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第二部 擾乱のパニエンスラ
28.斜道を進む護衛隊
しおりを挟む無愛想で生意気な女だ。
虜囚の癖に随順しようとしない皇女を護衛し、荒涼とした中央道を州都イベリスへ向け進む。
御者席ではラウルが軽く鞭を打って馬を操り、隣ではオフェリアとかいうパルべスギルド嬢が
その手並みを眺めていた。ラウルは領主の癖に御者も出来るようだ。
ノアールゲートで押し付けられた衛兵のチルトは代わりに斥候役で前方を徒歩で歩いている。
軽装とは言え鎧を身に付けながら長距離を歩けるという点で体力はあるのだろう。
ただ態度が卑屈で衛兵には到底向いておらず、目的地が同じだからと合流して先行している、
シニアパーティーにすら軽口を叩かれている。コイツは案山子にも使えないだろう。
そして馬車の荷物である女は手を縛られて、セベリスからは終始無言を貫いていた。
カポカポと空々しい色を奏でるレネ麓を切り開いたトラバースヒルと呼ばれる長い下り坂は、
向かって左に崖が切り立っている、いわゆる名所だ。
ガリバル隧道を抜けた直後は自分達が小人にでもなったかのような気持ちになることもあり、
眼前に広がる自然に言葉を失う。しかしその感動もほんの束の間だった。
傾斜の鋭いレネ山北側は中腹あたりまで完全に剥げ上がっており、伐採の爪跡が風に晒され、
水はけの悪さも手伝ってあちこちで崩落、それを誤魔化すように申し訳程度に草が生えている。
素人目に察する事が出来る程、その無様を曝け出していた。
山肌に残る僅かな緑が、空しさを誇張しているようにすら感じられる。
崩れてもおかしくないような岩壁が、あちこちに見受けられ土砂崩れに巻き込まれないかと、
不安で仕方が無いが、よくもまぁこんな所を平然と往来できるものだと感心する。
エスパニの住人は精々豚領主にはお似合いな連中なんだろう。
見苦しい街道など、さっさと通り過ぎてしまえば良いのだが、往来はことのほか多いようで、
狭い道幅、遅々とした進みで周囲を扱き下ろすくらいしか他にやる事がない。
更に辛いことに隧道を出てからの傾斜道は砂利の悪路が長く続いて、心も身体も休まらない。
そんな気分を察したように、前方遠くには行く手を遮るような大河が現れた。
「王子、ここから先は2つの橋を渡る道のりになります、
まだお時間がかかりますから中でお休みになられては?」
「……冗談だろ。あの辛気臭い女と同じ空間に居るだけで気が滅入る。
河でも眺めてた方がまだマシ……って、水が全然ないじゃないか」
オフェリアに返事をしてから御者席で立ちあがると、長い橋のど真ん中辺りに
僅かな水量で流れている河は、両岸にその5倍以上の干上がった川瀬が広がっている。
「この川は上流にロレル貯水池がありますので、放流されてないだけかと思われますが」
「貯水……この辺に利水するような大きな町なんてあったか?」
「ここら一帯は低地になりますので、雨が降るとすぐに周囲が水浸しになってしまいます。
それで開拓以来貯水池で適度に放水して調整しているんですよ」
横から口を挟んだラウルは、橋の袂へと向かうにつれて急になる勾配に合わせ手綱を引いた。
しばらくして橋へと近づいた馬車は、既に戦闘状態に入っている先陣の手前で停車する。
「王子……斥候組が《カスコアスタコ》の群れに襲われてますね。
他のパーティーも幾つか共に対処しているので問題無いとは思いますが……
少し待った方が良いかも知れません」
「こんな所で足踏み出来るか。女、あのデカいのはなんだだ? 中央では見かけないが」
「あれはこの辺りでは割とポピュラーな甲殻生物ですね。二本の長いハサミで襲って来て、
何でも食べる危険なカニです。単体だとCランクですが、群れの危険度はBに相当します」
左右の岸から上がってくる群れと交戦しているパーティーは、
乱離拡散で応戦してはいるが硬殻に阻まれて苦戦しているようだ。
ここまで上がって来る事は無いだろうが、仮にも王道で危険に見舞われる事など――
普通は有り得ない。
「ラウル、ここはいつもこんな感じなのか? 危なすぎて商隊は通れないだろ」
