【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ

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第5章 籠の中の鳥

第35話 ルリア・ニーマイヤー

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 荘厳にして闇より深遠な場所。
 カツン、カツンと、硬質な靴音が反響する。
 その音は外界から隔絶され、無数の不可視な結界が張り巡らされた異質な空間の広大さを際立たせ、底知れぬ圧迫感を醸し出していた。
 現実のどこかに存在するはずだが、その正確な場所を知る者は限られている。
 六賢魔が管理する修練の間、あるいはそれ以上の意味を持つ場所。

 足音の主であるルリア・ニーマイヤーは立ち止まり、重厚な扉を静かに開いた。
 その先には青白い燐光が満ちる広大な空間が広がっていた。
 床には複雑な魔法陣が幾重にも描かれ、壁面にも古代文字のような文様が刻まれ、微かに明滅している。
 凍てつくような冷気が漂い、濃密な魔力が空気を歪ませ、視界がわずかに揺らいで見えた。

 そしてその空間には、力尽きたように倒れ伏す多くの少女たちの姿があった。
 皆、相当な魔力を持つ魔女であるはずだが、中には魂が抜け殻になったようにぐったりとしている者もいれば、激しい魔法の衝撃を受けたかのように衣服が焼け焦げ、痛々しい傷を負っている者もいる。
 空気中には焦げ付いた匂いと、甘い血の香りが混ざり合っていた。
 惨状と呼ぶに相応しい光景だ。

 その中央で、無邪気に佇んでいるのは、幼い外見の少女が2人。

 1人は腰まで届く艶やかな水色の髪を揺らし、もう1人は輝くような純白の髪を持つ。
 古風なとんがり帽子に黒いローブという、時代錯誤な恰好をしているが、その身から放たれる魔力は計り知れない。
 六賢魔が2人、タイムとフェンネルだ。

「タイム様、フェンネル様。ただいま戻りました」

 ルリアは恭しく跪いて床に額をつけた。
 この2人の六賢魔に対しては、最大限の敬意を払う必要がある。

 一瞥されるが、返事はない。
 今の状況……修練と称した一方的な蹂躙を楽しんでいるのだ。
 暫く待っていろという無言の意思表示だろう。
 ルリアは表情を変えず、跪いたまま待つことにした。

「今の魔女って、魔力切れを起こすのが早すぎね~」

「んー、でもでも、前よりはちょっとだけマシになったかも? 鍛えがいがあるね~」

 タイムとフェンネルは、まるで玩具で遊ぶ子供のように、無邪気に笑いながら言葉を交わす。

 跪いたまま、ルリアは視線を近くに倒れている魔女へと移した。
 見知った顔だ。オレンジ色のおさげ髪、修道服姿の少女ジーニア。
 白目を剥き、口の端からは魂のようなものが僅かに漏れ出ているように見える。

「ジーニア。……タイム様とフェンネル様に鍛えられていたのですか? 一体どれくらい?」

 いつも傲岸不遜で他者を見下し、人を苛立たせることに喜びを見出す彼女の無様な姿に、ルリアは内心で僅かな溜飲を下げつつ、感情を悟られぬよう尋ねた。

「キヒ……♥ ……みっ、か……まるまる……る、りあ……じゃん……めざ、めたらぁ……ころ、してやるぅ……ぐふっ」

 それだけ言うと、ジーニアは完全に意識を失った。

(今のうちに始末しておきましょうか……いや、魔女同士の争いを、クレマンティーヌ様がお許しにならない)

 ルリアは思考を打ち切り、視線を上げた。

 まさにその時、1人の魔女が、まだ戦意を失わずにタイムとフェンネルに突撃していく姿が目に入った。
 燃えるような赤い髪をポニーテールに結い上げた少女。

 その戦闘スタイルは、剣と魔法の同時使用。ジーニアが得意とするものと似ているが、剣を主体に魔法を罠として用いるジーニアに対し、この少女は剣を主軸に置き、魔法を補助火力として用いているように見える。

(剣も魔法も……質は高い。だが、どちらもまだ中途半端。あの御二方には……)

