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第五部 瓦解のクリアレギス
81.行違う心緒の矛先
しおりを挟む「貴様ああああああ!!」
黄金に包まれた新緑の展望台を駆け抜ける漆黒の流星――王子エリアス・ノルドランドは、
横たわる姉の傍らに立つ男の姿を見て、即座に抜刀し激昂を携え強く石畳を蹴った。
「待て、坊! ロタは放置で良い! 今はこっちに手を貸せ――」
アデラルとの鍔迫り合いで膠着しているエドガーは、かつての弟弟子に対し声を張り上げる――
しかし届かない。耳にでは無い、意識に。その心に。
偶発的に二対二で拮抗している戦況を、わざわざこちらから三対三にしてやる必要性がない。
エドガーの指示は野生的な感覚によるものだが、理に叶っている。
しかし彼は見誤っていた。エリアスの奥底に燻ぶる――蟠りを。
そもそもそれが無ければ、この状況は恐らく起こってはいない。
それを理解したのは、振り下ろした剣をロータルが往なし、発した音が木霊した時だった。
「はぁ……本当に君は人の話を聞かないよね。師匠の声が聞こえなかった訳じゃないだろ?
女王を傷つける気はさらさらないし……危害が及ぶようならこの手で排除するつもりなんだ。
それでも争う必要があるのかな?」
「……っ! ベーレンス卿! 裏切るのか!」
疲労と焦燥で歪んだ表情を向けるアデラルの言葉に、敢えて返さずロータルは続ける。
「君にこの行動の真意を理解して貰おうとも、許しを請う気もないけど――」
言葉より先に二の刃、三の刃がロータルを襲う。
「――囀るな! さっきからベラベラと! 叩き斬ってから話を聞いてやる!!」
突きが主体の攻撃を全て刃腹で逸らすロータルは、荒ぶる激情の渦中に冷静な打算を見た。
言葉とは裏腹に薙ぎを使わず、胴では無く手足を狙うエリアスの思惑は剣先が物語っている。
無力化して法廷に引き摺り出す――その為に糊塗された怒りであることを当の本人よりも、
ロータルは容易に察する事が出来た。
そして何よりそうせざるを得ない理由は明白だった。
億劫そうに連撃の末尾を弾いたロータルは、漏れ出る溜息は見せずに軍刀を鞘に納めた。
比較的近い崖際で交戦する二人と、展望台入口付近で争う二人を順に見て声調を落とす。
「……王子。やはり君とは分かり合えないね。第一……本気で無力化出来ると思ってる?
その有様でかい? 疲労で目が窪んで、今にも倒れそうなのに?」
無理もない事だった。
エリアスはイベリスでの遭難から、7日の間で二度の仮眠しか取っていない。
気力と怒りで辛うじて保っていた緊張の糸も、今まさに切れようとしていた。
「クソ……バスター なんでテメェは王家に味方してんだ!? 戦人には関係ねぇだろ!
とっとと借金でも返してこいや!」
エリアスとロータルの口論に関心が無いオーリオは、長柄に不利な飛刀を手にして吠える。
武器携帯が認められている衛兵や官僚でも城内任務で見かけるのは、精々長剣に過ぎない。
徒手の庭師にとって戦鎌との相対は完全に想定外だった。
「まぁ王城がどうなろうが正直知ったこっちゃないがな、俺にも事情ってもんがあんだよ。
それによ、そもそもこうせざるを得ないのはお前のせいだからな」
「ハッ テメェら騙した事と一体何の関係が――」
問いに応えるよりも早く踏み込んだバスターの振り下ろしを、構えた小さな刃で逸らすも、
その威力を完全に削ぐ事は出来ずに、オーリオは大きく斜め後方へと吹き飛ばされる。
小柄で圧倒的に膂力が劣るオーリオにとって、唯一の活路は投射での状態異常付与だった。
しかし奥の手の本数にも限りはあり、一度手の内がバレれば容易に鎌で弾かれる。
鎌の射程外から望外の一撃――その隙を探る為にオーリオはバスターの意識を話で逸らす。
その証として、敢えて武器を懐へ納め、両手を下げて掌を向けた。
「まぁ聞けよ。お前らが俺を恨んでんのは解ってんだ。けどな俺にだって事情はあんだぜ。
グレイの奴には伝えたんだぜ? 四ツ目野郎のロトリーが――」
「――興味ねぇな? さっきも言ったが、俺は元々『騙される奴が悪い』ってのが信条だ。
恨みなんて微塵も無いし、ここにさえ居なきゃ別に探す気も無ぇ」
