Archaic Almanac 群雄流星群

しゅーげつ

文字の大きさ
113 / 117
第五部 瓦解のクリアレギス

83.特別議会召集後夜

しおりを挟む
 火竜月8日目、月狼刻――王都南西部の外れに所狭しと立ち並び沸く歓楽街。


 頭からフードを被り、質素な身なりで周囲を軽快して歩く二人の姿があった。
 王子エリアス・ノルドランドと、法務官マルセル・ドイエンである。

 似つかわしくない悪所に、彼等が素性を隠し潜り込んだ理由は到底予測出来る物ではない。
彼等を呼び付けた人物を知れば大抵の者は疑念を抱くだろう。

それほどに奇妙な会談だった。 

 「あら……お早いお付きで。まだ四半刻、約束の時間には満ちておりませんが」

 「……! 我々を呼びつけたのが貴女とは……それにその恰好……」

 「ふふっ 似合いませんか? 女には裏の顔があるものです……内密にお願いしますね?
マルセル嬢もお久しぶりです。臨時議会、参加出来なくて申し訳御座いません」

 深々と頭を下げる夜蝶の姿に見覚えのないマルセルは、怪訝そうに顔を覗き込んだ。


 「……え。ま、まさか……あ、貴女はソフィア様? な、なぜこのような所に!?」


 驚きを隠せないマルセルに妖しく微笑んだ水聖司教は、待合所の汚れた椅子に彼等を誘う。
抵抗感を見せるエリアスは意を決して座り、呆然と立ち竦むマルセルの腕を引き寄せた。

 ストンと腰を落とす淑女の姿を見て、ソフィアは寝所の暗幕を開いて腰を掛ける。


 「……ここは私の仕事場です。世の中には綺麗事だけでは済まない事も多いですから」
 「一体いつからこのような……教徒の方々はご存じなのですか?」

 「知らない子の方が多いでしょうね。それに……ここは原点ですから」
 「原点?」

 「まぁその話はまたにしましょう。貴女を呼びつけた理由ですが、後程もう一人参ります」
 「もう一人? 私がこのような場所で伺えるようなお話なのでしょうか?」

 「ええ。貴女にも王子にも関係のある事です。それに……決して損な話ではありません」
 横目で視線を送るマルセルに誘われるように、エリアスは足を組んで虚勢を装った。


 「議会にも来ず、我々に協力する姿勢を見せる訳でもない貴女が一体何を仰りたいのか?」

 「私が顔を見せずとも結果は解っていました。特別議会招聘は容易に想像出来ましたから。
貴方達……いえ、女王にはそれを回避する事は出来ないと」

 「解っていながら来なかったと?」
 「ええ。次善に向けて動くべきだと判断しました。
まず最初に私の立ち位置を話しますが、私は『女王にとっての最善』の為に動いています。
そしてそれは貴方の意思に反しないはず。ここは……その為の取引の場です」
 

  ***


 ソフィアの披歴に続き戸口を叩く音が三度鳴った頃、ギルドの市長室のドアも輪唱を奏でる。
荒々しく返事を待たずに押し開いたのは、エドガー・アークライトだった。


 「遅かったですねぇ。もう少し早く来られるかと思ってました」
 クルっと椅子を回して対面したのはフリード・リスナール、王都ギルドのメイヤーである。

 「急がんでも逃げねぇだろお前は。先に別の用を済ませてたんでな」
 「どこに逃げるって言うんです? その香の匂い……あの方ですか?」

 「ああ。根回したからお前が罪に問われる事はねぇ、そこは安心しろ」
 「そういうのは素早いですねぇ……けど良いんですか? 重大な造反行為ですが」

 「俺もアイツもお前が罷免されて得な事なんて一つもねぇからな。知ってんだろ?」
 「ええ、少なくとも貴方達や青薔薇と敵対するつもりはありませんし、理由もありません。
他に道が無かったというだけで……」

 「お前は元々商人ギルドとは縁が深いからな。ただ……民衆に被害を出したのは頂けねぇ」
 「言い訳にはなりますが、あのような連中が乱入するとは知らされてなかったんですよ……
ところで何故気付いたか、聞いても?」

 「お前がホール対応をディオンに任せて、どっかしらに行ってた時点で怪しいとは思った。
不真面目なメイヤーだが非常時に職務放棄するような奴じゃねぇからな。
それにあの動きは、後から考えりゃロタの動きを助ける為のもんだろ」

