Archaic Almanac 群雄流星群

しゅーげつ

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第一部 揺動のレジナテリス

3.漆黒の王子 エリアス・ノルドランド(E-018)

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 石積みで作られた城が大嫌いだ、小さい頃からずっとそう思っていた。

 城門から謁見場に向かう途中、規則正しく積まれた煉瓦に目をやると、
体温すら吸い取られるかのような冷たさを感じ、知らずに中央を歩いている自分に気づかされた。

 白亜の監獄だと何度足先で小突いたか分からないが、ここで生まれ育った以上、
任務で外に出る以外は、よく分からない飢えと渇きに耐えるしかない。


 城内に入り大階段の下に来て見上げると、丁度中段の左側に見慣れた肖像画が目に入った。
ゆっくりと上がりながら立ち止まり、横目で白と黒で彩られた絵姿を見る。



 先代の王セシリア・ノルドランド――2年前に他界した母だ。


 白黒の絵の中からは、生前の慈愛に満ちた目や柔和な空気や色彩は何一つ伝わって来ない。
現王が後を継いでからは最も断ちがたく、見たくない物になっていた。


 ノルドランド王国――正しくは女王国。法に定められ王女が優先で継ぐ決まりになっており、
王子には継承権が無い為に姉であるフローラが女王として即位している。


 そして女王を護る兵士の役割だけを与えられ、歯を食いしばり護衛隊での過酷な訓練にも耐えてきたが、
不毛な日々と、やるせない時間は終わりがないように感じられた。

 更には最愛の母親とは違うこの髪の色が、城勤めの官僚や衛兵の目や、
憐れみに似た態度に晒されることを強いた。
容姿の違いで人をこうも左右するものなのか、
絵の中の母なら同じ色じゃないかと、

自分を慰めたい気持ちに駆られ、絵の中に希望を探す。


 絵の母は姿形は正確に描かれているが、姉同様綺麗な栗色の髪で、
自らが持つ漆黒の髪とは何もかもが違っていた。出自を疑われた事は一度や二度ではない。

 父親の存在を知らない身で、母親の持つ慈愛が、どれだけ異質な王子を庇護していたのかを、
理解したのは大いなる恵みを失ってからだった。

 城内にも数少ない理解者は居たには居たが、諸々の事情で軒並み転属され、
孤立から逃れる術は最早無かった。



 謁見場のドアの前で静止し胸の内の空気を全て吐き出して、衛兵が扉を開けるのを待つ。


 王座に腰をかけている女王の姿が真っ先に目に入り、右隣の執政官の席は空位になっている。

 そしてその一列手前の右に法務官のドイエン卿、左に監察官のアデラール卿、
両名の後ろに書記官が控えており、扇状に広がる序列四位から六位の席は全てが空いている。

 参加義務のある定例議会では無く朝議なので、参加者はこんなものだろう。


 入口から中央まで見慣れた護衛兵が対で並んでおり、間を進むと、
おもむろに政務書記の後ろから目を背けたくなる男が姿を現した。


 四位の自席に向かわず、女王の傍らに立ち側近のように振る舞い下品な笑みを浮かべる男に、
睨み返して数歩前に出ようとすると、全てが交わる場所に男が膝をついている。

 遠目ではあるが、背中に傷を負っているように見えた。
手当はしてあるが、頭を垂れて――というより、膝を屈して崩れていると言ったほうが近い。


 「……後にした方がよろしいでしょうか」
 「良いのです。こちらへ」 

 踵を返そうとしたが、透き通った通る声に対して、反意を示しても権威を削ぐだけだろう。
そうしてやりたい気持ちもあるが、波風を立てても気が晴れる気がしない。

 静寂と緊張で満たされた中、数歩進んで男の横に膝をつく。
 
 下げた頭を動かさずに横目で見定めた限り樵夫である事は解るが、
不自然な創傷が肩口から背中にまで伸びている。

 剣で斬ってもこのように撫でるような傷にはならないだろう。


 「エリアス……元気にしてましたか? 余り見ないので心配していましたよ」
 伏せた目を上向け、視界の端に入れる。

 こうして姉の姿を目視するのは何時ぶりだろうか。


 長く流れるような栗色の髪が背中に届かんとすればするほど母の生き写しのように見えて、
胸が潰れるような思いにさせられる。
しかし眼の前にいる女王は既に姉でなければ、母でもない。