 ルリアの予測通り、魔法の爆発で視界を遮ろうとするも、タイムとフェンネルはそれを嘲笑うかのように容易くかわす。
 剣による鋭い突進も、舞うように軽やかに避けられ、赤髪の少女はただ翻弄されるのみだった。

 少女の剣技は荒々しく、魔法も力任せだが、その潜在能力の高さは窺える。
 タイムとフェンネルの動きは、それとは対照的に、一切の無駄がなく洗練されている。
 歴然とした力の差があった。

「んー、そろそろ飽きた~」

「そうねー。でも、最後まで立っていたのは褒めてあげるね~」

 タイムが小さく手を振ると、その両手から渦巻く白銀の奔流……まるで液化した金属のような、高密度の魔力の滝が天井から流れ落ち、容赦なく赤髪の少女を襲った。
 少女は剣で必死に切り裂き続けるが、滝は一向に途切れる気配がない。

 その瞬間、フェンネルが何か短い呪文を呟いた。
 すると白銀の滝は生きているかのように蠢き、少女の身体を瞬時に絡め取った。
 次の刹那、滝は急速に氷結し、さらに巨大な氷塊が少女の背中に激突した。

「ぐ……ぁっ……!」

 赤髪ポニーテールの少女は口からごぼりと血を吐き、糸が切れた人形のように床に倒れ伏した。

 ようやく遊びが終わったらしい。ルリアは再び声をかける。

「タイム様、フェンネル様、お久しぶりでございます。ルリア・ニーマイヤー、ただいま帰還いたしました。他の六賢魔様方とクレマンティーヌ様が御不在と耳にし、こちらへご挨拶に伺った次第です」

 タイムとフェンネルは、先程までの無邪気な残酷さとは違う、子供らしい好奇心に満ちた笑顔で、ルリアに顔を近づけてきた。

「ルリアー、どうだった? ローゼマリーの魂は、ちゃんと揺さぶられたー?」

「ねーねー、アリス様になるまで、あの偽物世界に閉じ込めておいてあげればよかったのにー。もったいなーい」

 覗き込んでくる2人の六賢魔の無垢な瞳に、ルリアは表情を変えることなく、淡々と答えた。

「私は研究者です。事象を誘発するお手伝いをし、その結果を観測するのが役目。魂の変質については、現在解析中です」

 タイムとフェンネルは、意味ありげににんまりと微笑んだ。

「ふーん? ローゼマリーに協力していたクセにー」

「モリーナって寮長、かわいそうよねー。ルリアがちゃんと本気で魔法を使ってあげなかったから、ローゼマリーなんかに負けちゃったんじゃないのー?」

 2人の指摘に、ルリアは内心の僅かな動揺を押し殺し、低く自嘲した。

「それはローゼ様を過小評価しすぎでございます。私があの場でどちらに加担していようと、結果は変わりません。彼女や、ファインダの王女レオノール、ベルガーの聖女ヴィレッタは……予想以上です。あの偽りの世界を自力で打ち破るだけの力と意志を持っておりました」

 あの偽りの世界での出来事を思い出す。
 世界への違和感を抱き、真実を求め、仲間と共に困難に立ち向かっていった3人の少女たちの姿を。そして、自分自身も彼女たちに感化され、最後の局面でローゼに力を貸してしまったことを。

「ま、いっかー。ルリア、研究結果はちゃんとまとめて提出しておいてねー」

「そうそう。次に何したいかも、ちゃんと書いておいてねー」

「「あと、こいつらの介抱、よろしくねー」」

 2人の六賢魔は、まるで飽きた玩具を片付けるかのように、倒れた魔女たちを魔法で軽々と持ち上げ、部屋の隅に無造作に積み重ねると、満足げに微笑んで空間に溶けるように姿を消した。

 後に残されたのは、静寂と倒れた魔女たち、そしてルリア1人。
 ルリアは立ち上がり、かつての自分の姿を重ねるように、静かに目を閉じた。

 父親ゲルグの叛乱失敗。
 その後の領地での、世間から隔絶された日々。
 流行り病で次々と倒れていく家族の中で、魔女である自分だけが生き残ってしまったという事実。

 あの夜、老婆の姿をしたタイムとフェンネルが忽然と現れ、「何を望む?」と問うた。

『魔法を……研究したいのです。この世界の理を、運命を変えるほどの力を……』

 なぜ、そう願ったのだろうか。
 父がクラーク家に騙され、操られ、使い捨てにされたことへの復讐心か?
 魔女でありながら家族を救えなかった無力感か?
 それとも、ただ純粋に目の前に現れた強大な魔女たちの力に憧れただけなのか?