 「流石ですね。何となくでそこまで解るのは素直に凄いと思いますよ」
 「俺にとっちゃロタの行動の方が謎が多いんだよ。何であそこまでやる必要があった?」

 「彼の思惑までは解りませんが……あの人にとっての最優先事項は『前王』だと思います」
 「そこで今は亡きセシリア女王が出て来んのか? もう何年も前のこったろうが」


 少し悩んだような仕草を見せて、フリードは背を向けた。


 「貴方はご存じないかも知れませんが、あの方が何処かで生きているという噂があります。
女王を玉座から解放する――という、たった一つの遺言を胸に彼等は決起、結託したのです」

 エドガーはドカッとソファに座り顎を擦る。

 「それが前王の望みってのか? 現王にしても拙いなりに頑張ってんだろ」
 「女王国なんて物が負担の塊だったんです。遅かれ早かれこうなってましたよ」

 「そりゃ……無理してんなと思った事が無い訳じゃねぇ。にしても突飛過ぎんだろ」


 「いずれ遠くない将来この国は瓦解しますよ……そしてそれは女王からです」

 
   ***


 少し遅れて――王都西門外、シアン第一坑道近くにある簡易収容所地下に一人の男が居た。
犯罪者が一時的に収監される雑房には所狭しと囚人が詰め込まれている。


 重大事件に関与した謀反人――ヴァルド・マルドフンドが暫時にこちらに移送されたのは、
他の参考人と引き離す目的、且つ重要人物でない事が理由だと思われる。

 忍び込む訳でも無く、堂々と正門から正規の手続きを経て長い階段を降り面会に来たのは、
元相棒のフェアフォクス・フランメロート、通称フォックスだった。

 「よぉ狸爺。思ったよか元気そうじゃねぇか」

 「……そう見えるようならお主の目も相変わらずの節穴じゃわい」
 「おいおい、相棒に憎まれ口たぁ、少し見ねぇ内に荒んだんじゃねぇか?」
 「ペアは解消じゃ。わしゃもうお主にゃ付いてけん。家族……娘を捨てるような奴にはの」

 「まーたそれかよ。あのよ……恩知らずの俺でも爺、アンタにだきゃぁ感謝してんだぜ? 
アルヘで野垂れてた俺を助けたのはアンタだからな。その借りを返そうってんじゃねぇか」

 「……気の迷いじゃ。悪党のお主を助けた儂が間違っとった。今なら助けん」


 「おいおい兄さん! そんな爺さんより俺を助けろやぁ! 少しは役立つと思うぜ!」

 張りつく空気を茶化す囚人の声に応じて周囲の雑房からも歓声が上がる。
 フォックスは何も答えず、背中越しの威圧だけで雑音を静めた。

 「狸爺、もっとドライに考えろや? このままだと良くても刺青、下手すりゃ獄門だぜ?
俺が口聞いてやっからよ、後の事は後で考えりゃいいだろーが」
 「それでギルドの犬に成り下がるんかの。狐狼のお主がようも飼い慣らされたもんじゃ」

 「……姉さんを侮辱すんなら幾らテメェでもタダじゃ済まねぇぞ」

 「正気に戻らんかぁ! ホルストが、ドロテアがああなったのは王家の怠慢じゃろうが!? 
虫の息のお主をアルヘで助けたのはの、お主が山賊から娘を取り返そうとしとったからじゃ!
あの頃の気概はどこへ捨てたんじゃ! 貴様それでも――」

 猛る狸の襟元を掴み、鉄格子に叩き寄せた狐の目は暗い炎に溢れていた。


 「爺……知った面して舐めた口叩いてんじゃねぇぞコラ。俺だってそこまでバカじゃねぇ。
娘達が今もアルヘに囚われてるなんてあり得ねぇんだよ。復讐なんざ後回しで良いだろうが。
お尋ね者で這いずり回るよか……顎で使われようがこっちのが可能性は高ぇんだ」


 真顔で吐露するフォックスにヴァルドは微かに拒み、掴む拳を払い袂を分かった 

 
 ***


 角猪刻――闇を見つめる猪が末路を瞼裏に描く頃、アデラル・コルベートは執務室に居た。
監察官を地下牢へ収監する事は出来ず、衛兵監視の元で勾留となった彼は静かに時を待った。
軽重に関わらず罪が確定し、全てを失う身にしては実に晴れやかな顔で城下の夜景を眺める。

 そんな静謐を破ったのは、小さく戸を打つ音だった。


 衛兵が罪人に対して礼儀を尽くすはずも必要もない。何より彼等には用事などないだろう。
そんな不審は『口封じ』の可能性から生じたが、それはただの懸念だと直後に判明した。