 唯一の肉親との距離を感せざるをえない状況で、それでも一兵士でしかない弟と同じ位置まで
《降りて》こようとす姉が、どうしょうもなく腹が立って仕方ない。

 王は、王座の上で踏ん反り返っていれば良い。

 「用件は何でしょう。女王陛下」
 努めて応えると、一瞬悲しそうな顔をした権威の象徴は、腰を深く直した。

 「こちらの方の話しでは、レインフォールに大型の猛獣が出たとのことです」
 「猛獣ビースト……ですか?」
 言葉に出来ない何かが奥歯に挟まったような感じがして復唱する。

 「ええ……申し訳ありませんが、もう一度話して頂いて宜しいでしょうか」
 民の上に立つ者とは思えない話し口調ではあったが、今思えば母も似たようなものだった。
樵夫は一際血痕の大きな右肩の止血帯を左手で抑えながら搾り出すように話し始めた。

 「今朝早く……レインフォールまで薪刈りに行ったときの事でさ……」


 おい、待て――レインフォールは立入禁止区だ。


 そもそも法に反する者を取り締まるのも兵長――代理である自分の職務だぞ。
違法伐採を女王自体が見逃していた事もあり、役目に疑問を感じていた所にこの始末だ。

 とはいえ禁止区域にまで足を踏み入れているようであれば、ノコノコ報告に来られるはずもない。
域外ではあるのだろうが、それを言ってのける事自体に何も感じないのか?

 国民を甘やかすから法が曖昧になり要らぬ被害者を生むのではないのか?

 
 「――妙な声が聞こえたんで、気味悪くなって引き返そうとしたんですが……
急に茂みから獣のようなものが飛び出して来て……」
 押し込めた感情が沸き立つのを堪えるのに気を取られ、無駄話の冒頭を聞き逃したようだが、
どうでも良い前置きが終わったばかりのようだ。

 確かに傷は何かで引っ掻いたように右肩の後ろから背中に及んでいる。

 朱色の線が今も滲み、深手で無いのが幸運としか言えないような長さだった。
 
 「それで、鎌を振り回して……訳も分からず逃げてきたんで……よくは見てねぇです」

 何も解らないということか。そもそもビーストなんてものを王都付近で一度も見た事が無い。


 王都付近に長角牛や一角馬を超えるような動物は居ないだろうし、
どちらも人前に出て襲ってくるような獰猛な性格ではない。
臆病でこちらから危害を加えようとしない限り逃げていくだろう。
そもそもこれらは保護を求められる上に長らく姿すら確認されていない。
反撃してくると仮定しても、恐らくこんな傷跡にはならない。
どちらも創傷ではなく刺傷になるはずだ。


 「つまり、近衛兵長――代・理・様、の出番という事でありますよ。王子殿下」
 不意に投げかけられた耳障りな物言いを咄嗟に防ぐ事が出来ず、眉が不快感に震える。

 病床の領主に代わり現エスパに領主を務める、イサーク・エスパニョール。


 腐敗貴族の代名詞とも言える醜悪な男で、元老長という地位に満足せず平然と王の横に立ち、
執政官が空位なのを良いことに自席を放り出して議事を我が物顔で仕切っている。  

 こんな解りやすい愚物を傍に置く女王への苛立ちは、この男にこそ起因していると言える。


 「どういう意味でしょう? 席次第四位の元老長閣下」
 「クッ……と、尊い臣民の声を聞いておられなかったようで?
得体の知らない獣が領内を荒らしているのです!貴公の出番が他にそうあると思えませんが?」

 「貴様……」
 癇に障る語尾の強調に、ある欲求が胸の奥から競りあがってくるのを抑えられない。


 ――斬り捨てて豚の餌にしてやる――
 咄嗟に左腰の柄に手がかかる。


 「……エリアス兵長、貴公の職務は何です?」

 立ち上がる事もせず組んだ拳に顎鬚を乗せたまま、監察官アデラール・コルバートが鋭い眼光を向けた。
50を越えた初老でありながら衰えない体格は威風すら感じられる。

 「――兵長代理ですが、それが何でしょう?アデラール卿」
 「元老長、貴卿も少々言葉を選ばれては如何か。兵長不在の中で王子は見事に代理を務めておられる。
なれば歴とした五官の1人、席次が下とはいえ最低限敬意は示すべきでは?」
 「ハ、ハァ……しかしですな……」
 「何か?」
 二役の1人である監察官が、四侯長でしかないイサークをたしなめるのは自然ではあるが、
露骨に口ごもる姿に少し胸が空いた。しかしこのアデラール卿にしても味方と言う訳ではない。
味方でないなら敵だと思って動いた方が良い、というのは城で長年学んだ処世術だ。 

