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10. 本質はそう簡単に変わらないものです。
本質はそう簡単に変わらないものです。⑦
しおりを挟む美佳は呼び出された店の扉を開けて、思わず後退った。
何故みんな一斉に振り返って、値踏みをするように見るのだろう。
店を間違ったのかと一歩外に出て、看板を確認したが間違ってはいない。もう一度店に入ると優と坂本が同時に声を掛けて来た。
「美佳」
「和良品さん。久しぶり」
全くの逆方向に座っている二人を交互に見て、何か妙に納得した。
二人が同じ席で飲むわけがない。
「久しぶり。高校卒業以来?」
まずは電話の主に声を掛けた。坂本は嬉しそうに何度も頷く。
坂本の所で足止めを食っている美佳に「こっち来いって」と優が声を掛けたが、美佳に無視された。優は面白くない。
「すっかり大人だねぇ。いま保育所の先生だって? 恵莉姐さんに聞いたよ」
「恵莉ちゃ「何で恵莉とまで連絡取ってんだよ!?」
「恵莉姐さんは元バイト仲間だし、飲み友だし」
しれっと言い返し、すぐに美佳に向き直る。
松木が「恵莉さんって?」と声を潜めて優に聞き、「俺の姉です」と立ち上がった彼を見上げた。
優は足早に美佳に向かう。そのタイミングで坂本が口を開いた。
「安西と結婚したんだって? 後悔しない?」
横目に優を見て苦笑すると、美佳が大真面目な顔で「後悔ならいつもしてる」さくっと言った。
優と美佳の温度差を感じた常連たちの憐れむ眼差しを受け、優は居た堪れない思いで美佳の腕を取った。彼女は後ろに引かれた腕を引き戻す。
「でもそれ言っちゃったら切りないのよね。遡って行ったら “何で優と幼馴染みに生まれちゃったかなぁ” から “何で母親同士が親友かなぁ” としょうもないトコまで行っちゃうし。何で捕まっちゃったかなぁとかね。優といたら細やかな後悔の連続よ」
新妻の新妻らしからぬ発言に、優を見る目の憐憫の色が濃くなる。
美佳は自分が来る前のやり取りを知らないので、周囲の視線に全く気付いていなかった。優が項垂れて「美佳ぁ」と彼女の肩に額を預ける。美佳は優の頭をぽんぽんし、
「あと二年もしたら銀婚式の夫婦と同じよ? それだけ一緒にいるんだもの。後悔しないって言う方が嘘臭くない?」
「ま…まあそうだね」
「でしょ?」
小首を傾げてにっこり微笑むと、坂本の頬に微かな朱が走る。
誰も口にはしなかったが、“これにヤラレたのか” と納得して頷いた。
優はムッと坂本を睨み、「俺は後悔したことないけど」と不貞腐れた口調で言って、美佳をバックハグする。美佳は肩越しに優を振り返り、
「そりゃ優は唯我独尊だもの。自由気ままに生きてる人に、後悔はないでしょうよ。あたしは間違いなくこれからも後悔するわね」
「断言されると悲しくなる。俺はめちゃくちゃ美佳が好きなのに」
二人の結婚は美佳の妥協か? そんな風にみんなが思い始めた所で。
「あたしも優が好きだから心配しなくてもいいわよ」
「美佳!!」
曇っていた顔に笑みが戻り、美佳の頭にぐりぐりと額を擦り付けている優は、まるで大型犬が懐いているようにしか見えず、「俺はもっと好き。愛してるからね」と憚らない彼に周囲から失笑が漏れていた。と同時に、さぞかしモテるであろう優を手玉に取る美佳に感嘆の念を抱いていることは、知る由もない。
優はバックハグしたまま美佳を抱え上げ、坂本を一瞥して踵を返した。美佳はその状態から坂本を振り返り、「話の途中でごめんね」と柳眉を寄せて微笑むと、坂本は小さく頷いた。
漸くボックス席に戻って来た優は、「嫁です」と抱っこしたまま紹介する。美佳が下ろしてと頼んでも無視し、「松木部長ね」とソファーに腰かける。優の脚の間でちまっと座った美佳が「こんな格好で済みません」と恐縮すると、松木は「気にしないで」と笑ってくれた。
優のフリーさを気にしないでくれる人は、とても貴重だ。これで良く会社員が務まっていると思う美佳である。
「本日付で安西の妻に配属されました美佳です。安西がいつもご迷惑をお掛けしてます」
ぺこりと頭を下げた。
松木とは会うのは初めてだが、電話では何度か話したことがある。
以前、優と大喧嘩して口を利かなかったら、「周囲の精神的苦痛が半端ないので、仲直りしてくれないだろうか?」と電話を貰ったのが最初で、それから数度話した。
「これで結構安西のことは気に入ってるんで」
「甘やかさないで下さい。調子にノらせると質悪いんで」
二十三年間のツケが全部美佳に回ってきている今、ぎっちり締めねばならない。
放置しないでもっと早くから締めて置けば良かったと、手を抜いて来た自分を呪わしいく思いつつ、ゴソゴソと隠れて悪戯してくる優の腿を叩く。
「失礼します。ご結婚おめでとうございます。細やかですが、私からの気持ちです」
マスターは琥珀色の液体の入ったグラスと、フルーツの盛り合わせを美佳の前に置いた。美佳は酒を出されて躊躇し、恐る恐る優を見る。
「イケる口と聞いておりますが?」
決して酒豪とは言わない。
穏やかな微笑を向けて来るマスターと、子犬のような目で見上げて来る美佳。止めは松木の「祝ってくれてるんだ。有難く頂戴しろ」だった。
嬉々としてグラスに口付けた美佳は、しばらく沈黙した後、パシパシ優の膝を叩き、満面の笑顔で優を見上げた。
「めっちゃ美味しいんですけど」
「お願いだから飲み過ぎるなよ?」
そういった時には既に美佳の白い肌がぽうっと染まり、目がウルウルしていた。
最初の一口二口で美佳は紅く染まってしまう。酔いはまだ回っていないのだが、潤んだ目でじっと見られ、これで大概の男が勘違いをしてお持ち帰りしようとするから、優は気が気じゃない。
「ちょっと紅くなるだけじゃない」
「じゃないから言ってんの!」
言い様美佳の目を手で覆い隠す。見えないと騒ぐ美佳の耳元に唇を寄せ、「その目で見られたら抱きたくなる」と囁いた。
吐息が耳朶を擽ってぞくりとした。
美佳は咄嗟に優の額に後頭部で頭突きし、ゴッ!! と言う音と共に優は壁に倒れ込んだ。
松木は「何言ったんだ?」と呆れた顔で優を見ている。坂本は「ざまあ」と口元を歪ませ、他のギャラリーは愕然と美佳を見た。
美佳は後頭部を撫でながらマスターに「とても美味しいです」とふんわり花が綻ぶように微笑み、「それは良かった」と年の甲で微笑み返したマスターは、心配する優の気持ちが何となくわかり、同情の念を禁じ得なかった。
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