中へと足を踏み入れる。
響くのは私たちの足音だけだ。鉄格子の向こうには、簡素な藁の寝床が置かれているのが見える。
私が魔法で柔らかな光球を灯し、牢の中にいるはずのリリとロロに呼びかけようとした、その瞬間。
「いない……⁉」
「ローゼ、落ち着いてくださいまし! ……隠れているだけです! そこに気配があります!」
ヴィレッタが鋭く言い放つと同時に、その手から聖なる光が放たれた。
それはあらゆる魔法的隠蔽を打ち消す、浄化の力。
光が満ちると、牢の鉄格子の外側、私たちが立っている通路に、ぼんやりと4つの影が浮かび上がった。
そして実体を伴って私たちの前に姿を現し、私たちは愕然とした。
「……ふふ、やはり見破られましたか。ここではやり過ごせるかと思いましたが、ヴィレッタ様の神聖魔法は侮れませんね。ですが、ご安心を。こちらに貴女方と戦う意思はありません。今回の目的はあくまで、リリとロロの奪還、ただそれだけですので」
薄桃色の長い髪を揺らし、以前とは違う底知れない深淵を覗かせる瞳で、ルリア・ニーマイヤーが静かにそこに立っていた。
「ルリア……! どうして……あなたが……」
「ルリアさん! 私です! レオノールです! 無事だったのですね! 心配しました! ……あの、女子寮の時のように……また、仲良く……」
レオノールの声が、ルリアの纏う冷たい空気に触れて後半はか細く震えた。
もう、あの頃の関係には戻れないことを、彼女も悟ったのだろう。
リリとロロは、相変わらず人形のように無表情で、ルリアの後ろに控えている。
脱獄できたことにも、特に何の感慨も抱いていないようだ。
そして……もう1人。
「シャルロッテ……! 何故、貴女がここに⁉ 何故、ルリアさんや双子に手を貸しているのですか⁉ 答えてください!」
震える声で、ヴィレッタが叫ぶ。
赤髪をポニーテールに結い上げた、燃えるような瞳の少女。
かつての私たちの親友。邪教に連れ去られたはずの、シャルロッテ・ルインズベリー。
彼女の姿は、あの偽りの世界で私たちが生み出した幻影によく似ていた。
違うのは、王立学校の制服ではなく、動きやすそうな真紅のドレスを纏っていることだけ。
シャルロッテは、ふう、と一つため息をつくと、どこか達観したような、それでいて憂いを帯びた表情で私たちを見据えた。
「……想定外だったわね。ローゼ様、捕らえた敵に情けをかけるのは結構ですが、自ら食事を運んでくるなんて、お人好しにも程があります。ヴィレッタ、貴女の神聖魔法も……まさか、私の遮蔽魔法をこうも容易く看破するなんて。……フフ、貴女たちが私の幼馴染であることに、今、心の底から喜びと……少しばかりの厄介さを感じてしまいます」
その言葉は、あまりにも以前の彼女とはかけ離れていて、私とヴィレッタ、そしてレオノールは思考が追いつかず、ただ立ち尽くすしかなかった。
「「ここで戦闘すれば、私たちが勝てる」」
リリとロロが、無感情な声で同時に呟いて魔力を高めようとする。
「駄目ですよ、リリ、ロロ。本来の目的から逸脱する行動は慎みなさい。ラインハルト王やダリム宰相が、異変に気づき駆けつければ形勢はこちらが不利。今は速やかに撤退します」
ルリアが双子を制止し、踵を返して歩き出す。
シャルロッテも、リリとロロもそれに続いた。
「待って、ルリアさん! 一つだけ……! 貴女はファインダ王国を恨んでいるのですか⁉」
レオノールが、震えながらも気丈に問いかける。ルリアは足を止め、しかし振り返らずに答えた。
「いいえ、レオノール様。恨みなど。父ゲルグの謀叛は一族皆殺しが妥当な裁き。それを陛下は情けで生かしてくださった。感謝こそすれ、恨む道理はございません」
「なら……どうして、こんなことを!」
私の悲痛な声に、ルリアの肩が微かに揺れた気がした。
「フフッ……ローゼ様。貴女も私と同じ、稀有な魔法の才を持って生まれたのでしょう? なれば理解できるはずです。知的好奇心、探求心……『実験』の舞台が用意されているのなら、この力を持つ者がそれに乗らない理由がありますか?」
「その舞台を用意したのは、邪教『真実の眼』……六賢魔と呼ばれる者たち、と考えていいのね?」
私の問いにルリアは答えず、ただ肩をすくめるだけだった。
「貴女がモリーナ寮長を唆し、あの偽りの世界を作り出すように仕向けた……というのも、実験の一環だったのでしょうか?」
ヴィレッタが握りしめた拳から、抑えきれない神聖な力が光となって漏れ出す。
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ルリアの言葉にシャルロッテが僅かに反応し、私たちの方を向いた。
「ローゼ様、ヴィレッタ。……幻想の私の記憶が、今の私の中にないのは少し残念ね。でも、嬉しく思います。……そうね、いずれ必ず、その夢の世界のように、貴女たちの側に『本物』の私がいる未来を、私が創り出してあげる」
その言葉には、歪んでいるかもしれないが、強い意志と、私たちへの執着のようなものが感じられた。
「私は、今すぐにでも、その未来を望んでいる……!」
「シャルロッテ……! 貴女も本来ローゼの側仕えなら、道を誤ってはなりません! 歩みを止めて、こちらへ戻ってきてください!」
私とヴィレッタの必死の願いも届かず、4人の少女たちの姿は通路の闇へと吸い込まれていった。
「待ちなさい!」
私は咄嗟に炎の魔法で通路を塞ごうとするが、シャルロッテが振り返りざまに放った鋭い魔力による斬撃によって、炎は容易く切り裂かれた。
「今はまだ、その時ではありません、ローゼ様。ローゼ様が真の王として世界に君臨する覚悟を持っていただかないと」
そして、ルリアが何か小声で呟くと、彼女たちの姿は完全に闇に溶けて消えた。
残されたのは、微かな魔力の残滓と、私たちの無力感だけ。
「くっ……!」
レオノールが悔しそうに壁を殴る。ヴィレッタも唇を噛み締め、俯いていた。
牢の外に出ると、警備していた衛兵たちは、まるで深い眠りに落ちたかのように通路に倒れていた。
ルリアの魔法だろうか。
星空の煌めきは、先ほどと何も変わらない。
けれど私たちの心の中には、虚しさと、そして新たな決意の炎が燃え始めていた。
「必ず……必ず、ルリアさんを連れ戻します! 彼女がどんな事情を抱えていようと、間違った道に進むのを、私は見過ごせません!」
「シャルロッテ……貴女の言う『真の王』がどんなものかはわかりません。ですが、友を犠牲にするような未来なら、わたくしは決して認めません! 必ず、貴女の目を覚まさせてみせます!」
レオノールとヴィレッタの力強い言葉に、私も強く頷く。
「うん。待っていて、シャルロッテ。ルリアのことも、邪教のことも、双子のことも、ディルのことも……全部まとめて解決して、必ず、必ずみんなで笑い合える未来を、私たちが創ってみせるから!」
見上げた夜空に一筋の流れ星が、私たちの誓いを見届けるかのように静かに消えていった。
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
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