 「エリアス……領民が傷ついています。どうか様子だけでも見に行ってもらえませんか?」
 「……命令であればそう言えば良いでしょう」

 「命令などでは……」
 再び熱を帯びる一度は冷めた岩盤に水を垂らすような女王の言葉が、火照りを蒸気と変える。
無理やり蓋をした口から、勢いよく噴き出して来ようとする怒りを、飲み込み拳を握る。
  なぜこの人は命令しないのか――できないのか。


 「貴女の……そにような曖昧な態度が、醜悪な官僚を付け上がらせているのですよ!」


 周囲が水を打ったように静まりかえり、虚を突かれたイサークが咄嗟に反応した。

 「無礼な! 我等を愚弄するおつもりか!」
 「御命、承りました。失礼します」
 即座に立ち上がり、誰にも視線を合わせず振り向いた。背後から名を呼ぶ声が聞こえたが、
これ以上腐った空気を吸いたくないと、大扉を荒々しく自ら押し開いて足早に外に出た。


 
 長く中央広場まで続く王城大通りに降り注ぐ、一番高く天まで登った太陽の眩しさすらも、
今は億劫でしかない。伏し目がちに歩道を急ぐと、群衆が避けて道を開ける。

 いつも通りだ、何も問題ない。嫌われ者の王子の行く手を遮るような馬鹿がいる訳もない。
無心で歩いていると景色が薄く収縮して、忌避が生み出した闇に引きずり込まれそうになる。


 大型の獣より、権力を求める愚かな人間の方が余程、害ではないか――

 姉が王位についた時、先王に服従していた3人の領主は意義を唱えなかった。
内心は彼らがどう思っているかは解らないが、特にエスパニはイサークが領主になってからというもの、
領地が大河を挟んで帝国と接していることもあり、とにかく黒い噂が絶えない。
 国境や王都の防備を増やすように進言したが、帝国を刺激すると、姉は取り合わなかった。
《不可侵協約があるから》という理由が根拠らしい。前母王と皇帝とが結んだ代物らしいが、
そんなカビの生えた約束に何の意味がある。

 それ以上に苛立つのは、王の横に立つ者たちが軒並み権力に溺れるか日和見をしている事だ。

 宮内でも限られた人格者の、ランベルト、ボードウィンの両名が不在なのも原因と言える。
兵長代理などという面倒な役を預かってはいるが――《互いの理解は剣を交えて初めて通ず》
という教えを体現する数少ない理解者だった彼らがいれば、現状は違ったかも知れない。

 今思えばだが、イサークが発言力を増してきた事も、彼らの不在に起因するのではないか?
両名の領地で騒動が起こり帰任せざるをえない状況になったことが、奴にとっては都合の良すぎる話だ。
誰よりも二人を疎ましく思っていたのが奴である事は誰が見ても明らかだった。
更に今回のビースト騒動。これが奴の仕業だと考えるのはさすがに考えすぎだろうか。


 とにかく、女王直々に国民の為と言われ、指示をされれば嫌でも行くしかない。


 ……民。

 忘れるものか……数日太陽を見失ったくらいで右往左往して、母を《贄》にした愚かな民衆。
下らない儀式に頼り切って自分で考える事もせず、暴動に流された民会と日和った官僚。


 本当にいけ好かない、命を賭けてまで守る価値もない奴等だ。国を愛せても国民を愛せない、
そんな王子が王にならずに済んだという意味で民は幸運だったかもしれない。

 しかし、それでもこれだけははっきり言える。腐敗した貴族官僚に比べれば百倍マシだと。
俺にとっての優先順位は、国民ではなく国。母の残したこの国を守る為なら
民を犠牲にしても構わないとさえ思っている。だからこそ、この国に疑問を感じている。
 
 書庫で学んだ知識でしかないが、強く権力を行使して王が絶対の存在として国を治めるべきだ。
 

 そうしていれば……母も。



 消化出来ない思いを押し付けるよう下腹の底へ追いやって、頭を大きく振って東門を出た。

 三叉路から南の空を見ると、生意気にも心情を察するかのように濃く厚い雲が覆っている。



 レインフォールは雨が多い場所らしい。それを考えるだけでもウンザリする。



 溜息を一つ舗装に叩き付け、南王道の馬房を横目に歩き始めた。
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