「普段は水中の岩場とかに身を潜めているんですが……渇水が続くと出て来るようですね。
素材も取れますし、戦人が喜んで狩りますから、特に駆除依頼とかは……」
「怠慢だな。俺は前に出て処理してくる、お前と女で馬車を見張ってろ」
「えっと、王子、私が行きます。領道では無いですが……セビリス管区ですし」
「お前得物持ってないだろ? 黙って座ってろ」
「い、いえ僕の武器はこ……あ、あれ? お、王子ーー!!」
遠ざかるラウルの声に耳も貸さず坂を駆け下りて、
橋の左で軍隊兜ガニを押し返そうとするパーティーに大きく指示を出す。
問題は右翼だが、意味は無いとばかりに猛った。
「おい! そこのお前! ヒーラー! こっちは俺が加勢するから向こうに行ってこい!」
「え!? アンタ、誰? こっち抜けたらウチのパーティーが――」
「右が溢れたら同じだろ! 俺は王子エリアスだ! 黙って言う事を聞け!」
「え! お、王子!? な、なんでこんな所に……わ、わかりましたぁ!」
不満げな女が坂を駆け上って行くのを見送り『名乗らなければ動かない』事に腹立ちながら、
腰の剣を抜き放って声を張り上げる。
「そこの3人! 俺に付いてこい!! 一気に押し返すぞ!!」
***
「あらあら……英雄か何かにでもなった気なんですかねあの人?」
呆れ顔で頬杖を突くオフィリアに気まずそうに目を向けたラウルは、返答せず戦況を望んだ。
「あぁ見て下さいラウル様。多分王子の指示で送ったヒーラーがグレンランパードの補佐に
回って右が安定してきましたね。何のつもりかと思いましたが、腐っても王子ですね」
「あ、あのオフィリアさん……言い方が」
「あぁ、すみません。戦闘が始まるとつい本音が出ちゃうんです。けど領主なら見ておくと
参考になると思いますよ。放言するだけあって、集団指揮は結構ちゃんとしてますよ。
多分『戦術』持ちですね、あの王子様。貴族はこれがあるから羨ましいんですよね」
「えっと……戦術ですか? 貴族学校でも履修する生徒は余り居ませんが……
私も必要性を感じませんでしたから選択科目は別を取ってましたし……」
「はぁ……そうですか。本当に必要な人達には簡単に習得出来ないのに、
必要の無い人には学べる機会があるのに敬遠される、そんなスキルこそ『戦術』ですしね」
益々表情が曇るオフェリアを気遣うように、ラウルが覗き込む。
「ほら、見て下さい。野良戦人は別にして右翼で主力になっているのがグレンランパード、
先行してたシニアパーティーですが、何となく動きがぎこちなくて押し切れずにいましたよね。
理由はハッキリしています、パーティーのヒーラーだったグロリアの不在ですね」
「ヒーラーですか? ソロの戦人にも水精術師はちらほら居そうでしたが……」
「パーティーというのはそういうんじゃないんです。培った信頼や連携ってのがあります。
ここで回復が飛んでくるから押せる、一人が押すから一人が下がれる、トップがラインを保つ、
そういった連動が戦況を大きく左右するもんなんです!」
「は、はぁ……あ、あのオフェリアさん……何か怒ってます?」
「え? あ、えっと……すみません。私、元々平民の出なんで普段はこんな感じなんです。
今は王子も居ないんで許して貰えると助かります。戻ったらまた取り繕いますんで」
「は、はい、か、構いませんが……あの、ではなぜ王子は左に?」
一応領主であるはずのラウルは特に不快感を示す事も無く年上女性の講釈に耳を傾ける。
「それは多分、王子自身水精術が使えないからじゃないですかね? 右翼に必要だったのは
連携の取れるヒーラーでしたから。左は王子が火力役で入って一気に制圧するんだと思います。
連携よりも重要なのが構成ですから……ほら、あの一番前の3人、見た事ありませんか?」
「最前線……左ですよね? えっと……あ、アレってフェニクセイジですか?」
「そうです、ゴリゴリの脳筋シニアパーティーです。セビリスの所属ですよね」
「なるほど……けどそれなら尚の事、僕が行った方が良かったかも知れませんね」
「え? ラウル様が? 素手なのに? レスラーか何かですか?」
「い、いえ、違います! 武器はコレです」
そう言ってラウルがゴソゴソと御者席の後ろから引き出したそれは、長い一本の棒だった。