 あるいは、自分を腫れ物のように扱い、深く関わろうとしない貴族社会への、静かな反抗心だったのかもしれない。
 孤独は、いつしか彼女を守る殻となっていた。

 王立学校の女子寮。
 同室になったリリ・クラークが、父を陥れた家の娘であり、自分と同じ邪教に関わる魔女だと知った時も、ルリアの心は動かなかった。
 全ては観測対象であり、研究材料でしかなかった。

『『ルリアは、籠の中の鳥のよう』』

 かつてリリとロロに言われた言葉を思い出し、ルリアは自嘲気味に笑みを零す。
 リョウ・アルバースとかいう傭兵に敗北し、王宮の牢に捕らわれているという彼女たちの方が、よほど『籠の中の鳥』ではないか。

 それにしても、とルリアは思考の海に再び浸る。
 モリーナ寮長が産み出したあの偽りの世界。
 悲劇が起こらなかったルリア・ニーマイヤーは、たしかに幸せだった。
 レオノール姫殿下に、ローゼマリーとヴィレッタ。

 あの偽りの友人たちと過ごした時間は、驚くほどに居心地が良かった。
 あの温かさは、研究対象への興味とは別の何か……

 ***

 現実へと意識を戻し、ルリアは積み重ねられた魔女たちの介抱に取り掛かろうとした。
 その時、一番上にいた赤髪ポニーテールの少女が呻き声を上げて身動ぎしたのに気づいた。

「……ん……ここは……?」

 一番最後に倒れたはずなのに、一番早く目覚めるとは。
 その回復力と精神力に、ルリアは内心で驚きを覚えた。

「お目覚めですか。……シャルロッテ・ルインズベリー様」

 ルリアは感情を抑えた声で呼びかけた。
 ベルガー王国ルインズベリー公爵家令嬢。
 邪教の魔女ジーニアに誘拐され、行方不明となっていたはずの本物のシャルロッテ。

「……あなた、誰?」

 訝しげにルリアを見返すシャルロッテの瞳には、まだ混乱の色が残っている。

「ルリア・ニーマイヤーと申します。先日までファインダ王国王立学校の女子寮に在籍していました。そこに貴女とよく似た方がおりました。ローゼマリー様とヴィレッタ様が生み出した、貴女の記憶の断片……偽りの存在でしたが」

 ルリアは淡々と、偽りの世界での出来事を語り始めた。
 ローゼたちが偽りのシャルロッテを友人として受け入れ、そして別れたことを。

 語り終えると、シャルロッテはしばし黙考していたが、やがて鋭い光を瞳に宿して口を開いた。
 意外な言葉だった。

「……リリとロロは? あいつら、ファインダで捕まったって聞いたけど、助けないの?」

 ルリアは少し驚いた。
 この状況で自分のことよりも先に、あの双子の心配をするとは。

「彼女たちが助けを求めているとは思えませんし、私が動く理由もございません。邪教の魔女は基本的に個人主義。六賢魔様からの指示がない限り、他の魔女の事情に関与することはありません」

 邪教『真実の眼』とは、そういう組織だ。共通の目的(魔王復活)はあるのかもしれないが、その実態は個々の魔女の思惑が渦巻く、脆い集合体に過ぎない。

「……そう。なら、私が助けに行く。ルリアさん、ファインダ王国の王都リオーネまで、案内してくれる?」

 フラつきながらも、シャルロッテは立ち上がり、強い意志でルリアを見据えていた。
 その瞳の奥には、ローゼやヴィレッタにも通じるような諦めない光が宿っている。

「……面白い。いいでしょう。これも貴重な観測対象となりそうです」

 どうなるかわからない。
 だが、この予測不能な状況がルリアの凍てついた心に、ほんの僅かな高揚感をもたらしたのも事実だった。
 ルリアは静かに頷き、歩き出すシャルロッテの後ろに続いた。
 
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