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第一部 揺動のレジナテリス
戦史4 カタランパーク掃討 JAC,34th,AD121
しおりを挟む「おいおい! んっだよこの数!!」
「ヘビ頭! グダグダ言ってないでテイクオーバー!!」
「若ぇの! こっちもフォローせんか! 次々来とるぞい!」
「ちょ、ちょっと待って下さい! こっちも来て――」
上空前方から、左右から襲い掛かって来るキングワスプは、個々の連携は殆ど皆無なものの、
『個体数』で襲い掛かり、上空では騒々しい羽音が輪唱している。
攻撃手段は毒針による刺突と大顎による咬撃の二種しかなかったが、
四方から襲いくる針撃は手数を圧迫し、対処を誤る危険性を増していく脅威に満ちていた。
突然のフュージレイドに突入した原因はほんの数刻前に遡る――
***
《キングワスプ討伐 - ランクB 種別:AR-C 受注:AR 報告期限:無し》
メリー・トゥール LV29 B バウンサーシューター メイン:ハンドボウガン
キタロ・ハイベルグ LV26 B ボーダーファイター メイン:バトルアックス
ケーシ・ペリエ LV25 B ボーダークロッパー メイン:ウッドクロップ
グレイドル・ランバー LV29 B バウンサーファイター: メイン:ポールアックス
「とりあえずこんな感じで。ドレッドとキタロがウィング、シャドーのケーシが左右にパス。
フォメはファストブレイクCで片っ端から谷に叩き落とす、以上」
「姉ちゃん、んなことしたら素材が取れんじゃろうが」
「要らないでしょ、あんなの煮ても焼いても……あんた、まさか毒線でも狙ってんの?」
「んなわけないじゃろ! 羽じゃよ羽。良い風術触媒になるじゃろうが」
「キタロさん……そんなこと言ってる場合じゃないですよ、
コマルさんの話では相当の数が襲ってくるらしいですから」
キタロをなだめるケーシの後ろで、ヴィーノと呼ばれた男は連なる断崖を
鞘から抜き出した切っ先で指して、剣身の輝きを確かめながら割り込む。
「川に落としときゃ下流の堰に引っかかるんじゃねぇか?」
おお~という感嘆に苛立つように、メリーはコマルの背を撫でる。
「ヴァ……ヴィーノ、アンタは今回ヘルプ扱い、後ろでコマルの護衛だから」
***
「うぉらあああああ喰らえボケが! っくぜえええ! プルダウン!!」
明らかに余計な力を込めてグレイが振り落とした――というより蜂ごと撃ち落とした戦斧は、
断崖際の地面を深く抉り無数の破片を四散させる。
「ちょ、痛い! こっちまで飛んできてますから!」
中央に飛来する蜂を弾いて、フォーメーションの右翼側に陣取るキタロにパスするケーシは、
左翼からの思わぬ攻撃に動揺しながら右へ左へ、前へ後ろへと小刻みに動く。
「知るかボケ!! 一々手加減なんてしてられっか!」
真っ二つの巨体を足蹴で谷に落とし、刃についた体液を振り払い巨大な斧を片手で振り回す。
その動きに反応し、無数の蜂達は距離を保ちながら顎鳴で威嚇する。
「どっせええええい! ブレードチャージじゃ!!」
野太い声で小柄な身体ごと突進したキタロは、前に構えた片手斧を、まるで盾のように使い――
しっかり刃先を立てノックバックで谷底へ突き落す。
ブシュという浅い音と共に後方に落下していくキングワスプに、まるで引っ張られるように、
キタロは小柄な巨躯を片足で制御して『おっとっと』と呟いた。
「わわわ、キタロさん危ないですよ、後ろ下がって!落ちますよ!ちょっとメリーさん!