 「宜しいでしょうか?」
 僅かに開かれた扉の隙間から潜り込んで来たのは――女王フローラ・ノルドランドだった。
流石のアデラルも驚きを隠せずに首を出して廊下を見回す。
衛兵は姿を消していた。


 「ご安心下さい。兵士は下がらせてあります」
 「何を考えておられるのです! 貴女が訪ねて良い状況ではないでしょう!?」

 声を張らずに叱咤するアデラルは、普段着のフローラに懐かしさを覚えて溜息を吐いた。

 「……お話出来るのは今しかありませんから。ご迷惑かと思いますが……」
 「迷惑と言う事はありませんが……困惑はしております。何より貴女の意図が分からない。
罪人に単身で対面する事の危険性が分からない方でもありますまい」

 「私は……貴方を罪人だとは思っていません。前王の後を継いで右も左も分からない私が、
紛い物でも女王として居られたのは貴方のお陰だと思っています」

 そう言って怒られて悄気るような、泣きそうな顔で俯くフローラの頭に優しく手を置いて、
アデラルはソファへと誘い座らせると対面に腰を掛けた。

 こうして向き合うのは何時振りだろう。そんな思いを振り払って毅然と振舞って見せる。


 「陛下。事ここに及び貴女が成すべきは一つしかありません。私を断罪し、正道を示す事。
私は私が成すべき事を成すべき時に行ったまで、悔いはありません」

 「……叔父様。貴方がこのような軽挙に走ったのは……母が理由なのですか?」


 「軽挙では無いのです、陛下……私は百年祭から⑰年間、前王の傍でお仕えしてきました。
その間……貴女よりも長く、あの方が壊れて行く姿を見続けて来た。
支えるべき者達が去り、それでも……いえ、だからこそ私の仕事でした」

 「貴方は母の事を……」
 「そのような単純な話ではありません。恐らくこの感情は誰にも理解されないでしょう」


 立ち上がったアデラルは再び背を向け、闇が色濃くなる夜空を見上げた。


 
  ***


 城内に執務室が無い護民官は、逃亡が困難で監視が楽な城塔上階に収監されていた。
 それなりに配慮され設置された寝台に、男は横たわって薄暗い天井を見上げる。

 階段を昇る靴音に気付いても意に介さず、染みを何かに見立て懸想していた。


 「そうして何かを考えている風だと、いつもの軽薄さが多少は薄れますね」

 素の物言いを隠さないシェーラ・クィーンは非公式に囚人ロータル・ベーレンスを訪ねた。
軽口に乗るようにハハッと笑って、ロータルは起き上がり寝台に腰を掛ける。


 「そっちこそ、いつものオドオドした感じはもう良いのかい?」
 「隠す必要ももうありませんから」

 「もう……ね。俺の命も風前の灯って奴かな?」
 「そうですね。ここに来る前に雇主の所へ行きました。貴方が助かる道はありません」

 「雇主ねぇ。それこそもう隠す必要無いんじゃない? 司教でしょ、君の上司は」
 「私の口から何かを引き出そうとしても無駄ですよ? それより貴方の話をしましょう」

 「ハハッ 幾ら鉄格子越しとはいっても、そりゃ一方的過ぎないかい?」
 「貴方の言い分次第では、私は雇主の意に反する事も辞さない――そう言ったら?」


 シェーラの口から出た言葉にロータルは若干驚きを隠せず、口元に手を当てる。 

 「へぇ……けど君の真意が分からないな。一体何が知りたいって言うんだい?」
 「貴方が女王……フローラを略取しようとした理由です。貴方は何がしたかったのです?」

 「女王を呼び捨てって……あー、そうか。君は確か女王の姉弟子みたいなもんだったね」
 「ええ。もう十年以上前になります。貴方が師匠のパーティーに居た頃です」

 「期間は被ってないけど同じ師匠の元で学んだんだから、俺も兄弟子みたいなもんじゃ?」

 「与太話は良いのです……私は幼い頃からフローラを知っていますが争いには向きません。
素直過ぎて人の裏を見る目にも長けていない。このままだといずれ辛い思いをします」
 「全くもって同感だね。けど君の雇主は違うんだろ?」


 「ええ……ソフィア様もそれは理解していますが、あくまでフローラを王座に据えたまま、
あの子を裏から支える事を至上命題としています。その為のソーンガードですから」


 「だろうねぇ。あの人にとっては……彼の血族であることが肝要なんだよ」
 「彼?」

 「いや、まぁそれは重要じゃないか。なら俺等の考えは概ね一致してるよね?」


 ロータルの問いに肯定も否定もせずに、眼差しで返すシェーラには、一つの決意があった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...