「えっと……何ですかそれ? なんで物干し竿が積んであるのかと思ってましたが……」
「持ってみますか?」
ラウルが差し出した長い棒は、手渡された瞬間にオフェリアの掌を押し下げた。
「お、重っ! こ、これただのケーンですよね? 何で出来てるんですか!?」
「えっと、これはケーンというよりはスティックですね。ただ長くて重いだけですが」
「スティックってアレですよね? 術師が補助で使うもっと短い感じの……」
「そうです。これは特注で作って貰った『長棍《ロングバトン》』と呼ばれる長柄武器です。
芯棒に鋼を使ってますんで、かなり硬いですよ」
「なんでこんな物を……普通に刃槍《グレイブ》で良くないです?」
「えっと……刃物が苦手で」
見るからに落ち込んで言うラウルに、気まずそうにオフェリアは《鑑定》を始めた。
真っ先に情報として入って来る《重量》以外に特筆すべきはその《材質》だった。
芯棒と呼んだ鋼材は恐らく中心にあり、その周辺には弾力のある素材が螺旋に巻き付けられ、
剥がれないようにと何かで固着されている。
ギルド嬢として数多の素材を扱ったオフェリアにとってもレアで高価なそれは
《クィーンクレマチス》で間違いなかった。
「あの……これって、特級素材ですよね? なんでまたこんなものにふんだんに……」
「88が使わなくなってから値段は落ちてますからね。弾力が丁度良いんですよ」
88《エイティエイトキャリッジ》と呼ばれる乗合馬車の最大手が
これを使用していたのは大分前になる。車輪の緩衝として使われていたからだが
《アイスゴートガット》を使うようになってからは確かに値崩れしていた。
クィーンクレマチスは蔓性植物で、採取するしか無くその希少性と採取難度で高騰していた。
対してアイスゴートガットはアルヘに棲息する巨大羊の腸を使用する為、戦人には狩りやすく、
難度は高いが生け捕り出来れば飼育繁殖も可能ということで需要の座を奪った経緯がある。
それでもレア素材である事に変わりなく、そんな物を消耗品である武器に張り付ける意味を、
オフェリアが本当の意味で理解するのはもう少し先の事だった。
「なるほど……それでラウル様が戦線に参加しようとしたんですね」
「ええ、アレ硬いですから……打撃武器の方が楽なんですよ」
「けど、多分周りから嫌がられますよ?」
え? といった顔で見返すラウルに、オフェリアは長棍を返して、足を組んだ。
「さっき王子に言ってましたよね、素材が取れるから戦人にも人気なんだって。
そんなのでぶん殴ったらどうなりますか?」
「……あ」
「ラウル様、そういう所なんですよ。私のようなギルド嬢風情が言うのも気が引けますが、
多分知識は申し分ないんです。ただ……それが身になってるかと言われると――」
「す、すみません……そうですね、お恥ずかしい限りです」
「い、いえ。けどそういう素直な所はとても良い所だと思います。ほら……例えばですが、
王子様。あの人は何と言うか……常に値踏みしてますね、他人を」
「え? どういう意味ですか?」
「気づきませんでしたか? あの人が人を見る目は、何と言うか……
ギルド嬢が新人戦人を見る目と似てるんです。これも余り褒められた事では無いんですか……
私はどうしても仕事上、ギルドに来た戦人を数値で見てしまう事があります」
「数値……ですか? それは例えば強さとか、体格みたいな……?」
「もっと具体的ですかね? 言ってみれば検定を初見で見定めちゃうみたいな、私程度では
まだまだ精度が荒いですが、王都ギルド嬢のシェーラ様なんかはかなり正確な目利きをします」
「なるほど……けどオフェーリアさんがそういう見方をするのは分かりますが、なぜ王子がそんな事を??」
「そうですね……これは私の憶測でしかないですが……」
多分、味方がいないんじゃないですかね。
オフェーリアはその後に続く言葉はラウルに伝えなかった。
王子の境遇がどうよりも、彼自身が持つ目的の為だと思ったから。
そしてそれが場合によっては、ラウルも巻き込みかねないと危惧したからだった。
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