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第2章 幻影と覚醒、又は神の贈り物

第11話

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 レノアの叫び声に、イリスは立ち止まって気づく。彼が手を伸ばす先へ、視線を送り理解した。

「嘘………ガイアスさん…?」

 ヴァイスを、レノアを、交互に見比べながらイリスは初めて目の前で、人が死ぬのを見てしまった。
 そして、その悲しみに吠える獣人の青年レノアは、獰猛な獣の目となり屍の巨人兵へと駆け出した。

 ーが、屍の巨人兵はそれを許さず。集る虫を払う様に、簡単にレノアは叩き飛ばされる。無残にも、無惨にも惨めに敵討ちを許さない圧倒的な実力レベルにより、レノアは全身の防具が砕け散りながら地面に倒れる。

「やばいよ、ヴァイス……起きて、ヴァイス!」

 レノアの行動を眺め、慌てて気絶するヴァイスの元へより魔力回復液マジックポーションを口に流し込みながら声をかける。
 ユサユサと身体を揺らし、彼が目を覚ます事を願いながら声をかけ続ける。

「起きてよ、ヴァイス!!」

 彼女は自分の非力さを悲しみ悔やみながら、自分の唯一の救いであり頼れる彼を助け起こそうと必死に声を上げる。

♢♦︎♢

 ーーーめよ。

 不意にそう告げられた気がした。虚無感、脱力感に蝕まれる身体が、暗闇の中でヴァイスは、ただ呆然と浮遊感漂う空間にいた。

 ーめーーよ。

 少し前、ラビットチャンピオンの異常体デミリーターと遭遇した際に聞いた声が、先程から何かを問いかけている。だけど、俺にはそれが良く聞こえなかった。

 ー何を告げたい。何を問いたい。何を俺にさせたい。

 ー何故、俺は此処にいる。

 俺は何をしていたのだろうか。そこまで記憶が混濁していた。

 ーーーーーーーーてよ。

 懐かしい声が聞こえた。

 ーーーーーーーきてよ。

 誰かわからないが、この声にはとても心が落ち着くと感じながら。ヴァイスはゆっくりと目を閉じた。
 その声を深く、深く耳に身体に心に届く様にと。

 ーーーーー、おきてよ!

「ヴァイス、起きて!!」

 ハッと目を開けて意識が現実へと戻る。ヴァイスを抱え、彼女はくしゃくしゃになった泣き顔で目が覚めたヴァイスに抱きついた。

「イリス?」

「お願い、助けてよ!」

「え?」

「ガイアスさんが……レノアさんが…」

「何が……起きた…」

 状況を、記憶を、一瞬にして滾り寄せる。
 渦の様にグルグルと全ての内容が、ヴァイスの頭の中で再構築される。

「……………………………ッ!?」

 勢い良く起き上がり、屍の巨人兵が暴れているのを目にする。
 小さな影が1人、顔中に血みどろになりながら、身体中大小の傷を背負いながら、巨大な闇の化物ー屍の巨人兵と対向していた。

「レノアさん?……ガイアスさんは?」

 ー居ない。

 イリスが消え入りそうな声で、ヴァイスが気絶した後の事の顛末を話した。
 ガイアスは最後の力を振り絞り、影に呑まれて消えた事を、レノアが怒りと復讐心を抑えつけながら2人を守っている事をイリスは説明する。
 よろりとヴァイスはイリスの胸から離れ、立ち上がりながら前を向く。

「ごめんな、イリス。行こう」

 その言葉で彼女はまた強くなれたと思いながら、イリスは涙を拭いて横に並ぶ。

「コレをレノアさんに、少し休んでもらうようにして。俺は選手交代として、時間を稼ぐ」

「うん!」

 ヴァイスから渡された最後の回復液ポーションを受け取りながら、両者一斉に走り出した。

 ー『速度強化』限界オーバーリミット発動。

 短刀二本を引き抜き、前屈みに姿勢を低くしてスピードを上げる。
 ギアを上げ、ボロボロのレノアを一瞬ですり抜けながら地面を強く蹴り上げて空へ、屍の巨人兵の頭上へと目指す。

(冷静に考えれば、『完璧なる盗みパーフェクトセフト』で触れたんだ)

 屍の巨人兵が黒いモヤを揺らめきながらも、巨大に似合わず、早い動きで拳でヴァイスを落とそうとするも、短刀で受け流しながら黒い渦で形成されている屍の巨人兵の腕に乗る。

「乗れたっ!」

 「行ける」、そう思ったヴァイスは腕を道としながら、真っ直ぐ屍の巨人兵の眼前に迫る。

「はぁーーーーーーーーーーーっ!!!」

「ゴオオオオオオオオオーーーー」

 屍の巨人兵の肩辺りから、守る様にシャドーが誕生する。

「マジかよ………」

 短刀を構えながらシャドーに対峙する。

♢♦︎♢

 イリスはボロボロとなった獣人族のレノアに駆け寄る。

「レノアさん!」

「はぁ…はぁ……今のは、あの兄ちゃんか?」

 獣人族である彼の目は、常人の多種族よりも動体視力は上であった。だがしかし、そんなレノアの動体視力を持ってしても、先程通り過ぎたヴァイスのスピードは姿を捉える事が出来ずにいた。

