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2. 梓、過保護な兄たちに宣戦布告する
梓、過保護な兄たちに宣戦布告する ④
しおりを挟む一時間ちょっと、カフェでわいわい過ごした後、ファッションビルに移動した。
女子五人から距離を取って付いて来る剛志は、はっきり言ってストーカー一歩手前じゃない? と言いたくなる。時折、スマホをこちらに向けているから、翔たちに写真を送っているのだろうと予測が付く。
剛志は付いて来るのを隠しもしない。
梓たちも放っている。
五人はお目当ての物を購入するべく、梓御用達の店に足を運んだ。
流石の剛志も中に入ってくることは避け、店から少し離れた所で待機している。
それぞれが好きなように見て歩き、梓はふと足を止めた。
オフホワイトのサテン素材のキャミソールワンピースを、黒のラッセルコードレースが覆い、レース部分は七分袖になっていて上品さもある。
手に取って「郁ちゃん。これどお?」と前に当てて見せると、空かさず彼女から「いいじゃん」と返って来た。二人のやり取りに香子たちも集まって来る。
「試着試着ぅ」
香子に背中を押され、フィッティングルームに押し込まれた。
梓は早々に着替え、カーテンを開けて「どお?」とくるり回れば、感嘆の声が上がった。
「これはもお買いでしょ! スタイルが良い美人は何着ても似合うわねえ。腹立つわ」
とか言いながら、朱音の顔はにこやかだ。梓は「チッチッチッ」と舌を鳴らして朱音を見返す。
「美人ってのは怜くんみたいな人のことを言うの。あの人の隣に並んだら、霞む霞む。格の違いを見せ付けられて、女を何回辞めたくなったか!」
「や~ぁ、怜くんは別格でしょ。男であの美しさは、犯罪級だよ」
腕を組んでうんうんと頷いてる郁美。
梓が「中身は外見裏切ってるけどねぇ」ボソリと付け足すと、香子が「聞こえない」と耳を塞いだ。彼女の中の怜の設定は、漢であってはならないそうだ。
香子の妄想は果てしない。
梓は最初の予定通り、ワンピースを着て行くことにした。香子もワンピースを一着購入し、そのまま着て行くことにしたらしい。
梓一人が着替えて行くよりも、香子と一緒なら必要以上に目立たないという計算も彼女の中にはあったようだ。
(男運には恵まれないけど、友達には恵まれて、ホント良かったよ)
少しばかり梓を困惑させる香子ではあるけど、心根の優しい彼女に梓は心から感謝した。
五人は店を出ると、そのままトイレに移動した。
ずらりと並んでメイク直ししながら、女子トイレの前で怪しい人になっているだろう剛志のことを考える。
いっそのこと誰か警備員に通報してくれないかな、と思ってしまう梓もなかなか鬼だが、これまで何年も辛酸を舐めてきた彼女からすれば、考えるだけで済ませている自分はまだまだ優しい方だと思っている。
アイシャドウを直している郁美を鏡越しに見、「そろそろ剛志何とかしないとね」とサイドの髪を編み込んでいる梓が言った。するとその向こうで朱音が「平気平気」と身を乗り出してマスカラを直しながら、やっぱり鏡越しに梓に目線をくれる。
「今日行く所はね、採算度外視の会員制レストランで、完全予約制だから」
付いて来ても、予約のない剛志は入ってくることが出来ないらしい。
(……セレブだよ。セレブがここに居るよ)
茫然とした面持ちで朱音を見ると、彼女は不思議そうな顔で微かに首を傾いだ。
話を聞けば、代々医者の家系らしく、その中で朱音ははみ出しっ子のミソッカスらしい。彼女一人が医道を外れ、普通の会社員になった。
翔が代表取締役をやっているお陰で、普通よりはきっといい暮らしをさせて貰っている。しかし抑々が庶民だ。真のセレブをマジマジ見入っても仕方ないだろう。
朱音はくすくす笑い「化粧は直さなくていいの?」と訊いて来る。梓はあぶらとり紙で額を押さえながら、「あまり遣り過ぎると、舞台メイクみたくなるんだよね」と苦笑した。
化粧を覚え始めの頃、教室で女子たちが集まり、化粧をし合った事があった。
梓はみんなと同じように遣ったつもりだったのだが、元々の素材がはっきりしているせいで、友人たちの笑いを誘発するに至ったのは痛い思い出だ。
「あの時は…た、宝塚に迷い込んだのかと……」
思い出して笑いを堪える香子が言えば、郁美が躊躇なく吹き出した。
梓がむくれて頬を膨らませると、郁美の笑いが悪化する。
「郁ちゃん。あんまり笑うとアイライン流れるよ?」
「へ…きぃ。ウォ……プルー…だ、だから」
何を言ったところで彼女の笑いが直ぐに已まないことを悟り、梓は眉間に深い皺を刻んで、ヌードピンクの口紅を塗るのだった。
剛志はしっかり距離を取って着いて来たが、彼はやむなく足止めされる。
五人が乗ったエレベーターを見送り、舌を打つ。何階で降りたか判らないようにする為、郁美が適当に複数のボタンを押していたからだ。
建物は然程大きくなく、階数も十五階までだが、十階から上は高級な店が入っていると専ら有名なビルの最上階。
エレベーターを降りると直ぐにフロントが有り、予約名を告げると「お連れ様はお待ちになっておられます」と薄く微笑まれた。
ようやく探し当てた彼が入り口で止められるであろう瞬間を想像し、五人は少し意地悪気なクスクス笑いを漏らしながら、係りに着いて行く。
案内されたのは、数部屋あるうちの一つの個室だった。
入った順に奥から着席し、飲み物の準備が整うまでに簡単な自己紹介を済ませる。全員の飲み物が揃ったところで、下手に座る幹事二人が乾杯の音頭を取った。
梓の席は奥から三番目、真ん中に位置する。ちょっと気後れして下座に座ろうとした彼女を、郁美と香子が無理やりそこに座らせ、左を香子、右を郁美に挟まれて逃げられない。
郁美と香子の、兄たちの魔手から解き放たれ、梓に何とか纏まって欲しいと言う願いが篭められているのが、ちょっとだけ重たい。
(気持ちは有難いんだけど、経験値ゼロのあたしにセンターはキツイっす)
話しかけられても、適当に相槌を打って愛想笑いを浮かべる梓は、背中に変な汗を掻き始めている。
「ちょっとちょっと。アズちゃん合コン初参加なんだから、みんなで捲し立てて質問攻めにしたら怖がっちゃうでしょ」
助け舟を出してくれた朱音に口パクで「ありがと」と伝えると、サムズアップで返事が来た。
これまで何度も郁美と香子が段取りしてくれた合コンは、一度も出席することがないまま終わった。全てはチクり屋のせいだ。
テーブルの下で浮かんだの剛志の顔を殴ってると、郁美の手がそっと止めに入った。彼女の顔を見ると、チラリと男性陣に視線を促され、梓は注目されていることに気が付き、恥ずかしさのあまり俯いてしまう。
剛志に対する怒りのあまり、夢にまで見た合コンの場にあることを失念していた。それだけ彼に対する怒りは深い。
(お兄ちゃんたちを恐れる気持ちが解らないではないけど、少しくらい手を抜いてくれたって罰は当たらないと思うのよね。少なくともあたしには)
天罰は喰らわなくとも、翔たちの天誅を喰らうであろう剛志のことなど、ここまで切羽詰まって来るとどうだっていい。
梓の正面で微笑み、優し気な口調で話しかけてくれる相手に微笑み返し、頭の中からサクッと剛志のことを排除した。
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