どう考えても前のバランスが悪いですよ!ヴィーノさんの方が良いんじゃないですか!」
前衛が対処しきれない蜂をボウガンで牽制しながら俯瞰して、バランサーとして
フォローを一手に担っていたメリーに取ってもケーシの主張は極めて当然に思えた。
キタロのバトルアックスは、武器種は長柄だが彼の運用方法が完全に近接武器のそれであり、
同系武器種であるグレイドルのポールアックスとのリーチ差に開きがある。
といって中央に置くには威力が高く、速度と振りに欠ける。
定石であれば中距離武器ながら振りでアドバンテージがあるヴィーノを
前に出した方がバランスは良くなるだろう。
しかしそれでもあえてヴィーノを前に出せない理由が、メリーにはあった。
素性を隠している旧知の男は、メリーも熟知しているように
迂回して襲い来る大蜂の群れを一人で難なく処理している。
前を見て戦闘している3人には分からないが、前後確認しながら
半身で支援しているメリーですら、後ろはもう見なくて良いという、
不快な安心感に囚われてしまいそうになっていた。
それでも構成を変えない原因はギルドにある。
領主としての【貴族依頼】を名目に発した討伐依頼に、まず彼を登録する事が出来ない。
ランクの問題ではなく、恐らく――この男は国民としてのギルドカードを既に失効している。
それを知っているのが自分しかいないであろう事実と、自分を覚えていないことへの反抗心が、
この無理な戦闘の継続を強いた。
面倒になったメリーは意識を前に向け、取り出した補助具を弓床に取り付ける。
五本のボルトを乗せ、鐙を地に付け踏みつけると、吹息混じりに怒鳴り込めた。
「とにかく! 前だけ見て!! まだまだ来るよ!!」
激声に乗せた力を腕と背筋に込めて、ストリングを一気に引き絞ったメリーは、
グリップを握りトリガーに指をかけた。視線にある小さなリングに正面の敵を収め
周囲を漠然と眺め――そして、静かにその時を待つ。
焦らず、逸らず、急がず、そして遅れずに、全ての動きの収束する一点を狙い、収縮して、
宙に放たれた意識と『マルチショット』という発声が、トリガーを薄く――絞らせた。
シャッと木台を擦る音と共に発せられた短い鉄の針は、中央を走る矢を親に見立てるように、
左右に四本の子達が均等に分かれ各々の目標を目指し――その身を貫く。
致命傷には至らないが行動を制限された蜂達は、続くグレイの怒声――
「っらああああああ!!! アラウンドスッッッウィィィィング!!!」
ドガガッと爆音を伴う広範囲の薙ぎ払いで、扇状に吹き飛んでいった。
盛大な攻撃を目撃したキングワスプの残党は、恨みがましい複眼と捨て台詞のような顎音を、
疲労感を隠す4人に吐き――少しの間を置いて後ずさり、振り向き、去った。
羽音が遠ざかり姿が見えなくなるのを待ってから態勢を解き、四人は地にへたりこんだ。
***
ヴヴヴヴヴヴという、昨日散々聞いた不快なワスプのそれとは少し異なる音色を聞きながら、
メリーは領主として有り得ない冒険の続きを、灰の海の上で既に後悔し始めていた。
それは、同様に目の前を飛んでいるヴィーノ――ヴァンのせいであることも一因だった。
キングワスプの討伐を終えた一行は、コマルの案内でバンブルビーの巣に程近いラオ湖畔で
放置資材を再利用してリザルトキャンプを始めた。
素材に関しては、翌日アッパービレッジに戻ってから話し合うと言う事で意見は纏まったが、
報酬を求めなかったヴィーノが依頼をコマルに持ち掛け、それが今に至る発端となる。
ヴァンに同行していたグレイドルへの報酬は、大蜂から平和に得た蜜蝋だけで事が足りたが、
ヴァンの目的はエスパニへの侵入だった。これは当然領主として看過できない犯罪行為であり、
捕縛して向こうに引き渡す――押し付ける事も充分可能だったのだ。
だが出来なかった。
メリーにも説明出来ないが、その決断は自身の運命を大きく変える事になってしまう。
アッシュマーシュ――そう呼ばれる灰の海は、元は海では無く湖だったという。
暗黒大陸から渡って来る害獣に対してエスパニを切り離す為に、開拓時に強引な地形操作で
東の大河と繋げ、エスパニは半島になり隔絶された独自性を形成した。
そしてウェス火山の麓にあったレアレス湖は、今や灰に覆われた泥河と化している。
ほんの2年前の大噴火によって。
そしてこの災害は、メリーにとっても決して他人事では無かった。
オクシテーヌ再北にある漁業で栄えた街――ペリエの、風情を感じさせた建物は灰で薄汚れ、
生活の多くは泥に沈み、多くの民が家を追われ州都へと流れ込んだ。