「嬢ちゃん?」

「ごめんなさい。1人でずっと…」

「はぁ……はぁ、気にしないで?」

「コレを…」

 先程受け取った回復液ポーションをレノアへ渡す。

「ありがたい…」

 回復液ポーションを一気に飲み干して体力を取り戻す。
 肩で息をしていた状態から、徐々に整え始め。大小の傷も全快とはならないが、キズが少し塞ぎ始める。

「少しだけ休んでて下さい。今度はあたし達の番ですから!」

 イリスも片手剣を引き抜きながら、屍の巨人兵へと立ち向かおうとする。

「大丈夫、俺も一緒に行ける」

 レノアも横に並びながらニヤリと笑った。
 もう平気だという様な表情で、槍を構える。

「ーーッは!」

 シャドーの一体を飛び越え間際に斬りつけ、爪を仰け反りながら躱しながら顔面に短刀を突き出す。
 回転蹴りにシャドーを蹴落とし、もう一体を顎を蹴り上げる。

(なんだ、身体が妙に軽い。それよりも、何か力が湧いてくる)
「ーーー行ける!」

 気絶するまで打って変わって変化したヴァイスは、華麗な動き、無駄の無く、敏捷に物を言わせた動きでシャドーの群れを……自身のレベルよりも高レベルモンスターを圧倒する。
 その光景を見ていたレノアは信じられないと言った表情ながら、目の前に増え続けるシャドーを睨む。

「嬢ちゃん……いや、イリスちゃん。あまり俺のフォローが回らない場所に行かないでね」

「は、はい」

 イリスはやる気に満ちた表情であるも、1人先行しているヴァイスへと視線を移す。

「頑張って……あたしも、ちゃんとやる」

「行くよ!」

 レノアの言葉に、背中を追いかけるイリス。
 その小さな2人を様子見しながら、囲まれていた筈のヴァイスが最後のシャドーを消滅させた。

「よし、やれる!」

 ヴァイスはシャドーが更に誕生される前に黒い塊の状態で斬りかかりながら、屍の巨人兵の眼前に迫る。

「はああああああああああああ!!!!」

 ガキンと音を響かせながら屍の巨人兵を頭上から斬りかかり、両断する勢いで一刀を両手で支えながら降下する。

 ー斬れろ、斬れろ、斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ!!!

「ああああああああああああーーー!!!」

 ー斬。

 イリス、レノアの元まで降り立つヴァイス。

「ォォォオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーー!!」

 屍の巨人兵が空へと吠える。

「ォォォオオオオオオ、ガアアアアアアアアアアアーー!!!」

 そして一刀後が発光するも、それを無駄だと言わんばかりに3人に向けて足を上げて踏みつけようとする。
 ダメか、ヴァイスはそう思いながら手元に持っている短刀が、「バキッ」と音を立てて刀身が砕け散る。

 ー『氷上の尖角フローズンニードル

 突如遠方から青白い光が発せられた瞬間、3人を囲う様に尖った氷の柱が数本発生し、屍の巨人兵の足へ突き刺さる。
 突き刺さった足は黒い霧となり拡散した。

「こ、これは……?」

 突然の氷に3人が戸惑いながら、更に頭上に一つの影が通り過ぎる。
 ヴァイスのスピードを軽く超え、一瞬にして屍の巨人兵の胴体に大きな一太刀を浴びせる。

「ー斬!!!!」

 そして屍の巨人兵の背後から、大きな斬撃が浴びせられる。

「我が剣の錆にしてくれよう…」

 ゆっくりと3人の側に歩み寄る人物。所々金の刺繍が施された真っ白のローブに、身を包んだ金髪のエルフの女性がヴァイスの隣に歩み寄りながら、魔法詠唱を呟きながら杖を屍の巨人兵に向ける。

「ーーーーー滅せよ」

 ー『セイクリッドイリュージョン』!!

 一瞬にして金色の魔法陣が展開し、無数の光が屍の巨人兵へ襲いかかり爆発する。
 エルフ族特有の、スキルでは無く魔法マジックと呼ばれる詠唱を紡がれる事で、発動する魔法。スキルで使用される魔法とは威力が雲泥の差、ヴァイスは、いや3人が驚愕して立ち尽くす。

「まさか………」

 クロムの三天衆の1人、妖精のルナである。

「な、なんで三天衆の1人が此処に………」

「三天衆?」

「あら、1人じゃないわ。3人・・一緒よ」

 驚愕するヴァイスに、知らないと言ったイリスの顔に微笑みながらルナは言う。

「……助太刀に来た」

 全身漆黒に身を包んだ男、“無影”と二つ名を冠し、世界で珍しい職業暗殺者アサシンのガルドが音もなく現れ言う。イリスが「ひっ!?」と小声で悲鳴を上げ、慌ててヴァイスの背に隠れる。

「良く頑張った。後は我々に任せよ!!」

 全身青の全身鎧フルプレートに身を包み、肩マントをなびかせながら声を張り上げて現れる“青い稲妻”と呼ばれたレイシル。
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