「あ? だったら何で敵対してんだ。テメェには関係ねぇだろうが」
軽く指を鳴らして人差し指を向けたバスターは鎌を一旋回して――地面に突きたてた。
「そこだよ。理由はどうあれお俺等は前のお陰で借金を背負わされ、クロビレに囚われた。
なんやかんやあって……ともあれ俺は犯罪者になった訳だ。で王子と取引してここに至った。
完全に私情抜き実益を兼ねた……クエストだ!」
高く上げた鎌柄からジャラジャラと垂れたソレを、バスターは大きく振り回し右から薙ぐ。
低く大地を這う鉄の蛇は華麗な半円を描いて――襲い掛かる。
「くっそ! っが!」
飛び退いて足への搦手を回避したオーリオの動きに合わせて、バスターは柄を上下させる。
連動して鎌首を挙げた柄鎖の分銅が跳躍するように――オーリオの左手首を捕らえた。
「て、テメ!! っざけんな! 離せ!!」
巻き付いた鎖が、細腕を締め上げ左手の飛刀を零れさせる。
怒声が木霊し駆け抜ける岩壁の傍では、疲労の極みに達した二人が肩で吐息を押し出した。
「ハァハァ……フフフ……ハハハ!」
「っく……ふぅ。なんだ? 窮地で気が触れたってか」
左手で制止して、右手で笑みが零れる口元を隠すアデラルは、愉快そうに嘯いて見せる。
「ハハハ……なぁ? 愚かな子供だろう。アレが王子の本質、物事を理性で考えられない。
幼稚な感情で貴公の制止も聞かずに優位を自ら手放す。実に滑稽な道化だとは思わないか?
流石、あの方の血を引いているだけの事はある……」
「少なくともアンタは剣匠を尊敬していると思ってたんだがな。随分な物言いじゃねぇか」
「尊敬は……している。あの方はこと戦闘術に於いては比類ない傑物、それは間違いない。
だが一人の男として、とてもじゃないが褒められた人物では無かった」
「……そりゃ」
己の心中を吐露するアデラルの言葉に、安易に否定しきれないエドガーも思う所はあった。
これは『彼』をよく知る人物でなければ共有できない思いだろう。
「言いたい事は俺も解らなくも無いがな、別にあの人だけのせいじゃねぇだろ。大方は――」
「――そう。あの方は何もしていない。そう『何もしない』のだ。ただ優しくただ見守る。
それだけ……それだけしかしない、そう決めていた」
後にこの人評は少し実情と乖離していた事が解るが、今、それを否定する者は居なかった。
アデラルとエドガーの中で、概ねの印象で一致していたからだ。
「前王セシリア様は、ただ優しく遠くから見守られるだけで安んじられる方では無かった。
あの方が静かに崩れて行く姿を間近で見続けて来たのは、この私。私と……オルガーだった」
「オルガー……ブランド。前法務官か。そう言えばアンタとは旧知の仲だったな」
展望台の先に広がる断崖、その奥の見えない平原を眺めるようにアデラルは目を細める。
「そうだ。彼が全てを失ったのもこの場所だった。私は彼の意を受け……彼を切り捨てた。
全てはセシリア様の為に……それをあの方が望まないとしても――な」
「まさか、ここまで周到に絵図を描いてまで起こした騒動は、あの時の……」
そう、やり直しだ。そう聞こえた気がしたが、
言葉ではなく剣撃で返すアデラルの一撃は、これまでの輪舞で最も重く、
最も熱く展望台に轟いた。
今この場所に居る官僚の中で、王家を敬わない者は誰一人として居なかった。
その事実がエドガーの剣筋を乱れさせても、それは仕方ない事かも知れない。
***
どれだけの時が過ぎたのか。
ほんの一刻に違いないが、永遠に続くとも思える激闘の輪舞は展望台から王城まで届いた。
その音階を頼りに二人が石畳を蹴り、王城からの一本道を駆け抜ける。
王都ミストレスのシェーラ・クィーンと、フェアフォクス・フランメロートである。
一匹狼として名を馳せ、ヴァルドと組んでからは赤のネームドで恐れられた国家手配者が、
今や忠犬のように美麗な闘士の後ろに張り付いて、健気に後を追っている。
決して前に出ようとしないのは主従の現れであり、行先の裁量を主が握っている証だろう。
「フォックス、戦闘になる可能性があります。即応出来るように」
「任しとけや姉さん! 相手が誰だろうと膾斬りにしてやっからよ!」
「……極力生かして捕えなさい。普段なら気にしませんが、今回は事が事です」