領主として支援する反面《風向き》を恨んだ事は一度では無い。
森と水、木と土に生きる私達には、火と風の横暴を到底受け入れられなかった。
自然相手の理不尽を前に、空しい不和を蔓延させる十分な出来事だったと言える。
眼下でうねる黒い波に眩みそうになりながら、レネ山脈の北端に位置する未踏の断崖は――
まるで引き裂いたチーズのような姿を惜しげなく見せつけてくる。
蜂の上でそんな奇妙な風景を眺めていると不思議な気分にさせられた。
ヴァンの後を付いていると、いつも初見に付き合わされる。それが驚きや呆れだけではなく、
美しい景色や、感動的な場面だったりするから厄介なのだ。
そんな男の姿に憧れた義姉の生き様を何度も追体験しては羨んで、
両親の急死と共に葬った記憶を、何故今更追いかけるのか。
メリーにも、もうよく分からなかった。
「おー、昨日のアレ、良かったぞ」
アレコレと思いを巡らせている間に、いつしか並走ならぬ並飛していた、ヴァンの声が届く。
言葉の意味を測りかねていると、手綱代わりの体毛から両手を離し、何かを伝えんとしていた。
「ま、あれだ。リーダーがメンバーの意見に流されるようじゃパーティーとしちゃ微妙だ。
元々バランスの取れた構成でも無かった中で、お前はお前でベストの選択をしたと思うぞ」
「な……なに、急に! 何が言いたいのよ!」
「何って、素直に褒めてるだけだ。なんつーか、お前によく似た弟子を思い出した」
そうだ、いつだってこの男はこうやって私達の心を搔き乱す。
普段滅多に人を褒めない癖に、こういうことを言ったりする。
そんな心の森の深奥に強く吹き込んだ風は、未だ薄く振る灰の煌めきの中で、
燻ぶり続ける遠い日の約束を思い起こさせるのだ。
***
「フロ姉ぇ! なんでいつもあんな奴の肩もつのよ! キールが死んだのも、
元はといえば全部アイツのせいじゃない!!」
「メリ、それは違うわ。先生はね……あの子自身が望んでいたチャンスをあげたかったのよ。
最初は反対したけど、キー坊が引き下がらなかった……彼に認めてもらいたかったから」
「なんでキールもフロ姉ぇも、あんないい加減な奴に、そこまでして!!」
「……今は分からなくても仕方ないわ。あの人はね……多分、誰よりも傷ついているのよ。
私達には分からない、永遠に続く苦しみから、本当は逃げたくて仕方ないの」
「だったら逃げればいいじゃん! アイツが居なくたって私達もう充分強いんだから!」
「……メリ、貴女は本当に分かってない。知ってる?彼が初めて開拓団のリーダーとして
赴任したのは、あの『区外』なの……今でこそ賑わってるホルストも、元はただの荒地だった。
暗黒大陸にも近いあの場所で沢山の仲間が亡くなった。その度に彼は親しい友人を弔いながら、
何の為に、誰の為にそんなことを続けるのか、ずっと悩んでた……」
「一体……なんだってのよ」
「……さぁ。結局教えてはもらえなかった。けど、一言だけこう言った――『贖罪だ』って。
彼に何の罪があるのか解らないけど、何かに後ろめたさを抱えながら苦しんで、
今でもきっと、そして多分これからもずっとね、そんな人なのよ。
だから、私は……あの人を放って置けない。彼の『一番』になる事はないと分かってても」
「わかんないよ……わかりたくない! フロ姉は、もっと普通に幸せになんなきゃヤダ!!
アタシにとって目標で、あこがれで、いつでも冷静で……アイツに……
ヴァンなんかに認めてもらわなくったってスゴイんだから! もういいじゃん!!」
「メリ……そっか、貴女にはそんな風に見えてたんだね……私、本当はそんなんじゃないよ。
冷静に努めてるのだって、そうあろうとしてるだけなのよ。何よりもあの人の《教え》だから。
本当はどんな時でも迷ってるし、悩んでるし、縋りたいって思うことだってあるのよ。
けど、そんなの誰にも見せたくない。特に彼にだけは、絶対に――結構必死なのよ? これでも」
「姉ぇ……なんでそんな顔っ……アタシ、そんなの……見たくて、そんな……ううぅー」
「バカね、何で貴女が泣くのよ。メリ……これはね、私が選んだ道なの。
だから辛くても、《幸せ》なの。貴女が悲しむことはないのよ?
けどね……貴女が私の為に悩んでくれるなら、一つだけお願いがある。
聞いてくれなくてもいい、けど覚えておいて欲しい。いつか……」
私が傍に居れなくなった時は、彼を、ヴァンを助けて欲しい。私の代わりに――
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