「そいつは俺らしくねぇな! つか面倒くせ……あ、いや。了解!」
振り向きもしない主の無言の圧に耐えかねたフォックスは、あっさりと主義主張を手放す。
下り坂を軽快に降り勾配が緩やかになると、王城西門と展望台への別れ道に差し掛かる。
激しさを増す史劇の音色を乗せた北風は、岩間から射す西日と混じり合って四散して行く。
眩む視界が黄金色の風景に陰影を捉えた時――二人の眼前には決着の瞬間が広がっていた。
「こ、これは……」
局面を右から見たシェーラは、判断力の高速化が見せる緩やかな知覚を順に――処理する。
四阿の前で蹲る黒髪――恐らく王子の後姿と、その奥に立つロータル。
崖際で左腕を拘束されている憎らしい庭師と、見覚えのない剃髪の男。
そして今もなお鍔迫り合い、疲労で押し込まれる――エドガーの苦悶。
「じ、爺……おい!」
「フォックス! 貴方は王子……黒髪の少年を援護! 早く!」
隅で気を失って転がる恰幅の良い中年に気を取られたフォックスを、シェーラは一喝した。
不承ながら応じたフォックスはロータルに向かって、草叢の獣のように飛び掛かる。
後脚を蹴ったシェーラは鉄拳を突き、半身のまま防ぐアデラルの左肘に重撃を叩き込んだ。
鋭い呻きと共に後方に吹き飛んだアデラルは、翻筋斗打って刀を地に突き立て横転を堪え、
美麗な乱入者の姿を、屈みながら見上げる。
揺蕩っていた戦況が一変した事を誰よりも早く察知したのは――意外にもオーリオだった。
「……クソが! バスター、テメェ覚えてろよ!」
静かに猛ったオーリオは奥の手の短刀を抜き、囚われの左手首を自ら――斬り落とした。
***
遠雷が西の空に轟いた時――展望台を支配する薄暮の幕開けを、煙幕が覆い隠す。
恐らくは窮地から脱する算段を、迷いなく実行に移したオーリオの一手だったと思われる。
その異様な光景を遠方の空から見送ったのは――帝国第二皇子、ロニー・ガーランドだった。
議場でエリアスと交戦して、やむを得ずバルコニーへ撤退し、致し方なく騎竜で逃走した。
高度を上げるロニーが次の瞬間に見たのは――見慣れた騎竜に跨る見知らぬ剃髪の男だった。
混乱する思考の中、何も答えを導き出せなかったロニーは即座に《逃げる》選択を取った。
不世出の天才である彼の唯一の欠点、それが計画の失敗の原因だったと言えるだろう。
剣士ロニーが展望台に降下していれば、傾き倒れた天秤ごと全てを破壊出来たに違いない。
しかしそうはならずに、ロニーはまず西へ進路を取った。それ自体は不思議な事では無い。
真北へ進めばクロスビレッジから目視される恐れがあり、東側は元々の往路だった。
逃走を選んだロニーにとって最も懸念すべき点は、身内に見つからない事である。
振り返れば杞憂でしか無かったが、彼が率いた部下が既に四散しているという結末までは、
今の彼には把握出来るはずもなかった。それほど不測の事態が相次いでいた。
そして暗雲立ち込める西の空を見て急遽進路を変更し、シャンパニ山脈の稜線から外れて、
ブランリバー沿いに北上する道を選んだ。
人目を避ける為ではあったが、自然と視界に入ったセントラル山が目印――拠所となった。
ロニーはこうして、北へ――北へと何かに導かれるように騎竜を誘って行った。
王城展望台での抗争、その最後は暗闇に包まれ誰にも状況を正確に説明する事が出来ない。
故に煙幕が晴れた瞬間の状況のみを端的に記しておこうと思う。
右肩をエドガーの牙刀で貫かれたアデラルは、力尽いてそのまま拿捕された。
ロータルは剣を納め手をひらひら振って見せ、フォックスの追撃を制止した。
傍らでは王子エリアスが跪いたまま顔を上げ、緩やかに崩れ落ちて昏倒した。
バスターは寄せた鎖に絡んだ《左手》を外し、舌打ちしてそれを投げ捨てた。
事後に状況を報告したシェーラ・クィーンの供述の中で、既に倒れているヴァルドを除き、
庭師オーリオは唯一行方が分からなくなっている。
その名も含め全てが偽りであり、重要参考人でありながら国は未だ手配すら出来ずにいる。
彼が次に姿を現すのは――王国の外であり、未だ先の話である。
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